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Hard Days' Knights  作者: 里崎
三週目編
30/73

29.舞いと少年

翌日。

演習場に出るなり、ヤサルタは両手を挙げて叫んだ。

「オレはこの日を一週間ずっと待ってた!」

張り切るヤサルタを「うるせぇ」とイグヤが一蹴する。

「剣振る時間なんてなかったろ。なんか対策したのかよ」

「たいさく?」

ため息をつくイグヤ。そこにとびかかっていくヤサルタ。ひとしきり騒いだ二人は、班長に一睨みされてたちまち大人しくなる。

班長はいつもどおりの尊大な態度で班員を見回して告げた。

「集まったな。指示は――昨日の練習どおりだ。以上」

「わー頼もしい」

棒読みのジュオの脛を、班長が容赦なく蹴り飛ばした。

「ああ、ルコックド、お前は外れてろ」

それから、振り返った班長がキューナに向けて追い払うようなしぐさをする。

「はい?」

きょとんとするキューナを見て、それじゃ分からないだろ、と副班長が班長の指示を補足する。

「向こうの班、一人足りないからこちらも一人外すんだ」

副班長の指が、少し離れたところで同じように集まっている、対戦相手らしい別の班を指さす。キューナはその顔ぶれを見つめ――ああ、と思い出す。先日ちょっとした(・・・・・・)騒ぎでどこかへいなくなった(・・・・・・・・・・)らしい、と噂が流れた人が、いない。

「こういうときだけは公平性を期すんだよなぁ。自分らの儲けがかかってるから」

一角を陣取って座り込んでいる上官たちをあごで示し、班長が呆れたように呟いた。その声に我に返り、笑顔で答える。

「はい。じゃ、座って応援してますね」

「いらん。何の足しにもならん」

にべもない返事の班長に苦笑だけを返して、キューナはG班から離れて歩き出す。木の下の、朝露の乾いているところを選んでしゃがみこんだ。太い木の幹を背にして寄りかかる。

ほどなく開始の合図が聞こえる。目の前で、見知った面々が勇ましく棒を振り上げ駆け出す。まさか座って一人のんびり観戦できる機会が来るとは思っていなかったキューナはここぞとばかりに目当ての人物を注視することにする。

なさけない悲鳴を上げてどんどん後方に下がりながらも、的確すぎる刀さばきで応戦するアサト。その奥に、型も戦術もあったもんじゃないけれど、圧倒的な力押しでどこかの班の副班長を打ち負かしたウルツト。二人とも、惚れ惚れする動きだ。

自分だったらどう応戦するかなー、と考えをめぐらせながら、二人の動きをひとしきり眺め終えた後、キューナは立ち上がって尻の草を払った。

「あと、見たい人は……」

別の班の対戦を見回しながらあてどなく歩く。

ふと気になる場面が視界に入って、足を止める。

キューナの視線の先――小柄な少年がはさみうちにあっていた。けれど、不思議なことに、中央の少年よりも、両側の大柄な男二人のほうが緊張した面持ちに見える。

少年は落ち着いて左右を見てから、肘を後方に引き、棒を片手で斜めに構える。見たこともない構えに、キューナの視線は自然とひきつけられた。観戦しやすい位置を探して、すとんと腰を下ろし、膝を抱えアゴを乗せる。

じりじりと間合いを詰める二人を、温度を感じさせない瞳で見つめていた少年は、不意に大地を蹴った。

棒を握る手が、ぱっと開く。

横に突き出した肘の上で、軽やかに棒が回った。

「がっ!」

いつの間にか握り直した棒の先が、右側の青年の顎を捉え、一撃で昏倒させた。

すかさず駆け寄ってきた残る一人が、少年の頭上から渾身の力で棒を振り下ろす。息つく間もなくそれを仰ぎ見た少年は、とっさに棒を立てていなし、体勢を崩した男の腹部を蹴り上げた。

すぐ近くに座りこんでいた上官の男が景気よく口笛を鳴らして、手元の札束を数え始めた。

男の片膝が、がくりと膝の上に落ちる。

試合終了、I班の勝利、とジャッジの少尉が言って、右手を挙げた。役目を終えた棒を足元に転がした青髪の少年は、同じI班の班員たちの集まっているところを一瞥した。キューナは、てっきりそのまま彼が班に合流して歓迎されるのかと思っていたのだが。

「……あれ?」

宿舎と倉庫の間、人気のないほうに向かって歩いていく。日当たりの悪い、半端なところに一人ちょこんと座り込んだ。

キューナは周囲を見回す。一回目の試合を勝ち抜け、近くでストレッチに興じていたイグヤを呼んで、

「あの子、一年めだよね」

少年を指さして聞いた。

「さぁ、いたっけか? 覚えてねぇ。っておい、ソイツは――」

イグヤの言葉を最後まで聞かず、キューナはすたすたと歩いていき。

「I班のテルテュフトだよね」

声をかけたが少年は返事をしない。

ゆっくりとキューナを見上げ、髪を掻き上げて「ほら」と左耳を見せた。外耳の上側が欠けている。

挿絵(By みてみん)

「……えーと、怪我?」

それくらいの怪我ならよく居るのに、なぜ見せてくるのかな、と思いながら、キューナは彼の隣に座る。

はーあ! と、その後ろからイグヤの盛大なため息が聞こえた。

「お前ほんっと何にも知らないな。あやとり(ルタ)だよ」

「……んんん?」

突然出てきた幼児向けのお遊戯の名前に、謎は深まるばかり。

イグヤの眉がぐっと寄る。

「聞いたこともない、ってか。お前どんな僻地にいたの?」

「えーと」

「――その、日焼け」

「ん?」

テルテュフトの手が伸びて、キューナの首筋を指さした。

「泳げるでしょ」

「え」

「へ」

「斑状の日焼け」

「……あー、うん」

まさかそんなことを指摘されるとは思わなくて、どことなく気まずくて、アドリブも利かないまま、視線の集まる襟元を合わせる。

「おいおい……」

イグヤの愕然とした顔を見つけて、まさか――と冷や水を浴びせたように脳が冷えた。

そういえば。

北州に、海や湖はなかったかも、しれない。

まずいかも、と思った矢先、テルテュフトが表情の読めない顔で教えてくれた。

「北州に『泳ぐ』という文化はない。この国で海があって、そんなに日焼けになるまで泳げる場所があるのは、南州だけ」

「あー……」

背後で足音が遠ざかる。

「イグヤ」

無意味な呼びかけだった。イグヤは振り返ることもなく、無言で去っていった。

その背を見送ってから、テルテュフトが頭を下げる。

「ごめん。余計なことを言ったみたいだ」

「ううん、私が嘘ついてたのが悪いんだし」

テルテュフトも立ち上がった。

「忠告しておく。左耳の欠けた人間、あやとり(ルタ)と呼ばれる人間には、関わらないほうがいい」

拒絶ではなく、あくまでも真摯な声音でそう言って。


***


よく注意して見てみれば、耳の欠けた人間はテルテュフト以外にもちらほら混じっていた。

共通点は――誰も彼も、例外なく強い。

今も目の前で、そう上背の変わらない青年に勇ましく飛び掛っていったジュオが、2mほど吹っ飛ばされたところだ。金髪のもみあげの真横にある左耳は、テルテュフトと同じような形状に欠けている。彼の二の腕の太さから見て、他の人より飛びぬけて筋力があるわけではないから、おそらく身のこなしや体の使い方が優れているということなのだろう、とキューナは横目で分析する。

ジュオの隣にいたヤサルタが動揺の声を上げる。別の相手と応戦中の班長から「逃げとけ!」とありがたい指令が飛んだので、一年めの三人は脱兎のごとく走って彼から距離をとった。

そしてその直後に、待ち構えていた別の先輩に狙われて、三人ともすぐに負けた。

悔しさに地団駄を踏むヤサルタに、キューナは声をかけた。

「ヤスラ。悪いんだけど、あとで刀とぎもう一本頼める?」

昨日、作業の合間を見て武器庫から取ってきた鈍い剣を差し出す。

「おう。誰にあげんの?」

「いや、ちょっと欠けちゃって」

腰に差している剣を少し引き抜くと、刀の中央がえぐれた剣が見える。ヤサルタが感心したような声を上げる。

「んなに特訓してんのか」

負けてらんねぇ、と早合点するヤサルタを眺めつつ、まぁいいやと訂正せずにおく。

最後の一人を仕留めて、班長が皆の元に戻ってきた。いつにも増して尊大な態度でくいっと顎を上げて、色素の淡い目を細める。

「イグヤ、次回までの宿題だ」

「……はい?」

戸惑うイグヤ。副班長が班長を見た。

「よく分からんが、先に次の演習の話をしたほうが良いんじゃないのか。あの班、今の熱心に見てたからな。別の策に変えるんだろ、どれにする」

「ここまで勝ち上がればもういい。それより次回の話だ、俺よか怜悧狡猾な奴がいれば、俺は剣に専念できるし。試してやろうと思ってな」

へぇ、と副班長が珍しそうに眉を上げてイグヤを見た。

「この年でこの老獪よりズル賢い奴が居るとも思えないが……お前が指名するとは楽しみだ」

イグヤがうろたえた声を出す。

その会話を小耳に挟みつつ、キューナは腕組みしたまま微動だにしない。打ち合いが終わったばかりの演習場の、一点を見つめ感心したように呟く。

「……やっぱり、強いなぁ」

抜きん出た実力を誇るのに、どの班員との会話も協力も一切ない少年の姿を遠目に眺める。

「おい、ルコックド」

かけられた声に顔を向けると。

「悪かった」

「イグヤ」

気まずそうな顔をした白髪の少年が、所在なさげに立っていた。キューナはさっと頭を下げた。

「こっちこそ、黙っててごめん」

「いや、頭冷えたら、俺も人のこと言えないっつーかな……」

ごにょごにょぼやく少年は、フゥと息を吐いて肩を落とした。

「まぁ、言えないよな。よそ者なんて知れたらどういうふうに扱われるかわかんねぇし。南っつったらここらより裕福だし、帰れって追い出されるかも知れねぇもんな。俺、誰にも言わないから。あのルタにも、後で俺から言っとく」

真摯な言葉の羅列に――知らず、キューナの口元に笑みが浮かぶ。

「……ありがとう」

「何の礼だよ」

イグヤは照れくさそうに笑った。


***


外廊を通りかかったキューナの耳に、凄みのある怒号が届いた。

「偽善者連中が!」

数人が壁際に群がって、泥まみれのブーツで何かを蹴りつけていた。蹴っているというよりは踏みつけているに近い。彼らの背の間から覗きこんだキューナは、うずくまって丸まっている小さい背中を見つけて、無抵抗のたった一人相手に、と顔をしかめた。

一人が蹴りながら言った。

「お前らルタはいつもそうだ。弱い奴は相手にしないってか。舐めやがって」

うずくまる人間のシャツの襟首を掴んで、乱暴に持ち上げる。下瞼を切ったらしく血が滲んでいる顔が見えて、

「……テルテュフト?」

キューナは驚いて目を丸くした。

少年は肩口を蹴られて壁に押し付けられる。勝ち誇ったような声が告げた。

「どうした、おら、いいか、いつでも歯向かってこい。ぶっ殺してやる」

挑発と侮辱のスラングが無数に飛ぶ中、殴られっぱなしの少年から一切の反論はない。まっすぐに彼らの顔を見返す温度を感じさせない双眸だけが、ランプの明かりに爛々と光っている。

その不気味さに顔をしかめて、

「うすきみわりぃ」

一人が唾を吐きかけた。

その様子をちらと見て素通りする男がいた。すれ違いざま、その人の左耳の先が欠けていることに、キューナは気づいた。見覚えのある人だった。さっきの前の演習で、キューナの班の班長と副班長をまとめて吹っ飛ばした、かなりの剣の使い手。彼らとの力の差は歴然のはずなのに。

男はテルテュフトの顔を確かに見たはずなのに、そのまま何事もなかったかのように歩き去っていく。

その背を睨むように見ていたキューナが目線を戻すと、ちょうど、満足したらしい集団がテルテュフトを解放したところだった。

けほ、と空咳をした少年は壁に手をついて立ち上がる。おぼつかない足取りで外廊の隅に向かったテルテュフトは、タイル張りの床にしゃがみこんで、コートの下から何かを取り出した。

金属製の冠の中の炎に、息を吹きかけて、祈るように指を組み目を閉じる。

何かの儀式のようなことを始めた少年に、キューナはそっと近寄った。夜風になびく長い襟足の横の首筋に、固まった血液がこびりついているのが見えた。黙って見ているだけにしようと思ったのに、つい、口から声がこぼれ出た。

「ルタって、みんな強いのに……」

 助け合わないんだね。

 キューナの言わんとしていることが伝わったのか、テルテュフトが振り返らずに答えた。

「結託すると、余計彼らの目に付くし、まとめて追い出されかねない」

「なるほどね」

 理屈は分かる。だけど、それでも不安にならないのだろうか。

 ルタって、みんな、なんだかやけに冷静だなぁと感心する。

「誤解しているみたいだけど、別に民族じゃないから」

「え、そうなの?」

「うん。少数宗教、なんだ」

 キューナが数回まばたく。

 テルテュフトはカチリと冠を指に嵌めなおし、立ち上がった。

 キューナと目を合わせて、はっきりと言った。

「僕らの経典に、他者の宗派や言動に干渉するという内容はない。それがたとえ暴力的なものであっても。反撃を禁じる教えもないから、正当防衛の度合いは人によって違うけれど。……信じるものが同じでも、違っていても、それ以外の違いは特にないと思ってる」

「だから、結託して対抗する必要はない、ってことか」

 うなずくテルテュフト。ようやく理解できたキューナの顔が晴れる。

「いい教えだね」

「……ありがとう」

 テルテュフトは相変わらずの無表情だったけど、キューナにはなんだか、うっすらはにかんだように見えた。

 礼の言葉を繰り返しながら元のようにしゃがみこんだテルテュフトが、また目を閉じて、両手の指を不可思議な形に組む。ぶつぶつとなにやら呟き始めた。それを、キューナがのんびり見守っていると。

「げ」

 通りかかったイグヤが駆け寄ってきて、キューナの襟首を掴んで、乱暴に引き寄せた。騒々しい物音に、テルテュフトの祈祷が途切れる。

「おい、何度言わせるんだ、ルタには寄るなっつったろ!」

「大丈夫だよー、いま友達になった!」

 引っぱられたまま、胸を張るキューナ。

 イグヤから疑うような目を向けられて、テルテュフトが何とも言えない顔をする。

 襟首から手を離したイグヤの手が、今度はキューナの腕を掴んだ。

「なんで執拗にコイツに構うんだ。コイツじゃなくったって、同い年ならいっぱいいいる……」

「話を分かってくれそうで、生き残れそうな実力と冷静さがあるの、彼だと思うけど」

「……」

 反論できずに睨むイグヤを平然と見返すキューナ。テルテュフトが二人に聞いた。

「話、というのは?」

「ここで協力して上手くやってこうって話。物資とか情報とか特技とか、共有してさ」

 しばらく考えるように宙を見ていた青い少年は、物静かな声で応じた。

「……こういう、人の目がないときなら」

「ありがと。でも、どうして隠れたがるの?」

「迫害の宗教ということを承知の上でこうしている僕と違って、経典は、協力者を苦行に巻き込むことを良しとしない」

 ふん、とイグヤがケンカ腰な態度で腕を組む。

「それはありがてぇけど」

「じゃあ早速聞いていいかな? ずっと気になってたんだよね。キミたちはいつも何を祈ってるの?」

 しゃがみこんだままのテルテュフトに寄ろうとするキューナの肩をイグヤが掴む。

「だからさ、言っただろ、フツーの奴には何言ってるかわかんねぇんだって」

「それは、自分で聞いてみないと本当かどうか分からないでしょ」

 どうあっても折れそうにないキューナに、イグヤが癇癪を起こしたように白髪をかきむしった。

「……ああもう、お前、変なトコですーげー頑固だよな!」

「えへへ、よく言われる」

「――ひとつ、約束して欲しい」

 重い響きに身構えるイグヤに、諭すような声音でテルテュフトが告げた。

「僕たちがどう思われているかは知っている。それについてどうこう言う気はない。僕たちはそういう存在だと理解したうえで、自分で選択してこうしてる。だから、どう言われようと構わない。……だけど、僕たちが信仰の対象とするものについては、せめて、僕たちの前では、批判しないで欲しい。大切なものなんだ……自分の命、よりも」

 自身の額と眉間と左耳をなでたテルテュフトの指先が、躊躇うように首筋を押さえ、それから腰の剣に移る。

 キューナはしっかりとうなずいて、

「分かった、約束するよ」

テルテュフトがしゃがみこんでいる、その隣に座る。それからイグヤを見上げ。

「イグヤはどうする? 気になるだけなら、あとで私から教えたげるけど……たぶんテルテュフトが本気になってかかってきたら、けっこう危な――」

 どかり、と二人の間に割り込むようにイグヤが腰を下ろした。ものすごく不満そうな顔で左右の二人をにらみつけて。

「聞いてやる。批判はしない。……だから今度、手合わせしろ、テルテュフト」

 初めて名を呼ばれたテルテュフトがまじまじとイグヤを見る。

 キューナが吹き出して、足をじたばたと揺らした。

「あっは、イグヤ偉そうー」

「うっせ! ほら早く話せっての!」

「うん。――僕たちは、時を流してる」

 その一言に、キューナはわくわくした顔になり、イグヤは眉間にしわを刻んだまま固まった。テルテュフトは続ける。

「日照り続きの農村の住民が雨を呼ぶ。波が高いときに漁村の住民が海神に供物を捧げる。あれと同じことだよ。時が皆に等しく流れ続けるように、僕らは祈ってる。そして、時を流してくれる存在に、いつも感謝してる」

イグヤのしかめっつら。

「……分かるような、分からないような」

「ねぇ、じゃあ、祈らない人は時間が流れなくなるの?」

「いいや。僕たちは、他者についての言及はしない」

「な」

んだそれ、と矛盾を指摘しようとしたイグヤが、約束を思い出して慌てて口をつぐむ。

「これが基本の考え方。あとは、これを守るための儀式とか、経典とかがあるんだけど」

「あの先輩ふっとばした独特の護身術みたいなのも、教えの一つ?」

 イグヤが肩を落としてキューナをにらんだ。

「……お前、実はそれが聞きたかっただけだろ」

「あれは、演舞の演武」

 聞きなれない言葉にキューナは首をひねり。

「……踊りってこと?」

「そう」

 テルテュフトが立ち上がる。二人から数歩離れたところで腰の剣を抜いた。手の甲側の鍔飾りとエッジだけが異様に大きい、いびつな形の大剣。磨きぬかれた銀色が、隊服の袖の上を滑る。

 しなやかな動きで、少年が宙を舞った。

 剣が風を斬る音が静かに響く。

 軽やかに着地して戻ってきたテルテュフトに、キューナは盛大な拍手を送った。テルテュフトは丁寧な一礼を返す。

「本来は、身を守るものでも、人を傷つけるものでもない。時の中を人が生きて、動いて、時が流れていることを証明するためのもの」

「へー。確かに、今のはれっきとした踊りだったね。――ねぇ、それって、宗派以外の人に教えちゃいけないって決まりとかある?」

イグヤがげんなりした。

「……お前ね」

「だってあれすごいじゃん、イグヤも習いたくない?」

「……」

 否定しないイグヤに、にやりと笑うキューナ。

「決まりはないけど、剣の重心を変えてるから、普通の剣での習得は無理だと思う」

 テルテュフトはそう答えながら、抜き身の剣をキューナに手渡す。ずしっと内側にかかる荷重にキューナは面白いと笑った。

「わ、ほんとだ偏ってる。だからあんなに速く回せるんだねー」

 立ち上がって、こう? と真似してみせる。キューナのぎこちない動きをイグヤが笑って指摘した。

「どんくせぇ」

「うー」

「もっと肘を上げる。そう。……普通の剣を回したいなら、遊牧民の剣を習うと良いよ」

 ありがとう、とキューナが返した剣を仕舞うテルテュフトに、座り込んだままのイグヤが怪訝な顔を向ける。

「遊牧民なんてまだいるのか? このあたりにはもう来ないぞ?」

「北限地域を巡る民族だよ。昔、僕たちの演武を真似て、戦術として確立した」

「うげ」

「なに? どこらへん?」

「北州の一番北、ほとんどが永久凍土の雪原地域だよ。この国で一番住みにくい場所って言われてる」

「それは……行けそうにないねぇ」

「当たり前だろ、阿呆」

呆れたイグヤに頭を小突かれて、キューナは笑った。


***


とある上官の執務室。

今しがた報告と言う名の密告を終えたA班の少年は、豪華なカウチで足を組む男の前に控えている。底意地の悪そうな笑みを浮かべ胸を張ったまま、少年は男からの返答を待つ。二人の間にあるテーブルには、巨大なトーナメント表が描かれた書類が広げられている。

過去3年分の剣術演習の戦績が記されているそれをじっくりながめてから、部屋の主はこう結論付けた。

「お前の進言は確かなようだ」

一番手前にある書類をひらりと振ってみせた。ぱっと少年の顔が輝く。

「で、ですよねっ」

「全5試合のときは4試合目、全3試合のときは2試合目でほぼきっちり負けてやがる。対戦の組み合わせなんぞ知らせてねぇっつのに……どこから仕入れてやがる」

上官の男の指が、近くの皿の上に置いてあった丸い葉をひとつ摘みあげ、口に放り込んでクチャクチャと噛む。

「目障りだな。どこの誰と繋がってるか知らねぇが、早めに潰しとくか」

『6年目、軍曹』と記された一枚の経歴書を、ぐしゃりと握りしめた。

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