プロローグ
TS要素を含むダンジョンファンタジーです。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
夕暮れのギルド酒場は、いつもより少し騒がしかった。奥の長机では、若い探索者達が昇格祝いで盛り上がっている。
「おいおい、もうB級かよ!」
「次は深層だろ!?すげぇな!」
ジョッキがぶつかる音と笑い声が響く中、その輪の中心にいるのは、かつて同じパーティで戦っていた男――クラウスだった。
二年前までは自分と同じD級だったが、今は違う。火属性上級魔法を扱えるようになり、クラン《灯火の輪》所属の上位パーティ《白狼の牙》へ正式加入し、つい先日、昇格試験も突破していた。
「リオ、お前も飲めって!」
呼ばれて、リオは軽く手を上げた。
「いや、明日も潜るから」
「また浅層か?」
クラウスの何気ないその言葉が、リオの胸に小さな棘をさす。
「まぁな」
クラウスは一瞬だけ何か言いたそうな顔をしたあと、「無理すんなよ」とだけ小さく呟いた。
リオは肩をすくめ、精一杯の笑顔で答える。
「そっちこそ。深層で死ぬなよ」
周囲がその言葉に笑った時、ふいに酒場の入口の方がざわついた。
「……《蒼天の軌跡》だ」
誰かが呟くと、周囲の空気が変わり、酒場中の視線が一斉に入口へ向いた。リオも反射的にそちらを見る。
入ってきたのは、《灯火の輪》最上位のA級パーティ《蒼天の軌跡》。深層を主戦場とする、迷宮都市でも有名なトップパーティだ。
重装の大斧使い、ドルク。その隣には長身の槍士レオルがいる。そして後ろから、長いプラチナホワイトの髪をを束ねた女性――静かな美しさを持つ魔導士、セレナが歩いてきた。《蒼天の軌跡》の主力魔導士であり、ギルド内でも高嶺の花として知られている。
その隣では、小柄な少女が楽しそうに何か話していた。栗色の短い髪、ころころ変わる表情が特徴のミア。蒼天の軌跡では回復術と支援魔法を担当しているらしく、明るく人懐っこい性格でギルドでも人気者だ。
「おーい、ミアちゃん!」
「また深層帰りか!?」
「今回はどこまで行ったんだ?」
周囲から次々声が飛び、ミアは笑顔で手を振り返す。それに合わせてセレナが軽く微笑むと、それだけで周囲の男たちは顔を赤くし、嬉しそうな様子を見せた。
◇
その光景を見ながら、『別世界だな』とリオは心の中でつぶやいた。すぐ目の前なのに、全く手が届かない領域。同じクランに所属し、同じダンジョンへ潜る探索者なのに、立っている場所はまるで違う。あの人達は深層の最前線で活躍し、自分は浅層で弱い単独行動の魔物を探して狩る。その距離は、これからもきっと埋まらない。
リオが自然と視線を外そうとした、ちょうどその時。ミアがこちらを向き、一瞬だけ目が合った。だが、それだけだった。ミアはすぐ別の仲間との会話へ戻る。当然だ、D級探索者の一人など、いちいち覚えていないだろう。
「……帰るか」
宴会が大きくなる前に席を立つ。誰かに引き留められることもない――それが、少しだけありがたかった。
冷たい夜風が身体を冷やす中、石畳を歩きながら、リオは空を見上げる。迷宮都市の夜空は明るい。遠く、城壁の向こうには巨大ダンジョン《アグレス坑道》が黒い影のようにそびえていた。この街は、あのダンジョンで成り立っている。夢も、富も、名声も、全部があそこにある。そして自分は、浅層で細々と稼ぐ側の人間だ。
自然と苦笑が漏れた。
「……まぁ、生きてるだけマシか」
昔は違った。いつかA級へ、深層へ、名のある探索者へ――そんな夢を、確かに見ていた。だが現実は違う。リオの剣技は平均、魔力量もほとんどなく、特別なスキルもない。慎重で、生き残るのは上手いが、それだけだった。そして探索者という仕事では、“生き残るだけ”では上へ行けない。
クラウスだけじゃない。他の仲間達も少しずつ先へ進んだ。索敵役だったエルシェナは、中層攻略を主力とする上位パーティへ移り、槍使いのヴェルクは護衛専門パーティへ、回復術師のフィオナも別の上位パーティに引き抜かれた。そして最後まで一緒にいたクラウスも、今日で正式に上位側へ行く。
置いていかれた。……いや、違う。最初から、自分だけ届いていなかったのだ。それを認めるのに、少し時間がかかっただけだ。
◇
そして翌朝、リオはいつものように装備を整えていた。革鎧、使い込まれた片手剣、短弓、浅層用の軽装備。深層へ挑む探索者達のような、特別製の魔装具などない。
支度を終えて宿を出ると、早朝の通りには既に上位探索者達がいた。巨大な盾を背負う重戦士、高級ローブを纏った魔導士、荷車いっぱいの装備を運ぶ補給班――彼らは夢へ向かって、深層へ向かう。
リオは、胸に浮かぶ暗い感情から目をそらすように、彼らから視線を外した。羨ましくないと言えば嘘になるが、今さらだ。才能の差は、嫌というほど知っている。だから自分は自分なりに生きるしかない。浅層で安全に稼ぎ、無茶をせず、生き延びる。それが今の現実だった。
クラン《灯火の輪》の受付で簡単な潜行登録を済ませ、ダンジョンへ入る。湿った空気、苔臭い石壁、聞き慣れた水音。浅層は比較的安全だ。出る魔物も弱く、採集素材も少額だが安定して売れる。夢はないが、死ににくい。
リオは慣れた動きで通路を進む。単調な探索、単調な戦闘、単調な回収。ソロになってからは、こういう日が増えた。誰かと話すこともなく、ただ黙々と潜る。
そしてその日も、本来なら何事もなく終わるはずだった――通路脇の壁に、妙な傷を見つけるまでは。
リオは足を止めた。
「……なんだ?」
浅い亀裂に、風が流れている。奥に空間があるのだ。
慎重に壁を調べると、そこには隠し扉があった。しかもかなり古い。浅層でこんなものは珍しい。
心臓が少しだけ高鳴った。久しぶりだった。“探索者らしい発見”に出会ったのは。
読んでいただきありがとうございます。
プロローグでは、主人公リオがどんな立場にいるのか、そして物語の始まりとなる発見までを書きました。
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