作戦決行
作戦通り、夜明け前に起床して第二の二部隊として出発した。
流れ星を探せなくなったけど、運がいいことに月も星も見えない曇り空。世界は闇に包まれている。
平野に広がって煙や灯りで砦を威嚇する大部隊が暗闇の世界を赤黒く照らしている。
敵にいつ見つかって矢で射抜かれるか分からない恐怖の中を、強張った足に「止まるな」と言い聞かせて進んでいく。
少人数ごとに少しずつ進み、途中の岩陰で号令を待っていたら、敵兵の服や装備を渡された。
血の匂いや湿ったところのあるそれは、恐らく敵を殺して剥ぎ取ったもの。
気持ち悪いけど、死体から奪った服で冬を越したこともあるから素直に身につけた。
フランツたちは、ためらってもたもた支度して叱られた。
しばらく進むと、フィラント隊長たちが突撃する場所から喧騒が響いてきた。
俺らの進みは遅かったので、ここで二手に分かれると指示された。
二手どころか、もっとバラバラになっているのに。
「お前らはまずあの崖まで走れ。敵に味方だと信じ込ませて、あっちは囮で本命はこっちだと俺らのことを言え」
「あっちは囮? そうなんですか?」
「他にも行くが、お前らは見た目的に敵が信じやすい。頼む」
俺たち五人の指示役——キースは、早口でそう言った。
「役目を終えたら逆側、フィラント様たちの方へ逃げろ。敵の格好で、衛生兵で伝令だと言えば敵陣の中を駆け抜けられる」
キースは「どんな手を使っても死ぬなよ」と俺たちの頭を順番に撫でてくれた。
「フィラント様たちから俺らの方へ敵を引き離せ。彼らの後ろについて、どうにか生き延びろ。幸運を祈る」
燃えるような目で見つめられて肩を叩かれた。
「あのっ! 本命はこっちとはなんですか⁈」
フランツが涙声を出す。
「俺はもう二度も死んでいる。フィラント様がいなかったらとっくに死んでいた。あの方が生き残る確率を俺たちが上げる」
キースは言葉を残して走り出した。きっと、第二の一部隊と合流するのだろう。
ここにいたって、見回りの敵兵か乱戦に向かおうとする敵兵に見つかるだけ。
行くしかないと砦方面へ向かう。そり返る崖やその上に建つ石造りの砦は鉄壁にしか見えない。
乞食をするために磨いた演技力が役に立ちますようにと祈りながら「あっちは囮で向こうに敵だ!」と叫んだ。
怖いのか、他の四人はついてきてなかった。
迎えに行くか悩んだけど、煙が流れ始めていて視界が悪いから諦めた。
上官たちは俺たち少年兵を盾役や数にせず、作戦を共有して「生きろ」と願ってくれた。
託された任務で誰かの、あのフィラントたち幹部の命を守れるかもしれない。
はぐれてしまった今、俺たちはそれぞれ自力でどうにかするしかない。
叫びながら崖沿いを走っていたら、敵兵の一人に足止めされた。詳しく話を聞かせろと。
どこの部隊の誰だ、こんな子供の兵なんて見たことがないという台詞で全身の毛穴から嫌な汗が吹き出る。
さらに人が集まったので、「敵に囲まれた。死ぬ」と怯え、ガチガチなりそうな歯を噛み締めて耐えた。
六対一だし、怪しまれないようにナイフ以外は捨てたから、どうしたものかと頭をフル回転。
「お前らそこで何をしているんだ?」
さらに人が増えた。気怠そうな声を出して近寄ってきた青年は、黒羽が沢山ついたコートを着ていて、他の兵士と身なりが違う。
「オルト隊長! 衛生兵があっちは囮だって向こうから走ってきて」
「ふーん。国も必死だな。農夫なんかまで投入を始めたのは知っていたけど、ついに子供まで」
オルトは俺を上から下までジロジロと眺めた。兵士とは思えない爽やかな笑顔で。
「少年、向こうで何が起こったんだ?」
「ア、アルタイル兵が現れて、火を放ちました! 僕の隊がアルタイル兵を一人捕まえて、目を抉ったりして……作戦を……聞き出して……」
嘘が通じなかったら失敗で死ぬ。浅くて細かい息が作る白さが空に溶けていく。
「だから平野のあれこそ囮って言ったのに。アルタイルには運がない。何日も続いていた風の向きが変わるなんて」
「隊長、やっぱりあっちが襲われましたね」
敵の一人が俺が来た方を指差した。
「だな。上がバカだと困るのは俺らドブネズミだ。お前ら、予定通り援護に向かうぞ!」
「持ち場を離れて勝手な行動なんて、本当に大丈夫ですか? しかも要請が来た六つ柱じゃなくて八つ柱に行くなんて」
「俺が行きたいのは最初から八つ柱だ。どっちの救援に行っても『違う』と処罰される。持ち場を離れても処罰される。でも、手柄を上げれば有耶無耶だ」
国が違っても下っ端だと理不尽な目に合うのは同じようだ。
次の瞬間、オルトは俺に膝蹴りを入れて投げ飛ばした。おまけに石で頭を殴られた。
目の前に火花が散って、クラクラする。敵を騙せたと信じていたのに。
痛みに呻きながら「終わった」と心の中で絶叫。
「隊長! こいつはやっぱり怪しいですか!」
「どっちだっていい。もう、ろくに喋れないだろう。子供が怪我して転がってりゃあ、ゴルダガ兵もアルタイル兵も刺し殺さないから放っておけ」
「へぇ。優しいんすね」
「俺じゃなくて友がそう言うから。女や子供は弱いから守るべきものだって。急いで支度だ。行くぞお前ら」
「はい!」
オルト隊長というやつは、俺にもう一度蹴りを入れて崖に投げつけた。
足だけで人を投げられるなんて細身なのに怪力だ。
痛みでしばらく動けず、その間に煙が増えた。
馬が何頭と駆ける音や、緊急を知らせるような鐘の音、戦う者たちの声が入り混じる中、なんとか体を起こして歩き出す。
頭も背中もズキズキするし、腹もジンジンして辛い。呼吸をするたびに痛むから、上手く息が吸えなくて苦しい。
それでも必死に足を動かし、大声を出した。
仲間が殺されて、服の装備を奪われていた。きっと俺たちに紛れるためだ。
あの派手なところは囮で、本命は向こうの六つ柱らしい。
視界が悪くて見えなかった階段から、十数人の部隊がわっと現れて、一人にぶつかってしまったので、今度こそ死ぬと震え上がった。
「アルタイルめ! 衛生兵にこんな危害を与えるなんて悪魔か!」
俺がぶつかった逞しい男が鼻息を荒げて叫んだ。
運がいいことに、服と怪我で誤解された。両肩を掴まれたので、肝が絞られて小さな悲鳴が出る。
「子供の衛生兵なんていたか?」
「一昨日、食料を持ってきてくれたのもガキだったぞ」
「構ってる余裕はないから……おいガキ! そこの茂みの中で小さくなってろ!」
彼らは俺を置いて、六つ柱とかいう方面へ去っていった。
見られるかもしれないので、茂みに向かって、隠れたフリをして少し様子見をした。
敵兵だとバレずに済んで胸を撫で下ろす。
六つ柱方面に向かう敵兵が増えたので、静かに崖伝いに進んでいく。
視界が悪い中、第一部隊が突撃する場所の目印——旗と塔を見つけた。
階段近くまで来ると、死体がいくつも転がっていた。ゴルダガ兵が多いけど味方もいる。
上は騒がしいけど、ここは妙に静かだ。
アルタイル軍はここが急所だと知らないから増援はない。
しかし、ゴルダガは砦の出入り口を一箇所、急襲されたわけだから敵を殺しに来るはずなのにその気配はない。
その時、後方の六つ柱方面で爆発音がした。
と思ったら、頭上でも似たような音が鳴り、前方に石が雪崩のように落下してきた。
何がどうなっている。鳥のように飛べて、空から状況を把握できたらいいのに。
鳥か。鳥が飛び去るように逃げようか。
俺はこの部隊に入れられて捨て駒にされたわけだから、このまま一人でアルタイル方面へ逃げて、そのままサシャのところへ帰る。なんて甘美な誘いだ。
逃亡兵は死刑なんて言うけど、軍は俺なんかの生死を把握なんてしないだろう。突撃して囮になれという部隊に放り投げたからなおさら。
靴磨きの仕事がなければゴミ漁りに戻るだけ。持ち物なんてほぼないから簡単にやり直せる。
でも——
『生き延びろ』
俺は叫び声が交錯する砦を見上げた。
この先に、あのフィラントがいる。
国のゴミみたいに育った俺を「国の宝である若者」と評し、生きろと言ってくれた。
殺してやる。
出会ってまだ一日も経っていないが、フィラントは俺の兄貴分だ。兄貴を殺そうとするやつは殺す。
浮浪児は信頼で仲間——家族を作る。それもわりと一方的に。
俺はこれまで、そうやって生き延びてきた。
生きるために手を汚してきたけど、仲間を見捨てたことはない。
逃亡兵になってゴミ漁りをするより、ゲルダの丘奪還の立役者の一人の部下がいい。きっと儲かるだろう。
俺の儲けはサシャに返すものだ。今頃、彼女は飢えや冷えに苦しんでいるかもしれない。
この砦をゴルダガから奪還しないとならない。そうでないとサシャにゴルダガの魔の手が伸びる。
下っ端兵には、弱きを守るみたいな奴もいるようだけど、上層部は理不尽のようだからサシャみたいな若い女は捕まったらきっと酷い目に合う。
そうして、俺は砦に続く階段を登ることにした。
この先も地獄だろうと、既に地獄の住人だから構わないと。




