死にたがる者
フィラントたちを追いかける間に、敵の衛生兵の死体を見つけたので荷物を拝借した。
死体ばかりなので、フィラントたちは衛生兵すら関係なく敵を殺して進んでいるようだ。
薬などは貴重なのに放置するとは、敵も味方も混乱している。
荷物でさらに衛生兵らしくなった。次に敵と遭遇したら、さっきよりも相手を騙せるはず。
しかし、敵と会っても誰も俺の所属を聞かない。呼び止めもしない。
上から来るのは怪我人を運ぶ敵で、煙と俺の小ささのせいか、存在を無視している。
下からどっと敵が来た時は焦ったが、「アルタイルの死神を討て!」という掛け声に従って声を出し、吐きそうな緊張で嘘をつき、衛生兵だと信じさせ、前に進んだ。
「なんだあの馬にあの強さ……」
フィラントを見つけた時に、近くで敵兵が呻いた。彼は後退りした。
あの馬とは、砦から突き出す針のような杭より高く飛んで着地した黒毛馬のこと。俺もその跳躍には驚愕した。
あの強さとは、杭上に馬ごと乗ったフィラントが、その瞬間に槍で次々と敵を薙ぎ払ったこと。
おまけに、あまりにも速い突きが、次々と敵の顔面や馬の目を潰す。
かと思えば、飛んできた弓矢を反対の手で握る剣で壊した。
死神騎士の前には死が横たわり——それはまさにこれだ。
フィラントが敵を排除して道を作り、そこに部下たちが合流していく。彼らも強い。
敵は圧倒的多数なのに、フィラントたちが押しているように見える。
「すげぇ……」
煙で視界が悪くなっているのに、敵の弓矢はフィラントの剣で払われて届かない。
と、思ったけれどフィラントは無数の矢で狙われた。敵の弓部隊に参謀が突撃する。
ほぼ同時に、フィラントの前に味方が飛び込んだ。彼も馬も盾のようになって矢だらけになった。
この距離でも肉に矢が突き刺さる音がした気がして、目の前が暗くなった。
「ハウザー!」
フィラントが悲鳴のような声を出す。
「死神を殺したきゃ冥府の神を連れて来い!」
それは、まるで雷鳴のように轟く叫びだった。
「神の微笑まないゴルダガなんかに呼べるものか! 一人でも多く死ね!」
「すまないハウザー!」
「行けフィラント! 全部ぶっ壊せ!」
フィラントの馬がハウザーを置いて進む。参謀たちも後を追う。
弓矢だらけのハウザーはまだ暴れ、さらに敵の餌食になった。
見知らぬ人間の死体でもドロドロした嫌な気持ちになるのに、ハウザーは夜明け前に一緒に笑い合った男だから吐きそうだ。
足から力が抜けて膝をつきそうになったけど、踏ん張った。
『死神騎士の前には死が横たわり、背後には死を求める者が集う』
あの噂話は多分、こういうことだ。
俺たちに「頼む」と言った名前の知らない彼も、ハウザーも、死神騎士のためなら死ぬ覚悟を有していた。
「ハウザー!」
別の味方が彼の応援に駆けつける。参謀が遠ざかりながら弓矢を放ち、次々と敵の弓矢部隊を討っていく。
混戦だし、敵のほとんどはフィラントを追っていく。
俺は敵の装備をなるべく捨てて、ハウザーのところへ向かった。どう考えても手当は間に合わないけれど、立派だったと讃えたい。
途中で大きな板を拾ったので持っていった。
フィラントたちや参謀がこの辺りの敵を減らしたから移動しやすい。
昨夜、顔は見たけど名前を知らない幹部の一人がハウザーの手を取っている。
その近くで別の兵が「全部終わってからにしろ」と怒鳴った。
「あ、あの! 同じ部隊のマルクです!」
ハウザーの近くにいる二人はどちらも怪我をしているので、衛生カバンを見せながら叫んだ。
「もじゃもじゃたちが合流することを忘れていた」
「おい、もじゃ犬、他の子供は死んだのか?」
戦場の真っ只中でもこんな風に呼ばれるとは。
「はぐれたから分かりません。キースさんに、敵兵のふりで第二部隊が本命だと言いふらせって言われてここまできました」
「通りで敵が予想よりも少ないわけだ」
鷲鼻男に、よくやったと頭を乱暴めに撫でられた。 オルトに殴られた傷が痛んだけど、触れられた頭も胸も熱くなってそこまで気にならない。
「いい盾を持っているな。俺の前に乗って下からの攻撃を牽制しろ」
馬なんていないと思ったら、彼は俺を掴んで走り出した。もう一人も俺たちについてくる。
上官の盾になって死んだハウザーを労えなかった。せっかく薬や包帯を持っているのに、誰の手当ても出来ていない。
それだけここは死が近い場所で、戦うしか生き残る道はないのだろう。
上にいかないでなぜ下と思ったら騎兵がいた。
怯えて上手く動かない馬をいなしていた兵から馬を奪うと、俺たちは上に向かって進み出した。
「先輩はなんて名ですか!」
「ザインだ! もじゃ犬! 防御の一部を任せたぞ!」
ザインも強いようで、敵を次々と剣で切りつけて倒した。
あっ、斧。
視界の端に見えた刃をとっさに木で受け止める。
厚い木の板が壊れ、肩が抜けて飛ばされるような衝撃に襲われる。
目の前がチカチカしていたら、「助かった!」と片腕で抱きしめられた。俺は今、息をしていない。吸えないし吐けない。
「そうだ、しがみついてろ! 良くやった!」
意識がハッキリしてきた頃に、フィラントたちに追いついた。
フィラントは馬から降りて、馬を軽く撫でているところだった。「会えた」と感激していたら、ザインに馬から降ろされた。
「フィラント! 多分これが例の印だ!」
参謀が壁の何もないところに触れている。
「俺がぶち壊すから瓦礫や死体を運んでこい!」
隠し通路は本当のようで、フィラントが蹴り飛ばした石の壁は壊れた。
石の壁はイミテーションだったのか、現れた通路には石だけではなく木片が散乱している。
この砦はアルタイルのものだから設計図か何かが国にあったとして、国防のために秘匿するもの。
よくもまあ、捨て駒部隊にこの情報が流れてきた。
やはりユース王子はバカ王子ではなさそう。王都にいるのに、忠臣のフィラントたちのために、どうにか機密情報を届けたのだから。
「もじゃ犬! もう回復しただろう! ぼけっとしてないでお前も通路を隠すものを運べ!」
ザインに背中を軽く殴られた。
「あっ、はい!」
「フィラント様! しんがりと目眩しは俺に任せて下さい!」
その時だった。戦場でそんなことをしたら死ぬというのに、俺はつまずいて転んだ。
首にかけていた、流行病で死にかけた時にサシャがくれたお守りが、何かに引っかかって千切れて転がっていく。
慌てて立ち上がって追いかけて、敵が集まってくる場所だと気がついて慌てた。
しかし、時すでに遅く、剣を振りかぶったゴルダガ兵が目の前にいた。
頭と腕に痛みが走ったその時、目の前の兵士の頭に横から弓矢が突き刺さった。
後ろに引っ張られて、ぼやけて歪む視界の向こうで黒い塊が揺れた。
「しっかりしろ! 今、手当してやるからな!」
頭がグワングワンする。痛みで呼吸が荒い。
恐怖と絶望の中で、フィラントの声だけが穏やかで優しい気がした。
「フィラント! 構っている暇はないぞ!」
視界がはっきりしてきて、まるで世界の時間が止まったかのように、背後から何かが飛んでくることを視認できた。
——この人を守らないと
この後の記憶は曖昧だ。右腕がやたら熱くて痛いことはハッキリと覚えている。
痛みの中で、「死体の下で死んだフリをしていろ」と言われたこともぼんやりと覚えている。
それから、煌めく黒紫色も。
『助かった。死ぬなよ』
あの悲痛そうな声や、頬を濡らした冷たさは幻だろうか。それとも……。
死体の山の下で、重さや臭さ、怪我の痛みで苦しんで疲弊していたら、味方の兵に助けられた。
その時にはもう太陽が世界を照らしていて、誰かの背中におぶられながら、こんなことを思った。
(太陽……色は違うけど……フィラント様の目はあれだ……)
隠し通路の入り口近くにザインの亡骸があり、知らない兵が号泣していた。
ザインは通路に背中を向けた状態で、前側に弓矢だらけで心臓あたりに剣が刺さっていたので、背中を守ったのだと伝わってくる。
彼も俺と同じで、死を求めたのだろう。最後まで生きると強く決意しながら。
こうして、俺は捨て駒部隊に放り投げられたけど生き延びた。
ゲルダの丘奪還の立役者、フィラント・セルウスの部下の一人として。
野戦病院行きになり、そこでそのことを教わった。
死神騎士がまた英雄的活躍をしてくれた。あの砦を取り返すことができたから、アルタイルは侵略者のゴルダガを追い払えるだろうと。




