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第1話 スマホを触って捕まりました

 人間は、同じことをして生きていると思う。


 俺、月島 風音の場合は朝起きて、学校へ行って、帰ってゲームをして、たまには勉強をして————その間に、食事や入浴、一日の締めとして深い眠りに落ちる。


 次の日も、また次の日も、そういったループで人生は成り立っている。


 そんな考え方じゃ、人生退屈なんじゃないのか? なんて言う奴もいるかもしれない。だけど、俺はそうは思わない。逆にいいことだとも思っている。


 何も起こらないっていうのは、案外幸せなんだと思う。


 少なくとも、この時の俺は、本気でそう思っていた。



 ★★★



 


 昼休みの教室は騒がしかった。


 席をくっつけ、喋りながら弁当をほじる集団もあれば、まるで小学生のように教室ではしゃぎ回っている奴らもいる。


 そんな教室の隅の席、俺はそこにいた。


 教室であまり注目を浴びないその場所で、俺は1人で買ってきたおにぎりにかじりついていた。


 薄桃色の桜が既に散って、街が新緑に包まれ始める5月。

 新学年が始まってはや1ヶ月経っているのだが、今の俺の状況を見れば、俺は"誰にも話さず・話しかけられずでぼっちになった可哀想な人"と思われてしまうかもしれない。だが、俺にもちゃんと友達はいる。


 ならなぜ、教室の隅でぼっち飯をしているのか。


 学校を休んでいるからだ。

 まぁ、"アイツ"の性格上、なんとなく本当の理由はわかるのだが。


 そんなことを思っていると、ブカブカのズボンのポケットが、唸るような音とともに震えた。


 校則で勉強以外での使用を禁じられているため、あまり使いたくないのだが、俺はポケットからスマートフォンを取り出し、机の下で隠すように電源を入れた。


 画面に真っ先に表示されたのは、日付と時間、そしてメッセージアプリの通知だった。


 画面に映る名前――――――笹原(ささはら) 修也(しゅうや)は、小学生の頃からの腐れ縁だ。明るい性格で、いちいちウザイやつだが、案外人のことを考えるやつだ。だが、修也には一つだけ直して欲しいところがある。


 メッセージを見ればわかると思う。


 修也から届いたメッセージを簡潔にまとめるとこうだ。


 "連絡し忘れたけど、面倒だから学校を休んだ。今頃ぼっち飯だろうけど、まぁ頑張れwww"と。


 前半はいい。

 ……いや、良くは無いけど。

 問題は後半だ。

 

 煽る必要あるか?

 面倒な学校に行っていないというだけでも羨ましいが、そこに煽りを混ぜられるとなんだか少し腹が立つ。


 次会うときは弁当の中身を少しだけ奪ってやろう、そう思っていた時、違和感に気づいた。


 さっきまで騒がしかったクラスが、いつの間にか先生のいる自習中のような空気になっている。


 おかしい。

 どう考えてもおかしい。

 ……嫌な予感がする。

 根拠のない嫌な予感だ。

 俺はなんとなく、伏せたような体勢の体をゆっくりと起こした。


 本来なら、何も書かれていない黒板に視線が行く。

 が、今回は違った。


「……どうも……」


 俺の視線の先の光景は、何も書かれていない黒板でも、大人しくなった生徒でもない。


 最もこの場を見られたら面倒なことになる人物——————


「月島、お前今、何してた?」


「え……あ、あは、あははは……は……」

 

 我ら2-2の担任――――――またの名を、"鬼の鬼山T"がどこかに感情を置いてきたかのような笑顔で俺を見ていた。


 一つだけ言いたい。

 修也、許すまじ。



 ★★★



 スマホ使用の件で捕まった俺は、職員室にある鬼山先生の席の前まで連れ出されていた。不定期の巡回で見つかったであろう複数の生徒たちが、冷や汗を流しながら横一列に立っている。鬼山先生はその列の一番左端に俺を立たせた。


「もう少し増えるだろうが、まぁその時はその時だ」


 そういいながら、鬼山先生はワーキングアームチェアに腰を下ろした。そして、小さなため息をついた後、パソコンの画面を見たまま、俺含む立たされている生徒に話をし始めた。


「他にもまだいるだろうがお前たち、新学年が始まって気が緩んでるんじゃないか?」


 気が緩んでるとは……?


 そう思いながらも、続く鬼山先生の言葉に耳を傾けた。


「スマホの件でここに呼ばれたことがあるやつは多いだろ? ここは学ぶ場だ。ゲームやらSNSやらをするような場所じゃないぞ?」


 これに関しては最もだ。

 ゲームやSNSなんて家でも出来る。

 まぁ、そんなことを言ったら、勉強だって家でできるだろ、と言う輩が出てくるかもしれないが。

 

 それよりも、なんで反省文書かなきゃいけないのにも関わらず、懲りずに何度も使うやつがいるんだ?


「……そういえば、柳澤と月島、それに工藤は初めてじゃないか? お前たちは一体何やってたんだ? 特に柳澤。お前は生徒の中では大分真面目なやつだろ」


 鬼山先生は意外といった表情で、俺の隣にいる女子生徒――――――柳澤さんに問いかけた。


 肩にかかる程の長さの黒い髪に、まるで雪のように白い肌を持ち、スタイルのいいその身体付きは、モデルさんと勘違いしそうになるほどの完成度だ。


 名前が出された時はビビったが、そんな真面目な生徒らしい柳澤さんに目が向いているのに、安堵の息が漏れかけた。


 そういえば、柳澤さんとかいう人、見たことあるような――――――?


 そう思っていると、柳澤さんが口を開いた。


「私はただ、今日の授業で分からなかったところを調べていただけです」


 キッパリとそう言った。

 無表情のまま、恐れるような素振りを見せず、堂々と、そう言った。


 典型的な言い訳。

 そんなものが通用するはずがない。

 確かに、勉強用途であればスマホは使っても大丈夫であるが、そんな言い訳が通じるならもう少し捕まる生徒は少ないはず――――――


「そうだったか、まぁ……お前は真面目な奴だからな。ホントだろ。教科書広げてた気がするし」

 

 ……ズルすぎないか?

 ていうか、教科書広げてたなら、強制連行すんなよ。


 真面目なだけで免罪符になるのか?

 いつぞやのキリスト教ではお金を払って免罪符を手に入れていたようだが、ここでの免罪符は"真面目なこと"なのか?


 そう考えると、大分不平等な気がしてたまらない。


「勉強の邪魔して悪かったな。あと10分くらいしかないが、頑張れよ」


 無罪放免。

 柳澤さんはそのまま職員室を後にした。


 職員室を去る柳澤さんを集められた生徒全員が見送る中、鬼山先生は「そういえば」と何かを思い出したかのように話を続けた。


「工藤、それと月島。お前たちは何してたんだ?」


 さっきまではズルいと思っていたが、今はチャンスだ。

 

 俺は別に、スマホ使用の常習犯ではない。ならば、「勉強してました」とハッキリ言えば開放されるかもしれない。

 

 人類の歴史は、誰かが辿った道を進むことで発展したんだ。今回はその"誰か"が、柳澤さんだということだけの違いだ。上手くいかないわけが無い。


「俺も勉強に使ってました!」


 キッパリと、何事にも動じない精神を意識し、俺はそう言った。俺の宣言を聞いた鬼山先生の顔は、さっきよりも少しだけ、目を大きく見開いている。


 ――――――上手くいっただろ!


 面倒事を回避出来るという期待と、なんの根拠もない成功の予感が俺を高揚させた。が、次の鬼山先生の一声によって、そんな期待はあっさりと打ち砕かれた。


「お前、教科書何一つ広げてなかったろ?」


「……へぁ?」


 一発KOされた俺の間抜けな声が、慌ただしい職員室の時間を数秒止めた。

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