014 親分登場
船務長が叫ぶ
「船長代理!」
「何だい?」
「正体不明の艦隊が本船に近付きつつあります」
「こんな場所で艦隊だって?規模は?」
文明化された植民惑星から数千光年、もっとも近い銀河連邦の方面司令部基地からでも数百光年はある。
この位置で艦隊行動を取っている者がいるとは驚きだった。
もちろん、銀河連邦の宇宙船がこんな所で演習などをしているわけも無い。
「数は7隻、旗艦と思われる船の大きさは300m級。
残りの船は100mから180m。
全て武装されている戦闘艦です。
しかも明らかに本船に向けて戦闘態勢を整えています」
「その船の種別はわかるかい?」
「旗艦らしき船は大型商船を武装した物と思われます。
残りは・・・」
「どうした?」
「驚きました。
敵艦隊のうち2隻は旧式ではありますが、連邦の駆逐艦です!」
「駆逐艦だって?」
「ええ、武装は弱体改装されていますが、あれは確かに連邦の2世代前の駆逐艦です」
「2世代前の駆逐艦ね・・・」
連邦軍に属する軍船は老朽化すると、砲塔やミサイル発射機構などの武装を解除して民間に払いさげられる物もある。
この旧式駆逐艦はそうして払い下げられた物を再武装した物らしい。
もっとも民間ではビーム砲等は売買されていないので、自力でどこかから調達した武器を取り付けているようだ。
その場合、本来の物よりはるかに武装が弱体し、貧弱になるのは否めない。
宇宙船に搭載する武器は銀河連邦では厳しく管理されていて、現物も設計図も流出する隙がない。
従って海賊たちは独自の設計による武器や、怪しげな科学者達が作った武装を買い求めるしかない訳だが、当然それは銀河連邦軍の物と比較して数段劣る物となる。
それでも旧式とはいえ、銀河連邦軍の駆逐艦がこんな辺境で再武装をして行動しているとは驚きだった。
しかもその相手はほぼ間違いなく海賊であろう事は、その行動から知れた。
「駆逐艦ね・・・戦闘長、あの艦隊と交戦して勝率は?」
「旧式と言えども連邦駆逐艦の改造艦ですからね。
一応、油断はしないに越したことはありません。
それと敵旗艦の戦力がわかりません。
それでも本船の全戦力で戦えば勝率は90%以上だと思いますが・・・」
私に質問されて戦闘長も慎重に敵戦力を予測し、勝率を考える。
最新鋭の武装探査艦であるコランダム777は巡洋艦と駆逐艦の中間ほどの戦闘力を有する。
相手が2世代前の駆逐艦であっても、ほぼ敵ではないだろう。
しかし、確かに敵旗艦の能力がわからないのは危険だ。
「副長の意見は?」
「2世代前の旧式の駆逐艦は現行の最新型より容積は大きいですが、出力は小さいはずです。
本船は最新式の駆逐艦と戦っても1対2なら勝率は99%ですが、相手が3隻以上ならば難しいでしょう。
しかし2世代前の旧式駆逐艦ならば10隻以上でも圧勝できるはずです。
それに本船に格納されている警護艦は最新鋭ですから、2世代前の駆逐艦なら互角以上に戦えます。
そしてあの艦隊の旗艦と元駆逐艦以外はそれほどの武装をしているとは思えません。
おそらく、こちらの戦闘偵察艇や小型攻撃機で十分対応可能でしょう。
こちらが全戦力で戦えば勝率は高いです。
むしろ7隻と数が多いので、こちらに突っ込まれて白兵戦になった時の方が、面倒かも知れません」
「確かにあの数で白兵戦にされたら厄介だな」
あちらは宇宙船自体の数が多い上に人間が多数乗っているだろう。
こちらは戦闘部隊の亜人がいるとはいえ、人間は私一人しかいない。
数隻が突っ込んできて複数箇所から多人数で白兵戦を挑まれたら、単なる砲撃戦よりも厄介な事になるのは明白だった。
最後に私がミオに問う。
「副官はどう思う?」
「ほぼ副長に同意ですが、白兵戦にさせないためにも、もし戦闘になるならば、最初から全兵力以上をぶつける事を提案します」
「全兵力以上というと「アレ」を使えということか?」
「はい、そうです」
「なるほど」
そうこうしているうちに正体不明の艦隊もどんどん近づいてくる。
やがて船務長が報告をする。
「正体不明艦隊より通信が入りました。
どうしますか?」
「つないでくれ」
通信を繋げると映像版には六十がらみの温和で恰幅の良さそうな男が映る。
一見、どこかの気の良い中小企業の社長か、楽隠居を髣髴させる面体だ。
その人物がまるで商談の交渉をするかのように、笑顔で話し始める。
「やあ、始めまして。
私はギムナール・イヴァンという者です。
そちらで言うならば宇宙海賊を生業としております。
以後お見知りおきを」
その名を聞いて、私は先日捕縛したガンダルが言っていた言葉を思い出していた。
なるほどこの人物が奴の言っていた海賊の親玉かと。
「はじめまして、丁寧なご挨拶痛み入ります。
当船は銀河連邦の広域探査船で、私は船長代理の如月と申します」
「船長代理ですか?
一応確認したいのですが、あなたがそちらの船の最高指揮官と思ってよいのですかな?」
「はい、それで間違いありません」
「船長ではなく?」
念を押すようにギムナールが重ねて質問をする。
「はい、当船に元々船長はおりません。
したがって船長代理たる私が最高指揮官と認識していただいて問題はありません」
その私の返事にうなずくとギムナールは話し始める。
「如月船長代理殿、広い宇宙のこんな辺境で会うのは奇遇ですな、これも何かの縁でしょう。
縁は大事にしたいですな。
特にこんな辺境で出来た縁は・・・
ところで早速なのですが、そちらに私の部下と名乗っている者が、お世話になっておりませんか?」
「そう言った事は本来外部に漏らす事ではないのですが、もしそれがガンダルと名乗る無法者の事でしたら、確かにこちらでお預かりしておりますよ」
あきらかに承知の上で追尾してきた相手に、今さら隠しても意味は無いと判断した私が正直に話す。
その話を聞くとギムナールは落胆し、溜め息をつきながら話し出す。
「やはりそうでしたか、私の部下が早まった事は十分お詫びさせていただきます。
ところで物は相談なのですが、この件に関しては無かった事にしていただけませんかね?
船長代理殿」
「無かった事とは?」
「私の部下を無条件で解放していただきたいという事ですよ」
「連邦の法を破って海賊行為をした者をですか?
残念ながらそれは承知しかねますね」
「そこを何とかしていただく訳にはいきませんかね?
自分で言うのも何ですが、私は宇宙海賊としては一応話がわかる奴と言われておりまして、
もし私の部下をこちらに渡していただけるのなら、今後私や私の部下には、あなたの船には一切手を出させない事はお約束いたします」
「断った場合は?」
「当方は7隻の武装艦隊で貴船を囲んでいる事をお忘れなく、すでにお分かりとは思いますが、そのうち2隻は旧式とは言え連邦の駆逐艦ですぞ。
そしてこんな辺境ではあなたが助けを求めても誰も来れない事も当然ご承知でしょうな?」
表情は温和なままだが、ギムナールの話の内容は、次第に脅迫の色合いが濃くなってくる。
「なるほど、ところで私の宇宙船の立場もお分かりですか?」
「見た事のない船ですが、広域探査船と言っておりましたな。
私の知っている探査船と比較しても大きいし、こんな辺鄙な場所まで単艦で来る所を見ると、何か特別な探査をする船なのですかな?」
「いいえ、ここ5年の間に就役した新型ではありますが、単なる銀河連邦のごく一般的な量産型の一探査船ですよ」
この私の言葉にウソはない。
確かにコランダム777は最新鋭の武装探査艦ではあるが、ごく一般的な探査船だ
「ほほう、なるほど私はここ五年ほどは文明圏に戻っていませんでしてね。
そのような事情を存じ上げなかったのもお許しいただきたい。
しかし通常の探査船がこんな場所まで来るようになるとは、連邦もずいぶんと手を広げるようになってきたものですな」
「ええ、そして私は探査船の長として探査の他に、銀河連邦の辺境警備と治安維持も仕事の一部としております。
すなわち宇宙海賊の拿捕・撃退も仕事の一部という訳です」
「なるほど、そちらの立場は理解いたしました。
しかし、私の立場としては先ほどの要求を繰り返すだけです。
部下を解放して欲しいとね」
あくまで言を曲げないギムナールに私も猶予を求める。
「こちらとしても私の一存では決めかねる。
少々時間をいただいてもよいかな?」
「5分さし上げましょう。
ご承知と思いますが、こちらは7隻で囲んでおります
ワープで逃げようとしてもむだですぞ?
その兆しがあった瞬間に攻撃をします」
「了解しました」
映像を切ると私は艦橋の面々に話しかけた。
「さてさて、一難去ってまた一難か・・・どうするね?諸君?」
私の質問に副長が答える。
「敵がいきなり攻撃してこなかったのは、こちらに言わば人質がいるからでしょう」
その副長の言葉に戦闘隊長が自分の意見を述べる。
「いいえ、いざとなれば人質を見放してもこちらを攻撃してくるでしょう」
戦闘隊長の言葉に私もうなずく。
「やはり戦うしかないか・・・」
「そうですね、このまま膠着状態というのは相手も望まないでしょう」
ミオの言葉に私が勝率を戦闘長に聞く。
「こちらの勝ち目はどれくらいかな?」
「先ほども言ったとおり敵旗艦の能力が今ひとつわかりません。
それ以外なら100%確実に勝てるのですが」
戦闘長の言葉に私が用心深く答える。
「ふむ、配下に旧式駆逐艦を2隻加えているなら、旗艦は現駆逐艦と同等以上、すなわち本艦と同等と考えていた方が良いな。
流石に巡洋艦クラスではないだろうがね・・・」
「ええ、それはまず、ありえません」
私の疑問に副長も同意する。
連邦の軍艦が旧式となり、新型と交換する時は、まず配置換えとなり、旧式の軍艦は辺境や、さほど重要な拠点ではない場所に配備されるようになるか、練習艦として使用される事になる。
さらに古くなって、使いどころがなくなって来た場合は民間に払い下げられるのだが、この場合は当然の事ながら武装を全て解除し、軍の機密に相当する物は全て破棄される。
しかし、この規定はあくまで巡洋艦より下の艦艇の扱いであって、巡洋艦以上、すなわち巡洋艦、重巡洋艦、戦艦等は全く違う過程で扱われる。
巡洋艦や戦艦は建造資材や、船体構造その物が機密になっているために、耐用年数限界まで使用され、その後は標的艦として演習に使用されて完全に消滅させられるか、解体されて次世代の材料として利用されるかの2つしか道がない。
例外として記念艦や陳列艦として残る場合もあるが、それらは永久保存になるので、もちろん、こんな場所にある訳が無い。
数百年以上前ならば、書類ミスや廃棄の手続きをする者への業者からの賄賂等のために、不法に艦艇が流される場合もあったが、28世紀の銀河連邦では、そのような事はまずありえない。
従って目の前にいる大型艦が巡洋艦級と言う事はありえないというのは副長の言う通りだった。
その副長の言葉にミオが対応する。
「それでも、危険を冒すわけには参りません。
もしやるなら、やはり当船の全力以上を持ってあたりましょう」
ミオの言葉に私も覚悟を決める。
「では副長、あの作戦をやろう。
アレは今いくつある?」
「アレですか?
現在10基はありますが、既に敵の視界内に入っていますから、出した瞬間にばれてしまいますよ?」
「煙幕を炊こう。
それと電波霍乱や他の計測機器妨害処置も合わせて全てね。
アレが展開するくらいまでは持つだろう?」
「そうですね、それ位でしたら何とか」
「それともう一つ、あっちも使おう。
確か2隻あるよね?」
「はあ、あちらはまだ出力も不安定なので、あまりお薦めはしませんが・・・」
「構わない、枯れ木も山の賑わいさ、最悪爆発したって構わない。
とにかく武装されている物は全て出そう。
出し惜しみをしている場合じゃない」
「というと、多目的救助艇も?」
多目的救助艇とは全長20mの中型艇で、本来は数光年先の人命救助をするのが目的の中型艇だ。
しかし、一応戦闘偵察艇と同等の主砲を搭載しているので、通常の海賊船程度なら十分互角以上に戦える。
「そうだ、警護艦の他に、戦闘偵察艇、多目的救助艇、中型戦闘機、小型戦闘機、戦闘可能な物は全部出すんだ」
「了解しました」
「よし!では 第1級戦闘配置プラス特殊作戦と行くか、副長」
「はい、全艦に告ぐ!
本艦は海賊と遭遇した!
これより戦闘配備となる!
全艦第1級戦闘配備及び特戦配備!
全艦第1級戦闘配備及び特戦配備!」
私の指示により、全船内に副長の命令が響き渡る。