81、鬼の昔話
鬼がまだ人の名を持っていた頃──。
幼いネリアは家族と共に物欲の國に居た。
夕食前に望む物は何でも手に入る浜に家族3人で出掛ける事が彼らの日課であった。
ネリアの父と母は実用性は低くとも、美しくも愛らしい日用品の収集を趣味とする人々であった。
広くは無いが美しく手入れされた庭の有る小さな家の南向きの窓からは入手ヶ浜を一望できる。
魅力的な品々に囲まれて過ごす穏やかな日々。
そんな中で母が懐妊した。
ネリアの他に子供の居ない土地だったので、ネリアは母の懐妊を喜び、妹弟の誕生を心待ちにしていた。
小さなベスが母に抱かれて家にやって来た時、ネリアは感動のあまり大粒の涙を流した。
「抱いてみる?」
「うん!」
横抱きにする形で構えたネリアの腕の中に母が赤ん坊を優しく移してくれた。
上品な冷茶のような爽やかな緑に所々に含まれる淡い紫色と乳白色が美しい髪の赤ん坊は1つ結びにしているネリアの長い赤褐色の髪を反射的にぎゅうと握り締めてひっぱった。
「いたたた。あはは、ベスが釣れたよ。いたたたた」
両手が塞がっているので頭を持ち上げてベスの小さな手から髪を引き抜こうとしたが、ベスの握る力は意外にも力強くベスの腕が持ち上がるだけだった。
ベスはまだ目は見えぬ筈なのに痛い言って笑うネリアに向かってにっこりと微笑む。
「かわいいなぁ。何をしても世界一かわいいなぁ」
ネリアが呟いたその時だった。
父と母が同時に崩れ落ちるように倒れたのだ。
両親の【終極の願い】は『理想の美しい家を持つこと』だったのだ。
体力も魔力も失った両親は残された24時間の中で自分達がどれだけ幸せなのかをネリアに語って聴かせた。
「この自慢の家の庭の中をネリアが裸足で走り回っては美しい花に目を奪われて足を止め、自身と同じ背丈の花に背伸びをしてアンティークの如雨露を使って水をやる様子は完璧だった。美しい絵画のような美しさがあったよ」
「ネリアのお陰で我が家は『子どもと同居していても魅力的な家』にぐっと近付いたわ。きっと多くの人々が我が家を羨むわ。でも何かがほんの少しだけ足りないと思ってたの」
「そして気付いたんだよ。子供1人だけでは感動が弱いなと。複数の子どもが居付いていてもどこもかしこも美しい家…それこそが完璧な家なのだと。いいかネリア。今やこの家は『世界一美しい一般家庭』だ。『世界一美しい一般家庭』だよ!我々の消失後には多くの人々が我々2人から生み出された魔王を討伐にし押し寄せるぞ。あぁ、幸せだ。誰もが羨む家をこの手で築き上げてみせたんだからな」
彼等の話からネリアが知る事が出来たの両親がネリア達我が子の事をインテリアの一部として見立てていたという事だった。
やがてお腹を空かせたベスが泣き出したのだが、僅か3㎏弱の赤子を抱き上げる腕力もない両親はちらりとベスを見やるだけで手を差し伸ばす事も無く、交互に自分の幸せな人生を語り続けた。
彼らはベスの誕生でこの上無く幸せで美しい家が完成したと喜んで死を迎えようとしているのだ。
お腹を空かせ、汗を掻く程体力の限りを尽くして泣き声を上げるベスを他所に一方的に語り続ける両親のその身勝手さにネリアは興醒めしていた。
ネリアはベスを抱いて家を飛び出し、助けを求めた。
ベスが小さな体で懸命に声を振り絞って助けを求める泣いていると言うのに見向きもせず、自分達が集めた自慢の品々が並ぶ理想の家を目に焼き付けている両親を看取ってやるだなんて御免だった。
ネリアは入手ヶ浜に向かい、哺乳瓶を手に入れると自分が持つ魔力の全てを消費してベスの世話に必要なスキルを手に入れた。
空を掻けばミルクは手に入るかと思っていたが中々乳児用ミルクは出現せず、焦りが募った。
「大丈夫。吾が守ってやるからな」
泣き疲れ、頬に涙の跡を残して寝入ろうとするベスに声を掛けると小さなベスはぷうとおならで返事をしてくれた。
「あはははは!今のはベスのおならなの?あはは!いい音だね!」
不安な気持ちを掻き消してくれたベスに感謝をして、もう一度空を掻くと漸くミルクが現れてくれ、空だった哺乳瓶はほんのりと温かいミルクで満たされた。
その後間も無くネリアとベスは鬼に保護され、子供の國へ向かう事になった。
鬼はベスと共にネリアを家付き虫に預けようとしたのだが、ネリアはベスと妹弟である記憶を手放したくは無いと拒否をし、鬼と共に自分の足で子供の國へと向かう事にした。
鬼は他の子供を引き取る為に様々な町に立ち寄る為、子供の國までの道程は酷く長く、子供の救出に夢中になった鬼に幾度も置き去りにされたりした。
ネリアはそんな日々の中で自分と同じように大人の身勝手な身の振り方に翻弄される子供が多いことを知ったし、ネリア共に鬼が引き取った子供達は皆、子供の國入國後はネリアとベスと同じ12月入國区域で過ごせると知って嬉びを覚えた。
子供の國の12月入國区域に到着後、ネリアは8ヶ月ぶりにベスと再会する事が出来た。
鬼の家付き虫に預けられていたベスは、8ヶ月前に別れた小さなベスのままだった。
家付き虫に預けられ、空白の時間を過ごしている子供の國で育った子供達はベスの様に実際の年齢より幼く見える者が多いのだが、誰も気に止めない。
子供の國の中では他者と競べられることは無いからである。
ネリアとベスは2人で生活をした。
困った時には何処からともなく鬼が現れ出で、残像しか見えぬ程素早く副腕を動かし続けてベスの世話をしてくれたり、揉め事を起こした時には2人を引き離して仲裁をしてくれた。
子供の國でネリアはベスと共に7年を過ごした。
ネリアが子供の國の外に出て独り立ちしなければならなくなった日、ネリアにプレゼントする花を摘みに朝早くから出掛けていたベスが「ネリアただいまぁ!」と元気よく帰宅するのをネリアは優しく微笑んで出迎えた。
帰宅した際に必ずネリアの名を呼ぶこの習慣も、幼い高い声も3年後にベスに再会できる日には失ってしまっているかもしれないなと思うと目頭が熱くなる。
差し出された不格好な花束のお礼にとネリアはベスと髪を1本千切って交換し、左手の人差し指に巻き付け合った。
「ネリア、これ魔法含んでないよ?」
「魔法を含んでいない髪の毛は自分の安否を報せてくれるんだよ。吾の髪の毛がベスの指に巻かれている間は吾は元気でいるから安心しろ」
「また会える?」
「もちろん。お前が10歳になって子供の國の出られるようになった日には必ず東の國境に迎えに来てやるからな。そのあとはずっと吾たち一緒に生きていこう。な?」
「裏切って他の誰かと仲良くになったりしないでよ?一瞬でもネリアの家にワタ以外の他の誰かを招いたりしたら許さないからね」
「…ベスお前…そんなに嫉妬深いヤツだったの?怖ぁ」
ネリアが呆れながらも癖の有る堅く短いベスブ石の色の髪をぐしゃぐしゃと撫でて「わかったよ」と答えてやるとベスは満足そうに微笑んでネリアの髪を1房掴んでぎゅうと引っ張った。
赤ん坊の時と変わらぬ甘えたい時のベスの癖。
「…ベスが子供の國を出られる3年後までに他の國でベスの好きそうなものを見付けてたくさん送ってやるよ」
「ほんとに?だったら古い時代の凝った作りの魔法機械をお願い!」
「…知ってるよ」
両親と過ごした時間は僅かだというのにベスは不思議と父と母が愛した物に似た装飾美に優れた日用品に強い憧れを持っているようだった。




