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血液内科医、異世界転生する  作者: あ
Principal Investigator
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第六十五話:重き栄誉、帰郷の決意

宮内省からの予期せぬ呼び出しと、勅許奏聞権という破格の打診。それは、まだ学院の三年生に過ぎないレオナールにとって、あまりにも重い栄誉であり、同時に困難な問いかけでもあった。何を願い出るべきか?その答えは、彼一人で出せるものではない。彼はまず、最も身近で、そして彼の研究活動を深く理解してくれている二人の人物に相談することにした。


翌日の午後、レオナールは物質科学研究センターの真新しい実験室で、元素の反応性に関するデータとにらめっこをしているターナー教授を訪ねた。ローネン州の分析が一段落し、センターの運営も軌道に乗り始めたことで、教授は再び純粋な基礎研究に没頭する時間を取り戻しつつあった。


「先生、少しよろしいでしょうか。昨日、宮内省に呼ばれまして……」

レオナールは、事の経緯——宮内省の高官との面会、ローネン州の功績に対する褒賞としての勅許奏聞権の打診、そしてファビアンからの推薦があったこと——を、落ち着いて、しかし詳細に説明した。


話を聞き終えたターナー教授は、手にしていたピンセットを置き、丸眼鏡の奥の目を大きく見開いた。

「……ち、勅許奏聞権、だと!? あの、国王陛下に直接願い出ができるという、あれか!? 君が? まだ学生の君が!?」

彼の驚きようは、普段のぶっきらぼうな態度からは想像もつかないほどだった。無理もない。勅許奏聞権は、国家に多大な貢献をした英雄や、長年王国に尽くした重臣に与えられるような、最高位の栄誉の一つなのだ。

「ファビアン殿の推薦があったとはいえ……。いやはや、君は本当に、とんでもないことをしでかすというか、巻き込まれるというか……」

教授は、呆れたようにため息をつきつつも、その表情にはどこか弟子の異例の栄誉に対する誇らしさのようなものも滲んでいた。

「それで、何を願い出るか、草案を出せ、と? うーむ……」教授は腕を組み、真剣な顔で考え込んだ。「これは、君一人の問題ではないな。君の願いの内容によっては、ヴァルステリア家そのものにも影響が及ぶ可能性がある。下手に個人的な研究費などを願えば、他の貴族から嫉妬を買うかもしれんし、かといって、あまりに大きな国家的な事業を提案すれば、その責任を問われることにもなりかねん」

彼の指摘は的確だった。勅許奏聞権は、大きなチャンスであると同時に、大きなリスクも伴う。

「これは……儂のような一介の研究者が口を挟むべきことではないかもしれん。まずは、君の父親御、アルフォンス辺境伯殿にご相談申し上げるのが筋ではないかね? ヴァルステリア家の当主として、家にとって最善の道を選ばれるはずだ」

ターナー教授の助言は、明確だった。


次にレオナールが向かったのは、副学長の執務室だった。彼は、以前からレオナールの才能に注目し、ローネン州の件でも陰ながら支援してくれた人物だ。宮廷の事情にも通じている彼ならば、また違った視点からの助言が得られるかもしれない。

事情を説明すると、副学長もまた、ターナー教授と同様に、最初は驚きの表情を浮かべた。

「ほう、勅許奏聞権の打診とな! それは、ヴァルステリア公子、君の功績がいかに大きなものであったか、陛下と宮廷が認めたという証左ですな。誠に、慶賀に堪えない」

彼は、レオナールの栄誉を素直に祝福してくれた。しかし、すぐに真剣な表情に戻り、言葉を続けた。

「ですが、ターナー君の言う通り、これは極めて重い決断を要する問題だ。奏聞の内容は、公的な記録として残り、後々まで影響を及ぼすのだ。単に個人的な利益を求めるような願いは、たとえ受理されたとしても、公子の評判を損ないかねん。かといって、あまりに遠慮しすぎても、せっかくの機会を無にするだけだろう」

彼は、王宮の政治力学を知る者として、そのバランスの難しさを指摘した。

「ファビアン殿が推薦されたという点も、考慮すべきでしょうな。彼が公子に期待しているのは、おそらく、将来の王国に貢献しうる、何か大きな構想……例えば、公子の専門分野である『医学』や『科学技術』の発展に繋がるような願いなのではないかな。しかし、それを具体的にどのような形で願い出るべきか……」

副学長もまた、しばらく考え込んだ後、ターナー教授と同じ結論に至った。

「やはり、これはヴァルステリア家の問題として、アルフォンス辺境伯殿と十分に協議されるべきでしょう。家名を背負う者として、そして領主としての視点からの判断が不可欠であろう。幸い、公子はまだ若く、焦る必要はない。じっくりと時間をかけて、最善の道を探られるが良い」


二人の重鎮からの助言は、奇しくも一致していた。勅許奏聞権という栄誉は、レオナール個人だけのものではなく、ヴァルステリア家全体に関わる問題であり、その決定には父アルフォンスの意見が不可欠である、と。


自室に戻ったレオナールは、一人、窓の外を眺めながら思考を整理した。

(父上に相談……か。確かに、それが最も理に適っている。俺の個人的な目標——医学の革新——と、ヴァルステリア家としての立場、そして王国への貢献。その全てを考慮した上で、最善の願いを考えなければならない)

だが、そのためには、王都を離れ、遠いヴァルステリア領まで帰郷する必要がある。三年次の授業が始まったばかりだというのに、再び長期の休暇を申請することになる。

(新学年早々、また休暇を取るというのは、さすがに気が引ける。先生方にも、同級生たちにも、どう思われるか……。しかし、ローネン州の時のように数ヶ月もかかるわけではない。往復と滞在で、せいぜい三週間から一月といったところか。昨年の長期不在に比べれば、まだ影響は少ないはずだ。勅許奏聞権という、これ以上ないほどの重大事を考えれば、必要な措置だろう)

彼は決断した。多少の学業の遅れや、周囲の目を気にするよりも、この重要な機会に対して、最善を尽くすことの方が優先されるべきだ。父と直接会い、膝を突き合わせて相談する。それが、今の彼が取るべき行動だった。


「ギルバート」

レオナールは、傍らに控える従者に声をかけた。

「父上に相談したい、非常に重要な案件ができた。近いうちに、ヴァルステリア領へ一時帰郷したい。学院への休暇申請の手続きと、旅の準備を始めてくれ」

「かしこまりました、レオナール様」ギルバートは、主人の決意を察し、静かに、しかし迅速に行動を開始した。「護衛の方々への連絡、馬車の手配、全て滞りなく進めさせていただきます」


レオナールは、窓の外に見える王都の街並みを見つめた。再び、この学び舎を一時的に離れることになる。だが、今度の旅は、ローネン州の時のような危機感ではなく、未来への大きな可能性と、それに伴う重い責任を胸に抱いてのものだった。彼は、父アルフォンスとの再会と、そこで交わされるであろう言葉に、静かに思いを馳せるのだった。


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