10、ヘプタグラム城
ウーターニャとなんとなく打ち解けられたような気がして安堵する。
仲良くできるのならばそうありたい。
何もわからない私に根気よく付き合ってくれているし、きっと暫くの間は私のお世話をしてくれるつもりでいるのだと思う。
今だって率先してこのお城の中の案内をしてくれているし。
正直ウーターニャなしではこの城で身動きが取れなくなり詰んでしまっていたと思う。
城内の移動も魔法を使うのだけれど、これが素晴らしかった。
もうね、誰かとこの感動を分かち合いたい。
凪ちゃんとかきっとこういうの好きだと思うんだよね。
お城の中央にある吹き抜けのホール。
と言ってもその場所は底の見えない縦穴が空いているのだからhallとholeのダブル・ミーニングだったりする。
果てがわからぬ底からは冷たい風が吹いている。
その風は青く仄かに光る大小様々な無数のランタンを漂わせ、ホール全体をぼわりと青く染めている。
小さなランタンは青白く、大きなランタンはより濃い青を宿し、青の濃淡がとても美しい。
漂い時折ぶつかり合っては細い音を奏でるランタンに見とれているとウーターニャはさらに歩みを進めて吹き抜けの中に飛び込む。
ウーターニャの体は落ちることなく宙に浮き、そして振り返ると愉快そうにおいでおいでと私を手招きする。
…心の清い者以外は奈落に落ちるなんてことはないだろうね…?
なーんてな。
ウーターニャに続いて歩みを進めようとしたのだが何故か私の足は進まない。
あれ?
足がすくむ。
おおおお、なんだこれ。
めっちゃ左足が震える。
「やっぱりダメなのね。ワルサーは高所恐怖症なのよ」
む?
そうなの?
『不思議ですね。塩基配列まで同じもので構成されているというのに吾とは違ってイサナは高いところが平気だなんて。あぁ、地球には「バカと煙は高いところが好き」という言葉があるんですね』
私の知識を引用して軽く私をディスるワルサー。
「煙も私も良い未来だけをイメージしてるから高いところが平気なんじゃない?それはつまりバカってことなんだろうけどっ」
震える左足を押さえつけ、右足のみでジャンプする。
「おわぁぁぁ!?」
思っていたよりずっと高く遠くに跳べてしまって変な声が出てしまう。
『ちょっ…!』
ワルサーも驚いたようで絶句している。
ははは、ざまぁ見ろ。
『イサナの品位を疑いますよ?』
品位なんてあるわきゃないでしょ。
私の記憶を読むならがっつり読みなよ。
私が上品だった時期なんか一瞬だってないよ。
私を美化して受け止めるのはやめな。
「イサナすごいすごい大ジャンプ!びっくりしちゃった」
「私もびっくり。なんだったの今のは。魔法使ったの?」
『地球と叶球では重力が違うんですから、イサナの脚力が上がったように感じるのは当たり前でしょう。この星は地球の1/4の重力しかないですからイサナの右足なら吾達の背丈は軽く跳び越えられるんじゃないですか』
「へぇー、そうなんだ。ありが…とう…」
ワルサーが説明をしてくれているが、目の前を流れていくランタンの方に興味が向いてしまい、ついお礼が疎かになってしまう。
触れてみるとこれらのランタンは氷でできていることがわかった。
「ウーターニャちゃん、おいで。これ氷だよ。冷たいよ」
屈みこんで下方に留まっているウーターニャに向かって手を差し伸べると彼女が頬を染める。
おっと。
いや、でも今更手を引っ込めるのも変だよなぁ。
そう思っていると周囲の景色が勢いよく回転し始め、まるでルービックキューブの面を入れ替えるかのように部屋が次々と入れ替わっていく。
回転が止まったと思ったらもう目の前には食堂があった。
すごーい、なんだこりゃと感動していると答えが浮かぶ。
『七芒星城』とウーターニャが呼んでいたこの大きな建物は『魔法大天守』とも『トゲの城』とも呼ばれる名建築らしい。
この城は上から見ると七芒星型をしているのだが1階層毎に角の柱を捻って作られている。
これは星型正多角交差反柱とも呼ばれている形なのだが要はトゲトゲした外観ってことだ。
独特の構造であるが故にヘプタグラム城内では方向感覚を失い易い。
屋内での遭難を防ぐためこの城には移動魔法が施されている。
空間を捻曲げ、全ての部屋の入り口が必ず中央ホールに現れる仕組みになっているのだそう。
わざわざ中央ホールへ移動する手間を考えると何時でも何処へでも転移するような魔法の方が効率がいいように思えるが、この移動魔法は初代の城主が己が滅しても消えないようにと魔力を編むようにして組んだ古代魔法であり、今となっては歴史ある建物にしか残されていない非常に貴重な資料的価値のある魔法でもあるらしい。
気が付けば背後に現れていた扉を潜ると長いテーブルが鎮座する食堂へと出た。
私たち2人それぞれが空を掻いて好きな量の食事を出すと、てるてる坊主が素敵な食器に移し替えてくれた。
空から出した際の真っ白でシンプルなお皿に盛られている状態も素敵だと思うけれど、風格あるシャンデリアの下での食事で使うには違和感があるのかもしれない。
倹約生活を送る私は目玉焼きに葉もの野菜のサラダにスープと種類豊富なメニューが並んだ時点で満足であったのだが、盛付けを変えてもらえたことで格段に上品なモーニングにありつけることになり、もう幸せが過ぎて目が眩みそうだ。
お洒落な食事を前にする私の姿に何か思う所があったのだろう。
ウーターニャが呟く。
「…女性用の洋服も1着くらいならありそうだと思ってたんだけどこの館って魔法に関する物以外はあまり充実して無さそうね」
私がてるてる坊主に着替えが欲しいと願っても小さな頭を傾けるだけで何も出してはもらえなかったのは、この屋敷内には存在しない物だったかららしい。
ならば食後に買い物に出掛けようか、ということになった。
お気に入りの幼馴染みが変な格好をしていることが気になるんだろうね。
私は気にならないんだけどね。
なんか気を遣わせてしまってごめんね。