魔法使いの弱点
フェルドドルフの町へ戻った頃には、太陽はすっかり西へ傾いていた。
三人はギルドでツノウサギの討伐報告を済ませ、そのまま近くの酒場へ向かった。
店内は夕食時ということもあり、それなりに賑わっている。
商人らしき客や、仕事を終えた冒険者たちが、それぞれの席で食事を楽しんでいた。
三人は空いている席を見つけ、そこへ腰を下ろす。
「それじゃ、食べようか」
リーネアがそう言うと、向かいに座ったシグネが小さく頷いた。
「うん」
先ほど草原で見せた、とんでもない魔法。
あれだけの火力を見せつけた本人とは思えないほど、シグネはいつも通りぼんやりしている。
料理を注文し、しばらくすると三人の前に料理が運ばれてきた。
肉料理に、野菜の煮込み。
パンにスープ。
「いただきます」
リーネアが手を合わせる。
「いただきます」
ヴィーゴも続く。
「いただきます」
シグネは少し遅れて同じように手を合わせた。
そして、出てきたばかりの料理を静かに食べ始める。
「ねえ、シグネ」
リーネアが肉を切りながら尋ねた。
「いつもあんな感じなの?」
「こんな感じ?」
「さっきの魔法」
「ああ」
シグネは少し考えた。
「大体いつもこんな感じ」
「やっぱり!?」
リーネアが思わず声を上げる。
「いつも、あんなにすごい魔法を撃つの?」
「うん」
シグネはスープを一口飲む。
「ファイアボールって言うと、勝手に大きくなる」
「勝手に?」
「うん」
あまりにもあっさり言うので、リーネアは思わずヴィーゴを見る。
ヴィーゴも少し困ったような顔をしていた。
「大きくなってしまう、というのは……具体的にはどういう感じなんですか?」
「普通のファイアボールを出そうとする」
シグネは自分の手のひらを見た。
「最初はこのくらい」
指で小さな円を作る。
「でも、魔力を入れると……」
両手を広げていく。
「どんどん大きくなる」
「そこを止めればいいんじゃない?」
リーネアが言う。
「止まらない」
「え?」
「止めようとすると、もっと魔力が入る」
「なんで!?」
シグネは首を傾げた。
「分からない」
リーネアはしばらく黙った。
「……不思議な魔法使いだね」
「よく言われる」
「褒めてないからね?」
シグネは気にした様子もなく、パンをちぎって口に入れた。
そんな様子を眺めながら、ヴィーゴは昼間の戦闘を思い返していた。
一発目のファイアボール。
あの大きさ。
そして威力。
ツノウサギ一匹を倒すためだけなら、明らかに必要以上だった。
「シグネさん」
「うん?」
「今日の戦いを見て、少し考えたんですが」
ヴィーゴは落ち着いた声で話し始める。
「やっぱり、あなたにはかなり高い魔力があります」
「そう?」
「ええ。それは間違いないと思います」
ヴィーゴはテーブルの上に指を置いた。
「ただ……一度の魔法で使っている魔力量が、あまりにも多すぎます」
「多い?」
「はい」
「だからすぐに魔力がなくなるんでしょうね」
リーネアも思わず頷く。
「確かに、あれだけの魔法を撃ったあと、すぐ座り込んでたもん」
「うん。魔力なくなった」
「それが問題なんです」
ヴィーゴは続けた。
「一度の攻撃で全部出し切ってしまったら、次の攻撃ができません」
「うん」
「だから、もう少し調整して魔法を出せるようになればいいと思います」
シグネは料理を食べながら、ぼんやりとヴィーゴを見る。
「調整……」
「はい。必要な威力だけ出すんです」
ヴィーゴは手を前へ伸ばした。
「たとえば、ツノウサギ一匹が相手なら、さっきの半分……いや、もっと少なくても十分だったでしょう」
「でも」
シグネは少し困ったように言った。
「小さくしようとすると、変になる」
「変?」
「うん」
「どう変になるんです?」
「ファイアボールが小さくならない」
シグネは少し考えた。
「むしろ、なんか……ぐんって大きくなる」
「……」
ヴィーゴは黙った。
リーネアも黙った。
シグネだけが、何事もなかったように料理を食べている。
「それは……なかなか大変ですね」
「うん」
「どうしてそうなるのか、自分でも分からないんですか?」
「分からない」
「魔力を込めすぎてしまうという感覚はありますか?」
「それも分からない」
「じゃあ、魔法を使うときに何か意識していることは?」
「火にする」
「……それだけ?」
「うん」
リーネアが吹き出した。
「シグネって、本当に説明がざっくりしてるね」
「そう?」
「うん」
「でも、火はちゃんと出る」
「それは見たよ」
リーネアは笑う。
「ものすごく出てた」
シグネも少しだけ笑った。
その表情を見て、ヴィーゴも肩の力を抜く。
どうやら本人も、自分の不器用さをそれほど深刻には考えていないらしい。
しかし、ヴィーゴにはもう一つ気になっていたことがあった。
「ところで、防御系の魔法は使えますか?」
「使える」
「では、使ってみたことは?」
「ある」
「どうでした?」
シグネは少し考えた。
「苦手」
「どうしてです?」
「魔力の調整が必要だから」
「なるほど……」
ヴィーゴは頷いた。
シグネは自分の苦手な理由を、それなりに理解しているらしい。
「防御魔法って、攻撃魔法以上に出力の調整が大事だから」
シグネはパンを食べながら続けた。
「弱すぎると守れないし、強すぎると魔力をいっぱい使う」
「確かに」
リーネアも頷く。
「必要以上に大きくすると、すぐ魔力がなくなっちゃうもんね」
「うん」
「だから苦手なのか」
「たぶん」
「また、たぶんだ」
リーネアが笑った。
ヴィーゴは二人の会話を聞きながら、少しずつシグネの特徴を整理していった。
魔力量そのものは非常に多い。
火属性の魔法も強い。
一方で、魔力の細かな調整が苦手。
そのせいで一回の魔法に大量の魔力を使ってしまい、長い戦闘になると不利になる。
そして、防御魔法のような精密な調整が必要な魔法はさらに苦手。
ヴィーゴはそこで、あることに気づいた。
「つまり――」
「うん?」
「高火力だけど、長期戦は苦手ってことね」
先にリーネアが言った。
ヴィーゴは頷いた。
「そういうことだと思います」
「なるほど」
リーネアは納得したように頷く。
「でも、それって逆に言えば、調整さえできればかなり強くなるんじゃない?」
「ええ」
ヴィーゴも答える。
「シグネさんの魔力量と火力は間違いなく大きな武器です。それを必要な量だけ使えるようになれば、クエストの成功率もかなり改善するでしょう」
「クエストの失敗……」
シグネがぽつりと言った。
「やっぱり、よく失敗するの?」
リーネアが尋ねる。
「うん」
シグネはあっさり答えた。
「モンスターを倒しすぎたりする」
「倒しすぎるって何!?」
「依頼された数より多く倒しちゃう」
「それ、失敗になるの?」
「素材が駄目になることもある」
「そっか……」
リーネアは少し考えた。
ツノウサギならまだいい。
けれど、採取対象や、素材の状態が重要なモンスターなら、強すぎる攻撃はそのまま損失になってしまう。
「じゃあ、やっぱり調整できるようになったほうがいいね」
「うん」
シグネも素直に頷いた。
そこで、リーネアがふとヴィーゴを見る。
「ねえ、ヴィーゴ」
「何です?」
「私たちと一緒にクエストやってみない?」
シグネが顔を上げる。
「クエスト?」
「うん」
リーネアは笑った。
「実際に一緒に戦ってみれば、シグネの魔法をどれくらい使えばいいのか分かってくるかもしれないし」
「僕たちもシグネさんの戦い方を見ながら、何が合っているのか考えられます」
ヴィーゴも続けた。
「いきなり上手くなるとは思いませんけど、実戦の中で魔力の使い方を探っていくことならできます」
「一緒にクエスト……」
シグネは目を伏せた。
しばらく黙って考える。
リーネアは急かさない。
ヴィーゴも静かに待った。
やがてシグネが顔を上げた。
「楽しそう」
「ほんと?」
「うん」
シグネの口元が少しだけ緩む。
「一人より、楽しそう」
「じゃあ決まり!」
リーネアが嬉しそうに笑った。
ヴィーゴも頷く。
「では、正式に仲間になる前に、まずは仮加入ということでどうでしょう」
「仮加入?」
「はい」
「いいよ」
シグネはあっさり答えた。
「じゃあ、仮加入」
「よろしくね、シグネ!」
リーネアが手を差し出す。
シグネはその手を見つめる。
少しぼーっとしたあと、ゆっくりと握り返した。
「よろしく」
「うん!」
ヴィーゴも二人を見て笑う。
グリューネヴァルトを出てから、まだそれほど時間は経っていない。
それでも、旅に出る前とは確実に違っていた。
二人だったパーティーに、魔法使いが一人加わった。
しかも、その魔法はとんでもない火力を持っている。
ただし――
「じゃあ、明日はどのクエストにする?」
リーネアが聞くと、シグネは少し考えた。
「火を使ってもいいやつ」
「そこから?」
「うん」
「なるほど……」
ヴィーゴは苦笑する。
どうやら自分たちは、とんでもない魔法使いを仲間に迎えたらしい。
けれど、不思議と悪い予感はしなかった。
むしろ、これからどんな戦いになるのか。
そのことを考えると、ヴィーゴの中には小さな期待が生まれていた。
「それじゃ、今日はゆっくり休みましょう」
「うん」
「明日から、三人でクエストですね」
「うん」
リーネアが笑う。
「なんか、いよいよ旅って感じがしてきたね」
シグネは少しだけ首を傾げた。
「旅?」
「そう。仲間も増えたし」
「仲間……」
シグネはその言葉を小さく繰り返した。
そして、嬉しそうに笑った。
「……楽しそう」
その夜。
フェルドドルフの小さな酒場の一角で、三人は新しいパーティーの始まりを迎えていた。




