蜜柑編13
俺達は数時間馬車に揺られて、ようやくフィル帝国の入り口にたどり着いた。
楽しそう。俺が町並みを見て最初に思った事がそれだった。
入り口の様子はまるで学校の文化祭。門の中を通して見える町の様子は賑やかそのものだった。
「ここが……フィル帝国」
「ええ。まるでお祭りに来ているみたいです」
桜花の様子はとても楽しそうに見える。
「祭りに来るのは久しぶりなのか?」
「い、いえ……そういうわけではないのですが、その」
「帝さまと来れるのが久しぶりなのです」
桜花は少し困ったような笑顔で返答する。俺は唐突な笑顔に目を逸らしてしまい、戸惑った返答をしてしまった。
「そ、そうか。……よ、よかったな」
「はい……よかったです」
桜花もまた、顔を赤らめて目線を逸らしているようで気まずい。
「おーい! 二人とも、こっちじゃこっち!」
そこにジラルドの声が響く。
どうやら広場の屋台で食べ物を買っていたようで、手にはお菓子のような何かを持っている。あの爺さん、ここに来た目的解ってるんだろうな……。
俺達は門を潜って、広場にいるジラルドの元に駆け寄った。
「うむ。相変わらず露天商の多い、活気に溢れた国じゃ。検問は城の内部だけじゃから、城下町は自由に見られる。半刻ほど経ったらまた入り口に集合しようぞ」
ついさっき買ったと思われるサンドイッチのような何かを食べながらの言葉だった。
ジラルド、宗一さんの二人が門から見て左方向の道に歩いていったのを見て、俺達は反対側に歩き出していた。
入り口の案内所で貰ったガイドによると、この国は城を中心に大通りが円のように存在するみたいだ。俺達が今歩いているのもその大通り。主に商売が盛んなのも大通りらしい。
大量の出店、屋台が道の端に出展している様はまさに田舎の夏祭り、といったところだろうか。
そんな中、ある一つの店に俺の目が吸い寄せられる。
「うお……綺麗だな、このガラス細工」
見たことの無い模様を刻まれたガラス製の装飾類が大量に陳列されているのを見て思わず感嘆する。
「お兄さん、北側の民芸品を見るのは初めてかい? この模様はね、北を守護してくれる神様の模様なんて言われてるんだよ」
装飾に囲まれた売り物の真ん中、布に包まれた女性は微笑んで話しかけてくる。
「へえ、てことはお姉さんは北側の人なのか?」
「そうよ。でもね、はあ……聞いてくれるかい?」
俺が首を縦に振ると、女性は物憂げな表情で語りだす。
「あんまり大きい声じゃ言えないんだけどね。最近この国、フィル帝国の内政がおかしいんですって。キュルド様……第一王子様なんですがね、私ら商人相手に強盗まがいの事をしたり、道の真ん中で急に暴れだしたりするんですよ。もう怖くて怖くて」
第一王子キュルド……どうやらこの国でも彼の悪評は広まっているみたいだ。
「もうこの国でも安易に商売出来ないみたいだし、今回でこの国とはおさらばする予定なのよ。……うわさをすれば。見てみな、向かいの屋台」
女性が指差した先にいたのは、明らかに周りと違う豪華な服を纏った人相の悪い男。
どうやら向かいの飲食店にいちゃもんをつけているみたいだ。
「触らぬ神に祟りなし……ってお兄さん、ちょっと!」
俺はその光景に黙っていることが出来なかった。気が付いた時には足は動き出し、目は真っ直ぐキュルドを睨み付けていた。
「ですから……それは……」
「ああ!? 客の言い分にケチ付けるっていうのか? 俺が誰だか分かって言ってるんだろうな!」
「……いくら王子様でも、こんな言い分認められません!」
「いい度胸だな、おい!」
そういって振り上げたキュルドの手首を俺は掴む。
「……誰だ。てめえ」
近くで見ると余計に嫌気の差す目だった。酷く濁った目をしてやがる。
「十六夜帝だ。……恥ずかしくないのか。一国の王子ともあろうものが下手ないちゃもんつけやがって」
「フッ……南東の種族か。口は達者なようだが、喧嘩を売る相手は考えたほうがいいぜ。このまま引き下がるってんならお前は見逃してやるよ」
「残念だが出来ないな。どうも人様に迷惑をかける害獣は駆逐しないと気が済まない」
お互いに睨み合ったままの俺達を見て、周囲からは人が遠ざかってゆく。背は俺のほうが少し高いが、体格と筋肉量でいったら少し分が悪いかもしれない。
「なら……まずはお前からだ!」
キュルドが拳を引いて右のストレートを放つ。
……意外と鋭い。王族だと油断していたが、意外と喧嘩慣れしているみたいだ。
俺は首を捻って回避し、反撃の拳を顔に叩き込む。
空を切った拳を止められないキュルドはそのまま俺の拳に直撃し、仰向けに倒れこんだ。
「おま……おまえぇぇ! 僕の! 綺麗な顔に傷を!」
後ずさりしながらキュルドは叫ぶ。……こいつが、蜜柑の心を閉じ込めてるって言うのか?それにしては手ごたえが無さ過ぎる。
やがて立ち上がったキュルドは、血と涙に汚れた顔を拭きながら、城のほうへ走り去ってしまった。
大通りは数秒ですっかり元の様子に戻り、まるで今の喧嘩騒ぎなんて無かったみたいに人々は働きだす。
「あのー……」
後ろからトントンと肩を叩かれる。振り返った先には、絡まれていた店員が。
「よかったら一杯どうでしょう。うちのお茶はリラックス効果があるんです……もちろん!御代はいただきません。というかいただけません」
「ん……なら、お言葉に甘えるとしようか。連れが一人居るんだが構わないか?」
「はい! では私についてきてください。奥にご案内します」