喬介編「エピソード・オブ・エルグランド Part⑦終」
ザザーッ
——どこかの浜辺。
そこに、ひとりの男が打ち上げられていた。
朦朧とする意識の中、寄せては返す波の音が刻むメロディだけが繰り返される。
「!! あれはっ!」
女の声がした。
波打ち際に寝そべる男を見るなり、足早に駆け寄る。
「喬介さんっ!」
倒れていたのは喬介。
そして声をかけた女は——光の騎士マイアだった。
「……生きてる」
マイアは静かに呟く。
そのまま迷うことなく、喬介の体を抱き上げた。
死なせるわけにはいかない。
マイアはその一心で、近くのとある町外れにある簡素な小屋へ駆け込んだ。
中には誰もない。
ここは、町の漁師が休憩所として利用する小屋だった。
喬介をベッドに横たわらせ、憂わしげな表情で見つめる。弱ってはいるが、息はある。
マイアは水と食料を確保しに、町へ繰り出した。
しばらくしてマイアが小屋へと戻ってくる。
喬介は、微かに呼吸はしているものの、油断はできない。
水袋を口に当てて注ぐ。だが零れ落ちてしまった。
マイアは顔を歪ませて目を細める。
そして水袋から自分の口に含ませ、そのまま喬介へ口づけをした。
喬介の眉がわずかに動く。
マイアは小さな吐息を漏らし、表情を緩めた。
翌日。
ベッドの傍ら、マイアは神妙な面持ちで喬介を見つめる。
「無理、してる」
眠る喬介の額に、そっと触れる。
熱は少し下がったようだ。マイア小さく安堵した。
「ひとりで、抱えようとしすぎです」
返事はない。それでも、マイアは手を離さなかった。
その時——
「……っく」
うなされる喬介。マイアが顔を覗き込む。
「……波美」
マイアはわずかに目を大きく開いた。
そして柔らかく微笑む。
「……大丈夫」
聞かれることのない呟きだった。
数日後、マイアの献身的な介抱の甲斐もあり、喬介の体は順調に回復していった。
「……ここ、は?」
喬介はゆっくりと瞼を上げる。
「目が覚めたのですね。ここは、エルグランド領の端にある港町」
「お前……マイア、なのか? なぜ、ここに……」
「言ったではないですか。私は決して、闇を見捨てたりしない、と」
「……そうか」
喬介の返事はそれで終わった。
確かな感謝の言葉はない。でも——それだけでよかった。
「あなたの力」
しばらくして、マイアから口を開いた。
「とても、深い。もしかして——」
目を閉じて、喬介の体に向けて手をかざしながら言う。
「そう……鱗、暗黒竜の力を、受け入れたのですね」
「……悪いか」
喬介から間髪入れず返ってくる。
「いいえ」
だが即答だった。
「闇は、悪ではありません」
マイアは、ほんの少しだけ、優しく微笑む。
「そこに、あなたの意思があるなら」
そう言いながら、ゆっくりと立ち上がる。
「……行くのか」
「ええ。役目は終わりました。私は、私のいるべき場所へ帰ります」
「そうだな。世話になった」
マイアは微笑んで返した。
そして振り返り、小屋の出口へと歩き出す。
ゆっくりとした足取り。その途中で、静かに止めた。喬介には背を向けたまま。
彼女は胸に手を当て、表情に力が入る。
込み上げてくる想いを必死で堪えながら、それを飲み込んだ。
その様子に気づき、喬介は首を動かしてマイアの華奢な背中を見つめる。
「私は光で、あなたは闇。きっと、同じ場所にはいられない」
「でも——光も闇も、どちらもなくてはならないもの。だから——」
マイアは顔だけを振り返り、喬介に笑顔を見せた。
「私は、あなたの中で……いつまでも光でいます」
そう言うと、再び歩みを進め、小屋を出ていく。
その潤んだ瞳は、最後まで揺らがなかった。




