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血液内科医、異世界転生する  作者:
Principal Investigator
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第六十四話:勅許奏聞権の打診

宮内省からの呼び出し状を受け取った数日後、レオナールは指定された日時に合わせ、再び王宮へと向かった。護衛の騎士たちと従者ギルバートを伴い、厳重な警備体制の敷かれた王宮の門を通過する。以前、分析任務のために籠った魔法省管轄の施設とはまた違う、より格式高く、国家の中枢としての威厳に満ちた空気が漂っていた。


案内されたのは、宮内省の中でも特に重要な来客を迎えるために使われるであろう部署の一角だった。磨き上げられた床、壁に掛けられた歴史画、そして静かに職務に励む役人たちの姿。レオナールは緊張を隠しつつも、貴族としての礼儀作法に則り、背筋を伸ばして進んだ。


やがて通されたのは、豪奢な調度品で設えられた応接室だった。厚手の絨毯が足音を吸収し、壁には王家の系譜を示すタペストリーが飾られている。窓からは手入れの行き届いた庭園が見え、室内には微かに高級な香が焚き染められているようだった。部屋の中央には、柔らかな革張りのソファとテーブルが置かれ、一人の男性がレオナールを待っていた。


歳は六十代ほどだろうか。銀髪を綺麗に整え、宮内省の高官であることを示す上質な礼服を隙なく着こなしている。穏やかな表情の中にも、長年、王家の側近くで国政の機微に触れてきた者だけが持つであろう、深い洞察力と落ち着きが感じられた。彼はレオナールが入室すると、静かに立ち上がり、穏やかな笑みを浮かべて迎えた。


「ようこそお越しくださいました、レオナール・ヴァルステリア公子。お待ちしておりました。どうぞ、お掛けください」


促されるままにソファに腰を下ろすと、すぐに侍従がお茶を運んできた。レオナールは礼を述べ、相手の言葉を待った。一体、どのような用件なのだろうか。


「さて、公子」高官は、お茶に一口つけた後、ゆっくりと本題を切り出した。「本日は、他でもない。先般のローネン州における奇病の原因究明における、公子とターナー教授の多大なるご功績について、国王陛下も深くご嘉納あそばされ、何らかの形で報奨をお考えになっておられるのです」


「は……身に余る光栄でございます」

レオナールは、驚きつつも、型通りに答えた。報奨の話は全く予想していなかった。


「つきましては」高官は続けた。「国家への貢献著しい者に対して、陛下が特別にお認めになる栄誉があることは、公子もご存知かと存じます。すなわち、国王陛下への『勅許奏聞権(ちょっきょそうもんけん)』です」


「勅許奏聞権……ですと!?」

今度こそ、レオナールは素直な驚きの声を上げた。勅許奏聞権。それは、国家に対して特に大きな功績を挙げた者にのみ、国王への直接の願い出を許可するという、極めて名誉ある権利だ。その権利が、まだ学院の学生である自分に与えられる可能性があるというのか?


高官は、レオナールの反応に静かに頷いた。

「左様。今回のローネン州の一件は、多くの民の命を救い、王国の危機を未然に防いだ、まさに国家的な功績と評価されております。公子の分析能力、行動力、そしてそれを支えたターナー教授との共同研究。これらに対する褒賞として、何が最も相応しいか、宮内省でも検討を重ねておりました」

彼は、言葉を続けた。

「その折、今回の調査を指揮されたファビアン・クローウェル殿より、強い推薦があったのです。『レオナール公子は、若年にして類稀なる才能と、国家への貢献意欲をお持ちだ。彼に勅許奏聞権を与え、その願いを叶えることこそが、将来の王国にとって最も有益な褒賞となるのではないか』と」


(ファビアン殿が……推薦を?)

レオナールは、あの冷静沈着な元軍人の顔を思い浮かべた。彼は、レオナールの能力だけでなく、その先にある目標——医学と魔法の融合——をも見抜いていたのかもしれない。そして、それを国家レベルで支援する価値があると判断したのだろうか。


「ファビアン殿の推薦を受け、宮内省でも慎重に検討した結果、その提案は極めて妥当である、との結論に至りました。つきましては、レオナール公子に対し、正式に勅許奏聞権授与の『打診』をさせていただく次第です」

高官の言葉は、穏やかだが、決定的な響きを持っていた。


「ただし」と彼は付け加えた。「勅許奏聞権とは申しましても、その内容は事前に調整させていただく必要がございます。伝統に則り、まずは公子ご自身が、陛下に何を願い出たいか、その『草案』を作成し、期日までに当省へご提出いただきたいのです。その後、我々宮内省の担当者と公子との間で内容を十分に協議し、最終的な形を整えた上で、改めて陛下への奏聞の儀を取り計らう、という運びになります」

つまり、自由に何でも願い出られるわけではなく、国家として実現可能か、あるいは相応しい内容かを、事前に宮内省がチェックし、調整するということだ。とはいえ、国王への直接の願いが叶う可能性のある、またとない機会であることに変わりはない。


レオナールの頭の中は、様々な考えが駆け巡っていた。勅許奏聞権。何を願う? 自分の研究のための特別な予算か? 新しい研究機関の設立? それとも、父やヴァルステリア家のためになること? あるいは、もっと個人的な願い? 母を救えなかった医療を変えるための、具体的な支援? 選択肢は無限にあるように思えたが、同時に、そのどれもが途方もなく重い決断に感じられた。


「……レオナール公子、いかがなされますか? この打診、お受けになりますかな?」

高官が、静かに問いかける。


レオナールは、深呼吸を一つして、顔を上げた。その瞳には、驚きと困惑、そしてこの予期せぬ機会に対する真剣な考察の色が浮かんでいた。

「……宮内省からのご打診、そしてファビアン殿のご推薦、身に余る光栄に存じます」彼は、落ち着いた声で答えた。「勅許奏聞権という重い栄誉について、軽々しくお受けするわけには参りません。どのような願いが陛下と王国のためになり、また私自身の目標にも適うのか……。どうか、少しばかり考えるお時間を頂戴できませんでしょうか。ターナー先生や、父、そして他の信頼できる方々ともよく相談し、熟慮の上で、草案を作成し、提出させていただきたく存じます」


彼の返答は、即答を避け、慎重に検討したいという意思表示だった。高官は、その若さに似合わぬ思慮深さに感心したように、ゆっくりと頷いた。

「承知いたしました。公子のお考え、ごもっともです。では、草案の提出期限は、ふた月後といたしましょう。それまでに、良き考えがまとまりますことを願っております。相談が必要であれば、いつでも当省の担当者にご連絡ください」

「ありがとうございます。必ず、熟慮の上でご返答いたします」


レオナールは改めて深く礼を述べ、高官に見送られながら、豪華な応接室を後にした。王宮の長い廊下を歩きながら、彼の頭の中は、先ほどの会話で一杯だった。勅許奏聞権。国王への願い。それは、彼の人生を、そしてあるいはこの世界の未来をも左右するかもしれない、重い選択の始まりを意味していた。彼は、まず誰に相談すべきか、そして何を成し遂げたいのか、その根源的な問いと向き合うことになるだろう。


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