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血液内科医、異世界転生する  作者:
Principal Investigator
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第六十六話:父子の対話、未来への道筋

学院への短期休暇の許可は、副学長の尽力もあってか、比較的スムーズに認められた。レオナールはギルバートに必要な指示を出し、再びヴァルステリア家の紋章を掲げた馬車に乗り込んだ。護衛の騎士たちも、変わらず彼の安全を守るために同行する。目的はただ一つ、父アルフォンスに勅許奏聞権について相談するためだ。


王都の喧騒を離れ、馬車は東へと向かう。窓から流れる景色は、二年前、期待と不安、そして母を失ったばかりの悲しみを胸に王都を目指した時と同じ道筋を辿っていた。広大な平野、深い森、そして遠くに見える故郷の山々。景色は変わらないはずなのに、レオナールの目には全く違って映っていた。


(二年前、俺は何を見ていたのだろう……)


あの頃の自分は、異世界の知識を吸収すること、魔法の原理を探求することに夢中だった。医師としての過去は重くのしかかっていたが、それをこの世界でどう活かすべきか、具体的な道筋は見えていなかった。今は違う。ローネン州での経験、ターナー教授との研究、そして王宮での分析任務。それらを通して、彼は自らの知識と技術がこの世界で通用すること、そしてそれが人々の命を救う力になり得ることを、身をもって知った。同時に、ゴルディン商会との対立やファビアンとの関わりを通して、貴族社会や国家の複雑な現実にも直面した。


ただの知的好奇心だけでは進めない。貴族としての立場、研究者としての目標、そして医師としての使命感。それら全てを背負い、彼は今、この道を戻っている。二年前とは比べ物にならないほどの重い責任と、しかし確かな目標を胸に。


十数日の旅を経て、馬車はようやく見慣れたヴァルステリア領の城門をくぐった。城壁の向こうには、彼が育った屋敷が静かに佇んでいる。使用人たちが、主の息子の突然の帰郷に驚きながらも、温かく出迎えてくれた。その変わらない笑顔に、レオナールの心も少し和らぐ。


父アルフォンスは、政務の合間を縫って、書斎でレオナールを待っていた。二年ぶりの再会。最後に会った時よりも、父の顔には領主としての威厳と、わずかな疲労の色が濃くなっているように見えた。しかし、レオナールの姿を認めると、その厳格な表情がふっと和らぎ、父親としての温かい眼差しに変わった。


「……レオナールか。よく戻ったな。息災であったか?」

「はい、父上。ご心配をおかけいたしました。父上もお変わりなく」

レオナールは深く頭を下げ、父の前に進み出た。言葉少なながらも、互いの無事を確かめ合う視線が交わされる。


その夜、親子は書斎で、二人きりで向き合った。レオナールは、これまでの学院での生活、ターナー教授との研究内容、ローネン州での調査活動、そして王宮での分析任務に至るまで、手紙では伝えきれなかった詳細を、改めて口頭で父に報告した。化学の基礎理論、クロマトグラフィーの開発、毒性物質の特定、そしてそれが国家レベルのプロジェクトへと発展した経緯。アルフォンスは、息子の語る、およそ学院生とは思えないような活動内容に、驚きと感嘆の入り混じった表情で、黙って耳を傾けていた。時折、鋭い質問を挟みながらも、息子の成長と、その類稀な才能が国家的なレベルで認められつつあることを、誇らしく感じているようだった。


一通りの報告を終え、レオナールは本題を切り出した。手紙には書かなかった、今回の帰郷の最大の理由。

「……そして父上。先日、宮内省より呼び出しを受け、今回のローネン州での功績に対する褒賞として、国王陛下への『勅許奏聞権』の打診を、正式に受けました」

「なに……勅許奏聞権、だと!?」

さすがのアルフォンスも、これには目を見開いて驚きを隠せなかった。彼は、勅許奏聞権がいかなる栄誉であり、いかなる重みを持つものか、辺境伯として十分に理解していたからだ。

「ターナー先生や副学長先生にもご相談したのですが、これは私個人の問題ではなく、ヴァルステリア家にも関わることゆえ、父上のご意見を伺うべきだと……。それで、急遽、帰郷させていただいた次第です」


アルフォンスは、しばし絶句していたが、やがて大きく息をつくと、レオナールの肩に力強く手を置いた。

「……そうか。勅許奏聞権か……。驚いたが、それだけの功績を挙げたということなのだろう。そして、わざわざこの辺境まで戻り、私に相談しようと決めた、その判断は正しい、レオナール」

父の言葉には、息子への信頼と、事態の重大さを理解する当主としての覚悟が滲んでいた。

「それで、お前自身は、何を願い出たいと考えているのだ?」

レオナールは、自身の考え——医学と魔法の融合という最終目標と、そのために必要な研究環境や支援——について、率直に語った。しかし、それをどのように具体的な願いとして形にするべきか、決めかねていることも正直に伝えた。


アルフォンスは、息子の壮大な目標を静かに聞いていた。彼は、ヴァルステリア家が代々、学者や知識人を多く輩出してきた家系であることを思い起こしていたのだろう。そして、ファビアンという切れ者が、なぜレオナールに勅許奏聞権を推薦したのか、その意図も察していたようだった。

「……なるほどな。お前の目指す道は、ヴァルステリア家の血筋とも、そしてファビアン殿の期待とも合致しているのだろう。ならば、その方向で願いを考えるのが良いだろうな。医学の発展、新たな知識体系の構築…それは、一領地や一家のためだけでなく、王国全体の、いや、あるいは世界全体の未来に貢献しうる、意義深い目標だ」

父は、息子の夢を肯定し、力強く背中を押してくれた。

「領地のことについては、心配には及ばん。ヴァルステリア家には、お前しか嫡子はいない。いずれお前が領主となることに変わりはないが、幸い、我が家には信頼できる家臣たちがいる。お前が研究に集中したいのであれば、優秀な代官を立て、領地の運営を任せることも可能だろう。お前ほどの才覚があれば、代官が好き勝手することもできまい。お前はお前の成すべきことを成せばよい」

その言葉は、レオナールの肩の荷を、少しだけ軽くしてくれた。


「では、具体的に何を願い出るか、だが……」アルフォンスは、現実的な視点から提案を始めた。「あまりに壮大すぎたり、特定の分野に偏りすぎたりする願いは、宮内省との調整も難しく、他の貴族からの反発も招きやすいだろう。かといって、些末なことでは意味がない……。無難、かつ実利のある落としどころとしては……」

彼は少し考えた後、言った。

「例えば、『王立学院内に、特定の分野において特異な才能を持つ学生を育成するための、新しい学科、あるいは特別な研究課程を創設すること』を願い出る、というのはどうだろうか?」

「新しい学科……ですか?」

「うむ。表向きは、広く『特異な才能を持つ者』のためのコースだが、実質的には、お前のような、既存の枠に収まらない研究——医学、化学、あるいは魔法との融合研究など——に集中できる環境を作る、ということだ。その課程に所属すれば、通常の講義などの義務を最低限に減らし、研究活動に専念することが認められるようにする。教員も、ターナー教授のような理解ある人物が担当するように働きかける。これならば、公的な大義名分も立ち、王国にとっても有益であり、そして何より、お前自身の研究環境を大幅に改善することができる。どうだろうか?」

父の提案は、具体的かつ現実的で、そしてレオナールの状況を的確に捉えたものだった。研究に集中できる環境。それは、彼が喉から手が出るほど欲しているものだった。

「……素晴らしいご提案です、父上! それならば、私の目標達成にも、そして将来的に同じような志を持つ者が現れた際の受け皿にもなり得ます!」

レオナールの顔が、明るく輝いた。進むべき道、そして願い出るべき内容が、明確に見えた瞬間だった。

「よし、決まりだな。細かい条件——例えば、所属学生の選抜方法や、単位認定の基準、予算など——については、王都に戻ってから、副学長や学院側とよく詰める必要があるだろう。それをまとめた上で、草案として宮内省に提出すれば良い」

アルフォンスは、息子の顔を見て、満足げに頷いた。


父との対話は、レオナールに明確な指針と、そして力強い後押しを与えてくれた。勅許奏聞権という重圧は、具体的な目標へと昇華され、彼の胸には新たな決意が満ちていた。彼は父に深く感謝し、数日間の滞在の後、再び王都へと戻る準備を始めるのだった。彼の足取りは、来た時よりもずっと軽く、確かなものになっていた。


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