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聖鱗の守護者 〜失われた女神と受け継ぎし巫女〜  作者: 島津恭介


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第二十二話 黒炎珠

ザーミーン 守護者 上級神官 神殿聖衛隊

挿絵(By みてみん)

べバール 隻目 隻眼の狼隊隊長

挿絵(By みてみん)

キミヤー ティラーズ神殿長補佐 上級神官

挿絵(By みてみん)

ティグヘフ 笑う暗殺者 隻眼の狼隊傭兵

挿絵(By みてみん)

バーバク 勇敢なる獅子隊隊長

挿絵(By みてみん)

アーシエフ 勇敢なる獅子隊副隊長

挿絵(By みてみん)

オミード ティラーズ下級神官

挿絵(By みてみん)

マージアール ティラーズ神殿副神殿長

挿絵(By みてみん)

フォルーハル 美しき静寂隊隊長

挿絵(By みてみん)


 残敵の掃討を終え、べバールとフォルーハルが戻ってきた。


 横たえられたバーバクを見て、二人は黙って胸に手を当てる。

 戦場で散るは傭兵(モズドール)の習い。

 だが、それでも仲間の死が与える衝撃は大きいのだろう。


 べバールは煙草を一本取り出すと、火を点けてバーバクの隣に置いた。

 赤く火が灯る煙草を見て、アーシエフは頭を下げる。


「ありがとう、べバール。あいつも喜んでいるわ。体質が合わなくて吸えなかったけれど、べバールを真似て何回も吸おうとしていたんだ」

「今回、最高の一服はお預けだからな。その一本は、バーバクに譲るさ」


 べバールは、ティラーズの傭兵たちの中心である。

 すべての傭兵がべバールに憧れ、彼の後を追っていると言っても過言ではない。

 人一倍自負心の強いバーバクも、例外ではなかった。

 追いつきたいという強い気持ちが、後続を待つという常識的な判断を取らせなかった。

 隊の傭兵たちもバーバクへの信頼が強く、劣勢にもかかわらず突撃する無謀を犯してしまったのだろう。


「ところで、マージアール。黒炎珠(アルナール・サウド)を見つけたぞ。破壊するなら、神官(ケシシュ)の力が要る。だから、戻ってきたんだ」

「ありましたか。よかった。犠牲はありましたが、目的は達成できそうですね。キミヤー、ザーミーン、手伝ってください。黒炎珠の破壊は、上級神官の力が必要です」


 サドゥシュトゥン砦の黒炎珠は、キミヤーが一人で破壊したそうだ。

 だが、まる一日を費やした上、魔力が空になるほど消耗したらしい。

 隻眼の狼隊の帰還時には水が不足し、傭兵たちは渇きに悩まされたようだ。


 マージアールは、中級神官にバーバクの導魂を命じた。

 アーシエフや、生き残った勇敢なる獅子(シール・ショージャ)隊の傭兵たちが見守る中、バーバクを送る儀式が始まる。

 フォルーハルも、神妙な顔で儀式に参加していた。

 案内は、べバールに任せるのであろう。


 べバールを先導にし、マージアール、キミヤー、ザーミーン、ティグヘフ、オミードが後に続く。

 下級神官のオミードは本来儀式を行うのが役目のはずだが、しれっと同行していた。

 おそらく、彼の祭祀能力はそこまで期待されていないのであろう。

 神官より傭兵の方が向いているのではないだろうか。


 道は、最奥へと下っていた。

 降りるにつれ、禍々しい気配が一層強くなる。

 ザーミーンがいなければ、おそらくもっと強かったであろう。

 自分の魔力にまで、黒炎珠が侵食してくるような感覚。

 キミヤーは、前回一人でこれに立ち向かったのだろう。

 よく倒れもせずにやり遂げたものだ。

 上級神官とはいえ、簡単ではなかったはずである。


 マージアールとキミヤーも、苦しそうな表情をしていた。

 逆に、べバール、ティグヘフ、オミードはそこまで苦しそうではない。

 高位の神官ほど影響が強いようだ。


 最奥の間は、神脈の上に位置していた。

 中央に置かれた台座に、漆黒に燃え上がる魔力の珠が置かれている。

 珠からは魔力の根が神脈に向かって伸び、魔力を吸い上げている。

 そして、吸い上げた魔力は侵食され、悍ましい魔力へと作り変えられていた。


 女神(アレイエ)の魔力は、基本的に命を育むための魔力である。

 だが、双角神の魔力は、破壊のための魔力だ。

 戦いには強いが、この魔力の支配下では人はまっとうに生きていくことができない。

 不気味に鳴動する黒炎珠が、自分を(いざな)っているようにザーミーンは感じた。


(汝、父の仇敵を討たまほしか)


 黒炎珠が、ザーミーンの心に語りかけてくるように感じる。


(ならば、余を手に取れ。余の力を持ちて仇敵を討て。かくて、汝が帝国を支配せし者となるなり。汝があらまほしき国作るべし。誰も汝にはえ逆らわず)


 黒炎珠の後ろに、巨大な影が浮かび上がる。

 黒い影の中心には巨大な目があり、そして影は二本の角を持っていた。

 圧倒的な神性に、ザーミーンは痺れるような感覚を味わう。

 目がザーミーンを凝視すると、心の中の感情がすべて暴かれるような気持ちになった。


 欲望、衝動、刹那的な感情を、双角神は増幅する。

 父を殺した異形への憎悪。

 怒りと憎しみの感情が、ザーミーンの胸をざわつかせる。


(力があれば、黒衣の魔術師に遅れをとることもなかったけん。そうすれば、ティグヘフさんも戻ってくることなく、敵の待ち伏せも発見できた)


 バーバクの死は、自分にも責任がある。

 涙をこらえていたアーシエフの姿が瞼に浮かぶ。

 そんなザーミーンに、黒炎珠が囁く。

 弱ければ、何も守れない、と──。


 ゆらりとザーミーンの身体が揺れ、一歩足が前に出る。

 抵抗するように震えながら、その手がゆっくりと上がろうとする。

 ザーミーンには、黒い影が何倍にも膨れ上がったように見えた。

 洞窟を埋め尽くさんばかりの神性に、押しつぶされそうになる。


 唇を噛みしめたザーミーンの肩に、キミヤーがそっと手を置いた。

 途端に、ザーミーンの中にあった黒い感情が霧散する。

 ザーミーンは振り向くと、キミヤーの顔を見た。

 キミヤーは、厳しい表情でこくんと頷く。

 彼女も、サドゥシュトゥン砦でこの試練を受けたのだろう。

 黒炎珠と向き合う神官は、信仰と覚悟が必要となる。


「キミヤー様も、あれを見たんですか……?」

「ええ。サドゥシュトゥン砦で、語りかけてきたわ。おまえは、世界の女王になれると。あらゆる者がひれ伏すだろうと」


 キミヤーの語りとともに、その魔力が膨れ上がったように感じた。

 他を圧する威厳と美しさに、ザーミーンは一歩後ずさった。


 それを見たキミヤーは、にこりと微笑む。

 巨大化したように見えた姿も、元に戻って見えた。


「でも、わたしは世界の女王になんてなりたくないの。わたしは、愛する夫を見つけ、慎ましい家で穏やかな日常が過ごせればそれでいい。それが、女神の教義にもかなう生活」


 キミヤーならば、本当に世界の女王になれるかもしれない。

 それだけの力が彼女にはあると感じられた。

 だが、彼女は双角神の誘惑をきっぱりと跳ねのけたのだ。


「ザーミーン、日常を大切にしなさい。あなたは、セパーハーンで戦いに特化した生き方をしてきた。それは強いけれど、ある意味もろい。自分を支える内なる力は、日々の何気ない生活の中にこそあるのよ」


 キミヤーの背骨は、確かに決して折れないような(つよ)さを感じる。

 ザーミーンは、神殿でのキミヤーを思い出した。

 彼女は、いつも楽しみながら家事をしている。

 時には歌いながら、魔法のように料理を作り、掃除をし、裁縫をこなす。

 セパーハーンでは、そういう上級神官はいなかった。

 みな、下級神官に任せ、自分ではやらなかった。

 地に足がついている者の強さというものが、キミヤーにはある。


「──どうやら、あれは今回ザーミーンに注力していたようですね。小職には、興味がなかったようで幸いでした」


 マージアールが、肩をすくめる。

 どうやら、双角神の誘惑は、ザーミーンに集中していたようだ。

 他の者は、平気な顔をしている。


「ザーミーンがいるので、今回根の除去は彼女に任せましょう。光の魔術が使えるのですよね?」


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