第13章 距離感
翌朝。
《蒼天の軌跡》が借りている宿の裏庭には、簡易訓練場が用意されていた。
木製の人形。
魔力測定用らしき魔導具。
地面には魔法陣まで刻まれている。
リオは思わず周囲を見回した。
「……宿の設備じゃないですよね、これ」
「長期滞在用の訓練区画だよー」
ミアが元気よく答える。
「A級になるとこういう所も使うんです」
セレナが補足した。
リオは少し感心したように周囲を見回す。
以前の自分には縁のない世界だった。
「じゃ、まずは基礎から!」
ミアが笑顔でリオの前へ立った。
「魔力制御の第一歩!」
「……何すればいいんですか?」
「魔力を感じる!」
「分からないんですけど」
即答だった。
ミアが固まる。
レオルが吹き出した。
「いやほんと、どうやって今まで戦ってたんだお前」
「だから感覚で……」
「その感覚が怖いんだって」
ドルクが呆れたように呟く。
セレナは静かに頷いた。
「まずは身体の中の流れを意識してください」
「流れ……」
正直、よく分からない。
だがセレナは落ち着いた声で続ける。
「目を閉じて」
「呼吸を整える」
「身体の内側へ意識を向けてください」
リオは言われた通り目を閉じた。
静かに呼吸する。
すると。
身体の奥に、微かな熱の流れのようなものを感じた。
「……これですか?」
ミアが目を丸くする。
「えっ、もう分かったの!?」
ドルクも僅かに眉を動かした。
レオルが引きつった顔になる。
「いや、なんで基礎感知一瞬で成功してるんだ……!」
リオは目を開ける。
「……何かまずかったですか?」
「まずいというか……」
セレナも静かに息を吐く。
「予想以上です」
ミアはなぜか楽しそうだった。
「すごいすごい!」
「やっぱりリオちゃん才能ある!」
「普通の人、最初は数日くらいかかるんだよー?」
レオルが引きつった顔で呟く。
「才能っていうより、呪いなのでは……」
「レオル、ひどい!?」
ミアがむっと頬を膨らませる。
リオは小さくため息をつく。
だが次の瞬間。
「じゃ、次は循環の制御ね!」
ミアが当然のようにリオの背後へ回った。
「肩の力抜いてー」
ぽん、と肩へ手が置かれる。
近い。
リオは反射的に身体を強張らせた。
「……近いです」
「え?」
ミアがきょとんとする。
そのまま、ぐいっと背中へ手を回してきた。
「もっとここ意識して!」
柔らかい感触が背中へ当たる。
リオの身体がびくっと跳ねた。
「ち、近い近い!」
「これくらい普通だよ?」
普通じゃない。
少なくともリオの感覚では。
思わず離れようとする。
だがミアが逃がさない。
「逃げたら分かんないでしょ!」
「だから近いって……!」
ミアは不思議そうに首を傾げた。
「女の子同士なんだから気にしない!」
「俺は男だ……!」
レオルが腹を抱えて笑っている。
「はははっ、完全に初心な少年みたいになってるぞ!」
「うるさい!」
レオルがにやっと笑う。
「そんな嫌なら、俺が代わりに教えるか?」
リオが固まる。
「……は?」
「いやー、密着訓練嫌なんだろ?」
「俺、結構教えるの上手いぜ?」
なんとなく嫌な予感がした。
というか、多分気のせいじゃない。
ミアがじとっとレオルを見る。
「絶対変なこと考えてる」
「考えてませんー」
「顔」
セレナが静かに口を開いた。
「却下です」
「ミアが一番指導に慣れています」
レオルが露骨に肩を落とす。
「えー」
リオは少しだけほっとした。
……ほっとした自分に、少し複雑な気分になった。
ドルクがぼそっと呟く。
「レオルが教えると余計ややこしくなる」
「ドルクまでひどくない?」
セレナが静かに口を開く。
「……リオが慣れていないだけですね」
「訓練を続ければ、そのうち慣れるでしょう」
「慣れたくないんですけど……」
ぼそっと呟く。
だが誰も聞いていなかった。
ミアは再び笑顔になる。
「はい、じゃあ続きやるよー!」
「まだやるのか……」
「当たり前!」
リオは小さく項垂れた。
深層探索より先に。
どうやらまず、この距離感に慣れる必要があるらしかった。
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