特別短編:穏やかな日常 前編
ダンの息子であるダイ。獣人と人族のハーフで、見た目は人族、身体能力は獣人の力を受け継いだ男の子。
彼はリーシャ、ルナ、シファの三人と幼馴染で、小さい頃からいつも一緒に遊んでいた。今では兄妹のように仲が良く、何かある度に集まるようになっている。
そんなダイはアレンに剣の稽古を付けてもらっており、時々リーシャと一緒に鍛錬していた。今日もまた、子供達は汗を流して己の剣術を磨く。
「はぁぁぁぁぁ!!」
「てぇぇぇい!」
アレンの庭で、ダイとリーシャが木剣を打ち合う。しかしその打ち合いは子供のお遊びのものではなく、当たれば間違いなく怪我をする程の速さで撃ちこまれていた。それを何度も繰り返し、ダイとリーシャは庭を駆け回りながら木剣を振るう。
「くっ……!」
「よっと!」
ダイは何とか一本入れようと前へと踏み込む。だがリーシャはその動きに気が付くと素早く反応し、ダイが打ち込んだ木剣を華麗に回避した。そして横切る間際にダイの脇腹に木剣を叩き込む。
「いったぁぁ!?」
「はーい、一本!」
ダイはその場に膝を付き、思わず脇腹を抑える。そして悔しそうに唇を噛みしめ、顔を上げた。
「また私の勝ちだねー。ダイ」
「くっ……」
目の前では木剣を肩に乗せながらニンマリと笑うリーシャの姿があり、ダイはそれを見るとまた悔しさが込み上げて来た。そして身体に負担を掛けないよう、ゆっくりと起き上がった。
「街から帰って来てからまた一段と強くなったんじゃない? リーシャ」
「へへん、まぁね」
少し背が伸び、髪も長くなったリーシャのことを見ながらダイは彼女の実力が格段に上がったことを実感する。前々から強かったが、ここ最近は特に速さが研ぎ澄まされている。その動きはもう子供の限界を超えている程卓越したものであった。
「はいはい、二人共お疲れさん。どっちも良い動きだったぞ。ダイも頑張ったな」
そんな二人の元にアレンがやって来る。そして水筒を二人に手渡すと、先程の健闘を称えた。
「ありがとうございます。師匠」
「父さん、勝ったの私なんだから私のことも褒めてー!」
「リーシャだって十分凄かったぞー。もう俺が教えることないくらいにな」
リーシャはぴょんぴょんとアレンの前で跳ねながらアピールする。そんな犬みたいな仕草にアレンは苦笑しながら彼女の頭を撫でてあげた。
実際彼女はここ最近調子が良い。目に見える程剣技は上達し、この前なんかは遂に真剣勝負でアレンから一本取ったのだ。既に実力はアレンを超え、勇者の力も徐々に使いこなしている。最早その力は英雄クラスに達していると言えるだろう。
「そんなことないもん! 私父さんの剣好きだよ! なんかこう……自由なとこが!」
リーシャはアレンの言葉を否定し、難しそうな表情を浮かべながらぐにゃぐにゃと手を動かした。何とか自分の気持ちを表現したかったのだろう。
「ははは、ありがとな。まぁ婆さんから教わった古い剣術だし、ちょっと変わってるのかもな」
アレンは気を遣ってくれたリーシャにお礼を言い、くしゃっとした笑みを浮かべた。純粋に自分の受け継いだ剣術を好きと言ってもらえるのは嬉しいことであった。
「僕も師匠の剣術好きですよ。尖った部分はないですけど、変わりに応用性があって色んな敵に対応出来ますから」
ダイもその流れに乗って自分の気持ちを正直に伝える。
子供だとつい派手で見るからにかっこいい剣術に憧れるものだが、比較的大人びている彼はしっかりとアレンの剣術がどういうものなのかを理解していたのだ。
「ダイはダンと違って本当頭が良いよなぁ」
「あ、あはは」
そんなダイを見てアレンはつい思っていることを言ってしまう。
間接的に友人である彼の父親のことを馬鹿にしていることになるのだが、ダイも父親のいい加減さは理解しているのか引き攣った笑みを浮かべた。
「まぁリーシャもダイもセンスは良いからさ、この調子でしっかり鍛えれば、あっという間に強くなれるよ」
それからアレンは二人の木剣を片付けながらそう言葉を掛ける。
そもそもリーシャは勇者で才能もある為、既に十分強い。ここから更に鍛えれば、とんでもない力を付けるだろう。ダイもダンから受け継いだ獣人特有の身体能力があり、剣士としての才能もある。このまま順調に鍛えれば、間違いなく華が開くだろう。数々の新米冒険者を育てて来たアレンはそう確信を得ていた。それを聞いて二人は嬉しそうに目を輝かせる。
「はい、頑張ります」
「私もー、もっと強くなる!」
いくら実力があると言っても子供は単純なもので、大人から強くなれると言われれば簡単にそれを信じてしまう。特に信頼しているアレンからの言葉は大きく、大人びているダイですら自信が湧く程であった。
そして片付けを終えたアレンは畑仕事があると言ってその場を後にする。リーシャとダイもこの後は子供達で遊ぶ約束がある為、二人で遊び場に向かうことにした。
「でもダイもちょっとは強くなったよね」
「ちょっとなんだ……」
「あはは、ごめんごめん。でも強くなったってのは本当に思ってるよ。前よりも剣に迷いがなくなった」
歩いている途中、リーシャがダイに話しかける。どうやら彼女もダイが強くなったことを実感していたらしい。
以前のダイははっきり言ってしまうとリーシャの足元にも及ばない実力だった。もちろんリーシャは勇者であり、早くにアレンから剣術を習っていた分があるのだが、それでも年上の男の子が年下の女の子に弄ばれる程の差があった。だが今回は違った。実力に差があってもダイは必死にリーシャに喰らいつき、なんとか一本取ろうと鋭い剣技を見せつけたのだ。
「なんか心境の変化でもあった?」
「変化っていうか……ちょっと覚悟を決めたというか……」
「ん?」
ダイは迷う様に頬を指で掻いた。リーシャは興味津々といった風に瞳を輝かせ、彼の顔を覗き込む。そんなグイグイ来るリーシャにダイは困ったように笑みを零した。
「どうしてもリーシャに勝ちたい、って思うようになっただけだよ」
ダイは一度立ち止まり、しっかりとリーシャのことを見つめながらそう宣言した。その言葉を聞いてリーシャも歩みを止め、クルリとダイの方に顔を向けると、ニンマリと深い笑みを浮かべた。
「え~? 私に~? それは、楽しみだなぁ」
「絶対に勝ってみせるよ。もう、決めたことだから」
「フフフ……そっか。うんうん、良いんじゃない? そういう目標があるって言うの。良いと思うよ」
自分を倒すと宣言されているのに、リーシャはそれが大層嬉しそうに笑っていた。それが余裕から来る笑いなのか、それとも本当に倒してくれるのを楽しみにしているのか。いずれにせよダイの覚悟を嬉しく思っているらしい。
「でも簡単に勝たせるつもりはないよー。私にも、絶対に貫きたいって覚悟があるからね」
クルリと前を向き直すと、リーシャは後ろで手を組みながら歩き出した。何かを思い出すような表情を浮かべ、彼女の美しいブロンドの髪が揺れる。そして視線だけダイの方に向けると、瞳に強い光を灯しながら口を開いた。
「私はね。負けず嫌いなの……だからもう二度と負けないって、決めてるんだ」
その言葉は優しい口調であったが、強い覚悟が込められている言葉であった。ダイはそれを肌で感じ取り、僅かに気圧される。それくらいリーシャの思いが本気ということだ。だがダイも負けるわけにはいかず、敢えて一歩前へと踏み出す。
「それは中々破るのは大変そうだね。でも僕も諦めるつもりはないよ」
「フフー、ダイならそう言うと思った。なら勝負だね」
「ああ、絶対勝ってみせる」
そう言葉を交わし、リーシャは拳を上げる。するとダイも腕をあげ、拳同士を強くぶつけ合った。手に広がる痛みが確かな決意として残り、二人の間に確かな誓いが出来上がる。それを見て二人は何だか自分達がしていることがおかしく思え、クスクスと笑い合った。
それから二人は遊び場の原っぱへと辿り着き、そこで待っていたルナとシファと合流する。
「遅い! 二人共のんびりし過ぎよ! どうせまた稽古に熱中してたんでしょ!」
二人が来たことに気が付くなりシファは両腕を組み、見るからに不機嫌な表情で文句を言った。
「ごめんごめん、ちょっとリーシャとお喋りしてて」
「そんなに怒らなくても良いじゃーん。シファー。少し遅れただけでしょー」
「そう言ってあんた達前も遅れてたでしょ! 私は待たされるの嫌いなのよ!」
ダイ達の言い訳を聞いてシファはますます不満を口にする。エルフの為かシファは少し神経質な所がある為、どうしてもいい加減なところが気になってしまうのだろう。
「まぁまぁ、シファ。二人も前よりは遅刻しなくなったし、稽古で大変だったろうから、それくらいにしてあげなよ」
そんなシファの隣にルナが現れ、そう声を掛ける。するとシファはまだ不満そうに顔をしていたが、鼻を鳴らすと組んでいた両腕を解いた。
「ふん……ルナがそう言うなら特別に許してあげるわ。でも次はないからね!」
「ん、ありがとシファ」
ルナの言葉を聞き入れ、シファはブツブツとまだ文句を零しながらも原っぱの奥の方へと歩いて行った。それを見てルナはニコリと微笑む。
「ふー、ありがとう。ルナ」
「私にお礼を言うんじゃなくて、シファに謝っといてよ。リーシャ」
「分かってるー。後でちゃんと言うよ」
リーシャはルナに駆け寄り、抱き着いてお礼を言う。
その姿は何だかルナの方が姉のように見え、ダイは面白おかしく思えた。だが、実際そう思える程ルナは変わった。
リーシャと同じく渓谷の街から帰って来て以来、ルナは目に見える程変わった。見た目はもちろん、髪が伸び、大人びた顔つきになって成長したことが分かる。だがそれだけでなく何よりも性格が明るくなった。前までは引っ込み思案なところがあったが、最近は積極的に外で遊ぶようになり、会話の頻度も増えた。何よりも頼もしくなったところが一番の変化と言えるだろう。
「ダイも、シファが時間を気にする性格だってことは知ってるでしょ? 少しは気遣ってあげて」
「ああ、うん。ごめん。気を付けるよ」
ルナはクルリとダイの方にも顔を向けるとそう注意をする。その正論にダイも返す言葉がなく、申し訳なさそうに頭に手を置いて謝った。
それからリーシャもシファのところへと向かい、四人は原っぱの中心へ移動する。その途中で、ルナは歩きながらダイに話しかけた。
「それで、リーシャとどんなお喋りしてたの?」
「え?」
「さっき言ってたでしょ。話の内容教えてよ」
急に問いかけられてダイは戸惑う。別に隠すことでもないはずなのだが、何となくリーシャの妹であるルナに言うのは気が引けたのだ。だがルナも顔は向けなくともじっと見続けて来ている為、ダイは仕方なく口を開いた。
「いや別に、大したことじゃないよ……絶対勝ってみせるって、約束しただけ」
とりあえずダイはリーシャと交わした誓いのことだけを伝える。
するとルナも模擬戦でダイがいつもリーシャに敵わないことは知っている為、それだけで何となく察した。
「ふぅん、なるほど。ようやく覚悟決めたんだ」
「う、うん」
「まぁそうだよね。ダイだって男の子なんだし、やっぱり悔しいよね」
ルナはどこか意味ありげな表情をし、両手を後ろで組みながらダイの方に視線を向けた。その仕草は先程リーシャがした仕草と同じであり、彼女は試すようにダイのことを見つめ、口を開いた。
「好きな女の子に勝てないようじゃ、胸張って告白出来ないもんね」
意地悪な笑みを浮かべ、ルナはそう言う。それを聞いた瞬間ダイは露骨に動揺し、動きが固くなって歩みは不安定になった。慌てて脚を前に出して踏みとどまり、ダイは気持ちを落ち着かせるように自身の胸元に手を当てる。
「ッ……あんまり言葉にして言わないでくれないかな? ルナ」
「別にー、私は事実を言ってるだけだもん」
ルナは視線を前に戻し、ダイの反応を気にしていないようにスタスタと歩き続けた。そんな意地悪な態度を取る彼女にダイは悔しそうに唇を噛む。
「くっ……リーシャといい、村に帰って来てから二人共変わったよね」
渓谷の街での事件のことはダイも知っている為、二人がそこで大きな経験を経たことは知っていた。だがあのルナがここまで変わるとは思ってもみなかったのだ。
「まぁね。私もウダウダ悩むのはもうやめたんだ。逃げないって、約束しちゃったから……」
ルナは一度歩みを止め、クルリとダイの方に振り返る。その目にはリーシャと同じように強い光が灯っており、確かな覚悟が込められていた。
「だから、ダイがリーシャと約束したって言うのは嬉しいよ。いつか絶対に見せてよね。私のお姉ちゃんを倒すところ」
「はは、何だか、プレッシャー感じちゃうな」
ルナは優しく微笑むが、ダイからすればそれは挑発にも思えた。倒せるものなら倒してみろ、と余裕を見せられているように見えたのだ。
実際リーシャに勝つことは限りなく難しいだろう。子供のダイですら彼女が特別であることは分かる程だ。戦っている時は特にそれを実感する。だが、だからと言ってダイも特別という言葉を理由に諦めるつもりはなかった。
「もちろん、叶えてみせるさ。楽しみにしててよ」
ドンと自分の胸元に強く拳を当て、ダイはそう宣言してみせる。
自分の気持ちはその程度で折れる程脆いものではない。既に何度も敗北しているからこそ、今更どれ程の難関を叩きつけられても驚きはしない。既にリーシャとの間でそれは誓いとなっているのだから。
「アハハ、言うねー。うん、期待してる」
ダイの諦めない強い意思を確認し、ルナは嬉しそうに頷く。そして彼女は顔を前に向け、少しだけ寂しそうに視線を下に落とす。
「本当に勇者を倒せるくらい強くなってくれれば、リーシャも少しは楽になるかもしれないしね……」
小さく呟いたルナの言葉は、ダイには聞こえない。
今のリーシャは日々強くなっている。前とは比べ物にならないくらいの成長速度で、喜ばしく思うべきことだろう。だが彼女はただ強くなりたい訳ではなく、渓谷の街で初めて味わった敗北と、大切な者を失う恐怖を二度と味わいたくないという危機感から強さを求めているのだ。それは良いことだが、同時に危うさを秘めている。いつか壊れてしまうのではないか、とルナは心配しているのである。
「ん? 何か言った?」
「ううん、別に。何でもないよ……」
ダイの問いかけにルナは首を振って否定する。そして何事もなかったように明るい表情に戻り、二人でシファとリーシャの元に向かった。




