59:王弟は告白する
「俺には──二人の甥が居た」
アランの言葉に、ディアナが記憶を辿る。
ローレンスより年下のディアナは、伝え聞いたことしかないが──王家には、もう一人王子が居たはずだ。
ローレンスにとっては、腹違いの兄。
夭逝──年若くして亡くなったと、ディアナは聞いていた。
「兄のジョザイアは、九つの時──ローレンスが七つの時に、落馬で命を落とした。その時に、俺達は捜査にあたっていたんだ……」
当時を語るアランの声は、苦渋に満ちていた。
そっと、ディアナが夫の肩に手を置く。
「馬の鞍には、細工の跡があった。馬の背と接する部分に、針のような物が仕込まれていたんだ」
アランの言葉に、ディアナが息を呑む。
鞍を付けた時は小さな違和感でも、そこに人の体重が掛かれば──痛みで、馬は暴れ出す。
つまり、ローレンスの兄──当時のラトリッジ王国第一王子の死には、人の手が関わっているということだ。
「犯人は見付からず、馬房の関係者全員が処分された。少なくとも、表向きは」
ディアナは無言のまま、夫の声に耳を傾けていた。
「俺は、知っていたんだ……当日、ローレンスが兄から叱責を受けていたことも。馬房の近くを、ウロウロとしていたことも。でも──」
アランの噛みしめた唇からは、血が滲んでいた。
「幼い子供が、そんなことをするはずがないと……俺は真実に目を瞑り、肉親可愛さに、それ以上の捜査の手を伸ばさなかった」
「アラン様……」
ディアナが、気遣わしげな声を掛ける。
そこには、政治的な配慮も多く含んでいたことだろう。
「あの時、俺が正しく裁いていたなら……あの子の抱えた闇を、少しでも理解出来ていたなら……何かが、変わっていただろうか」
俯いたまま、アランは自らの髪を掻き毟った。
成長するにつれて、王太子の本性を肌で感じるようになって、ずっと後悔を抱えていたのかもしれない。
しかし、どうすれば良かったのか──今になっても、アランは答えを出せずにいる。
第一王子が亡くなった時点で、世継ぎはローレンス以外に居なかった。
そのローレンスを追及すれば、王位継承そのものに疑義を差し挟むことになる。
しかも、動くのが王弟である自分なら、王位欲しさだと邪推されるのは目に見えていた。
八方塞がりだったのだ。
苦悩するアランに寄り添いながら、ディアナは静かに息を吐いた。
(だから──アラン様は、殺されたんだ……)
思い出す、前世の記憶。
魔従討伐の遠征に向かい、帰らぬ人となったアラン。
王太子が成人し、病床の国王に代わって采配を奮うようになってから、初めての遠征だった。
真実を知るアランの口を封じ、己の立場をより強固な物にする為に、王太子が企てたのだろう。
(アラン様には、王位を奪う気など、微塵も無かったというのに──!)
肩を落とすアランの身体を、ディアナが抱きしめる。
「アラン様が間違っていたとは、決して思いません」
幼い子供が犯した罪を、どの程度追求するか。
唯一の世継ぎである王子を、どう扱うか。
……誰もが頭を抱える問題だろう。
「それでも──」
顔を上げたアランの目に、強い光を宿すアメジストの瞳が映し出された。
「後悔を抱えているのなら、今からでも、正すべきです」
「ディアナ……」
それ以上の言葉を無くして、じっとディアナを見つめるアラン。
重苦しい空気を切るように、扉の向こうから足音が近付いてきた。









