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「俺は、幻術使いの一族が貧しい村娘に金を払い、試しに生まれた子どもだった」

 彼は、淡々と話し始めた。

「子が生まれなくなっていた幻術使いの一族は、とにかく力を持った子が必要だった。様々な試みがなされた一つが俺だ。だが、生まれてきた俺は、常に幻術が使えるわけじゃない。使うときだけ瞳が変わり、使った後は酷く弱る。一族は俺を紛い物として、纏まった金だけを渡して捨てた。俺が姉だと思っていた兄姉の一人は俺の母で、俺が両親だと思っていたのは俺の祖父母で。どうして俺の名が『役立たず』なのか。どうして俺は家族と同じ待遇を得られないのか。家畜に与えるからと残飯すら与えられず、木の根を齧れば木が傷むとぶたれ、お前が役立たずでなければ家は、村は潤ったのにと殺されそうにならなければならなかったのか。全てを知ったのは、俺が親父に殺されかけて、家族を殺した時だった。何が理由かもう思い出せない。理由なんてなかったのかもしれない。納屋で寝ていた俺をいつもみたいに殴っていた親父が酒に酔って鉈を持ち出してきた。俺は、咄嗟に横にあった鍬を掴んで、親父を刺した。親父の悲鳴で集まってきた家族達は、俺を殺そうとしたから、俺はみんなも殺した。でも、すぐに村中が気づいて、俺を殺そうとするだろうから。俺はもうどうしたらいいか分からなくて、納屋でヤギを抱いて震えてた。そこに兄様がやってきたんだ。兄様は俺から話を聞いて、すぐに家を燃やしてくれた。村中に幻術を張って、村を焼き尽くしてくれた。そうして、俺を村から連れ出してくれた。兄様は、もう幻術使いは自分達しかいなくて、それもこれも全て真贋使いの所為だよと俺に言った。兄様は、俺が見たことも聞いたこともない場所に連れていってくれて、驚いて言葉を失うほど美味い物も、触れても肌が傷つかない柔らかい布で服を作ってくれて、乗ると身体が沈み込むベッドを与えてくれた。生まれて初めて、おいでと言ってくれた。生まれて初めて、殴る以外で人の手が触れた。生まれて初めて、目が合うと舌打ちじゃなくて笑ってくれた。俺は、この人の為に生きようと思った。この人の役に立ちたいと思った。けれど、あの人は真贋使いしか見てはいなかった。真贋使いを滅ぼすことにしか関心がなかった。自分一人だと、自分が結晶となった後に作戦を実行する人間がいなくなるから、俺を連れていってくれたんだと、気づいた。けれど、俺はそれでもよかったんだ。よくやったとあの人が喜んでくれるなら、それでよかった」

 瞳を覆われた男の口調は、どこか安堵が見える。絶望や虚無がないはずがない。けれど、浮かんでいたのはやはり安堵だった。

「フェイも、あいつの先輩としての俺も、俺が生きてみたかった人間だ。俺は、あんな普通の人間として、普通に周りと会話して、食事して、関わってみたかった。兄様も、本当はそうだったんだと思う。けれど、本物であろうが紛い物であろうが、俺達は異能なんだ。どこまでいっても異能は弾かれる。大多数にとっての脅威が現れた時だけ持ち上げられて、それらが去れば次が自分達が弾かれる。次は真贋使いの番だ。真贋使いも、俺達と同じように滅びるだろう。その時、あいつらは真贋使いのままでいられるのか。それとも、幻術使いと同じように狂っていくのか。……その結果が出るまで俺は生きてはいないだろうが、俺の命があるうちは、見ていたいと思っている」

 覆いをされている人間が、更に窓もない隣の部屋まで見えているわけがない。けれど、明らかに私に向けられた言葉を背中で聞きながら、部屋を出た。




 フェイだったときは見上げるばかりだった建物内を、擦れ違う人間達に頭を下げられながら進む。周りを囲む親衛隊は、水色の隊服に変わっている。黒の線が入ってはいるが、服していた喪から本来の隊服に戻った。

 前から同じ服を着た集団が前からやってくる。その中で一番小さな影が走り出す。

「姉様!」

「はーい」

 きっとこれから大きくなる身体を抱きとめて、私達は手を繋ぐ。大きくなったら『姉様となんて手を繋いでいられません、恥ずかしい!』とか言われるのだろうか。そうなっても成長を喜ばなければ。ショックで寝込まないよう、今から心を鍛えなければならない。

 心持ちきりっと顔を引き締めていたが、小さな手で袖を引かれてすぐに崩れる。

「姉様、姉様。少し二人でお話し出来ませんか?」

「よし行きましょう」

 弟からの誘いとあらば、たとえ火の中水の中、数多の困難の先に進むこともやぶさかではない。

 意気揚々とトゥールの手を繋いで進み始めた私の肩がむんずと掴まれる。ロイヴァル、言いたいことがあるなら口でお願いします。

「お待ちください」

 口でも言われた。

「分かっています。部屋に戻るだけです。私達は寝室にいますから、皆は外にいてくださいね」

「それでしたら…………私もいてはなりませんか?」

「それはトゥールに聞いてもらわないと」

 二人で見下ろすと、トゥールは大きな瞳で私達を交互に見た。

「姉様、後で悶えませんか?」

「私は何を聞かれるのかしら!? ロイヴァル、外にいてください!」

「…………了解しました」

 聞かないほうがいいような、聞きたくないよう。だけど、ここで逃げたらただでさえ失態続きの姉の威厳が地に落ちる。寧ろ穴を掘るだろう。駄目だ。これ以上頼りないことはできない。『姉様なんて大嫌い!』なんて言われたら、泣くだけでは済まない。絶対だ。

 私は気合を入れ、可愛い弟の手を引いた。




 二人でベッドに腰掛ける。

「さて、姉様に話ってなぁに?」

 トゥールは少し身だしなみを整えて、私の裾を握った。

「姉様は、当主となるのですよね?」

「…………ええ、そうね」

 一度憎悪に飲まれた私が当主になるべきではない。それは分かっているが、もしもこの先、真贋使いの排除が望まれた際、首を差し出すのは当主のものだ。その役目をトゥールに渡すわけにはいかない。先がどうなるかは分からない。けれど、出来るならトゥールだけは守りたい。

「それが、どうしたのかしら?」

 話がそれだけということはないだろう。ここからが本題のはずだと身構えた私を、天使のような瞳が見上げてくる。

「姉様、ロイヴァルと結婚するのですか?」

 噎せた。

 それも思いっきり。

 何度も噎せこむ私の背を心配げに擦ってくれる弟は天使だ。だけど、原因も天使だ。

「きゅ、急になんです!」

「だって、ロイヴァルは、紹介された女性は姉様がいるからと全て断っていましたよ? ねえ、姉様。ロイヴァルと結婚したら、ロイヴァルが家族になるの?」

 てっきりきらきらした目をしていると思ったらちょっとだけがっかりした顔をしていた。どうしたのだろう。ロイヴァルでは何か不満なのだろうか。いや、そもそも一度私がフラれている状況で、不満を抱かれるロイヴァルが哀れだ。

「どうしたの? ロイヴァルでは嫌なの? だったら姉様、ロイヴァルに告白しないわ」

 風が強いのか、窓と天井と扉と床下が軋んだ。

 トゥールは、少し口を尖らせた。

「だって、ロイヴァル達はもう家族だから、新しい家族は増えないんですよね。ちょっと残念です」

「……えーと」

 なんとも可愛らしかった。そうか。お兄さんに憧れる年だったか。まだ見ぬ兄への憧れか……ロイヴァルは既に家族枠だから当てはまらないのかもしれない。

「トゥールは、全く知らない人にお兄さんになってほしい?」

「えーと、どこの馬の骨とも知れない人に姉様は渡しません?」

「…………トゥール? それだと姉様、誰とも結婚できないわ。それと、どうして疑問形?」

「昔、父様と母様がそう仰っていました!」

「情操教育に悪すぎます! 忘れなさい!」

 父様と母様は、トゥールの前で何を仰っているのですか!

 思い出とはかくも美しく、磨かれ続ける宝石のように輝いているけれど、そうだ、そういう人達だった!



 ぐったりして頭を抱えた私の裾が慌てて引かれる。

「でも、でもね、姉様」

「何かしら……」

「僕、ロイヴァルが他所で大切な人を作ってしまうのも悲しいです」

「そうね、姉様も悲しいわ」

「僕達とずっと家族でいてほしいです」

「そうね」

 どうしよう。私、ロイヴァルに告白していいのだろうか。昔、十五歳の誕生日に告白したけれど、恋と憧れを勘違いしていると振られたんだった。十八になったし、彼は決まった相手はいないらしいけれど、それは死者との約束を守っていただけで、生きて戻ってきてそれはそれで困っていると言われたら立ち直れない。

「家族が増えていくのはとても嬉しいですが、減っていくのは悲しいです」

「そうね、でも、皆が結婚するときは、彼らの幸せを祝ってあげましょうね」

 誰かと家族を築くなら、こんな先の知れない仕事をさせるわけにはいかない。彼らを解放することも考えなければならない。今まで一緒にいてくれた。トゥールを守ってくれていた。もう、彼らは彼らの幸せを手に入れなければ。

 トゥールは守りたいけれど、それで彼らを犠牲にするのは違う。異能持ちは、数が多ければ恐れられ、少なければ囲われる。

 生まれた時から彼らが傍にいてくれたから、それが当たり前になっていた。優しい彼らは一人になったトゥールをずっと守ってきてくれた。これからは、姉である私が守っていかなければならない。優しい彼は見捨てられなくなってしまうだろうから、だから、告白はやっぱりなかったことにした方がいいのかもしれない。

「ロイヴァルもですか?」

 刺さった。抉れた。破裂した。

「うぐ…………こ、これ以上ないくらい完璧に着飾って、花嫁さんのブーケを奪い取る勢いで、お、お祝い……します」

「しなくて結構です」

「でも私、化粧すると一気にけばけばしくなるのよね……もう、父様に似たのよ。母様に似たら、ふんわり可愛らしいトゥールみたいになれたのに……」

「目鼻立ちがはっきりした人目を引く美人なのに、どうしてそんなに自信がないのですか」

 私は、わっと両手で顔を覆った。

「だってロイヴァル、清純派の舞台女優さんが好きって言ったもの――!」

「…………なんですか、それは」

「せがんで連れていってもらった舞台公演で、どの女優さんが好きか聞いて教えてもらった人は、素朴な愛らしい方だったもの――! 足も細かったもの! 私と真逆の方が好みなのよね! ロイヴァルの好みの女性に近づこうと探りを入れる度、真逆の方ばかり答えられたのは、遠回しに断われていたのよね! 知ってるわよ――!」

「…………あれは、貴女が何度も聞いてくるので、適当に答えただけです。顔も名前も覚えていませんよ」

 心底呆れたといわんばかりの溜息が胸に突き刺さる。姉の威厳は地の底に落ちたかもしれない。…………それにしては、さっきからやり取りがおかしいような。

 はっと気が付いて顔を上げた時、傍にいたのはトゥールではなかった。

 失った片目を隠し、昔と変わらない瞳で私を見ているその人は。



「ロ、ロイヴァル」

「はい」

「……いつからいたの?」

「…………いたの定義をお願いします」

「定義を要求するような場所にいたの!?」

 扉か、窓の外か、天井か、床下か。さあ、どこだ!

 昔は私達を戒める側にいたというのに、ちょっと子どもっぽく目を逸らしたロイヴァルに百年の恋も冷める、どころか、凄く可愛くてきゅんとした。

 それにしてもトゥールはどこに行ったのだろう。

 きょろきょろと探したら、少し開いた扉からたくさんの頭が生えている。その内の一つがトゥールだった。目が合ったら、全員消えて扉が閉まる。トゥールはともかく、年頃の娘の寝室を覗いてた面子、外周百周いってらっしゃい。


 そして、しんっと部屋の中が静まりかえった。こんなことになるなら寝室なんて選ばなければよかった。

「…………えーと」

 どうしよう。聞きたいことはあるけれど、答えを聞くのが怖い。

 全ての勇気を振り絞って好きだと伝えた日、ロイヴァルは勘違いだと言った。それでも必死に伝えたら、父様と母様の所に引っ張っていって、私に見合いさせてほしいと言った。年頃の合う他の男と出会えば、自分への思いは勘違いだとすぐに分かると。

 ショックだった。ショックでショックで、今は隠れてしまっている側のロイヴァルの頬を思いっきり引っ叩いた。熱も出して寝込んだ。嵐が近づいて吹き荒れる天候の中、街まで走り、季節外れの桃を買ってきたロイヴァルに惚れ直してからは開き直ったけれど。



 改めてロイヴァルと向き合う。

 あの頃から変わったのは何だろう。身長はもう変わらないだろう。でも、少し痩せている。髪が伸びた。顔に火傷がある。私も背中にあるからお揃いだね。ちょっと目尻にあるのは傷だろうか、皺だろうか。どっちだろう。どっちでもかっこいい。

 火傷、痛かっただろうな。片目が見えなくなったら、距離感が掴めず大層苦労すると聞くから、きっととても努力したのだろう。毎朝きちりと同じ時間に起きて、全体鍛錬の前に個人で鍛錬していた生真面目なロイヴァル。その姿が見たくて、毎日早起きした。毎日会えるだけで幸せだったのにそれじゃ足りなくなって、告白して切り捨てられ、優しくされて開き直った。

 昔から彼に甘えてきた。我儘もいっぱい言った。いっぱい困らせた。それでも彼は、駄目なことは駄目と言うから。勘違いだと思っているなら、また、そう、言うだろう。

 二回振られたなら、諦めはつかなくても手放す覚悟くらいは付けられるはずだ。

 これから私は、最後の真贋使いの当主として様々な決断をしていかなければならない。己の恋一つで怖気づいている場合ではない。自分が傷つくことを恐れて弟を守っていけるわけがないのだから。



 髪を掻き上げて、昔ぶってしまった頬に触れる。逃げられない、嫌がれていない。仮令恋ではなかったとしても、これだけで充分だと己を納得させればいいのだ。

「ロイヴァル」

「はい」

「まだ、待てと言う?」

 私は十八になった。もう、子どもだからという理由は使えないはずだ。幻術に飲まれる未熟者だからと言われたら、そうねと微笑もう。どんな理由を並べられても、きちんと飲み込もう。泣いて拒絶するのは子どものすることだ。振られたのだとしても、私はもう大人だと彼に見せるのだから。

 さあ、否定の理由はなんだ。

「…………いいえ」

 いいえじゃ分からない。理由を頂戴。せめて理由があれば、そうねと微笑んで見せるから。

 優しい手が私を包む。背の高い大きな人が私の肩に額をつけ、深い深い息を吐く。

「三年間待ち続けたのは私の方ですよ。もう待てませんし、待ちたくもない」

「…………ん?」

「一体幾つ離れていると思っているのですか。私から口に出すことすらできようはずもないことを、貴女ときたら躊躇いなくぽんぽんと言い募る。大体、ご自分の立場を分かっておいでですか。ご両親の許可も頂かず、一回り近く歳の離れた男に思いを告げる人がありますか」

「あ、はい……え?」

 肩で喋られると首もくすぐったいと身を捩るけれど、がっちり掴まれていて身動ぎするのも難しい。

「私の心が追いつく暇も与えず見る見る間に大人になっていくくせに、いつまでも自分が子どもだと思っている。貴女にとっては何気ない動作一つでこちらを酷く掻き乱すくせに気付きもしない。子ども扱いしていると拗ねるくせに、大人扱いされる自分を想像もしていない」

「はぁ……ん? え?」

 矢継ぎ早に告げられる言葉を飲み込む前に次の言葉が飛んでくる。見上げる片目は怒っている。凄く、怒っている。断られる衝撃に耐える覚悟しかしていなかったので、怒られる覚悟はなかった。告白して怒られるのは切ないし虚しいけれど、体勢がおかしい。どうしてこんな、抱きしめられて怒られなければならないのだ。子ども扱いされているのだろうか。いや、でも、子ども扱いしていないと怒っている、ような、気がする。

「ロイヴァル、少し待って。頭の中ぐるぐるで……少し時間を」

「嫌です」

 一刀両断。鍛錬を欠かさない真面目な人は、こっちの懇願までずばっと一刀両断してみせた。そんな鍛錬必要ないと思う。

「そろそろ、覚悟を決めて頂くのは貴女ですよ、ジェーン様」

「あ、うん、はい?」

 近づいてくるロイヴァルの眼が怖い。無意識に真贋を発動してもどうにもならない。だって、真贋はまやかしにしか通用しないのだ。

「覚悟は宜しいですか?」

「お、お手柔らか、に?」

 とりあえず手加減を懇願しておくのは無駄ではないはずだ。何となくそう思ったので頼んでみたら、にっこりと笑顔が降ってくる。そう、降ってくるのだ。天井を背負って私を見下ろすロイヴァルは、すぅっと息を吸った。

「隊長命令だ。トゥール様と遠乗りに、全員出ていけ」

「了解しました!」

 窓から、天井から、床下から、勿論扉から。あちこちから返事が返る。寝台の下から出てきたムジルと、クローゼットから出てきたシヨウは外周千周でお願いします。


 蜘蛛の子を散らすように誰もいなくなった部屋に、今度こそ本当の沈黙が落ちる。何か会話を提供するのも部屋主の務め。それに、妙にどきまぎするこの雰囲気に耐えられない。

「あの、ロイヴァル? 私、一度里に帰ろうと思うの。皆のお墓参りをしてから、これからのことを決めたいの。……もし、もしもよ? 里で暮らしたいと言えば、親衛隊、何人くらいついてきてくれるかしら」

 全員は無理だろう。十人切ったら、護衛する彼らの負担も計り知れない。そうなったらいっそ、トゥールと二人で消えることも視野に入れる必要がある。

「そうですね。百人は固いのではないでしょうか」

「どうして増えたの!?」

 まさかの増殖。

 もう何に驚けばいいのか分からない私の瞼に口づけを落として、ロイヴァルは微笑んだ。

「幻術使いの一件が終わるまで、親衛隊の増員は避けていましたので。……それだけのことを、真贋使いがしてきたからですよ。真贋使いに恩ある人間が国にどれだけいると思っているのです。姉弟二人だけで滅びようと思ってもそうはいきませんよ。真贋使いが与えてくれた真実に救われた人間が、貴女達から孤独を奪う。時代は貴女達に厳しいでしょう。それでも、それだけではないのが人でしょう? 里に帰りましょう、ジェーン様。皆と一緒に、あの里へ。そうして、トゥール様に認めて頂けるよう、家族も増やしましょう」

「親衛隊が増えたら、トゥールも喜ぶね」

「そっちではありません」

 じゃあどっちなのだろう。ロイヴァルは、私に驚く隙も感動する隙も与えないつもりなのだろうか。

 嘘を暴く真贋の瞳でも、今のロイヴァルが分からない。真実だけを映しているのだろう。それは分かるのだけど、甘く、切なく、優しい怒りに満ちて、よく、分からない。

「好きですよ」

「うん?」

「貴女が好きです」

 少し沈黙が落ちる。

 その言葉を飲み込んで理解した瞬間、爆発的に身体中に染み渡っていく。心臓が跳ねあがり、息がしにくい。燃える。幻術の結晶は砕け散ったはずなのに、胸が燃えてしまう。

「断られる覚悟しかしていないわ!」

「だと思いました」

「私、ちゃんと手当てしてないから火傷の痕も酷いの!」

「大丈夫です。手当した俺も十分酷いですから」

 始めは霧雨のようだった口づけが、豪雨のように落ちてくる。

「す、少し待って! やめなくていいから、待って!」

「はい」

 優しいロイヴァルは、混乱する私の為に待ってくれる。だって、ロイヴァルは優しいから。ほら、いつもと同じ優しい笑顔が近づいてくる。

「三年、待ちました」

 笑顔と声音はとっても優しかったけれど、重なった唇は全然優しくなかった。

 百年の恋は冷めた。がちがちに固まって、最早消滅は不可能だ。

 そうして始まった千年の愛を、父様と母様の墓前に報告に行こうと思う。


 優しいだけの世界ではない。

 けれど、厳しいだけの世界もない。

 

「大丈夫ですよ。貴女達はどこにも行かなくていいし、どこにだって行ける。里を再建するのなら移住したいと申し出ている人々もいます。大丈夫です、ジェーン様。どうか、未来を怖がらないでください。真贋が見えるからと、人の業まで背負う必要はないのです」

 仮令真贋を閉じても、この声の真実は見える。優しさを信じられる。

 それはきっと、真贋の瞳よりも大切なことだ。

 失ったものは戻らない。けれど、失うばかりではないのだ。得たもの貰ったものがあるから、空っぽにならないでいられる。

 真実も嘘も、併せ持っているから人間なのだ。真贋の瞳が無くとも、人は嘘を見抜けるし、真実を信じられる。

 誰だって真贋使いだ。

 誰だって幻術使いだ。

 私達には目に見えるものとして現れただけで、きっとみんな変わらない。

 どこに行こう。誰と行こう。

 どこに行きたい? 誰といきたい?


「ロイヴァル、きっとこの先色々あるわ。誰を巻き込むのも申し訳ないような日々が待つかもしれない。……それでも、ごめんなさい。私は、あなたと生きたい」

「望むところです」


 私の真実はあなたがいい。

 あなたの真実は私がいい。




 この先何があったとしても、何もなかったとしても、私は生きていける。

 どこに行っても、どこにも行かなくても大丈夫。

 仮令真贋の瞳を失ったとしても、きっと大丈夫。



 だって、私の真実は、ここにあるのだから。







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