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3-4.

 

 気が晴れず、窓を押し開けて頭を外に出してみた。

 まだ就寝時間には余裕があるが、いつものように他の生徒たちの賑やかな声が聴こえてこないだけで、もう真夜中のように感じてしまう。

 空を見上げたが、まっすぐ伸びた背の高い木々に覆われて、二階の部屋からもあまり星空は見えない。

 なんだが急に寂しく思えてきて、私はため息をついた。

 そのとき、


「──!」


 人の声が聴こえた気がして、私はさっと眼下に目を走らせた。

 暗くてよく見えないが、まんじりともしない枝の間を縫って、なにかが動いたような気がして一点に目を凝らす。


(先生を呼んだ方が──?)


 そう思った矢先、再び誰かの声が微かに聴こえ、次いでドサリとなにかが落ちるような音がして私は顔色を変えた。


 少女の声で、ユリアン、とそう呼んでいたように聞こえたのだ。


(アリスちゃんになにか!?)


 私はほんの少し迷っただけで、すぐに部屋着の裾をたくしあげ、椅子を台にして窓から飛び降りた。

 風の魔法を足元に呼び起こして着地の衝撃を殺す。

 外に出てしまった。

 だが、先生に願い出たところできっと断られてしまうだろう。

 先ほど影が動いたと思われる方向へ走ると、そう距離を置かず、木々の開けた場所が前方に見えてきた。

 そこにいる二つの人影も。

 一人は立ち尽くし、もう一人は地面に寝転んで──


「アリスちゃん!!!」


 悲鳴のような声で名前を呼んだ。

 倒れているのはアリスだった。

 私は木の根に足をとられながらも全速力でアリスの元にたどり着き、倒れている彼女の肩に手を置くとぐらり、とアリスが仰向けになった。

 見覚えのある柄が、アリスの腹から飛び出ている。──いや、ナイフが彼女の腹に突き立っているのだ。


「──────!!!」


 口をついて、甲高い悲鳴がこぼれでた。


(どうしよう、抜いていいの?抜かない方がいいの?どうして)


 かたく目を閉じたまま目覚めないアリスの頭を膝に乗せて、私はおろおろとその傷口から溢れる血に触れた。

 拭っても拭っても、血は溢れてくる。

 指が、手が、彼女の血で濡れて赤く染まる。

 それでも、手は勝手にくりかえし血を拭うのを止めない。

 涙が溢れてきて、視界が滲んでいく。


「どうしよう、どうし」


 混乱し、泣きながら助けを求めるように顔をあげると、立ち尽くしたままのもう一人の人物が目に入った。


「ユリアン!?」


 それはユリアンだった。

 立って、バランスを保っているのがやっとのように、かすかにゆらゆらと揺れている姿はこの上なく不気味だ。

 名前を呼んでも反応がなく、ぼうっと宙を見たままの彼の瞳は青黒く濁っている。

 おかしい。

 ユリアンの瞳は金色だったはずだ。


「ユリアン、起きなさいユリアン!アリスちゃんが大変なのよ!」


 大きな声で何度も呼びかけると、アリスの名前に反応したかのようにビクッと一度震え、瞳の濁りはすっと消えていった。

 瞳の色が戻るのと同時に、ユリアンはバランスを大きく崩して尻もちをついた。

 頭が痛むのか、「痛……!」とそのまま頭を抱えてしまった。


「声はこっちからだ!」

「なにがあった!?」


 そのとき複数の人の声と、ガサガサと葉をかき分ける音がしてアーサライルたちが現れた。

 クラウスの姿を見て、私は藁にもすがる思いで声をあげた。


「クラウス様、アリスちゃんを助けて!」


 しかしクラウスだけでなく、アーサライルやギルベルトも状況を見てすぐには把握できないようだった。

 クラウス様っ、ともう一度涙で滲んだ声で呼びかけたのをさえぎって最初に声をあげたのはユリアンだった。


「アリス……アリス!?おまえ、お前がやったのか──!!!」


 え?と振り返ると、ユリアンが這ってきて私からアリスを奪い取った。

 私を強く睨みつけた瞳は憎しみに満ちていて、私が呆然と動けずにいると、突き放すように顔を逸らし、アリスを大事そうに草の上に横たえる。

 慎重にナイフを抜き取って捨てた。

 ギルベルトが私に目もくれずに横切り、二人のそばにしゃがみこむ。

 羽織の袖をちぎって傷口を押さえる。

 黒い布が、みるみると血で濡れて更に黒くなっていった。

 血が、止まらない。


「貴様」


 呆然とただ座り込むだけの私の腕をアーサライルが掴んで乱暴に立たせた。


「ちがう、ちがいます」


 目の前の、厳しい表情をしたアーサライルがなぜかどこか遠くに見える。

 ふわふわと定まらない思考の中でゆるゆると首を降って、そんなことよりはやくアリスちゃんを……とユリアンたちを振り返ろうとするが、掴まれた腕は頑として動かなかった。


 クラウスが、ユリアンの捨てたナイフを黙って拾い上げてきて私に見せた。

 いつも笑顔を絶やさない彼が、今は眉をきつく寄せてこわい顔をしている。


「これは、ウェステリア家の紋章だね?」


 そこで私は、ようやくアリスを傷つけたナイフに見覚えがあるどころか、よく見知ったものだと気づいた。

 ウェステリア家の女は他の貴族と同様、紋章の刻まれたナイフを護身用に持たされる。

 寮の部屋に仕舞ってあったはずの私のナイフは、アリスの血でべったりと汚れていた。


(どうして──?)


 私はそこで、意識を手放した。


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