5: まずはお友達から
「色々言いたいことはあるがね、エイリーン。まずは、ひとりで夜の庭園に出るのは危ないからやめなさい」
「はい……」
「お父様の言う通り、危ない人も中にはいるのよ。お願いだから気をつけてちょうだいね」
「分かりました……」
両親を前に昨日の出来事を洗いざらい喋らされた私は、2人からお叱りを受けて小さくなっていた。
カーディス伯爵令息のせいで、冷や汗をかかされるし驚かされるし従業員に話題を提供してしまうし両親に怒られているし、まったくいいことがない。疫病神だろうか。
心の中で綺麗な顔に平手打ちをお見舞いしていると、父が大きく息を吐いた。
「だが、彼がエイリーンに惚れるとはね。さすがに私も驚かされたよ」
「フェルナンドさんはご実家の爵位は継がないのよね? お婿に来てくれるのかしら。嬉しいわぁ」
「そうだな。世間話に娘自慢をしていた甲斐があったのかもしれない」
「さすがあなたね! 私が足を挫いてエイリーンに付き添えなかったのも、2人の出会いのためだと思えば痛さも吹き飛ぶというものよ」
「いや、待って! 話を飛躍させないで!」
婿に迎える気満々の両親を慌てて止めると、不思議そうな目を向けられた。
「なんだ、エイリーンは嬉しくないのかい?」
「フェルナンドさんのこと、尊敬できる人だって話していたじゃない。嬉しくないの?」
「だ、だって、あんなにたくさんの美女に囲まれてる人が、急に私みたいなのに言い寄ってくるなんて、どう考えてもおかしいでしょ? きっと何か裏があるか、単に揶揄われてるだけなんじゃないの?」
「私の娘はとっても可愛いの。私みたいなのなんて言われたら、お母様悲しくなってしまうわ」
しゅんとしてしまった母の言葉に、嬉しさと気恥ずかしさの混ざったむずむず感と、いいから現実見てよ! といういらいらが胸の中でせめぎ合うけれど、今は私についてを議論している場合ではない。
「と、とにかく、急すぎて信じられないの!」
「だが彼は互いを知る時間を取ろうと言ってくれているんだろう? 何が不満なんだ」
「まぁエイリーンったら、彼の本気を試したいのね? 確かにとっても格好良くて、女性に人気な方ですもの。不安になってしまうのも無理はないわ」
「なんだ、そういうことか」
「ふふ。若いっていいわぁ」
「違うからっ!」
楽観的な両親と、怪しすぎると疑る私。ひどい温度差に風邪を引きそうだ。分かり合える気がしない。
むすっとしていると、私の不機嫌を察した父がこほんと咳払いをして、真面目な顔になる。
「まあ、今回の件をどうするかはお前が判断しなさい。ミドレ家との事業提携はフェルナンドさん主導で動いてくれているとはいえ、公私混同するような方ではないだろう。よほどの不義理でも働かない限り、交際をお断りしても事業には影響ないと思うよ」
「本当に? 断ってもいいの?」
「ああ。だが彼が今日わざわざ来てくれた意味は、きちんと考えなさい。偏見や先入観だけで人を判断するのは失礼だよ、エイリーン。私は彼と何度も会っているけれど、人の心を弄ぶような人だとは思えないんだ」
「……」
「エイリーンが彼の申し出を断りたい理由が、ただお前の中の勝手な思い込みからくるものなら、きっと彼も納得しないだろう。少し時間をかけて、本当に断るべきか、断りたい理由は何かを整理してみなさい」
「はい……」
「ふふ。でもね、エイリーン。お母様はお断りの理由が『タイプじゃない』だけでもいいと思うの。言葉にできない相性の良し悪しってあるものね。ただそれも、互いを知ってから浮き上がってくるものよ。だから、まずはお友達から始めてみるのもいいんじゃないかしら」
「お、お友達……」
あのきらきら貴公子のカーディス伯爵令息と、お友達。すごい違和感だ。
「そうだね。彼の申し出通り、まずは互いを知る時間を作ってもいいんじゃないかな。その先にこちらがお断りする道も、もしかするとお断りされる道もあるかもしれない。すぐに決定的な決断をしなくてはならないわけではないんだ。そう深刻にならずに、気軽に考えなさい。それに彼と接するのは、エイリーンにとってもいい勉強になるんじゃないかな」
「勉強?」
「事業経営も海外経験も豊富で博識な彼と、直接意見交換できるぞ。外国の情報とか、聞きたくないか?」
「うっ」
「カーディス家の方と関わりを持ちたい人はたくさんいるのよ。そんな人が向こうからやってきてくれたのだもの、どう転んでも得るものはあると思うわ。万が一エイリーンが危惧するようにただのお遊びで声をかけてきたのなら、散々利用した後に平手打ちして捨ててしまえばいいのよ!」
「おいおい」
母の過激な言葉に父が引いているけれど、小さなこぶしを作って力説する母を見るとなんだか笑ってしまった。
混乱して、その原因となるものをひたすら拒否して排除しようとしていた心が、少し落ち着いてくる。
「そうね、とりあえずゆっくり考えてみるわ。どちらにしろ、一度は向かい合って話さなきゃならなくなりそうだし」
「ああ、そうしなさい」
「お母様はいつでも相談にのりますからね」
ぱちんとウインクしてみせる母に笑顔を返して、そのまま緊急家族会議はお開きとなった。
昨日から驚きの連続で思考が追いついていなかったけれど、両親の言う通り、今後のことを真剣に考えてみる必要がある。とりあえず一旦事務所に戻って仕事をこなしてから、夜じっくり自分と向き合ってみよう。
そう決めて、再び事務所へと足を向けた。




