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22:魔女見習い、悲しむ

 本来ならすぐに隣国へ帰還する筈だったエリス達だったが、ならず者たちに襲われたため、王妃の計らいでそれは数日延びることとなった。安静と休養の名目だったが、エリスが大人しく休養しているわけがない。

 王たちは、エリスが安静のため部屋に閉じこもっているとばかり思っていたが、そうではない。彼女は護衛の目を盗んでは、嬉々として城の図書館に入り浸っていたのである。そんな呆れる事実を護衛達は王に伝えるわけもなく、表向き、エリスは自室で安静していると知れ渡っていた。


 メアリもエリスが帰国するまでの数日を惜しむかのようにちょくちょく会いに行ったのだが、いつ尋ねても図書館にいますとの返答。そうして図書館に行ったら行ったで、彼女は本に集中するあまりメアリの相手をしてくれず。


 あんまりなエリスの対応に、メアリはむくれた。そうして彼女の暇を潰す場所は、いつの間にかアベルの私室に変わっていた。近ごろはもう完全に彼の部屋に入り浸り、愚痴ったり昼寝したりアベルの昼餉の肉料理をかすめ取ったりとしたい放題だ。


 そんなメアリにいい加減うんざりしていたアベルは、ついにエリスの元へと向かった。読みふけるエリスの前に仁王立ちし、言い放つ。


「メアリが構ってくれないとうるさいんだ。もういい加減本から離れたらどうだ!」

「アベルに関係ないでしょ」


 ……一蹴された。

 始めから分かっていたことだったが、あのエリスがアベルの言うことなど聞くわけもない。というか、この国に彼女に言うことを聞かせられる人物などいるのだろうか。……いや、そういえばいた。


 その日の夕暮れ、アベルの部屋にて、ウィリスにちくったわね……!とアベルとメアリを追い駆けまわすエリスや、アベルを人身御供として差し出すメアリの姿が見られた。


 しかし、そんな騒がしい日々を過ごしながらも、エリス達の帰国の日は刻一刻と近づいていた。

 そうして帰国当日、エリスは大変別れを惜しんだ。――アベルとでもメアリとでもなく、蔵書たちと。


「あ~アクロイド城の蔵書、本当に最高ね! やっぱり貿易大国なだけあるわね。世界中の蔵書がここに一辺に集まってるみたい! 何より歴史を改竄せずに記しているところが最高よ!」


 彼女の目はとっても生き生きしていた。ここ一週間で一番。少しばかりメアリは悲しくなった。


 しかしさすがのエリスも帰国当日に、本ばかりにかまけるわけにはいかない。公の場のためのドレスを着、化粧をし、王たちに挨拶のための口上を頭の中で練習したらもう完璧だ。いそいそと一週間お世話になった部屋を退出し、玄関ホールへと移動した。そこには、もうすでにウィリスやメアリ、アベル、ジェイルの姿があった。


 皆揃ってこちらを見上げている姿を目にすると、次第に感極まってきた。そのまま彼らの元へ降り立ち、何か言おうと口を開くと同時に、執事が彼らの前に姿を現す。そして、王、王妃の登場を口にした。慌ててエリスもアベルの隣に並ぶ。

 王と王妃が階段を降り切り、まずはエリスが礼をとる。それに彼らが頷き、エリスは顔を上げた。


「先日はこのアクロイド国で危険な目に遭わせてしまったこと、大変申し訳なく思います」

 まず王妃が口火を切った。その後ろで、王は影を薄くして見守っている。


「いえ、お気になさらず。そのおかげで貴重な体験をさせて頂きました」


 どうせ本だろう、そうだろう。

 アベルが心中で突っ込むと、王妃が急にこちらを向いた。


「アベル、こちらに」

「――はい」

 嫌な予感を抱えながら、アベルは渋々エリスの隣に歩み寄る。王妃が急にかしこまった話し方をするなど、もうあれしか無いだろう。


「ところで……アベルとの婚約の話ですが」


 直球だー!

 アベルは目を見開いた。まさか、エリスがもう帰国するという今になって、そんな重大な話をするとは思わなかった。いや、何となく想像はしていたのだが、しかしやはり婚約の話をするにしても、皆が席についているディナーの場のはずだ。このような玄関ホールでしていい話ではない。


 王妃も早く婚約を取りつけたくて焦っているのだろうか……とアベルは冷や汗を流す。


「そうですね……」

 エリスも始めは驚いたが、すぐに気を取り直した。何を話そうか、何から話そうかと言いよどむ。


「私、このアクロイド国に来て、様々なことを学ばせていただきました」


 そりゃあそうだろう。数日図書館に籠っていたのだから、何も学ばないわけがない。

 心中で可愛くない突っ込みをしていたら、急にエリスがこちらを向いた。心の中が読まれたわけではないのに、アベルは思わずビクッとする。


「彼……アベル様は、生意気だし、驕っているし、話は下手だしデリカシーは無いし子供っぽいし。始めはこんな人が王子なのかと驚きました」


 全然ほめてないな。逆に貶してるな。王族貶して良いと思ってるのか。外交問題になるぞ。ってか俺が外交問題にしてやろうか。

 アベルは沸々と湧き起こる怒りを堪えた。


「でも、それは私も同じでした。私達、まだまだ未熟者なんです。国のために自分が何をできるのか、まだ考えていない。考えていたとしても、その決意は他人の言葉で簡単に揺らいでしまう」


 うっ、とメアリは小さく身を固める。どう考えても、エリスの言う他人とは自分のことだ。

 やはり、余計なことだったのだろうか……と少しばかり不安になる。


「でも、未熟者だからこそ、これからも成長したい。自分の考えに固執するでもなく、自分一人で決めることなく、見聞を広めて、周囲の言葉に耳を傾けて、そうして一番良いと思えることをしたい。そう思うんです」


 エリスは背筋を伸ばした。遠くを見つめるように。


「だから、今はまだ自由でいたいんです。婚約に、国同士の結びつきに囚われることなく、自由なままで、自由に考えてみたい」

 エリスは言葉を切り、にこりと微笑む。


「だから、アベル様とは友達と言う形で、これからも付き合っていきたいと思っております」

 そしてクルッとアベルの方へ向き直った。自然、アベルも背筋を伸ばす。


「アベル殿下もそれでよろしいですか?」

「あ……ああ」


 婚約せずに済んだのは嬉しい……のだが、信じられなかった。あの頑なだったエリスが、こうも考えを改めるとは。


「ぜひまたアベル様もエルウィン国へ視察にいらしてください。その時は、友人として喜んで案内いたしますわ」

「――ああ」

「それでは、失礼いたします」


 深くエリスは頭を下げる。そして迷いのない瞳で前を向くと、颯爽と歩き出した。


「アベル……振られましたね」

 優雅に去って行く一行を見送りながら、王妃がぽつりと呟いた。


「は……はあっ!? なんで今のが振られたってことになるんですか!」

 もちろん顔を紅潮させながら反撃する。


「熟練者の私には分かるのです。あの姫の瞳にあなたは映っていません」

「じゅ、熟練者……?」


 何の、とは聞きたくなかった。艶やかな美しさを持つ王妃にだって、もちろん若者の時代はあっただろう。そして、様々な恋愛経験を積み――いや、やはり考えたくない。

 アベルが母親の恋愛関係について複雑な思いで悩んでいると、王妃はにっこりと近づいて彼の耳に囁いた。


「どんまい」

「母上ぇ―!!」

 最後のとどめだった。アベルはその場に項垂れた。様子を見ていた王は、その撃たれ弱さは何と自分にそっくりなことか、と涙を呑んだ。頭や剣術などは王妃に似てそれなりに優秀なのだが、しかし性格面は……自分に似て、残念だ。少しばかり、王はアベルに対して申し訳なく思った。


 お見送りの使用人たちが皆、にこやかにその珍しい王族の団欒を眺めている傍らで、メアリもまた、にこやかというよりはニヤニヤと笑いながら眺めていた。もちろん、アベルの通常運転の撃たれ弱さに対する笑いだ。

 しかし、だからこそ目の前の御仁に気付くのが遅れた。


「もし」

 自分が呼ばれているとも思わずに、未だニヤニヤと笑い続ける。


「そこのあなた」

「ひゃっ、ひゃい!」


 二回目でようやくメアリは顔を上げた。目の前に、見上げるほど背の高い女性――王妃が立っているのを見、慌てて再度頭を下げた。


「顔を上げなさい」

「はい!」

 王妃からのお達しで、機械仕掛けの人形の様に再び顔を上げた。


「確か、先日風邪をひいて倒れ方ね。もう体は大丈夫ですか。」

「はっ、はい! もう全然大丈夫です! あの、あの時は部屋もお貸し頂き、ありがとうございました!」


 視線をどこへやればいいのか困る。目を合わせるわけにもいかないし、かといって明後日の方向へ向くわけもいかない。結果として、メアリは王妃の豪華なドレスの裾を凝視することになった。


「それに加えて、あなたも視察の時、エリス姫に同行していたとか。アベルが居たにもかかわらず、危険な目に遭わせてしまったこと、代わって私がお詫びするわ」

「え……いえ、そんな! あの後すぐにウィリスさんと殿下が助けに来てくださいましたし、本当、王妃様が謝られるようなことは何も起こってないので……大丈夫です!」


 ひたすらにメアリは恐縮する。それもそうだ。自分より遥か高い地位にいる王妃に頭を下げられてしまったら、逆に申し訳なくなってくること請け合いだ。


「それは良かった。愛想をつかさずに、またアベルとも遊んでやってね」

「は、はい、もちろんです! あの、本当にありがとうございます!」


 何がありがとうなのか、メアリ自身もさっぱりだ。しかし、王妃に気にかけてもらったことが嬉しく、もうそれがありがとうでいいではないか、とすら思う。

 碌にメアリは返事もできないまま、王妃の後ろ姿を見送ることとなった。そんな時、ニヤニヤと笑うアベルと目が合った。


「ひゃっ、ひゃいっ!!だってさ」

 その腹の立つ表情のまま、メアリの物まねをするアベル。当然黙ってるメアリではない。


「殿下だってエリス様に振られた癖に」

「あれは……振られたとかじゃない! 婚約者としてってよりも、友人の関係の方が気楽だってことだろ」

「それを振られたって言うんですよ。女性が男性に友人でいてくれって言うのは、傷つけずに振る文句なんです」

「な……何だと!?」


 またもやくだらない口喧嘩に発展した。使用人たちは温かく――というか、もはやまたかと言う目だった。


 王妃も始めは驚いたように目を見開いていたが、次第にそれが呆れたものへと変わる。

「ほら、二人とも、彼女を見送って差し上げなくても良いのですか? もう行ってしまいますよ」


 ハッと正気に戻る。すっかり忘れていたが、エリスはもうすぐ出立する筈だ。ゆっくりしている暇などない。


「行きましょうか」

「……おう」


 始めは照れくさそうに二人してゆっくり歩き出した。しかし、遠くで馬の嘶きが響くと、慌てた様に走り出した。


 そんな様子を、王妃と使用人ともども、温かい目で見つめていた。――あ、王もいたんだった。すっかり蚊帳の外な王は、悲しそうに彼らを見送っていた。最近息子のアベルと仲が良いらしいメアリと、自分も話してみたかったのだが、そんな王に気付くことなく彼らは行ってしまった。少し寂しかった。


 一方メアリ達は、急いで馬車の元へと駆けつけたが、厳密にいうと、全く出立する気配はなかった。というのも、馬車の方はもう準備万端なようだが、その目の前でエリスとウィリスがイチャコラしていた。ウィリスは爽やかにエリスに話しかけ、対するエリスはそれに嬉しそうに頬を染めていた。


「あー……なんか、今行ったらお邪魔じゃないですかね」

「そう……だな」


 出鼻を挫かれた様に、二人は手前で立ち止まった。そのまま遠くから二人の様子をしばらく眺めてみるが、良い雰囲気は変わらない。


「婚約、せずに済みましたね」

「ああ」

 メアリがぽつりと呟く。

「じゃあ、これでわたし、お役御免なんですよね」

「……ああ、そうだな」


 アベルとの契約は、婚約しないというものだったはずだ。エリスのおかげで、それは果たされ、メアリは、当然もうここへ来る理由は無くなった。


「エリス様とウィリスさん、上手くいくといいですね」

 耐え切れず、メアリは話し出す。


「もし……もしですよ? エリス様とウィリスさんが結婚することになったら、わたしも式に呼んでくださいますかね?」

「気が早いなおい……」

「というか、そうでなくても、エリス様が城に遊びに来た時にはわたしも呼んでくださいよ?」


 寂しい。


「あ、アベル様がエルウィン国に行く時でもいいですよ。絶対に声をかけてくださいね」


 たった二週間ほど共に過ごしただけなのに、寂しい。


「てか、どうやって声かけるんだよ。俺お前の家知らないし」


 呆れた様にアベルは言う。そんな彼を見ながら、メアリは不思議な思いを抱く。

 寂しいのは、エリスやウィリスが隣国へ帰ってしまうからだと思っていた。もちろんその気持ちは間違いではない。しかし、驚くことに、自分はどうやら目の前のアベルとも会えなくなることも寂しいようだ。


 振り返ってみるとアベルとの出会いから始まり、口喧嘩や水難事故、酒場修羅場事件に髭面ロリコン事件等々……。一言で言い表せないくらいたくさんの出来事が詰まった二週間だった。

 良い思い出……というか、嫌な思い出しかないような気もするが、それでも楽しかった。


「わたしの家、教えますから、時々は会いに来てくださいね」

「お前が会いに来いよ」

「エリス様が来た時も、ちゃんと教えてくださいよ」

「教える教える」

「エルウィン国に行く時だって、一人で勝手に行ったら承知しませんからね!」

「はいはい」

「また……また皆さんでお茶会できると――」

「っだあぁぁぁーーー!! もう何なんだよさっきから!」


 アベルが発狂した。


「何でそんなに暗いんだよ! いつもみたいに馬鹿みたいに笑えよ!!」

「ばっ……! 馬鹿みたいって何ですか! 失礼にも程がある!」

「いつも能天気に笑ってるやつが暗いと調子狂うんだよ! ほら笑え!」


 いつまで経っても沈んでいるメアリに、アベルは業を煮やし、実力行使に出た。メアリの軟らかい頬を両手で摘まみ、力任せに左右に引っ張った。


「いっ、いひゃい……! ちょ、止めっ!」

「お前が暗くなくなったらな! さっさと笑え!」


 笑えるものも、これじゃ笑えるか!

 そう叫びたいが、このままじゃ満足に話せるわけもない。

 メアリはだんだん腹が立ってきて、アベルの頬を思いっきり摘まんだ。そして左右に引っ張る。


「おまっ、馬鹿力過ぎ!」

「ざまあみろです! 殿下がこの手を離したらわたしだって離しますよ!」

「くっ……!」


 しかし両方とももちろん手は離さない。膠着状態が続く。


「つーかお前! 何でそんなに暗いんだよ!」

「だって……! 寂しいっていうか!!」


 恥をかなぐり捨ててメアリは叫んだ。


「もう……皆に会えないんだと思うと……」

「何でそう決めつけるんだよ! 隣国じゃないか! 行こうと思えばすぐ行ける!」

「でも馬車で数日はかかります」

「行こうと思えば三日なんてすぐだ!」

「でもお金だって……」

「俺が出してやる!」


 メアリは唇を噛む。メアリだって薄々わかっている。行こうと思えば、隣国だってアベルのいる城にだって行けない距離じゃない。でも、それでも不安だった。いくら強固な絆だって、数年も経てば薄れゆく。距離が近いからって、幾日も会わなければ、心が離れない保証はないのだ。


「なら、俺のところで働くか?」

 メアリの寂しそうな表情に、その言葉が口をついて出た。


 アベルだって寂しくないと言ったら嘘になる。メアリが当たり前の様に傍にいた時は、騒がしい奴くらいにしか思っていなかったが、いざその姿が無くなると思うと、ぽっかりと心に穴が開いたような気持ちになる。


 いつも能天気で、時々突拍子もないことを言い出すメアリが傍にいたら、少しは退屈しなくなるのかもしれない、そう思って出た台詞だった。しかし。


「え、嫌です」

 即答だった。一瞬何を言われたのか分からないアベルがきょとんとする。


「アベル様の下で働くのは、もう一生御免なくらいです」

「い……言ってくれるじゃないか」


 もうアベルの心は折れそうだ。先ほどまで泣きそうな表情だったくせに、今はすっかり鳴りを潜めている。見間違いだったのかと思うほどだ。


 そんなに嫌か……そうか……。

 しかし落ち込むだけ落ち込めば、今度は腹が立ってきた。


「あーそうか、分かった。お前がそんな風にいうんだったら、エリスが来ても連絡しないぞ」

「そっ、それはひどいです! さっきしてくれるって!」

「気が変わった。もう連絡しない」

「むっ……むうぅ!!」


 メアリは両手に力を込めた。先ほどまですっかり忘れていたが、そういえば自分達はまだ相手の頬をつねったままである。言うなれば、やりたい放題、されたい放題。メアリが力を込めるのに比例し、アベルも躍起になって力を込める。すると更にメアリも力を込める。アベルも力を込める。メアリも以下略。アベルも以下略。以下略。以下――。


「何やってるのよ、あんた達!」

 永遠に勝負がつかないと思いきや、仲裁の声は思わぬところからやってきた。


 相手の反応を窺いながら、おずおずと互いに手を離したのを見届けると、エリスは呆れた様に大きなため息をついた。


「遠くで何か喧嘩してると思ったら、こんなくだらないことやって……。あんた達今何歳よ」

「…………」


 ごもっともだ。言い訳の仕様もない。しかしこのままだと、更に説教が長引きそうなので、それとなく話題を変えることにする。


「そういえば、エリス様。ウィリスさんは良いんですか?」

「ウィリス? ああ、大丈夫。私、あなた達に話したいことがあるって言ってきたから」

「話したいこと?」

「ええ。にもかかわらず、こっちに来たらあなた達は程度の低い喧嘩してるし……」

「ま……まあまあ! わたし達がいつもこんな感じなの、エリス様もよくご存じじゃないですか! それよりも、話って何ですか? 時間もないことですし」

「そ……そうね」


 エリスはコホン、とわざとらしく咳をする。


「私、私ね、自分に素直になることに決めたの」

 メアリとアベルは、突然の告白に目を丸くした。


「私、ウィリスのことが好き。幼い頃からずっと好きだったの」

 その瞳に、揺らぎはなかった。


「だからこれからは自分のために、自分に一生懸命生きるわ。まずはウィリスと両想いになってみせる」

 満面の笑みでエリスは握りこぶしを作った。その様子に、メアリとアベルは苦笑する。


「なかなか手強いと思いますよ。ウィリスさんは鈍感ですから」

「大丈夫、どんなに時間がかかっても、私は諦めないわ。開き直った女は怖いんだから」

「ほどほどにな」

「ええ!」


 エリスは嬉しそうに笑う。その顔には、喜色が溢れている。少し前までのあのお淑やかなエリスと今とでは、似ても似つかない。しかし、こちらの方が人間味溢れていて、そして彼女らしい。


「でも、そのためにも、ね」

 なぜかここまで来て、エリスはもじもじし始めた。自信なげに顔を俯ける。しかし、きょとんと二人が見守っていると、ついに決心がついたのか、急にバッと顔を上げた。


「アベルには私の婚約者になって欲しいの!」


 ――時が止まった。


「ここで婚約をせずに帰国してしまったら、きっとお父様は他の人との縁談を組むはずだわ。それを断るのも面倒だし、それに今はウィリスに想いを伝えることに集中したいの。だから……」


 可愛らしくエリスは小首をかしげる。


「あ、でも大丈夫よ! アベルは何もしなくていいわ。お父様には口約束だけで婚約者になったとでも言っておくから、国としての付き合いは無いと思うの」


 再び拳を作り、笑顔で言ってのける。


「だからお願い」

 メアリとアベルは笑顔のまま固まっている。そして顔を見合わせた。


「メアリ」

「はい」

「契約期間、延長な」

「ですよねー」


 温度差のある三人の間に、生暖かい風が吹きつけた。

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