第58話 ひと口でいいから食べてください!
すぐに船内は大混乱になった。
乗客には全員、自室に戻るように指示が飛ぶ。
私とラセンも慌てて部屋へ向かおうと駆け出した、そのときだった。
血相を変えたサビーが、こちらへ走ってくる。
「なにがあったんだ!?」
手にナイフとフォーク。
首元にはナプキン。
またなんか食べてたな? いや、今はそれどころじゃない!
「キメラが出たの! しかも、この船に向かってきてる!」
「そうなのか!?」
サビーは逃げ惑う乗客の流れに逆らって、甲板へ飛び出していく。
私とラセンも身をひるがえし、甲板へ向かった。
甲板に出ると、さっきよりもキメラとの距離は明らかに縮まっていた。
「やばそうだな。茉歩瑠、バフ飯はあるか?」
「サビー用のごはんなんてないよ! ラセンの魔力回復ラムネしか作ってない! それも部屋だし!」
船旅の最中だから、サビーにバフをかけるための料理なんて用意しているわけがない。
「わかった。ラセンは茉歩瑠の部屋に行って、ラムネを食え! 茉歩瑠は俺と来てくれ!」
サビーとラセンが別々に駆け出す。
私はサビーの後を追った。
たどり着いたのは食堂だった。
ビュッフェ形式で、いろんな料理がずらりと並んでいる。
こんなときに、何でビュッフェ!?
「茉歩瑠、イチかバチかだ! ここの料理全部にお前の魔法をかけてくれ! それを俺が片っ端から食う! この中に、ひとつくらいバフが乗る料理があるかもしれない!」
見ると、香草を使った料理もあるし、デザートのフルーツも並んでいる。
たしかに、バフの効果がある料理が紛れていてもおかしくない。
「わかった! いくよ!」
ステッキを構え、呪文を唱える。
「レーナ! クーシ! イオ!」
ビュッフェの料理へ、片っ端から魔法を撃ち込んでいく。
料理が次々とピンク色の光に包まれ、光の粒がぱんっと弾けた。
皿の上の料理が、つやつやと美味しそうに輝き出す。
「サビー、食べて!」
「任せろ!」
サビーが、ずっと握っていたナイフとフォークで、次々と料理を食べていく。
こんな状況でも、相変わらず見事な食べっぷりだ。
その瞬間、船体に大きな衝撃が走った。私はたまらず床に転がった。
それでもサビーは食べるのをやめない。そして――
「……体が軽い。力もみなぎってきた……いける!」
サビーはそう叫ぶなり、とんでもない勢いで食堂を飛び出していく。
よくわかんないけど、何かしらのバフがかかったらしい。
私は立ち上がると、再び甲板へ向かった。
甲板は、もう完全に戦場だった。
キメラが船に取りつき、触手で甲板をばんばん叩きつけている。
すでにマストの一本は折れ、甲板の一部が割れていた。
巨大な触手が船体を叩くたびに、きしむような嫌な音が響く。
このままだと、船が壊れちゃう!
船員たちは鉈のような武器を手に、触手へ斬りかかっている。
でも、まるで効いている様子がない。
サビーはというと、ありえない跳躍力で宙へ跳んで、キメラのクジラみたいな胴体にしがみついた。
その姿を見上げていた私に気づいたのか、サビーが叫ぶ。
「茉歩瑠! 船員たちにさっきの飯を食わせろ!」
船員たちに……?
そっか! みんなでバフ飯を食べれば、勝てるかもしれない!
思いっきり息を吸い込んで、大声で叫ぶ。
「みなさーん! 今すぐ食堂のビュッフェ料理を食べてくださーい!」
私の声に、船員たちが一瞬だけこちらを見る。
けれど、すぐにまた戦いに戻った。
そりゃそうだよね。
戦闘中にいきなり「ごはん食べて!」なんて、意味がわかんないよね。
困った、どうしよう……。
うろたえていると、ラセンが甲板に戻ってきた。
手には、魔力回復用のラムネが入った小瓶を握っている。
ラセンはそこから何粒か取り出すと、覚悟を決めたように一気に口に放り込んだ。
次の瞬間、ラセンの瞳に力が宿る。
「荒れ狂う波を縛る氷刃よ、すべてを縫い留め、害なすものを封じよ! フリーズ・バインド!」
甲板にラセンの呪文が響く。
放たれた魔法が触手に着弾し、そこから一気に凍りついていく。
触手はかちこちに固まり、ついにその動きを止めた。
驚いた船員たちも、思わず武器を振るう手を止める。
「ラセン、すごい!」
「茉歩瑠ちゃん! 今のうちに!」
そう叫び、ラセンは再びラムネを口に放り込む。
「私が足止めしている間に、早く!」
私は大きくうなずくと、今度は一人ひとりに直接声をかけて回った。
「料理に戦闘力が上がる効果がかかってます! とにかく、ひと口でいいから食べてください!」
すると、ひとりの船員が半信半疑といった顔で食堂へ向かってくれた。
私はさらに、片っ端から声をかけていく。
しばらくして、さっきの船員が血相を変えて戻ってきた。
「お前ら! 早く食堂に行け! 飯を食うと力が湧くぞ! しかもすごくうまい!」
その声を合図に、船員たちが一斉に食堂へ走り出す。
「よしっ!」
私は小さく拳を握った。




