第70話 ウルアっていう果物
空はすっかり紫色に染まり、いくつもの星が瞬き始めていた。
まんぷく号の軒先に吊るしたランタンが、あたりの木々をぼんやりと照らしている。
しばらく進むと、道の先にぽつりと明かりが見えた。
やがて森が途切れ、その向こうに大きな炭焼き小屋が姿を現す。
低い屋根の上から、細い煙が夜空へと伸びている。
近づくにつれて、焦げた木の匂いが鼻をくすぐった。
「ようやく来たか」
声のしたほうを見ると、小屋から漏れる薄暗い明かりの中に、昼間の鍛冶屋が立っていた。
「ああ。それで、俺は何をすればいいんだ?」
サビーが一歩前に出て、鍛冶屋に問い返す。
「そう急ぐな。この炭焼き小屋だがな、これは俺たち鍛冶屋の生命線だ」
そう言って、鍛冶屋が小屋を振り返った。
「生命線?」
サビーが怪訝そうに眉を寄せる。
鍛冶屋はこちらへ向き直り、低い声で続けた。
「そうだ。ここで作られる炭じゃねぇと、俺たちは最高の仕事ができねぇ」
「で、その生命線で、俺は何をすればいいんだ?」
「警備だ」
「警備?」
サビーの表情がさらに険しくなる。
「この小屋で作られる炭は貴重だ。だから、賊が狙ってくる」
「その賊から炭を守れってことか?」
「そうだ」
二人の会話を聞いていて、ふと疑問が浮かぶ。
「あの、それなら、サビーに武器がないと困るんじゃないですか? サビーの試験っていうのはわかるんですけど、炭を盗られちゃったら……」
思わず口を挟むと、鍛冶屋は静かにうなずいた。
「そうだ。炭が盗まれたら終わりだ。だが、お前さんを試す以上、こっちも本当に失えねぇものを賭ける。それくらいでなきゃ、試しにならねぇ」
そういうことか。
サビーが本気なら、鍛冶屋も本気ってことだ。
なんだか難しいけど、なんとなくわかる気がする。
サビーは、まっすぐに鍛冶屋を見てうなずく。
「わかった。やるよ」
私たちは炭焼き小屋に残り、鍛冶屋は街に戻っていった。
さっきまで瞬いていた星は雲に隠れ、あたりは真っ暗になっていた。
焚き火の明かりが揺れるたびに、私たちの影も地面の上でゆらゆらと揺れる。
鍛冶屋は去り際に、三つの条件を出していった。
一つ、賊への対処はサビーが行うこと。
二つ、魔法による支援は禁止。
三つ、賊は殺さず、生け捕りにすること。
料理でのサポートは禁止されなかったから、遠慮なくバフ飯は振る舞える。
だけど……。殺さずに生け捕りっていう条件が、ちょっとひっかかる。
炭を守るだけなら、盗賊を追い払えば済む話じゃない?
サビーは黙ったまま、私の作ったバフ弁当を黙々と食べていた。
お弁当の中身は、ナウーギのひつまぶし握りと、手狩栗きんとん。
ナウーギの身を細かくして甘辛いタレを混ぜ込んだおにぎりは、持久力強化。
〝手狩栗〟の効果は〝打撃強化〟で、一撃がかなり重くなる。
「ごちそうさま! うまかった!」
お弁当をぺろりと平らげたサビーが、空になった弁当箱を差し出してきた。
「お粗末さま! まだ食べられる?」
「当たり前だろ? この弁当ならあと五個は食えるぜ!」
いやいや、ナウーギは高いんだから、そんなに食べられたら私が破産するって。
「お弁当はこれでおしまい。あとは、はいこれ」
グレープフルーツに似た果物を、サビーに手渡す。
この果物、大きさはソフトボールくらいある。かなり大きい。
「なんだこれ?」
「〝ウルア〟っていう果物。魔法はかけてあるから、皮をむいて食べて」
夕方に来いって言われてたから、もしかして夜になにかやるんじゃないかと思って、ここに来る前に市場で買っておいた。
この果物の効果は〝夜目がすごく利くようになる〟というもの。
暗闇で動くなら、よく見えるほうが絶対にいいよね。
「これ、酸っぱいな。茉歩瑠の魔法のおかげでうまいけど」
サビーが眉間にしわを寄せながら、ウルアをもぐもぐと食べる。
そうなんだよね。
私もさっき食べてみたけど、少しぱさぱさした酸っぱいグレープフルーツみたいで、正直そのままだと微妙だった。
今度はちゃんと調理しよう。
夕食を終えた私たちは、焚き火を囲みながら、賊が現れるのを待った。




