特別短編:さすらいの剣使い 後編
「グルルルォォァァアアアアッ!!!!」
「わ、わっ、わわわわ!! りゅ、竜だぁぁあああ!!」
「ッ……! マルク、落ち着いて!!」
風竜が威嚇なのか前足で地面を叩きつけながら咆哮を上げると、あまりの恐怖からマルクは腰が抜けて尻もちを付いてしまった。その状態でバタバタと手足を動かし、彼は普段の自信家な様子からは想像出来ない程無様に逃げようとした。
「キシャァァアア!!!」
「くっーーーー!!」
風竜が身体を傾け尻尾を振るい、近くの岩場を粉砕して岩の弾丸を放つ。それを見てすぐさまアレンは二人の前に立ち、剣で岩の弾丸を弾き返してみせた。だがアレンの腕に痺れが走る。それは間接的な攻撃でも竜の力がどれだけ強大かを表していた。
(不味いぞ! 伝説の竜が相手だなんて……ッ! 俺なんかがどうにか出来る範疇じゃない! 一刻も早く二人を逃がさないと!!)
アレンは後ろに居るシェルとマルクに視線を向ける。
今の二人の実力では竜には敵わないだろう。まずは二人を無事に避難させることが優先である。アレンは頭の中で必死に作戦を考え、すぐに行動へと移る。
「ひっ、ひぃぃぃぃ!!」
「シェル! マルクを引っ張って村に逃げろ!!」
「で、でも……先生は!?」
「大丈夫だ!!」
アレンはまだ動けるシェルに指示を与えながら魔法を行使する。土魔法によって風竜を囲むように壁が出来上がり、土の牢獄が出来上がる。その隙にアレンはシェルの方へと振り返った。
「俺は〈万能の冒険者〉だぞ。こんな状況くらい、上手く切り抜けてみせるさ」
彼女を安心させる為に出来るだけ笑顔を作り、アレンはそう言い切って見せる。シェルは辛そうに目に涙を浮かべながらも、自分が今出来る事が限られていることを理解し、辛そうに頷いた。そして倒れているマルクのローブを掴み、引きずって移動を始める。
「うわぁぁぁ、助けてぇぇぇ!」
「ッ……先生! 絶対に戻って来てくださいよ!!」
「ああ、分かってるさ」
シェルの言葉に力強く返事をし、アレンは前を振り返る。直後に土の牢獄が弾け飛び、翼を広げながら風竜が宙を舞った。周りに突風が巻き起こり、竜巻が形成される。正に風竜と呼ぶにふさわしい力だろう。
「クルァァァァアアアアアアアアア!!」
「やれやれ……ちょっと荷が重かったかな」
風竜の咆哮を聞いてアレンは冷や汗を流す。
シェルの前では無理やり強気な姿を見せたが、改めて竜の前に立つとそれがいかに規格外の化け物かが分かる。今まで戦って来た魔物が可愛い小動物と思えて来るようだった。
「ゴァアアッ!!」
「ぐっ!!」
風竜が口を膨らませ、何かを吐き出す。それは風の塊であった。
砲弾のようにそれは空気を切り裂いて地面に命中し、アレンの目の前で地面を吹き飛ばす。それに巻き込まれ、アレンも岩に激突しながらゴロゴロと転がった。だがすぐに立ち上がり、岩場の隙間に向かって走り出す。
「クアッ!!」
風竜は上空から風の塊を撃ち続ける。まるで紙細工のように岩は簡単に破壊され、辺りに石ころが舞った。だがアレンは岩を盾代わりに使うことで何とか直接的な被害を免れることが出来た。だが完全に無事というわけにもいかず、アレンの肩には勢いよく飛んで来た尖った岩の破片が突き刺さっていた。
「くぅ……流石は伝説の竜だな。こんな化け物、人間様が勝てるわけないわ」
それを引き抜き、肩を抑えながらアレンは自分の位置を確認する。残っている岩はもう少ない。このまま破壊行為が続けられればここら一帯は更地と化してしまうだろう。そうなったら自分はおしまいだ。その事を理解し、アレンは覚悟を決める。
「だけど俺だって、簡単にやられるつもりはないぞ?」
岩の上に飛び乗り、アレンは両手に魔力を込める。そして詠唱を終えると、腕を勢いよく振るった。すると片方の手からは炎が放たれ、もう片方の手からは雷が放たれる。
竜巻に影響されることなくその炎と雷は風竜へと命中する。だが宙に浮いている風竜は呻き声を上げることもなく、攻撃をされたことも理解してなさそうに首を動かした。
「おいおい、流石にそれは傷つくな」
「グルルル……」
あまりにも次元が違い過ぎる。自分の攻撃は全く通用せず、向こうは羽虫でも相手にしているような気分なのだろう。アレンはそんな何度も経験して来た自分の無力さを悲しみ、弱々しく笑う。
「グォォァアアアアアアアアアアアア!!!」
「くそ……!」
そんなアレンを吹き飛ばそうと風竜が口を膨らませ、再び風の塊を放とうとする。アレンはすぐに回避しようとするが、間に合わない。岩場に隠れる前に風の塊が発射された。
思わずアレンは両腕で身体を守ろうと防御の体勢を取る。だが突如、彼の前にボロボロのローブを纏った何者かが現れた。その人物は手に持っている柄が十字架のような剣を振るい、砲弾十発の威力はあるだろう風の塊を切り裂いてみせた。
「……ッ!?」
一瞬の出来事にアレンは言葉を失い、目を見開く。何が起こったのか理解出来ず、ただただ目の前を見つけることしか出来なかった。するとそのローブの人物は剣を払い、アレンの方に少しだけ顔を傾けた。その時にようやくその人物の容姿が分かる。
「身を挺して仲間の避難を優先する……あんた、随分とお人好しだね」
それは少女とも言えるし、若い大人の女性とも言えるくらいの年頃をした女性であった。綺麗なブロンドの髪を肩くらいまで無造作に伸ばし、太陽のような黄金の特徴的な瞳に、可愛らしさと大人びた雰囲気を併せ持つ顔つきをしている。
服装は袖のない白のシャツにベルトで巻かれた黒の短めのズボン、茶色の焦げたようなブーツを履いており、右手には手の甲まで隠れる黒のロング手袋を付けている。その上から革袋のようなボロボロのローブを纏っており、旅人のような格好をしていた。
手には純白の剣を手にしており、それを軽々と片手で扱っている。だが何よりもアレンが気になったのは、その女性の優れない顔色だった。肌はまるで病人のように白く、風に吹かれると折れてしまいそうな程華奢な身体つきに、細い手足をしている。せっかくの綺麗な黄金の瞳も儚げで、光が灯っていない。まるで触れたら壊れてしまいそうな脆さがその女性からは感じられた。
「君、は……?」
思わずアレンは目の前に風竜が居ることを忘れ、女性にそう問いかけてしまう。だが直後に風竜が舞い降り、威嚇するように尻尾を地面に叩きつけた。
「グルルルォォァアアアアアア!!!」
突然現れた謎の女性に怒りを覚えたのか、風竜は咆哮を上げて女性を叩き潰そうと前足を持ち上げた。だが女性はすぐさま剣を振るい、風竜の前足を吹き飛ばした。
「グギァッ……!?」
「うるさい」
風竜が悲鳴を上げる前に女性は剣を掲げ、ユラリと揺れ動く。すると次の瞬間、今まで聞いた事のない轟音と共に風竜の身体が真っ二つに斬り裂かれた。
「グゴァオアァアァァァァ……ァ……ッ!!?」
もう形を成していない風竜はかろうじて悲鳴を上げるが、すぐにその声は消え行ってしまう。そして半分に斬り裂かれた身体はそれぞれの方向に倒れ、岩場の上に崩れ落ちた。
「な、なにが……?」
「あ~……はぁ……」
アレンが呆気に取られていると、女性がプルプルと身体を震わせ、ため息をするように息を吐き出した。
一瞬、女性の腕が変な方向に曲がっているように見える。だがもう一度確認した時には何の異変も見られず、アレンは自分の見間違いかと瞼を擦った。
「……大丈夫?」
「あ、ああ……有難う。助かった」
コキコキと首を動かして骨を鳴らしながら女性はアレンの安否を確認する。アレン自身も酷い負傷はなかった為、頭を下げてお礼を言った。
その際、アレンは女性が持っている十字型の柄の剣が輝いていることに気が付く。すぐにその輝きは消えてしまったが、確かにそれは黄金の光を纏っていた。それを見て彼はまさかと顔を上げる。
「もしかして、君が〈黄金の剣使い〉か?」
ナターシャの言っていたとんでもなく強いという剣使い。突然現れて助けてくれた状況と、黄金のように美しいという情報も剣の光と一致する。恐らくこの女性が噂の剣使いなんだとアレンは推測した。すると女性は朧げな瞳でぽかんと口を開けた。
「私、そんな風に呼ばれてるの? ……そう言えば、この前助けた人も、私をそう呼んでたっけ……剣使いか。ハハ、お似合いだ」
自分の事を指差しながら女性は弱々しい口調でそう言う。その指差している手も何故かフラフラで、あれだけの実力を魅せつけながらもどこか疲弊しているように見えた。
「君は一体、何者なんだ?」
思わずアレンは気になり、そう尋ねてしまう。
ひょっとしたら正体を隠さなければならない素性かも知れないのに、何か訳アリの人なのかも知れないのに、アレンはどうしても気になり、不躾ながらも彼女の素性を問うた。すると女性は視線を逸らし、少し迷ったように顔を傾けた。そして口元に人差し指を当て、元気のない表情で答える。
「……私に、名前なんてないよ。存在を見失った、ただの剣使い……そう、剣使い」
やはり素性は明かせないのか、女性はアレンと目線を合わせずにそう答えた。
ならばアレンも無理に詮索する訳にはいかない。自分は助けられた身であり、彼女が居なければ死んでいたかも知れないのだ。そんな命の恩人にこれ以上不敬な振舞いをすることは出来ない。
すると今度はアレンの方に朧げな視線を向け、女性が問いかけて来た。
「あんたこそ、何者? 複数の属性魔法を使うなんて、器用なことするね……」
「俺はアレン・ホルダー。王都のギルドに所属してるただの冒険者だよ」
アレンは自分の胸に手を当てながら自己紹介をする。すると女性は冒険者という単語を聞き、ピクリと肩を揺らした。
「冒険者……そう、冒険者」
またアレンから視線を背けてしまい、ブツブツと呟きながら女性は剣を持ち上げる。そしてそれを焦点の定まらない視点で見つめながら、腰にある鞘へ雑に収めた。
「あんたは、何であの二人を逃がすことを優先したの? 下手したら、あの竜にやられてたかも知れないのに……死ぬのが、怖くないの?」
女性は俯いて地面を見つめながら尋ねて来た。その問いにアレンは何を当たり前のことを、と堂々と胸を張って答える。
「そりゃ、あいつらは俺の大事な後輩だからだ。先輩冒険者として、あの子達を守る義務がある」
シェルとマルクはアレンにとって大事な教え子である。子供は宝であり、未来の希望だ。それを守るのが大人の役目である。特に多くの新米冒険者の面倒を見て来たアレンにとってその思いは強いものであった。
「そう……義務……義務か。そう、だよね……」
女性はアレンの答えを聞くと、顔を上げて暗い表情のままブツブツと呟く。何を考えているのか分からない表情で、アレンにはとりあえず元気がないということだけ分かった。
すると女性はボロボロのローブを翻して身体に覆い直し、アレンに背を向けた。そして別れ言葉のように顔は前に向けたままあることをアレンに伝える。
「じゃぁ精々、その義務に殺されないように気を付けるんだね……あんた、そこまで強くないみたいだし」
「それは、俺も十分承知しているよ」
それはアレンが痛い程知っている事実であった。故にアレンはそれすらも堂々と受け入れてみせる。するとそんな態度を見て女性は顔だけアレンに向け、初めて笑みを見せた。
「ハハハ、面白いね。あんた」
少しだけ女性の表情が明るくなるが、すぐにまた暗い顔に戻ってしまう。そしてその場から頼りない足取りで歩き出し、フラフラと森の中へと消えていった。
アレンはただそれを呆然と見つめていることしか出来ず、彼女が見えなくなると気が抜けたように大きく息を吐き出した。
「……あの子は一体、何者だったんだ?」
結局女性の正体は分からず、煙のように消えてしまった。自分はまた、掴むことが出来なかった。
自分の手を見つめながらアレンはふと昔の友人のことを思い出す。彼女は今頃、何をしているのだろうか。ついそんなことを考えてしまった。
「先生! せんせーい!」
すると、遠くからシェルの呼ぶ声が聞こえて来た。アレンが振り返るとそこには大慌ててで走り寄って来るシェルの姿があり、余程焦っていたのか髪は乱れ、大量の汗が流れていた。
「はぁ……はぁ! ご無事ですか? 先生!」
「おお、シェル。俺は大丈夫だよ。マルクはどうした?」
「村に預けてきました。あいつ、腰が抜けて全然役に立たなくて……っていうか竜は!?」
どうやら避難した後、アレンを助けに来る為に大急ぎで戻って来たらしい。だが肝心の竜が見当たらないことを疑問に思い、シェルはキョロキョロと辺りを見渡す。するとアレンの前に半分こになった竜の死体が目に入る。
「なんですかこれーー!!?」
「あー、いや、ちょっと色々あって……」
当然シェルは驚き戸惑い、混乱して目をグルグルと回した。アレンはどう話したものかと悩み、とりあえず一から説明することにした。そして村にも報告をする為、二人は山を下ってマルクが待つ村へと向かった。
途中、アレンは黄金の剣使いのことを思い出す。少女のようにも見えたが、どこか大人びており、何より吹けば飛んで行ってしまうような見た目をした女性。何とも不思議な雰囲気を持つ女性であった。
「……ナターシャの奴、どんな容姿に賭けたんだろうな」
頭を掻きながらアレンはこのことをナターシャに教えるべきかどうか悩む。
とりあえず、ナターシャは賭けに負けるだろうな、と何となくそう思った。