28:証
「レイのこと、任せてしまってごめん。私の前ではいつも物分かりのいい子だから……。少し驚いて、登場のタイミングを図りかねてしまったんだ」
謝罪と共に、フェルナンド様は私をソファへと座らせた。もしかすると、割と初めの方から私達のやり取りを見ていたのかもしれない。
悲痛な声で「フェル兄様を取らないで」と訴えたレイモンド君の姿が頭に浮かぶ。彼の抱える寂しさや不安がフェルナンド様に伝わったのなら、先ほどのことも報われる気がした。
「レイモンド君はフェルナンド様にいい子だと思われたくて、本音を隠してしまうのかもしれませんね」
そうして押さえつけていた気持ちも、今日は泥棒犯が呑気に姿を現したものだからあふれてしまったのだろう。
最後は受け入れてくれたし、とても大人びてはいるけれど、まだ小さな子だ。先程のように感情をぶつけて発散してくれた方が年相応で安心できる気がした。
「うん。後でゆっくりレイと話す時間を取ることにするよ。慕っていた世話係の退職も重なって、思うより大きなショックを受けてしまっていたみたいだから」
「是非そうしてあげてください」
ひとつ頷いたフェルナンド様は、優しい笑みをその顔に浮かべる。
「あの子の心に寄り添ってくれてありがとう、エイリーン。レイにかけてくれた言葉も、とても嬉しかった」
そう言ってフェルナンド様は、私に花束を差し出した。それはとても見事な白薔薇の花束で、思わず見惚れてしまう。
「私の愛する婚約者に」
促されて受け取る。なんだか照れくさくて、同時にとても嬉しかった。
「ありがとうございます。すごく綺麗……」
「本当はこの花束を格好よく捧げて、エイリーンに改めてプロポーズする予定だったんだ。けど……」
微笑む私の隣に腰掛けたフェルナンド様が、片手を伸ばして私を抱き寄せる。
「格好をつけるどころか、エイリーンの優しさに私の方が惚れ直してしまった」
耳元で囁かれて、じわりと頬が熱を持つ。フェルナンド様は私を抱き寄せたまま、穏やかに言葉を続けた。
「エイリーンの前では誰よりも格好よくいたいのに、なぜかいつもうまくいかない。初めてのデートでは失態を晒したし、次のデートでもリードされっぱなし。あげくプロポーズにときめかされたのは私の方。情けなくもなるけれど、そんな私でも笑って受け入れてくれるエイリーンのそばにいると、素の私を抱きしめてもらっているかのような安心感を覚えるんだ」
私を抱き寄せる腕に、ぐっと力がこもる。
「エイリーンでなければ、きっとこんな幸せを感じることはできなかった。ねぇエイリーン。心から愛しているよ。出会った時とは比べ物にならないほど、エイリーンに夢中になんだ。共に時を過ごせば過ごすほど、愛しくてたまらなくなる。だからどうか私を離さないで。これからもずっとそばにいて欲しいんだ」
「……っ」
うわああぁぁぁ、なんでフェルナンド様はこんな甘ったるい言葉をすらすらと口にできてしまうのだろう。嬉しいけど恥ずかしすぎて、顔が真っ赤になることを止められない。
抱き寄せられて感じる体温も、祈りを込めるかのように私の頭に触れた唇も、否応なしに感情を揺さぶって恋の深みへと突き落とす。思わずぎゅっと、花束を抱える腕に力がこもった。
砂糖漬けにされて動けない私をしばらく抱きしめた後、フェルナンド様はようやく腕を緩めて、私の顔を覗き込む。
「真っ赤だね、かわいい」
「〜〜っ」
誰のせいでこうなったと思っているんだろう。愛しさ余って平手打ちをお見舞いしたくなってしまう。
涙目で睨みつけていると、フェルナンド様は花束と一緒に持ってきていたらしい封筒を私に差し出した。……なぜ封筒?
「いつまでもいいところなしでは堂々と婿入りできないから、私も頑張ったんだ。エイリーンに捧げるにふさわしいものを手に入れたつもりだよ」
さっきまでの溺れそうな甘さとシンプルな封筒の落差に困惑しつつ、花束を膝に乗せて差し出されたそれを受け取る。
そういえば、私の心を動かしたフェルナンド様からの初めての手紙も、こんなふうに飾り気のない封筒に仕舞われていた。その日がずいぶん昔のことのように思えて、懐かしさが胸に込み上げる。
「確認してみて。これがエイリーンに見せたかったものだから」
「はい」
促されるまま封筒から書類の束を取り出し、ざっと内容を確認する。そして内容を理解した瞬間、まるで雷に打たれたかのような衝撃が体に走った。
「こ、れは……」
中身はミドレ家の名が入った契約書だった。そしてその内容は、伝統薬事業の今後を大きく変えていくもの。
「ステラート社に、伝統薬を提供……?」
相手は隣国ナツィーラで一二位を争うほどの医薬品企業。カーディス家を間に挟んだ三者間契約とはいえ、そんな大物と伝統薬を通じて繋がるなんて想像すらしていなかった。
「そう。まだ術後腹痛薬をはじめとした数種類ではあるけれど、ステラート社を通じてあちらの病院で伝統薬を使用してもらうことになるんだ。以前話した病院医療と伝統医療の融合、その第一歩だと思ってほしい」
「……っ」
書類を持つ手が、震える。それは「隣国で伝統薬の効果が認められた」ということに他ならない。
この国では医療もどきと言われ、病院の普及と共にいずれ消滅すると思われている伝統医療。病院医師にはその効果を検証すらしてもらえず、ただの気休め程度にしか思われていない。
伝統薬事業を続けることは、本当に正しいのだろうか?
今現在は必要としている人がいる。その人達へと届けることがミドレ家の使命だし、伝統医療でこそ助けられる人達を見捨てられない。その思いはあっても、将来への不安は常に胸の奥底に燻っていた。
でもフェルナンド様は、顔合わせの時に語ってくれた輝かしい未来を現実のものにしてくれたのだ。あの時はどこまで信用していいのやらと疑いも感じていたのに、今私の手の中にあるのは、彼が実現へと力を尽くしてくれた確かな証。
胸に熱いものが込み上げる。
「前も言った通り、私は伝統薬に可能性を感じたからこそ、ミドレ家と提携を結んだんだ。これはほんの一部だけれど、早く形にしたくて……ちょっと強引に取りまとめてきた」
そう言って茶目っ気のあるウインクをくれるフェルナンド様の顔が、とてつもなく輝いて見えた。この契約書はほんの数ヶ月で結べる類のものではない。きっと言葉通り、ミドレ家との事業提携後から色々動いてくれていたんだろう。
伝統薬に可能性を見出してくれる人が私の夫になるなんて、こんなに幸せなことがあるだろうか。しかもフェルナンド様は、私のこともとても大切にしてくれている。なんだか胸がいっぱいで、涙が溢れそうだった。
「本当に、本当にありがとうございます。これ以上に嬉しい贈り物はありません」
伝統薬が認められれば、原料を栽培・加工する領民達やそれを扱う調薬師達は、もっと自分の仕事に誇りを持てるだろう。待遇もよくしてあげられるかもしれない。
霞がかった未来に差し込んだ、眩い光。伝統医療の保護に動いたミドレ家の努力が、今やっと報われた気がした。
「エイリーン」
感極まる私を見て、フェルナンド様が優しく髪を撫でてくれる。
「ミドレ家が伝統医療を保護し、調薬法や治療データを集約してきたからこそ、数年という短期間で隣国に認められる成果を出せたんだ。その基盤をもとにどう発展させていくかは、私の得意分野。これからも私達ふたりが手を取り合えば、もっと良い未来を手繰り寄せられる。私はそう確信しているよ」
「フェルナンド様……っ」
ああ、この自信に満ちた紺碧の双眸に見つめられると、本当に未来は明るいのだと信じられる。
さっき私の前で格好をつけたいのにうまくいかないなんて口にしていたけれど、フェルナンド様以上に格好良くて頼もしい人なんて、この世界中を探し回っても見つかる気がしなかった。
「どう? 少しは見直してもらえたかな」
「少しどころか、誰よりも輝いて見えます」
「なら、よかった」
満足そうに微笑んだフェルナンド様が、そっと顔を寄せて唇を重ねる。降り積もる幸せに溺れてしまいそうだ。
「エイリーンが喜んでくれると思うと、私はいくらでも頑張れるよ」
「頑張りすぎは身体に良くないので、ほどほどにしていただけると嬉しいです。私はフェルナンド様のことも、とても大切なのですから」
「ありがとう。そう言ってくれるエイリーンだから、私は隣にいたいんだ」
紺碧の双眸が、優しく輝く。
その穏やかな眼差しの先で、私は密かに決意していた。とても頼もしくてすべてを任せたくなってしまうほど優秀なフェルナンド様だけれど、私は私自身でしっかり立てるように、寄りかかりすぎないように、足元を見失わないようにしたいと。
彼のこの頑張りを「当たり前」にしてしまえば、いつか私の膝で眠ってしまった時のように、心身をすり減らして疲れ切ってしまうかもしれない。それに気がつけない私には絶対なりたくなかった。
フェルナンド様が私やミドレ家の理念を大切にしてくれたように、私もフェルナンド様や彼の理想をもっと理解して、寄り添って、支えられるような存在になりたい。
そう思う今の気持ちを、ずっと忘れずにいたいと思った。
それから私もフェルナンド様も結婚準備と事業関連で多忙になり、婚約したての甘いはずの時期は山積みの仕事に押しつぶされていた。
そんな中でも、手紙のやり取りはしっかり続いている。
伝統薬の生産量や提供方法、品質の向上に頭を悩ませたり、フェルナンド様が継続する事業や関係者を記憶するのに睡眠時間を削ったりとなかなかにハードな日々において、手紙は疲弊した心を癒してくれる薬のような存在だった。
ちなみにフェルナンド様からの手紙の中には、時折レイモンド君からの小さくてかわいい手紙も混ざっている。
「ふふ。お泊まり会の予習も必要だと思います、か……」
私への手紙は将来フェルナンド様に送るための練習らしいけれど、レイモンド君は私の提案したお泊まり会も早く体験したいらしい。
この場合、フェルナンド様もお泊まり会に呼ぶべきだろうか? きっと彼の方も多忙だろうけれど、この手紙を許すあたりお泊まり会に参加するくらいの時間は取ってもらえそうな気がする。
私以上に働いているだろうフェルナンド様を思うと、お泊まり会参加でレイモンド君に合わせて早めの就寝となった方が、いつもよりも体は休まるのかもしれない。
「よし」
フェルナンド様とレイモンド君に、お誘いの手紙を書こう。フェルナンド様が頑張りすぎて顔色を悪くしていないかそろそろ確認したいし……うん、私の方も彼に心配させないように体調を万全にしておかなくては。
忙しい中にも溢れている幸せ。それを噛み締めながら、ペンを手に取る。
愛するフェルナンド様へ――そう書き出す私の腕には、フェルナンド様から贈られた白薔薇のブレスレットが今日も優しく輝いていた。
完結までお付き合いいただきありがとうございました!
久しぶりの投稿でしたが、感想やブックマーク、ポイントなどで応援いただきとても嬉しかったです。
心より感謝申し上げます。
完結済他作品もありますので、本作初めましての方はそちらもよろしくお願いいたします!




