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第三十二話 スキルの進化と、魂に効くニンジンラペとチョコレート

 エルフの長老と戦士団が、ヒノキ風呂とフルーツ牛乳と漫画の最新刊に完全に骨抜きにされ、ホクホク顔で森へ帰っていった翌日のこと。


 俺はログハウスのベッドで目を覚まし、いつものように《快適生活お取り寄せ》のウィンドウを開いた。


 確認するのはMP残量。


 それから、昨日エルフたちに貸し出した漫画の補充分と、風呂上がり用の牛乳瓶の在庫。


 あと、シルフィが勝手に消費するポテチとコーラの量。


 最近、家計簿ならぬMP帳をつけた方がいいのではないかと思い始めている。


 異世界に来てまで、支出管理に頭を悩ませることになるとは。


 引きこもり生活も、意外と所帯じみてきた。


 だが、画面を呼び出した瞬間。


 俺は思わず二度見した。


『ピロンッ』


 という、どこか気の抜けた電子音とともに、見慣れないシステムメッセージが視界の端にポップアップしていたのだ。


【《快適生活お取り寄せ》の利用実績が一定値に達しました】


【進化ポイント +1】


【新たな機能候補が解放されました】


「……は?」


 俺はベッドから身を起こした。


 思わず画面を指でつついて、消えないか確かめてしまう。


 消えない。


「うわ、ついにゲームっぽくなってきたぞ……」


 これまでの《快適生活お取り寄せ》は、現代のネットショッピング画面によく似た、かなり実用一点張りのUIだった。


 だが今の画面は、ステータス画面と通販カタログのハイブリッドみたいな見た目に変化している。


 上段には、俺の簡易ステータス。


 MP残量。


 スキルレベル。


 使用履歴。


 中段には、いくつかのカテゴリタブ。


『生活』


『拠点』


『交流』


 そして、グレーアウトした謎の『シークレット』タブ。


 下段には、“現在可能な進化候補”のリストが表示されていた。


【固有スキル:《快適生活お取り寄せ》Lv.3】


【進化先を選択してください】


 1)生活通販 Lv.2

  お気に入り登録・セット購入機能を解禁


 2)拠点通販 Lv.2

  設置系アイテムの安定性を向上


 3)交流通販 Lv.2

  取引・贈答向けアイテムの候補精度を向上


「なんだこれ……なんちゃってスキルツリーじゃないか」


 俺は画面をスクロールしながら、仕様の変更を理解し始めた。


 それから、一番気になるものを指でつつく。


 グレーアウトした『シークレット』タブ。


 タップしてみると、表示されたのは一行だけだった。


【解放条件:未達成】


 以上。


 それ以上、何も出てこない。


「……なんだよ、気になるじゃないか」


 ゲームで言うところの“???”枠だ。


 条件が何なのかも分からない。


 ただでさえ引きこもり向けのスキルなのに、さらに謎の隠し要素まで存在するとは。


 製作者――いるのかどうかも知らないが――のセンスを疑う。


 とりあえず、選べる三択について考えた。


 どうやら、生活系アイテムや娯楽アイテムにMPを使い続けたり、拠点に設置系アイテムを置いたり、エルフたちに本を貸し出したりといった“行動ログとMP消費の蓄積”によって、今回の条件が満たされたらしい。


 ログハウスを建てた。


 畑を作った。


 ソーラーパネルを置いた。


 風呂を作った。


 防犯設備を整えた。


 漫画を貸した。


 牛乳を配った。


 ポテチとコーラでエルフを堕落させた。


 ……最後のは実績としてカウントしていいのか?


 まあ、とにかく。


 この固有スキルは、攻撃魔法みたいな戦闘能力が付与されたり、なんでも無料で無限に出せるような万能化にはならない設計のようだ。


 あくまで、暮らしを回せる。


 家を守れる。


 仲間を支えられる。


 そういう便利さに特化している。


 俺自身が強くなるのではなく、道具を賢く使えるようになる。


 選択肢が増える。


 コストが下がる。


 つまり、引きこもり生活の基盤が強くなる方向で進化していく。


「……まあ、妥当だな」


 俺がいきなり剣も魔法も最強の主人公になったら、シルフィやロエンやガランの役割が薄れてしまう。


 戦闘は、あいつらの仕事。


 俺は準備、補給、防御、生活管理。


 後方支援に徹する。


 だからこそ、カタログに銃火器や現代兵器は出てこない。


 防犯グッズも、センサーライトや防犯カメラみたいな日常の延長線上にあるものが中心だ。


 このスキルは、戦うための力ではない。


 暮らすための力だ。


「よし」


 俺は小さく頷いた。


「引きこもりとしての正解は、日々の生活コストを下げてQOLを上げることだ」


 迷いなく、1)生活通販 Lv.2 を押した。


【生活通販 Lv.1 → Lv.2 にレベルアップしました】


【お気に入り登録機能を解禁】


【登録アイテムの消費MPが五〜十%軽減されます】


【セット購入機能を解禁】


【調理セット、掃除セット、入浴補充セットなどの一括召喚が可能になります】


「おおっ、これは地味にでかい……!」


 地味だ。


 派手さはない。


 火球が飛ぶわけでも、剣が光るわけでも、身体能力が上がるわけでもない。


 だが、よく使うアイテムの消費MPが下がる。


 そして必要な道具をまとめて呼び出せる。


 これは、生活者としてはかなり大きい。


 引きこもりにとって、ランニングコストの削減は至上命題である。


 俺は早速、登録作業を始めた。


 麦茶パック大容量。


 コーラ一・五リットル。


 インスタントコーヒー。


 うすしお味ポテトチップス。


 コンソメ味ポテトチップス。


 カップ麺各種。


 キャンプ用燃料ガス。


 単三電池。


 単四電池。


 洗濯洗剤。


 トイレットペーパー。


 ティッシュペーパー。


 歯磨き粉。


 シャンプー詰め替え用。


 ボディソープ詰め替え用。


 フルーツ牛乳。


 コーヒー牛乳。


 瓶回収用のケース。


「……瓶回収用ケースまでお気に入りに入れる日が来るとはな」


 森の貸本屋・兼・銭湯を始めた以上、こういう細かい備品が地味に必要なのだ。


 気づいたら、三十分経っていた。


「……楽しいな、これ」


 俺は独り言を言いながら、お気に入りリストを満足げに眺めた。


 もはや異世界転移とか関係なく、快適な一人暮らしのインフラ整備に興じている人間がそこにいた。


 その時、腹の虫が鳴った。


 時刻はちょうど昼前。


 スキルツリーと支出管理に夢中になって、朝飯らしい朝飯を食っていなかったらしい。


     *


 ログハウスの外に出ると、村の住人たちがキャンプチェア周辺でくつろいでいた。


「コウタ! きょうのおひる、なにー?」


 ミリィが尻尾を振りながら駆け寄ってくる。


 この子の昼飯への嗅覚は、どんな魔物の探知能力よりも鋭い。


「アタシは昨日みたいなコロッケか唐揚げがいいねぇ!」


 ガランが大斧を肩に担いだまま、豪快に要求してくる。


「あと、この前のカップ麺も最高だった! あの細くて柔らかい麺と、濃いスープを全部飲み干した時の達成感といったらないねぇ!」

「Aランク女戦士が、カップ麺のスープ完飲を誇らしげに語るな」

「実際、達成感があるから仕方ないだろう!」


 転移してきた当初の俺には、まったく想像できなかった光景だ。


 たしかに、最近の食事は少し偏っていた。


 フライドポテト。


 コロッケ。


 唐揚げ。


 ポテトチップス。


 カップ麺。


 肉と油と塩気のオンパレード。


 異世界人へのウケは最高だが、栄養バランスという点では最悪に近い。


 これが続くとロエンの機嫌が悪くなる、というのも経験則で分かっていた。


「……コウタ」


 低い声がして振り返ると、畑仕事から戻ってきたロエンが、土のついた鍬を持ったまま、じっと俺を見ていた。


「お前たち、最近、油と肉ばかり食いすぎではないか」

「うっ……」

「野菜も食え」


 農夫からの、ド直球の正論パンチだった。


 三言。


 それだけで十分だった。


 自分が手塩にかけて育てた野菜をもっと消費してほしいという無言の圧を、ひしひしと感じる。


「わかったよ。今日はロエンの畑の野菜をメインにした、さっぱりしたやつにする」

「……何を作る」


 ロエンの耳が、わずかに前を向いた。


 口元は相変わらず無表情だが、期待しているのが分かる。


 尻尾もほんの少し、左右に揺れていた。


 この狼獣人、飯の話になると耳と尻尾が正直すぎる。


「今日はニンジンだ」

「ニンジン」

「さっぱりして、甘酸っぱくて、肉にも合うやつにする」

「肉にも合うのか」


 ガランの耳が、存在しないのに反応した気がした。


「合う。だから文句言うな」

「肉に合うなら文句はないねぇ!」


 基準が単純で助かる。


 俺は早速、新機能のセット購入を試してみた。


 カテゴリから“調理セット・中級”を選ぶ。


 すると、半透明のウィンドウに内容物が表示された。


 スライサー。


 まな板。


 ボウル大小。


 キッチンペーパー。


 計量スプーン。


 塩。


 胡椒。


 オリーブオイル。


 はちみつ。


 ドレッシング作りに使える小瓶。


「便利だな、これ」


 今までなら一品ずつ検索して呼び出していたものが、まとめて出せる。


 しかも、セット購入のせいか、個別で買うより少しだけMP消費が軽い。


 生活通販Lv.2、地味だが効く。


 俺は追加で、リンゴ酢を個別に呼び出した。


「なんだいそれは? 酒かい?」


 ガランがリンゴ酢の瓶を手に取り、栓を開けて匂いを嗅ぐ。


「……ツンとするが、なんとなく甘い匂いもする。不思議な液体だねぇ」

「果物を発酵させた酢だ。今日はこれでニンジンラペを作る」

「ニンジンだけか? それだけで昼飯になるのか?」


 ガランが疑わしそうに眉を上げる。


 肉食系女戦士に野菜メニューを納得させるのは、毎回ひと仕事だ。


「まあ見てろ」


 ロエンが井戸の水で丁寧に洗ってくれた大量のニンジンを、スライサーでひたすら細い千切りにしていく。


 しゃっ、しゃっ、しゃっ。


 小気味いい音とともに、ボウルの中へ鮮やかなオレンジ色の山が積み上がっていった。


 塩を振って軽く揉み込み、しばらく置いて水分を絞る。


 そこにリンゴ酢をたっぷり。


 オリーブオイル。


 はちみつ少々。


 黒胡椒をぐるり。


 全体をざっくり和える。


 たったそれだけだ。


 だが、料理というのは不思議なもので、組み合わせるだけで食材の顔ががらっと変わる。


「完成。コウタ特製、リンゴ酢のニンジンラペ」


 鮮やかなオレンジ色の山が盛られた大皿を、テーブルの中央に置く。


 リンゴ酢の爽やかな酸味と、はちみつの甘みが混ざり合った香りが、ふわりと立ち上った。


「……肉がない」


 ミリィが耳を伏せて、小声でぽつりと呟いた。


「騙されたと思って食ってみろ。昨日の唐揚げの残りも出すから」

「肉ある?」

「ある」

「じゃあ、たべる」


 現金である。


 俺が冷めた唐揚げも一緒に並べると、ロエンが真っ先にフォークを手に取った。


 自分の育てたニンジンを、静かに口へ運ぶ。


 シャキッ。


 小気味いい音が鳴った。


「……っ」


 ロエンの耳が、ぴんと立った。


 尻尾が大きく揺れる。


「美味い」

「お、いい反応」

「ニンジンの素朴な甘みが、この酢の爽やかな酸味で引き立つ。油と違って胃に重くない。いくらでも食える」

「ロエンにしてはずいぶん饒舌な食レポだな」

「……うるさい。美味いものは美味いと言う」


 ロエンが“いくらでも食える”と言うのは、相当の褒め言葉だ。


 こいつは基本的に、うまい飯にしか感情を出さない。


「本当かい? アタシは野菜より肉が……んっ!?」


 ガランも一口食べて、目を見開いた。


「なんだいこれ! 甘酸っぱくて、口の中がすっきりするじゃないか! しかも、これを食った後に唐揚げを食うと、油のくどさが消えて、肉がまた入る!」

「そういう食べ方もある」

「最高のコンボだねぇ! 野菜が肉の道を開くとは!」

「表現が戦士だな」


「あまずっぱい! しゃきしゃきする!」


 ミリィも一口食べると、目を輝かせた。


 さっきまで“肉がない”と言っていたのに、あっという間に皿の前の特等席を陣取っている。


 獣人の掌返しは、毎回見事なほど潔い。


「ポテトも食うか?」


 俺が少しだけ取り分けて鼻先へ差し出すと、白い火竜はくんくん匂いを嗅いだ。


 そして、ぺろりと舐める。


「ガウ?」


 首を傾げる。


 もう一口。


「ガウッ」


 どうやら気に入ったらしい。


「火竜も野菜を食うんだな」

「ポテトはだいたい食う」


 ロエンの一言が真理だった。


 あっという間に大皿が空になった。


「ふう、美味かった」


 俺は満足げに息を吐く。


 セット購入のおかげで、こんなにすんなり調理が進んだのは初めてだった。


 今までMPを使うたびに一品ずつ呼び出す手間が、地味にストレスだったのだと、なくなってから気づく。


 ロエンが空になった大皿を見て、静かに尻尾を揺らしていた。


 自分の畑の野菜がきれいに消費されたのが、嬉しいのだろう。


 口には出さないが。


     *


 昼飯の片付けを終え、タープの下でのんびりしていると、ログハウス裏手のハンモックから、ひらりとシルフィが降りてきた。


 相変わらず漫画を手に抱えている。


「コウタ。昼飯の匂いがしていたが、もう終わったのか」

「遅いぞ。今日はニンジンラペだったが、全部なくなった」

「……全部か」

「全部だ。ガランとロエンがだいぶ食った。ミリィに至っては皿まで舐めそうな勢いだった」

「チッ……最近、漫画の展開が気になって時間の感覚が狂ってきている」


 完全にオタク特有の生活リズム崩壊の一歩手前だった。


「お前なあ。一応、森のパトロールとかあるんじゃないのか」

「午前中に済ませた。異常なし」

「それを三分で報告して終わりか」

「三分あれば十分だ。問題ないだろう」


 シルフィが涼しい顔で言い切る。


 たしかに問題はないのだが、どうにも釈然としない。


「まあいい。食後のおやつならあるぞ」


 俺がクーラーボックスから取り出したのは、銀色のホイルに包まれた、黒くて四角い板状のもの。


 日本の国民的お菓子。


 板チョコレートだ。


 今朝、生活通販Lv.2への進化記念として、お気に入り登録をしたついでに一枚だけ試しに呼び出しておいたものである。


「なんだそれは。黒い石板か?」


 シルフィが警戒するように眉をひそめた。


 やたらと不穏な言い方をする。


「これはチョコっていう、とびきり甘くて、ちょっとだけ苦いお菓子だ。疲れた脳みそには最高に効くぞ」

「脳に効く菓子?」

「まあ、気分の問題だけどな」


 俺は板チョコをパキッと割り、一口サイズにして全員に配った。


 パキッ。


 その音に、ミリィとガランが「おっ」と目を向ける。


 この音の気持ちよさは、種族を超えるらしい。


 ミリィが真っ先に口へ放り込んだ。


「……っ!?」


 瞬間、ミリィの瞳孔が開いた。


 尻尾がプロペラみたいに回転し始める。


「あまい!! くちのなかで、とろとろにとける!! なにこれ!! すごいあまい!! もっとほしい!!」

「落ち着け。一枚ずつだ」

「もっと!」

「一枚ずつ」

「もっと!」

「圧が強いな」


「ほう……?」


 シルフィが疑り深い目を向けながら、小さな欠片を口に含んだ。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 ゆっくりと、舌の上でチョコが溶けていく。


 シルフィの長い耳が、ぴくぴくと小刻みに震え出した。


「な、なんだこの甘味は……」


 声が震えている。


「エルフの里で採れる極上の蜂蜜ですら、これほどの濃厚なコクはないぞ……。しかも、後味にほんのわずかな苦味があることで、甘さがまったくしつこくない……」

「気に入ったか」

「待て。今、分析している」


 シルフィは口元を押さえ、ぽかんと宙を見つめた。


 五秒くらい、そのまま固まっていた。


「……コウタ」

「なんだ」

「これは反則だ」

「そうか?」

「漫画の次の展開を待ちながら、これを齧る生活は……危険すぎる」

「何が危険なんだよ」

「体ではなく、魂が溶ける」

「魂までいったか」


 俺は思わず吹き出した。


「だっははは! こいつは酒のつまみには甘すぎるが、たしかに頭が冴える気がするねぇ!」


 ガランも豪快に笑いながら、残りのチョコをバリバリと噛み砕いている。


「バリバリ食うな、チョコは」

「うまいものは早く食うに限るだろう!」

「限らない」


「コウタ」


 ロエンがぼそっと言った。


「おかわりはあるか」

「お前もか」

「あるか」

「食べた直後に追加要求するくらい気に入ったんだな」

「……悪くない」

「それ、かなり気に入ってる時の言い方だろ」


 無表情で食い意地を張るな。


 俺は三人分の追加チョコを黙って渡してやった。


 全部配ったら、自分の分がなくなった。


 まあ、いい。


 彼らがこういう顔をするのを見るのは、案外嫌いじゃない。


 食べ物は、距離を縮める道具として本当に優秀だ。


 言葉より先に、腹と舌が仲良くなる。


     *


 チョコを配り終えたあと、しばらく全員でタープの下でぼんやりしていた。


 ミリィがポテトの腹枕で丸くなって昼寝を始める。


 ポテトも満足そうに喉を鳴らしている。


 ガランはプレハブ小屋に戻り、格闘ゲームを再開した。


 ロエンは「午後の水やりをしてくる」と畑に向かった。


 残ったのは、俺とシルフィだけだ。


 シルフィは、さっきからチョコの残り欠片を指先でつまんでは口に含み、また漫画を読み、また欠片をつまむ、という動作を繰り返していた。


「……お前、さっき魂が溶けるって言ってたくせに、もう三欠片目だぞ」


 俺が指摘すると、シルフィは顔を上げることなく、ページをめくりながら言った。


「危険だと分かっていても、やめられない。それが本当の意味での危険だ」

「それ、完全に沼にはまってるやつの言い訳だろ」

「うるさい」


 二秒の沈黙。


「……次にこれを里に持ち帰れば、長老たちにまた騒がれるな」

「持って帰るのか」

「騒がれたくなければ、持って帰らないことだ」


 意味深なことを言いながら、シルフィはチョコの最後の一欠片を口に放り込んだ。


 そして、ホイルの包み紙を丁寧に折り畳み、懐にしまう。


「……捨てないのか、それ」

「銀紙の質感が好きだ。しおりに使う」


 エルフの戦士が、チョコの包み紙をしおりに使う。


 誰かに話しても絶対に信じてもらえないだろう。


 俺は自分の分のチョコが全部なくなっていたことに、この時ようやく気づいた。


 もう後の祭りだった。


 どうやら、俺の配り方が足りなかったのではなく、シルフィがさりげなく俺の分まで食べていたらしい。


「……お前、俺の分も食っただろ」

「証拠はあるか」


 涼しい顔で言った。


 俺は深くため息をついて、もう一枚呼び出すことにした。


 お気に入り登録済みなので、消費MPは少しだけ安い。


 便利。


 便利なのだが、こういう時に便利だと負けた気がする。


     *


 夕方。


 ログハウスの軒下でコーヒーを飲みながら、俺は今日一日を振り返った。


 スキルがレベルアップして、お気に入り登録とセット購入が使えるようになった。


 ロエンに正論パンチを食らって、野菜メニューを作った。


 ニンジンラペで畑の野菜の新しい可能性を見た。


 チョコレートで全員の魂を溶かした。


 そしてシルフィに自分の分を食われた。


「……充実してるな、一日が」


 思ったより忙しい。


 この先、拠点通販を進化させれば、防犯センサーや設置物の安定性がさらに上がるのかもしれない。


 交流通販を進化させれば、エルフたちへの貸本や贈り物、ロエンの農具、ガランのゲーム環境、ミリィのおやつ、ポテトのごはんまで、もっと精度よく選べるようになるのかもしれない。


 あのグレーアウトしたシークレットタブも、気になって仕方ない。


 条件は分からない。


 焦っても意味はない。


 けれど、こうして村での生活が積み重なれば、いつか何かが開くのだろう。


 俺自身は、剣を振るう勇者にはなれない。


 なる気もない。


 けれど、この《快適生活お取り寄せ》という生活チートで、美味い飯と快適なインフラを用意し、この小さな安全圏を守り育てていくことならできる。


「よし」


 口の中に残るコーヒーの苦みを感じながら、俺は小さく頷いた。


「引きこもり生活、もっと充実させていくか」


 その横で、シルフィがチョコの包み紙で折った小さな銀の星を、漫画のしおりに挟んでいた。


 エルフの森の守り手。


 漫画とポテチとコーラに堕落し、ついにはチョコの銀紙をしおりにする。


 俺はそれを、とりあえず見なかったことにした。


 平和とは、たぶんこういうことなのだろう。

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