第72話 はったりが効かない!?
「……まだ何かいる」
「!」
サビーの言葉に、反射的に身をかがめる。
さっきまでうるさいくらいに聞こえていた虫の音も、いつのまにか消えていた。
月が雲に隠れ、あたりが再び暗闇に包まれていく。
その瞬間――
「ラセン! 照明魔法だ!」
サビーが叫ぶ。
「闇を拓け! ルミナス!」
ラセンが杖を掲げる。
その先端から光の弾が打ち上がり、あたりが昼間のように一瞬で明るくなる。
「……」
言葉が出なかった。
私たちは、いつのまにか魔物に取り囲まれていた。
そこにいたのは、大人くらいの背丈をした、全身が赤いトカゲのような魔物だった。
二本足で立ち、片手にサーベル、もう片手に盾を構えている。
数は……ざっと見ても十匹以上。
「炭焼き小屋の熱につられて集まってきたか……」
腰のステッキが、低い声でつぶやいた。
サビーが懐から小型のナイフを取り出す。
「わりい。自分の身は自分で守ってくれ」
そう言って、ニセ盗賊の三人をつないでいた腰縄と、手首の縄を切る。
彼らはすぐに腰の剣を抜くと、背中合わせに構えた。
トカゲたちは舌をちろちろ出しながら、こちらの様子をうかがっている。
ラセンがポケットからラムネの小瓶を取り出し、数粒を口に放り込む。
サビーはナイフを懐にしまうと、さっき切ったロープの端を手に巻きつける。
私はトカゲを刺激しないようにゆっくりと振り返ると、まんぷく号の戸棚からバフ効果のかかった食べ物を取り出した。
にらみ合いの時間が続く。
その均衡を最初に破ったのは、ラセンだった。
「大気の底に眠る氷雪よ、たぎる熱を静寂へと還せ。震えよ凍土の鼓動、目覚めよ永久の檻――」
ラセンが魔法の杖を地面に力強く突き立てる。
「世界を白銀の絶望で満たせ! グラシアル・ノヴァ!」
杖の先端から、ばりばりと耳をつんざく音を立てて、真っ白な霜が地面を走る。
霜はそのままトカゲたちの足元へと食らいつき、避けきれなかった数匹を一瞬で凍りつかせた。
氷像と化した一匹へ、サビーが踏み込む。
全身の勢いを乗せた拳が叩き込まれた瞬間、その体が砕け散った。
それを見たニセ盗賊たちも、凍りついたトカゲへ斬りかかっていく。
ラセンの先制攻撃をきっかけに、まずは三匹を倒した。
「フリーズ・バインド!」
ラセンの魔法が、先頭の一匹へ向かって放たれる。
相手はそれを盾で受け止めた。次の瞬間、盾が白く凍りつく。
すぐに凍った盾を投げ捨てると、サーベルを両手で握り直し、まっすぐこちらへ突っ込んできた。
ラセンは次の魔法を詠唱している。
まずい! 相手の動きが、思っていたよりずっと速い!
このままじゃ、詠唱が間に合わない!
私はステッキを構え、忍者のときみたいにはったりの魔法を放つ。
「レーナ! クーシ! イオ!」
ステッキの先からピンクの閃光が走る。
けれど、サーベルであっさりとなぎ払われた。
はったりが効かない!?
距離が一気に縮まる。
私とラセンに向けて、刃が振り上げられた。
やられる!
そう思った次の瞬間、真横から飛び込んできたサビーが、トカゲを殴り飛ばした。
不意打ちを受けた体が吹っ飛び、そのまま地面に叩きつけられる。
「サビー!」
「お前ら! もう少し距離を取れ!」
サビーに言われ、慌てて後ろへと下がる。
起き上がったトカゲが、今度はサビーへ向かって駆け出した。
「フリーズ・バインド!」
詠唱を終えたラセンの杖から、氷の塊が放たれた。
氷塊が背中に直撃し、赤い皮膚が一瞬で真っ白に凍りつく。
そこへサビーが拳を叩き込み、凍りついた体が甲高い音を立てて砕け散る。
数は少しずつ減っている。
けど、まだ向こうのほうが多い。




