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彼女達の勝利。

 光が、闇色の『魔女』を食い破っていく。

 真向う唐竹割りにされた身体が、両断されたその真ん中から黄金色の光に侵食され、風に溶けていくのを、『終焉の魔女』は止めることが出来ない。


『アアアッ!! アグァッ、ア、アアア! 止まらない、止められない!? なんだこれはっ、光じゃない、のにっ!?』

「強いて言うなら、『生命』の光、かしら。身体の奥底から湧き上がってくるこの感覚は」


 純粋な魔力とも違う、何か別の力が混じった光。

 だからこそ、『終焉の魔女』は吸収できず、食い破られているのかも知れない。


「……破壊と虚無を撒き散らすだけの存在だったあなたの幕引きには、ふさわしいかもね」

『そんっ、ふざけっ、あっ、消えるっ、あたしが消えるっ!! 嘘だっ、こんなのっ、あ、あ、アアアアアア!?』


 崩れていくのが、溶けていくのが止められない。

 吸上げた魔力をどれだけかき集めても、抵抗できない。

 

 皆が固唾をのんで見守っているその眼前で。


『ア……ア、アアア……』


 ついに『終焉の魔女』は光に飲み込まれ、完全に消失した。

 その様子を、最後まで見届けて。


「……これで、終わり……ね」


 そう呟き、メルツェデスは空を見上げる。

 ふぅ……と長く大きく、息を吐き出し。

 ふぃっと、金色の光が消えて。


 力が抜けたように、崩れ落ちた。


「メル!?」


 それをすぐ近くで座り込みながら見ていたフランツィスカが、慌てて飛びつき、地面にぶつかる直前で掬い上げる。

 ほっとしたのもつかの間。

 その感触に、フランツィスカの背筋に冷たいものが走った。


「なん、なんで……? どうして、こんなに身体が、冷たいの……?」


 愕然とした声を漏らすフランツィスカ。


 それを聞いたヘルミーナが、声を上げる。


「クララ! 私を、運んで!」

「は、はいぃ!」


 言われて、一瞬だけ跳ねたクララがすぐにヘルミーナの元へ駆けつけ、抱き上げてメルツェデス達のところへと運ぶ。

 もちろんクララとてヘトヘトなのだが、それでもまだ、少しだけ余裕がある。

 少なくとも、すぐさまヘルミーナを運びきれる程度には。


「ミーナ! メルが、メルが!」

「わかってる、落ち着いて」


 親友二人の声を聞きながら。

 くすり、とメルツェデスが小さく笑った。


「メル!? 意識は、あるのね!?」

「……ええ、もちろん。大丈夫、ではないけれど」


 そう言いながら、うっすらと目を開ける。

 どこか、満足しきった顔で。


「それは、そうよね。あんなのでも、わたくしの一部だった。

 わたくしの身体を動かす魔力の源だった。

 それを断ち切ったんだもの、こうなるのも当然だわ……」


 もちろん、受け入れられる存在ではなかったが。

 それはそれ、これはこれ。

 メルツェデスの身体から大量の魔力が失われたことは事実。

 それも、大量の魔力を消費して凄まじい身体能力を発揮していた身体から。


「……メルの言う通りだね。体中から、ごっそり魔力が失われている。

 それも、根っこから。……回復魔術でどうにかなる類のものじゃない」


 クララに支えられながら魔力を薄く当てて診察していたヘルミーナが、苦いものを噛んだような顔で言う。

 回復魔術は、万能ではない。対象者がもつ生命力や魔力が十分でなければ効果を発揮しないのだ。


 そして今のメルツェデスは、呼吸をするのもやっとな魔力しか、残っていない。

 今やそれすらも、失われようとしている。


「……これでよかったのかも知れないわね……」


 穏やかな顔で、メルツェデスが呟く。


 退(しりぞ)けるべき敵は消滅させ、守りたい人達が守れた。

 プレヴァルゴの人間が為すべきを、為した。

 哀れな『メルツェデス』の魂も救われた。


 メルツェデスがこの世界で与えられた役割は、全うしたと言っていい。

 これ以上望むのは、強欲というものだろう。

 ならば、この世界の異物とも言える自分が消えてしまうのも、仕方がないのかもしれない。

 そんな達成感と諦念の合いの子のようなものに、メルツェデスは包まれていた。


「いいわけないでしょう!? これからじゃない、あなたの人生は!」


 満足感に浸りかけていたメルツェデスの鼓膜が、痛打される。

 言うまでもなく、メルツェデスの身体を抱き支えていたフランツィスカだ。

 彼女の腕の中で、メルツェデスの生命が失われていく。消えようとしている。

 当然受け入れられないその実感を、吹き飛ばさんとフランツィスカの語気は強い。

 

 そして、もう一人。


「まったくだよ。そんなの、冗談じゃない」


 不機嫌を隠そうともしない顔のヘルミーナ。


 そんな彼女が、コトン、と何かをメルツェデスの胸に置いて。

 ぐいっと指で押し込んだ。

 硬いはずのそれが、ストンとメルツェデスの中に落ちていく。

 そんなはずはないのに、そんな感覚があって。


 すぐに、膨大な魔力が、メルツェデスの身体を満たした。

 それが意味することに、メルツェデスはすぐに気が付く。


「ミーナ!? あなたっ、今の、まさか!?」

「……流石にわかるか。そう、『精霊結晶』」


 ガバッと身を起こしたメルツェデスに、平然とした顔で答えるヘルミーナ。

 若干、ドヤ顔になっている気がしないでもない。


「何をそんな、落ち着いて! あなた、『精霊結晶』で実験するのを楽しみにしていたでしょう!?」


 血相を変えて、メルツェデスが問い詰める。

 ヘルミーナのマジキチぶりを知るメルツェデスには、彼女が『精霊結晶』を手放すことの重さが手に取るようにわかる。

 だから、自分のことのように慌て、語気強く問い詰めたのだが。

 

 ヘルミーナは言い返すでなく、ぷいっと拗ねたように顔を横に背けた。


「……メルのバカ」


 そんな端的な言葉だけを呟いて。

 

「え? バカって、いきなり何を……」


 と、メルツェデスは思わぬ反応に戸惑ってしまったのだが。


「今のはメルツェデス様が悪いです」

「ええ、今のはメルが悪いわ」


 ヘルミーナを支えるクララも、メルツェデスを抱きかかえていたフランツィスカも同意するようにうんうんと頷いている。

 

 メルツェデスには伝わらなかったらしい、と悟ったヘルミーナは、大きく息を吐き出した。


「ほんっと、メルってば自分のことにだけは鈍感」


 それから、ちらっと横目でメルツェデスを見て。

 また、顔をそらして。……少しばかり、頬を染めて。


「……研究より、メルの方が大事に決まってるじゃない」

「あ……」


 呟かれた言葉に、メルツェデスは言葉を失う。

 それでも、すぐには意味が入ってこない。

 それだけ、根は深かった。

 彼女は、自分にだけは頓着してこなかった。そう、自分にだけ。

 十何年もの間そうだったのだ、すぐには変わらない。

 

 けれども。

 それでも。

 流石にこれは、伝わった。


「ミーナ!」


 勢い込んでメルツェデスに跳びつかれたヘルミーナを、クララとフランツィスカが支える。

 結果、四人でもみくちゃにじゃれあう恰好になってしまった。




 そんな彼女らを、ジークフリート達は少し離れたところで見守っていた。

 もちろん、とても割って入れる雰囲気ではないし、それが許される間柄でもない、ということもあるのだが。


「……また随分と、思い切ったものだな……」


 呆れていいのか、感心していいのか。

 そんな心持ちでヘルミーナのことを見ていた、というのもある。


「思い切るも何も、ミーナは最初から名誉だとか家のことだとかなんて頭にないですよ」

「それは……そう、だな。彼女は、そういう人だ」


 どこかすっきりとした顔で言うリヒターに、ジークフリートは苦笑交じりで答える。

 彼らは貴族や王族の子息で、その自覚もあり、自分を律してもいる。

 真面目で立派な王族、貴族だ、と言ってもいい。

 

 そんな彼らからすれば、『精霊結晶』を失い家門に傷をつけることは何としても避けたいところ。

 なのに、ヘルミーナはなんのためらいもなく親友のために手放した。

 もしも自分が同じ立場だったとしたら。


 ……ジークフリートは、そこで考えるのをやめた。


「男も、存外窮屈なものですなぁ」


 しみじみと呟くギュンターの声に、ジークフリートは若干ばつの悪い顔になる。

 

「……そうだな」


 そう応じて、視線をまたメルツェデス達に戻す。

 公爵令嬢、侯爵令嬢、伯爵令嬢、元平民の男爵令嬢。

 身分の違う四人の令嬢たちが、屈託なく笑っている。

 その姿は、なんとも眩しくて。


「初めて、そう思ったよ」


 苦笑しながら、ジークフリートはそう続けた。


 この時代、この国では、未だ男性に比べて女性の権利は認められているものが少ない。

 なので、よほど女性の方が窮屈な人生を送っている。

 そう思っていたのだが、自分達もまた、別のものに縛られていたらしい。

 

 言い換えれば。


「彼女達だから出来たこと、か」


 呟き、ゆるりと頭を振った。


「ならば、私達だから出来ることもあるさ、きっと」


 そう結論付けたジークフリートに、リヒターもギュンターも頷いて返したのだった。




 こうして、『魔王』デニスは討たれた。

 そして、突如現れた『終焉の魔女』は滅ぼされたが……知る人は限られることになるだろう。

 

 それからある程度魔力と体力が戻ったところで、メルツェデス達は帰途についた。

 王都に帰り着いた彼女達を迎えたのは、得意げなドヤ顔のエレーナと彼女に率いられた学院のクラスメイト達。

 

「おかえりなさい」


 満面の笑顔で、エレーナに言われて。

 メルツェデス、フランツィスカ、ヘルミーナ、クララは互いに一瞬だけ互いに顔を見合わせて。

 それから、すぐに笑顔を弾けさせ、エレーナの元へと駆け寄って……一斉に、抱き着いた。


 そんな光景を、ジークフリート達やクラスメイト達が、暖かな笑みで見守っていた。

※ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!


 今章はこれにて完結。

 そして、明日にはまた更新いたします。

 

 ……恐らく、完結まで後数話。

 どうか最後までお付き合いいただければと思います!

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― 新着の感想 ―
[一言] 了解しました。 『見なかったこと』にして頂けたら、幸いです。
[良い点] 一時はびっくりしましたけど、完全なるハッピーエンド到達は良かったです! ミーナさんのツンデレはかわいいですw 百合空間は最高に尊いです〜 男禁止です(笑)
[良い点] ヘルミーナが最&高にかわいい
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