表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

エピローグ

「お誕生日おめでとう、真帆!」

 母の言葉通り、真帆の16回目の誕生会は週末に開かれた。

 会場は笹熊邸のささやかな庭。夏らしくBBQでのガーデンパーティーとあいなった。

 友人たちの賑やかなおしゃべりに混じって、肉や野菜の焼ける香ばしい音が響く。匂いに誘われたのか、ご近所さんたちも差し入れを手に顔を出す。

 得がたくも平凡な幸福の素描であった。

 ある一点に目をつぶるならば、だが。

「はーい、ソーセージが焼けましたよ~。みぃちゃんさん、お皿お皿」

「うー。おいしそうだけど、あたしダイエット中なんだよね」

「それじゃ、こっちのランプ肉どうぞ~。高タンパク低脂肪ですよ」

「やばーい、オオカミちゃん使える~」

「ヒナちゃん、どこ住み~? LINE交換しようよ~」

「あのっ、そういうのは、父に止められてるので!」

「大丈夫大丈夫。オレめっちゃ紳士よー。ほら見て、この骨。オレの心みたいにまっ白ー」

 オオカミ男とクラスメイトとガイコツ男とが和気藹々(わきあいあい)と談笑している風景に、真帆はなにを思えばいいか分からない。なんて言えばいいか分からない。

 虚ろな目を向けていた真帆の視線の先で、唐突に、オオカミ男とガイコツ男の体が中空に浮いた。

「ぐぼっ!」

「がっ!」

 左右の手で一体ずつ、見事なネックハンギングツリーをきめたのは、義父だ。

 その顔は「大事な娘の大事な学友にまとわりつく悪い虫を追っ払う父」の責任感に満ちている。ちなみにオオカミ男は完全なとばっちりである。

「まっ、魔王さ――」

 慌てて縁側から腰を浮かせかけた真帆を押しとどめたのは、走り寄ってきたクラスメイト2人だった。

「ね、ね、ね、あれが真帆っちのパパ? めっちゃかっこいいー!」

「俳優さんみたい……」

 かっこ、いい――?

 いや、確かにかっこいいかも分からんが、その前に気にすることがあるだろう。

 ネックハンギングツリー以外にも、ほら、角とか、羽とか、マントとか。

 そう言うと、友人たちはそろってきょとんと首をかしげた。

「まあちょっと派手だけど……似合ってるし?」

「外国の方ですし、民族衣装のようなものでは?」

 すごい適応力&好意的解釈!

「い、いやいや、おかしいって。無理しなくていいって。だってあんな――」

「まあまあ、あんま言ってやるなよ」

 どすんと真帆の隣に腰かけたのは、四河屋の若旦那こと次郎だ。

 限りない兄貴分の優しさをもって、次郎は真帆の肩に手を置いた。

「文化の違いってやつはどうしようもねえよな。だけどな、オレ、思うんだ。どんな奴とでも、腹を割って話せば絶対分かりあえるって」

「いやいやいや、次郎ちゃん次郎ちゃん次郎ちゃん。そんないい話風のアレじゃなくて」

「親父さんに反発する気持ちは分かるけど、真帆――」

 予想できなかったのは、わたしの甘さだった。

 瞬間的にそんなことを思いながら、真帆は真正面から次郎の大吐血を受け止めた。

「次郎ちゃあああああん!」

 ああ、次郎の大吐血も気になるが、それを至近距離で見ていた友人たちの反応も怖い。

 真っ赤に染まる視界を、おそるおそる彼女らに向けてみたものの、2人はスプラッタな惨劇など目に入っていないようだった。なんだかふわふわした表情で、真帆の斜め上あたりを見上げている。

 油を差していないからくり人形のぎこちなさで首を回し、彼女らの視線を追う。

「――マホチャン」

 いた。やっぱりいた。魔王が。頬を染めて。倒れ込んだ次郎を踏みしめて。

 残酷劇場の支配人こと魔王は、恋初()めし少女の如き頼りなさで、真帆に赤い円筒形の物体を差し出した。学校やご家庭の防災訓練で、見慣れた品だ。

「そなた、消火器が欲しいと申しておったな? さあ、取るが良い」

「あっ、えっ?」

「遠慮はいらぬぞ」

「アっ、ハイ、ドウモ……」

 消火器だ。どこからどう見ても、よくある黒いレバーを引くタイプの消火器だ。

 気になるところと言えば、次郎の血しぶきが点々と散っていることくらいか。

 真帆が受け取ると、魔王はあからさまにソワソワし出した。

「どっ、どうだろうか。そなたの望みにかなおうや?」

「えっ。そ、そうですね。か、火事の時とか、助かりますよね、たぶん」

「そうか!」

 魔王の秀麗な顔が、喜色に輝く。

「うむ、うむ。その器の中には、北狄(ほくてき)の地を一夜にして凍りつかせた氷の魔神を封じておいた。ひとたびそなたが魔神を解き放たば、この星に存在するあらゆる熱を奪い去ることも可能」

「ヒィっ」

「マホチャンの防災意識が高くて、お、お父さんは嬉しいぞ!」

 そうだ、練習しておくと良いぞ。使い方は簡単だ。躊躇うことはない。さあさあ、遠慮はいらぬ。ブシャーっとやるのだ。

 嬉しげに、楽しげに、世界を氷河期に叩き落とせと誘う魔王。

 それを唯一、止められるであろう母は、微笑ましげに義理の父娘のやりとりを見守っている。近くで見てもやっぱり真帆っちパパかっこいいね、とクスクス笑う友人たちに罪はない。もちろん、先ほどからピクリとも動かないオオカミ男にもガイコツ男にも。ましてや、魔王に踏まれ続けている次郎には。

 魔王は子どものようにキラキラした目で真帆を見つめ続けている。

 氷河期か、義父の期待か。

 真帆のコレと言って特徴のない目が、ぐるぐる回る。

 もうやだちょっと勘弁して誰か助けて――。

 真帆は、心から願った。

 魔王の娘の望みを聞き届けるのが、善き神ではないことは確かだ。

 しかし、どのような種類であろうとも、願いは叶えられた。

 ピンポーンと、福音は玄関先からもたらされた。

 あ、お客さんだお客さんだ、誰だろ、ハセっちかな、長良川くんかな、もーいっつも遅れるんだから、あー消火器試したかったのに残念ほんと残念はいはい今行きまーす――一本調子な言葉を残して、真帆はダッシュで玄関に向かった。

 そして、すぐさま後悔した。

 待ち受けていたからだ。

「そなたの生誕の祝いだと聞き及んだからな、わざわざ出向いてやったのだ」

 紅の髪。突き出た羊の角。沈丁花の肌。

「ふん。なんと粗末な館だ。こ、この人形なりと飾るが良い」

 大鴉の漆黒の爪が、やたらファンシーなお人形を掴んで、ホバリングしている。

「なんだその間抜け面は。脅える必要はないのだぞ? 我はそなたの――」

 艶やかな唇から、聞き取れぬほどの声が漏れる。

「――おねえしゃまなのだから」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ