↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/24

喬介編「エピソード・オブ・エルグランド Part⑥」

 ——風の谷。

 到着した喬介とアーシェラは、来る者すべてを拒むかのような強風を前に足を止める。


「凄まじい強風だ。風の谷の名に恥じぬ」

「喬介……わかっているわね?」

「あぁ。問題ない。動揺などしないさ」


 この地に陸徒たちがいる。喬介はそう確信していた。しかし、ここで彼らに真実を伝えてはならない。

 なぜなら、魔族復活を企む者に感づかれてしまう恐れがあるからだ。

 奴らの焦点を陸徒側へ向けることで、こちらが影で動いて、プリウスの魔石を奪取。計画を阻止する。これが目的だ。


「それにしても、出発してからというものの、お前のしゃべり方には少し違和感だ。城にいた時と比べてな」

「私はこの国の女王よ。民には極力感づかれたくないもの」

「ふっ。そうか」


 喬介は小さな含み笑いを返して、再び歩みを始める。

 谷の奥地——突如感じる気配。

 彼らの前に、黒いものが立ちはだかった。


「キラービートルね」

「……雑魚か」


 そう言いながら、喬介は闇の大剣を振り下ろす。

 だが寸でのところで角によって弾かれた。


「なんだと……ならばっ!」


 喬介は、剣を弾かれた反動を利用し、体を捻って横薙ぎを繰り出す。

 直撃。キラービートルは胴を分断されて消滅した。


「私の知るキラービートルの動きではなかったわ」

「モンスターの凶暴化が進んでいるという情報は、間違いないようだ」


 そこへ、会話をするふたりのもとに、増援のキラービートルが次々と出現。


「何匹こようと同じだ」


 喬介は剣を振りかぶった構えで敵陣へ特攻を仕掛ける。


「はあぁぁぁっ!」


 気合いの篭った声で振り下ろされた大刃。紫の剣閃が、黒く蠢くものを両断。

 次。そして次。と、喬介の流れるような連撃に、一分の隙もなかった。

 最後に倒した亡骸から噴き出される黒い煙を背後に、喬介は剣を肩に載せてから言葉を漏らした。


「……この区域は、やたらとモンスターの凶暴化が進んでいるな」


 面倒くさそうなため息を吐きながら、喬介は眉間に皺を寄せる。


「ますます、”アレ”がここにあるという信憑性を強めている気がするわ」

「同感だ。わざわざここまできた甲斐があったというものだ」


 喬介は鼻を鳴らしながら応える。

 するとそこへ、流れる素早い呪文の詠唱から、氷の矢が走る。

 それは、喬介の背後にいる残党を捉えていた。


「なに油断しているのよ」

「……余計なことを」


 油断などしていない。アーシェラがそれを掃討することも見越していた。

 喬介は澄ました顔で剣を納める。


 谷の最奥部へと辿り着いた喬介とアーシェラは、岩陰からその様子を見下ろしていた。

 激しい風を切り裂くように、剣閃と魔力の光が交錯している。


「……やっているな」


 喬介は短く呟く。

 その視線の先では、巨大な影が翼を広げ、空中を飛ぶアクシオとシェリルを押し潰さんと暴れていた。


「苦戦しているようね」

「そのようだが、問題ない」


 喬介は投げるように即答した。


「あいつらは、勝つ」


 その言葉に迷いは一切ない。この戦いの先を見据えるような、そんな目をしていた。

 次の瞬間、空気が震える。

 陽光から放たれる一陣の矢。それが敵の急所を捉えていた。


「……決まるな」


 喬介はそう吐いては踵を返す。


「行くぞ。ここからが本番だ」


 背後で何かが砕けるような轟音が響いたが、彼は振り返らなかった。


 谷の中腹部。

 吹き荒んでいた強風がしばし身を隠す。訪れる静寂。

 その時だった——


「来たか」


 喬介の声が合図となり、アーシェラが動いた。


「待ちなさい!」


 アーシェラの気高き声が響き渡る。

 眼下から見える陸徒たちの困惑。

 そして——喬介が続いて姿を現した。


「こんな場面でお前たちに会うとはな」


 柄にもなく白々しい台詞を吐く。

 懐かしさも、安堵も、そこにはない。

 届いてくるのは、陸徒の疑念と警戒の目。


「お兄ちゃん!」


 波美の、純粋な喜びを帯びた声。

 喬介はわずかではあるが、動きを止める。


「喬介、余計なことは話す必要なんてないわよ」

「ああ。わかっている」

(波美……いや、迷いはない。俺は、俺の責務を全うする。それだけだ)


 喬介は、拳を強く握りしめた。


「お前たちの持っているプリウスの魔石を、この俺に寄越すんだ」


 その言葉に、凍りついたような空気が、陸徒たちの肌をかすめる。


「えっ、ちょ、ちょっとお兄ちゃん……なにを言っているの? だってプリウスの魔石はあたしたちの——」


 狼狽する波美。直後、彼女の足元で小さな爆発が起きる。

 一瞬、喬介はアーシェラへ鋭い視線を突きつけた。

 だが——決意に揺らぎはない。

 次の瞬間、喬介は動いていた。


「な、なにっ!?」


 踏み込み。そして一閃が流される。

 鳴り響く甲高い金属音。 


(さすがだな、陸徒)


 喬介は心の中で小さな笑みを零した。


(だが、お前の癖はわかりやすい)


 容赦など、見せることもない。

 背後では、魔術同士が激しくぶつかり合う音が聞こえてくる。

 繰り返される攻防。陸徒は喬介の圧倒的な力を前に、反撃すら叶わない。

 そこへ割り込む横槍——アクシオだ。


(陸徒。信頼できる仲間に囲まれているようだな。それがお前の強みだ)


 喬介は表情を変えない。

 そして放つ——闇の蛇。

 決定打だった。その神経毒で、陸徒とアクシオの体は麻痺し、戦闘不能へと陥る。


(勝負ありだ)


 喬介は勝利を確信し、プリウスの魔石を奪い取ろうと動く。

 だが次の瞬間——


「もう、やめてぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」


 リアラが叫ぶ。そして、空気が裂けた。 

 轟音と暴風。瞬く間に視界が白く染まっていく。


「なにっ」


 喬介は目を細める。

 巨大な竜巻が、谷を覆っていた。その中心にいるのは、術を唱えたリアラと、陸徒たち。


「あの娘、まさかこのような術が使えるとは……喬介、こうなってはこちらの分が悪い。ここは一旦引くわよ」

「ちっ、もう少しでプリウスの魔石を奪うことができたものの……」


 喬介が剣をしまうと、続いてアーシェラも魔術書を懐に収め、踵を返した。


 谷を降りた先。ラクティスの町から少し離れた森の中で、喬介とアーシェラは佇んでいた。


「想定外だったわね」


 アーシェラは唇を噛む。


「初手から失敗か。奴らの方が一枚上手だったようだ」

「次の大地の神殿は、少々面倒ね。ここはあの少年たちに任せて、我々は次へ先回りする」

「となると……エリシオンか」

「その前よ。エリシオンに行くには航路を渡る必要がある」

「……なるほど。港町」

「行き先はアヴァンシアの町。そこで待ち伏せする」




 ——港町アヴァンシア。

 人気のない路地の先。そこで陸徒たちと再び遭遇する。


(ここは街中。立地としては条件は悪い。だが——)


 この技を使えば造作もない。

 そう判断した喬介は、逃走する陸徒たちの背後から踏み込み、剣を振るう。

 生まれ出る闇の蛇。決して彼らを逃さない。

 しかし次の瞬間——放ったはずの闇が、霧散した。

 全員の動きが止まる。そして前に立つ影。


「随分と大層な技みたいだけど、アタイの双竜剣の敵じゃないね」


 そこには紅と蒼の剣を携えた女剣士の姿があった。


(掻き消した……だと?)


 喬介は状況を疑った。だがこれは現実。


(炎と氷の、剣。あれは……)


 分析も束の間。

 突然周囲の空気が変わり、霧が発生。視界が白く塗り潰される。

 そして陸徒たちの姿が消え、気配も散った。


(追うべきか?)


 一瞬の躊躇いが生まれたその時、周辺から喧騒が聞こえてくる。


「アーシェラ女王様だと……?」

「どこだ!?」


 歓喜と羨望の声がざわめきとなり、一気に膨れ上がっていく。


「なるほど。あの女、機転が効くわね」


 アーシェラが目を閉じ、諦めと取れるような笑みで喬介に近づく。


「こうなってしまっては、もう彼らを追うことはできない」

「完全に、"場"を潰されたということか」


 そう言って喬介は目を伏せる。


(これで2度目の失敗か。ふっ、無様だな)


 次なる地、エリシオンが最後のチャンス。

 場所は火山。数多ある火山からどう絞ればよいか。

 答えは簡単だ。

 陸徒たちの後をつければいい。




 ——嶺王火山。

 噴き出す溶岩の熱波漂う地。

 喬介とアーシェラは、その岩上から戦況を見下ろしていた。


(……劣勢か)


 陸徒たちの動きは鈍い。

 このままでは全滅も時間の問題であろう。


(まぁ、この状況では無理もない)

「喬介、行くわよ」

「あぁ」


 アーシェラが動き出す。

 魔術書を開いた途端、輝きを放つ。

 詠唱を開始。風が止んだ。

 そこから繋げられる術。次の瞬間——空気が凍りついた。

 熱が途端に消える。火山地帯のはずの大地に、氷が走る。極寒の支配。


(火山の環境そのものを変えた)


 喬介は一抹の恐怖感を覚えた。その視界の先に映るもの。

 そこには巨大な炎の獣が。完全に動きを止めていた。

 氷の魔術の連続詠唱からの凍結。完全封殺。


「……さすがだな」


 喬介は鼻を鳴らした。

 ——すると突然、地面が揺れる。


「……?」


 体を走る嫌な感覚。

 躍動する巨大な氷像。そして——氷が砕けた。


(復活……だと!?)


 喬介は目を見開く。

 直後、どこからか聞こえてくる爆発。その先は、アーシェラだった。

 崩れた足場から落ちていくアーシェラに、炎が迫る。


(くっ、まずいな。だが間に合わん——)


 閃光が走る。轟く爆音。

 ——そして訪れる静寂。


(……庇った、のか)


 喬介の理解は一瞬だった。

 だが炎の獣には、情けも容赦もなかった。


「ちっ」


 反射的に喬介は地を蹴っていた。

 靡く剣閃。しかし獣には通じない。弾かれ、岩壁に叩きつけられてしまった。

 その直後、異様な気配が辺りから立ち込め、視線が引かれる。


(なんだ、あれは……)


 言うなればそれは、黒。濃密な闇。

 まるで人のものではない。その先にいる空也の姿が、歪んで見える。


「……殺してやる」

(……暴走?)


 生み出された黒が膨張すると、一瞬で獣を飲み込んだ。そして、終わりが訪れる。

 残ったのは静寂と——悲しみ。


(……終わったか)


 アーシェラは遠くを見据えたように言った。


「確かめてみたくなった」


 彼女の言葉の意図は理解していた。

 だが喬介の中で、胸騒ぎが消えることはなかった。

 そして、やがてそれは——現実のものとなる。


 

 

 ——スカイライン。

 天高くそびえ立つ塔の最上階。そこに鎮座するは、崩れた巨大な水晶。

 アーシェラの口から出た真実の言葉に、その場にいる者が驚愕する。


(アーシェラめ、この場で話す説得力の強さを知ってのことだったか)


 だが、いずれにせよこれで終わる。

 喬介は壁に寄りかかり、腕を組みながら安堵する。

 その時だった。消えない胸騒ぎが形となって現れた。


(なにっ)


 声が響き渡る。現れる銀髪の男。

 一斉に地を蹴って攻撃を仕掛けた。

 波美が走り出す。空間を縦横無尽に蹴った素早い動き。そして放たれる強烈な一撃。

 だが次の瞬間——波美の姿が消える。

 そして、視界の端で、彼女は崩れた。


(——!!)


 喬介は声も出なかった。

 それと同時に、彼の中で張り詰めていた糸が——切れた。


「うおぁぁぁぁぁっ!!」


 響く怒りの咆哮。誰もが驚きを隠さずにいた。

 喬介は地を蹴って一瞬で男に詰め寄る。

 初手の一撃。速さも、間合いも、完璧だった。

 ——だが浅い。

 

「くっ……ならばっ」


 喬介は柄を握り返す。

 繰り出される、止めどない連撃。

 剣を振るうたび、怒りが増幅していく。

 それと同時に、喬介の中で何かが湧き上がった。

 ——委ねろ。

 頭の中で囁く声。闇だ。

 喬介は承諾した。突如、体から黒きオーラが立ち込める。


(これが……闇の剣の……)


 濃紫の剣閃が走り、斬りつけるたびに闇が爆ぜる。

 そして徐々に相手を傷つけ始めた。

 だがその時——刃が止まる。


「……なんだ?」


 目の前の男は、ただ指先で剣を掴んでいた。


(バカなっ)


 力を込めるが、動かない。微動だにしない。

 喬介の顔が、焦りの色で染められる。


「甘いな」


 男の声と同時に、視界が弾けた。

 喬介の足元から光が噴き上がる。

 体が宙を浮き、制御することなど叶わない。


(……まずいっ)


 だが時すでに遅く、喬介の体は天井を砕き、塔の外へ放り出された。

 視界を埋め尽くす空。落ちていく。

 喬介はこの時、初めての敗北を知った。

 そして——初めて死を覚悟した。


(成すすべもない……)


 遥か天空から急速度で地上目掛けて落下していく。

 喬介は、迫りくる死の恐怖に耐えながらも、ただそれを待つことしかできなかった。


(これまでの人生を思い返す暇もないな)


 喬介は静かに目を閉じた。

 するとそこへ、喬介の中で再び声が聞こえてくる。

 ——死ぬのか。

 先ほどのものと同じ声。

 仕方ないさ。喬介が返す。

 ——ならば。

 声が強くなる。

 ——その命、我に預けてみよ。

 どういうことだ。喬介は問う。

 ——我は、暗黒竜。この力、お前に託してみよう。

 声が消えた。次の瞬間、喬介の体を闇が覆う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。