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聖鱗の守護者 〜失われた女神と受け継ぎし巫女〜  作者: 島津恭介


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第二十三話 決着

ザーミーン 守護者 上級神官 神殿聖衛隊

挿絵(By みてみん)

べバール 隻目 隻眼の狼隊隊長

挿絵(By みてみん)

キミヤー ティラーズ神殿長補佐 上級神官

挿絵(By みてみん)

ティグヘフ 笑う暗殺者 隻眼の狼隊傭兵

挿絵(By みてみん)

バーバク 勇敢なる獅子隊隊長

挿絵(By みてみん)

アーシエフ 勇敢なる獅子隊副隊長

挿絵(By みてみん)

オミード ティラーズ下級神官

挿絵(By みてみん)

マージアール ティラーズ神殿副神殿長

挿絵(By みてみん)

フォルーハル 美しき静寂隊隊長

挿絵(By みてみん)

 黒炎珠(アルナール・サウド)から下に伸びた魔力の根は、禍々しい闇の魔力を帯びている。

 それが女神の大地と水の魔力を侵食し、黒い炎をとなって洞窟を照らしていた。


 この魔力の根を断つことが、黒炎珠破壊の第一段階である。

 サドゥシュトゥン砦で、キミヤーはこれを一本一本丁寧に自らの魔力で駆逐していったようだ。

 だが、大地と水の魔術で闇の魔力に対抗するのは容易なことではない。

 ゆえに、太陽神の巫女の娘であり、光の魔術が使えるザーミーンの力が必要なのだ。


 ザーミーンは、ゆっくりと前に進み出た。

 先ほどは洞窟いっぱいに広がって見えた黒炎珠が、いまは普通の大きさに見える。

 あれは、ザーミーンの心がそう見せていたのだ。

 闇の魔術は、人の心の隙を突く。


 ザーミーンは大地に手を突き、自分の魔力を地下に浸透させていく。

 無数の魔力の根が、びっしりと神脈に張り巡らされていた。

 その一本一本が、濃密な闇の魔力を帯びている。

 これだけ膨大な量の闇の魔力を、光の魔術を使わずに中和したキミヤーの力の凄さにザーミーンは驚嘆した。

 自分では、できなかったであろう。


輝く日輪の光ノール・ホルシード・ダルフシャン


 言葉とともに、ザーミーンの手が輝き始める。


貫け闇の帳パルデフ・タリキーラ・ソラフコン


 掌から広がる光が、徐々に闇の根へと到達する。


闇を払う光の刃ティグノール・タリキーラズ・ミバールドわが名はザーミーンナマーン・エスト・ザーミーン太陽神の巫女を(ジャナ・カンファン・)継ぐ者なり(ティルトリヤ)


 ザーミーンの魔力が、一気に解放された。

 目も眩むような閃光が洞窟中を満たす。

 その輝きは地下へも伝わり、土中で乱反射して闇の根を斬り裂いた。


「──こいつは驚いた」


 眩しそうに手で目を隠しながら、ティグヘフがつぶやく。

 十数秒の間輝き続けた光が消え去った。

 後には、根を失い炎の勢いがみるみる減じていく黒い珠が残るのみであった。


「イラ様の血を継ぐだけのことはありますね。あのシャフラー殿にも劣らない」


 常に冷静なマージアールも、興奮しているようである。


「左目がなくてよかったぜ」


 べバールが、顎鬚を撫でながら言う。


「両目じゃ眩んで倒れちまうところだった。で、ザーミーン。あれだけの大魔術で、魔力は大丈夫なのか?」

「ここには神脈がありますから」


 黒炎珠の根を切り払ったいま、神脈の魔力は正常に流れている。

 これだけ近くにいるならば、ザーミーンはその魔力を利用することができる。

 事実、ザーミーンの身体は少しずつ神脈の魔力を吸収し、ほのかに光っていた。


「では、小職とキミヤー君が黒炎珠を魔力で固定します。べバールは、珠の破壊をお願いします。小職たちは炎の魔力を抑えますので、破壊後に中から出てくる闇の呪詛はザーミーンが抑えてください」


 破壊の段取りを、マージアールが説明する。

 今回は、四人がかりで破壊するようだ。

 ザーミーンは、闇の魔力だけを抑えればいい。


 マージアールとキミヤーが両手から魔力を放出すると、台座から黒炎珠を持ち上げる。

 炎の勢いが落ちた黒炎珠は、容易く二人の魔力で持ち上げられ、固定される。

 二人の魔力で中和された黒炎珠の火勢は、さらに衰えていた。


「べバール、お願いします」

「役者の登場の割に囃子に色気がないぜ」


 とぼけた調子のまま、ふらりとべバールが前に出る。

 そのまま、散歩をするように足を踏み出し、黒炎珠を通り過ぎる。

 ぱきん。

 珠に白い筋が入り、二つに割れる。

 ザーミーンには、いつ斬ったかもわからなかった。

 刀を本当に抜いたのか。

 ただ通り過ぎただけにしか思えなかった。


「ザーミーン!」


 マージアールの声に、はっと我に返る。

 割れた黒炎珠から、黒い靄のようなものが溢れてきている。

 あれが珠のもととなっている双角神(クァーニアン)の魔力。

 ごく小さな一部ではあるが、神の分霊とも言える。

 その濃密な闇の気配は、先ほどの影を思い起こさせる。


 だが、今度は誘惑ではない。

 禍々しい呪詛を、撒き散らしている。


光界(ディニヤー・ノール)


 ザーミーンの手から、輝く方形の結界が放たれる。

 黒炎珠の割れ目から漏れ出した闇の呪詛が、その結界に囚われる。

 四方から光を照射され、広がろうとした闇は逃げるように小さくなっていく。


おのれ、まばゆし(アタ・ビーヒール)──)


 怒りの声が、頭の中で鳴り響いた。

 その一言だけで、ザーミーンは一瞬意識が遠くなる。

 強力な神性の前では、人間の抵抗など薄い紙のようなものだ。


(──ザーミーン、女神の娘よ──。汝の魂は覚えし──。いずれ余の手が、汝を余の前に具し込──)


 それでも、ザーミーンは照射をやめなかった。

 結界に囚われた靄は縮小を続け、やがて姿を消す。

 同時に、ザーミーンの頭に重くのしかかり、響いていた声も消え去った。


「冬の日の朝みたいに陰鬱にさせてくれるけん」


 ずきずきと痛む頭をさすりながら、ザーミーンは愚痴をこぼした。


「よくやったわ、ザーミーン。こんなに短時間で終わるなんて嘘のようね。サドゥシュトゥン砦のときにも、あなたがいてほしかったわ」

「女神にかけて! あのときは、隊長(ラヤバール)も一刀じゃ斬れなかったんですぜ」

「そりゃ、今日は調理の前の下拵えがよかったのさ」

「あら、下手な下拵えで悪かったわね、べバール。ごめんなさい、料理は得手じゃないのよ」

「おっと、失敬、失言だったな。キミヤーの腕が悪いとは言っておらんよ。相性の問題だ。肉屋には肉屋の、八百屋には八百屋の得意分野がある」


 一仕事が終わったせいか、三人の口も軽くなっていた。

 ザーミーンも、安堵の息を吐いて身体の力を抜く。

 これで、カーバーザルト砦の攻略は終わりである。

 一度、ティラーズに帰還することになるだろう。


 冗談を言い合う三人とは裏腹に、副神殿長の表情は厳しかった。

 確かに、作戦は成功で終わった。

 だが、主力の一人であるバーバクを失い、勇敢なる獅子隊はしばらく再編をせざるを得ないだろう。

 この先を考えると、喜んでもいられない。

 フィルーズを支えてきた片腕として、責任を強く感じるのであろう。


 一番何も考えてなさそうなのは、オミードである。

 結局ついてきただけで、特に何もしていない。

 おそらく、導魂の儀式を怠けたいだけだったのではなかろうか。

 彼の興味は、戦闘に極振りされている。

 セパーハーンの神殿(マブド)には、彼のような神官(ケシシュ)はいなかった。

 彼の行動の一つ一つが、ザーミーンには予想外のことばかりであった。


「──送り歌が聴こえますね」


 悠然と立っていたオミードが、耳に手を当てて顔を傾ける。

 ザーミーンも、入り口の方に顔を向けた。

 黒炎珠に気を取られて気づかなかったが、神官たちが魂を送る歌が流れてきている。

 先ほどまで、洞窟の中は黒炎珠の魔力が壁中に張り巡らされ、魂を導くにも苦労していたはずだ。

 だが、すでに壁を網のように赤く走っていた魔力は消え去り、神官たちもようやく落ち着いて儀式を進めることができたのだろう。


 哀愁を帯びた歌声は、薄暗くなった洞窟の天井を伝い、奥へと消えていく。


 バーバクの傍らで祈るアーシエフの姿が目に浮かび、ザーミーンはそっと聖印を握りしめた。

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