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12:帰郷

 南西に位置する鬼族領地に向けて、いつもの砂漠を歩く。だだっ広い砂漠の道は面倒なことこの上ない。ただでさえ老種の発生が増えているのに、こんな足元も悪い地面を一日かけて歩かなければならない。このように開けた場所は当たり前だが老種に狙われやすい。しかしどの領地に行くにしても越えなければならないので致し方ない。


「はぁ、はぁ……それにしても老種の数、多すぎないか」


 今回サライスには由姫へ小結界を張ってもらい、なおかつ戦闘にも参戦してもらっている。当初は俺一人でも十分だと予想していたが、思ったよりも老種の数が多い。道中Aランク相当の鬼の老種を数十体は倒してきた。


 昔から吸血鬼は結界の扱いに慣れていると聞くが、サライスの技術は一歩先へ行っている。ただでさえ難しい結界の操作を個人間に、しかも出力を調整できるなんて希少すぎる力だ。

 そしてさらにサライス自身は判断力と洞察力が優れている。ホント、空に目があるのかってくらい的確だ。サライスの実力は下位の序列なんか目じゃないと思っている。


「やっぱりサライスがいると戦いやすいな」


 一際汗を流しているサライスは疲弊し切っていた。サライスの攻撃は敵に結界を貼って縮小圧殺する戦法だ。火力は足りないため仕留めきれない場合もあるが、相手の動きを封じることができるので非常に効果的だ。


「はー……この役、結構きついぞ」


メガネを外し額の汗を払いながら、その場に座り込む。確かにこのままだとサライスに負担がかかるため、一旦休憩を取ることにした。


 辺り一面、変わらない景色の砂漠で三人は休憩を取っている。それぞれ荷物を置き、サライスは疲れ果てたのか死んだように倒れている。

 そして由姫は何やら光る両手をサライスに向けている。その場で横座りして真剣な表情でなにかやっている。


「なにやってるんだ?」

「ん……?ああ、これ。私の治癒能力がどのくらいの距離から使えるのかなって」


そうか由姫の治癒能力をサライスに使っていたわけか。能力を使ってる彼女の近くに座る。

 そしてあの時、寮の外で能力の実験をしたことを思い出す。


「ごめん……能力の実験最後までできなくて」

「そんなのいいよ。実験のために傷つかれたら本末転倒だもん」


自分が傷つくことで相手がどう思うのか、直接でなくともそんなことを彼女に教えてもらった気がする。


「そうだよな。……もし今度怪我したら治してくれよ」

「もちろん。でも気をつけてよね……柊も強いんなら傷つかない戦法も取れるでしょ?」

「ま、まぁ。……善処する」


 しばらくして両手の光が消える。能力を使い終わったのか、ふぅと息を吐いている。


「……どうだ?この位置でも能力使える?」

「うん、このくらいの距離なら問題なく発動できる。あと外傷も治癒できてるはずだよ」

「本当か!ならすごいな、受けた傷はほとんど治せるってことだ」


由姫は照れくさそうにしながら髪を耳にかけている。


「……」

「……」


会話が途切れ気まずくなったので立ち上がる。


「よし!そろそろ出発するか」

「もういくのかよ〜」


仰向けになっていたサライスはだるそうに起き上がる。


 道の途中で何度も老種に出会した。正直この人数で戦うには限界がきていたが、もう半分まで来ていたため戻るという選択肢はなかった。おそらく鬼族領地に近づくほど老種の数は減っていくはずだと予想していた。


——そして夜も近づいてきたため、疲弊した三人は野営の準備を始める。

 夜中、寝ている時に謎の違和感があった。見られているような視線をいくつも感じた。しかしそれは曖昧なもので殺意はないと判断して気にせず眠りについた。


 さらに歩みを進める。やはり思った通りで、朝出発してからは一度も老種は見かけなかった。それでも気を抜かずに慎重になりながら道を行く。


——疲れも忘れかけた頃にようやく緑が見えてくる。遠目から見ると獣人族領地に似ていなくもない景色だ。砂漠から見る緑色の景色はオアシスにも見える。

 ……内情を知る自分にとってはその緑色の風景には嫌悪感を抱いてしまう。

 そんなことを考えても足を進める。横の二人は初めて見る光景に感動している。そうか、サライスの吸血鬼領地は中央都市とまでいかないが、ほとんど緑が無くたくさんの城に囲まれていたはずだ。自然の中にある領地が新鮮なのだろうか。


「やっと着いたな。あとは少し森を抜ければ鬼族の…っていうか序列たちの屋敷が見えるはずだ」

「へー、ホント自然なんだな。なんか獣人族領地っぽいし」


砂漠から打って変わり自然の木々に囲まれた道を歩く。


「まぁ傍から見ると綺麗に思えるかも……」

「ふぇー……見てると懐かしい気分になるね」

「確かに、匂いとか意外と覚えてるもんだな」


 二人と同じように首を上げて木の枝葉を見上げる。子供の頃の、せめてよかったと思える記憶は家族と夜月の家にいた頃だけだ。それも年を重ねるほどに薄れていく……あと少ししたらもう思い出すこともなくなるんだろうなと考えてしまう。


 ——そして森を抜けると見えてくる。緑に囲まれた中に建ち並ぶ、横に長広い木造建築に瓦屋根の建造物。高低差が激しく山状になっていて、坂を登るほど序列の高い家が立っている。もちろん頂上にある一際大きな家は鬼族の領主が住んでいる。昔、数回顔を合わせたことがあるが異様な雰囲気を纏っていたことを覚えている。領主は全員似たようなものだと思っていたが、先日獣人族領主に会ってからは考えを改めた。

 集落の近くまで歩いていくといつの間にか一本道になっており、その先には大型の獣も通れないような巨大な門が聳え立っている。


「でっっっけーなー……」


間の抜けた顔に口が閉まらないようだ。サライスの気持ちもわかる。遠目でもデカく見えたあの門が今や、ほぼ首を垂直にして見上げているのだ。

さすがに由姫も圧倒されて大きな瞳をより一層見開いていた。その様子に不覚にもぼそっと呟いてしまった。


「——ヵヮィ」

「ん?なに?」

「いやなんでもない」


真剣な顔で返すと、またもジトっとした目で観察してくる。

 そんなやりとりをしていると、どこからか門番が現れる。全員が今の今まで気づかなかったということは何かしらの能力だろう。


「お前は!夜月の……まだ生きていたのか。——それに、その二人はどこの種族だ!」


蔑んだ目で刀を向けてくる鬼族の門番。サライスは無視を決め込み、由姫は若干動揺してるようだった。


「上に確認しろ。俺の同行者だ」


冷ややかな目で剣先の前に立つ。友人に刃を向けたことに苛立ちを感じ邪険が滲み出る。

 俺の闘志が伝わったのか、後ずさり刀を納めた。

——こちらから距離をとって一人で誰かと会話しているようだった。それを俺たちは無言で待った。

しばらくしてこちらに向かってくると、露骨に態度に表し簡潔に吐き捨てる。


「っ……阿修羅様のお屋敷に来いとのことだ」


苦い顔をしながら門を開く。俺はそれを気にする素振りもなく巨大な門を潜った——。


 数年振りの里……。思い出すのは苦く赤い記憶だけだ。この自然の草と土、風の匂いは血の記憶を想起させる。客観的に見ればこの土地の光景は美しいものだ。しかしここに住んでるのは鬼族の序列だけ……他のものは領地の外で腐って死んでいくか老種化するかだろう。その事実と過去の記憶があれば醜く無様な風景にもなる。


「大丈夫?顔色悪いよ……」


急に話しかけられて目を見開いてしまう。我に返って横を見ると、由姫が心配そうな不思議そうな顔でこちらを見つめていた。


「あ、ああ……大丈夫」


 ——山の半分まで登る。阿修羅の家は序列3位なのでかなり高い位置にある。この位置は序列5位の家の辺りなのでもうすぐ見えてくるはずだ。今までいくつもの建物を見てきたが大きさや形は様々だ。


 道中、鬼族の子供たちが遊んでいるところに何度も遭遇した。おおよそ序列の屋敷の子供だろう。無垢な子供は何度もこちらに声をかけたり手を振ったりしていた。それを俺とサライスは無視して、由姫の方は何度も笑顔で手なんか振り返していた。そんな光景に一瞬心和んだが、今も外で死んでる鬼のことを考えるとやるせない気持ちになる。


 しばらく登り、やっと辿り着いた大きな建物。周りの建物と同じく横に長広い構造だが、阿修羅の家は二階建てになっている。


「ここが阿修羅の屋敷だ」

「へー……やっぱ下の家と比べるとデカいんだな」

「綺麗な建物……」


 そう呟く由姫を横目で見ていると、正面玄関から着物を着た女性がこちらに歩いてくる。

 薄桃色の着物に肩上で切り揃えられた黒い髪。背丈は由姫よりもやや低く、小柄な体型にも関わらず十分な風格があった。


「ようこそお越しくださいました」


気品のある佇まいから一瞬で記憶が呼び起こされる……間違いない——。


「お前……小夜……?」


目の前の女性は、にこっと微笑むと自分から視線を外した。


「では、案内いたします。みなさま、こちらへ——」

「……」


玄関へ向かっていく彼女の後ろ姿に記憶を重ねてしまい、その場で佇んでしまう。幼子ながらに凛とし思いやりのある女の子。俺が怪我や高熱の時にはいつもそばで手を握っていた。


「……小夜……」


サライスと由姫が案内役の彼女についていくと、立ち止まっている俺に気づき後ろに振り返る。


「ん?……なにしてんだ、置いてかれるぞ」

「……柊?」

「……あ、ああ」


ひとまず考えるのをやめて屋敷に向かって歩き出す。

——昔からそうだ、この山の集落は見た目とは裏腹にとても閉鎖的なんだ。


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