ある少年の話をするとしょう
是非とも感想ください!心が潤います。
ガンッ、と硬質なモノを絶大な膂力をもって殴りつける爆音が、大きい部屋に響き渡る。
「なんと言った?もう一回繰り返してみよ。」
ゾッとする程平坦な声で、アダムは目前のモノに問う。眼の奥で業火が燃え盛り、口からは細い蒸気の筋がシューッと漏れ出す。
魔鋼の壁に押し付けた拳からは僅かに血が滴り、半ば埋もれているソレは壁に新たなる亀裂を生む。
「そうですね、言葉を変えてみるとしましょうか。伯爵の秘密が少しでも知りたいか、と私めは申しているのです。」
アダムは能面みたいに無表情な顔を僅かに傾かせ、目前にてさえずる道化に聞く。
「オマエ、僕たちを利用しょうとしているな?」
それは問いかけですらなく、確信を帯びた断言であった。
そんなアダムの警戒に満ちた態度をよそに、アスモデウスは口元に手をやり、心外だとでも言うように眼を丸くした。
「まあ、滅相もございませぬ!この駄メイドはただ、皆さまの事を考えてですねー」
弁名をしょうとするアスモデウスの言葉を遮り、アダムはハッと鼻で笑った。
「僕たちを舐めすぎないで頂きたい。そのおどけた態度で僕たちは確信しました。そして、貴方の正体も先ほど分析し終えた所です。ウリエル、アリエル?」
ウリエルは険しい顔で頷き、アリエルは犬歯を向いて唸る。
「うん、間違いないよ、コレ。」
「ああ、間違いが無い。」
「「コイツは師匠の血を喰らっている。」」
空気が、燃えた。そう錯覚する程に、憤怒が部屋を満ち、扉がガタガタと覇気で震える。
だが、しかし。アスモデウスは全く恐れる様子もなく、ペロリと舌を出す。
「あらら、早速バレてしまいましたー!予定どーり!」
アダムは再度問う。彼女の正体を、その真意を。
「貴方は、一体全体、何を為したいのですか?」
アスモデウスは指をわざとらしく顎に押し付け、うーんと首を捻った。
「君たちにアドバイスをするため、ですかねー?」
「何をー」
アダムの言葉を黙殺し、彼女は告げる。
「君たち、彼の望む『子供』を演じるのもいいけど、わざとらしいよ?師匠も薄々と感づいているんじゃないかなー?」
彼女の言葉に、九人は怒気を瞬時に霧散させて、固まる。
「だからさ、師匠様の事をもっと深く知って、賢すぎる子供らしく、陰ながら支えてあげる方針に切り替えるべきなんじゃあないかなー?」
彼女の挑発的な提案に、ミカエルは噛み付く。
「我らが今までにソレを考えなかったとでも!?その上で、我らは師の求める『偶像』で在り続けることにしたのだ!!」
そんな彼の言葉を、アスモデウスは無様だとでも言うように、冷徹に嗤う。
「なんの根拠でそう定めたのですかー?師の過去を何一つ知らないで、よく吠えるワンちゃんたちですねェ~!」
ブチッ、と何かが弾けて切れる音がした。だが、それでも彼らは動かぬ。いや、動けぬのだ。『過去』という最大級の宝を持つ女に、彼らは刃向かえないことを自覚しているのだ。
「さあ~て。彼の過去、出血大サービスでお見せしちゃいま~す!よっと。」
彼女の軽い掛け声と共に、彼女の指より血が舞う。その血は床で弾けるや否や、朱き霧と化して彼らの世界を浸食した。
「ここは...。」
九人は周囲を見渡すと、そこは草原であった。爽やかな風が吹き、野花の香りと……鉄の生臭い臭いを彼らの鼻孔に届けた。
バッと臭いの元を見ると、遠目に彼岸花の畑が見えた。いや、違う。彼岸花は、そんなにも大きかったのか?
無意識の内に、何かに導かれるかのように彼らは花畑へと駆け出した。草が宙を舞い、土がめくれて煙と化す。
はたして、そこには。
地獄が在った。
地獄。地獄。地獄。
元は、小さく、のどかな村があったであろう場所で。地獄の業火が全てを無慈悲に巻き取っていた。
家屋は燃え、辺りに木材が散乱している。熱風が木屑を天へと押し上げ、周囲に火の雨を降らす。
家畜は噛み殺され、引きちぎられ、同様に大人たちも無残に散らばっている。
肢体、死体、臓器、骨、血。
そして、何よりも。子供の、もげてひしゃげた首。裂かれ、臓器が散乱した脇腹。潰されて、背中より突出した背骨。
九人は凄惨の光景を前に、思わず足が止まる。そんな彼らの耳に、ある少年の痛々しい慟哭が届いた。
火の中で、焼けて黒ずんだ遺体を二つ腕に抱え、泣き叫ぶ少年がいた。少年は、彼らと年がさほど変わらぬように見えた。
しかし、彼の眼は少年らしからぬ絶望に濡れ、人外の優美さを冠する顔は悲嘆に歪んでいる。
「何がチートだァああ!!!!!何が力だアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
小さき村跡の中心にて、少年は天を見上げて絶叫する。
「ちくしょうめェエエエエ!!!!!クソったれがアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
少年は腕に抱える遺体に、血の涙を落として世界を呪う。
「認めるかアアアアアア!!!!こんなもの、認めてたまるかアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
突風に吹かれ、黒く朽ち果てた遺体は遂に風と散った。残るは、両腕を呆然と天へ掲げる少年のみ。彼はブルブルと震え始めたかと思うと、ドンッと大地を殴りつけた。
衝撃波で土石が吹き荒れ、破壊の波が同心円状に拡散する。大地は無数の深き亀裂をもって砕れ、巨大な爆発と共に煙雲が太陽を覆い隠す。
土埃が地に落ち、陽の光が再び降り注ぐ頃には、村は跡形も残らなかった。ただただ、立ち尽くす少年を残して。
「ふざけるな。ふざけるな。フザケルナ!フザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナ!!!」
呪詛の様に、少年は混沌とした憎悪を吐き出す。
「殺す。滅ぼす。塵も残らず焼却してやる。此の世の悪全てを。」
少年は初めて、顔を真っ直ぐと九人の方へ向けた。彼らは戦慄し、驚愕する。
なぜなら、その顔はー
『第一幕、終了で~~~~~す!さあ、次へ!』
朱き煙が彼らの視界を満たし、クルリとまた世界は旋回する。
次の場所は、ある薄暗い洞窟だった。
怯え、苦痛にのたうち回る大勢の賊らしき男がいた。辛苦に藻掻き、血反吐を吐きながら地べたを這いずり回るもー
ゴチュッという生々しい破裂音と共に、彼はいとも容易く潰された。その死に様に尊厳は無く、虫けらにも劣る最期であった。
彼は殺した人影は、まだ少年の容姿を色濃く残す若き青年であった。
「吐け。首謀者の名を吐け。」
青年の言葉に対し、震える男たちは精一杯の力を振り絞り、血痰を吐いた。
「これでも喰らえ、このバケモノがああああ!!!!」
「俺達の仲間の分だ、しっかりと味わいなァ!!!」
「地獄に堕ちろ、こんの虐殺者がああああああああ!!!!」
彼らの眼は血走り、口は裂け、狂気の笑みを浮かべている。
そんな彼らに対し、青年は動じる様子も無く、パチンと指を鳴らした。男の内の一人が瞠目し、叫んだ。
「あ、アシェリー!!」
暗闇より歩み出たのは、10歳にも満たぬ、幼い女の子。青年は彼女の小さき手に錆びたナイフを握らせると、男たちに聞こえるギリギリの音量で囁く。
「アシェリー、君のお父さんが、私とお友達になってくれないみたいだ。どうお願いしたらいいか、分かるね?」
女の子は、平坦の声で彼に答える。眼は虚ろであり、まるで幻術にかかったかのように、足元はフラフラとしている。
「はい。奇数回は私の身体の何処かを削ぎ落します。偶数回はお父様の身体の何処かを削ぎ落します。」
男は娘に呼びかけ、こい願う。
「やめるのだ、アシェリー!!お父さんはここだ!!ダメだあああああああああ!!!」
青年は口元を吊り上げ、二ッと悪辣に嗤った。
「錆びたナイフはとっても切れ味が悪い。それはもう、大人も困るほどに。小さい女の子は言わずもがな。」
男は、ㇵッㇵッと荒い息を繰り返すのみ。
「何往復も。ぎーこぎーこ。血がボタボタ落ちます。ぎーこぎーこ、肉が剥がれます。ぎーこぎーこ。ぎーこぎーこ。」
男の眼に涙が溜まり、頬を伝い落ちる。
「錆びたナイフ。小さい女の子。さて、彼女が何ターン持つか、私も大変興味深い。さあて、そこのお父さん、もう一回お聞きしますね。」
青年の顔よりあらゆる表情が抜け落ち、昏き空洞のみが震える男性を覗き返す。
「首謀者はどこだ?」
『はあ~い、お話も佳境に入って参りました~!では、終幕へレッツゴー!』
朱き煙は渦巻き、澱み、最後の悪夢を象る。
そこは、戦場跡であった。
誰一人報われることが無い、惨く、死と悪意に満ちた戦場跡であった。
美しい男性は両腕に、今まさに息絶えようとする老人を抱いていた。
「何故だ。何故ですか、父上ッッッ!!!!!!」
男性は血涙を流し、絶望に酔う。あの日の再現のように、ただただ打ちひしがれる。
「何故、私たちの、私の家族を皆殺しにする命令を出したのですかァアア!!!!!!!!」
老人は疲れ果てた眼で、痛みにさいなまれ過ぎた眼で息子を見る。
「全ては、全てはオマエを殺すための手段に過ぎなかったのだよ。」
「……………!!!!!!」
老人は独白する。ひっそりと、懺悔するように。
「オマエは戦争で活躍し過ぎた。余りにも強すぎた。余りにもたった一人で殺し過ぎた。」
男性は、憤怒にわななく。
「私は、私はみんなをー」
老人はカッと死にゆく眼を見開き、老いぼれた喉で一喝する。
「真に皆を救うため、オマエは戦ったのではない!!!!!!」
「……………!!わ、私はー」
「オマエは少年で在りながら、神の域に近すぎた。故に、数多の国が貴様を疎い、嫌悪し、恨み、抹殺しょうと画策した。貴様は、神の力を持ちながら、余りにも人に近すぎたのだ。」
「ま、さ、か。」
「そうだ。我が国は世界全ての悪、世界総じての宿敵と見なされたのだ。故に、我はオマエを殺そうとした。我が最愛の女を、娘を、全てを生贄としてまでオマエを殺そうとした!!」
「あ、ああ……。」
「喜べ、息子よ、憐れな怪物よ。オマエは全てに勝った!!誇りに思うが良い!!しかしッッ!!!」
老人は残り少ない生命を燃やし、滅んだ祖国をその指先で指した。
「オマエは復讐と引き換えに、無辜の民を、数多の子供たちをー」
「やめろ、やめてくれ……」
「家族を、愛する人々を、生きる意味を、故郷を、安寧を、その希望を、全てッ!!その全てをー」
「やめろ、やめろやめろやめろォオ!!!!」
「オマエの憎悪の炎で、殺し尽くしたのだッッッ!!!!」
いや、いや、と頭を振る男性に。老人は、トドメを刺した。
「喜べ、ヴラド。オマエは何も救えなかった。」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
男性は知る。
自らの望む絶対悪など、存在しなかった事を。
あああああああ
彼の人生が、ことごとく無意味であったことを。
あああああああああああ
彼が、無辜の民を虐殺してしまったことを。
ああああああああああああああああああ
彼に、正義が存在しなかったことを。
混沌は墜ち、宙より遥か遠き呼びかけが訪れる。
りかいしてはならぬ。みてはならぬ。はなしてはならぬ。ふれてはならぬ。
そして、なによりも。
こたえてはならぬ。
ネ エ、ボ ク ト、 ケ イ ヤ ク、 シ マ シ ョ ?
男性は答える。全てを失った、愚かな遺骸として。
深淵を覗き込めば、深淵もまた覗き返す。
故に、人間は『理解する』行為を、『狂気』と呼ぶ。
その長い旅路の、その果てに。
彼は、新たなる答えを得た。
『ああ、可愛い黒山羊たち。君たちは、何を産み落としてくれるのかな?』
ぱちぱち。
パチパチパチパチ。
さあ、皆々様。劇を始めましょう。
よろしければ、評価とブクマをば。
クトゥルフ? ……何のことか見当もつきませんね。




