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05.「魔の森にて。どうやら僕たちは、早速囲まれてしまったみたいです。」

 『魔の森(イービルウッズ)』。それは、瘴気に溢れる魔界の森……。

 『魔の森(イービルウッズ)』。それは、何人たりとも足を踏み入れてはならぬ、魔の領域(テリトリー)……。


「小さい頃からそうやって、教え込まれて来たってゆーのに……どうして、こんなとこに来てしまったんや……!」


 馬車の先頭、御者席に座る獣人の少女、スィーファは、一人悲嘆に暮れていた。


 いかに鉄壁を誇る『鉄壁ウサちゃん号』と言えども、鋼鉄に覆われているのは、後ろのキャビンだけ。御者席には、身を守る壁は無いのだ。

 必然、御者席で手綱を握るスィーファは、危険地帯と言われている『魔の森(イービルウッズ)』の中にあって、生身を晒さざるを得ない。


 これは思ったより、こ、怖いわ……。

 いつ魔物が飛び出してくるか分からんし……。


 ぷるぷると、怯えたようにスィーファの"ケモノ耳"が震える。

 目の前のお馬ちゃんも、心なしか怯えているように見えた。


「アカン、こういう時こそ、ポジティブ思考(シンキング)やっ! ウチにはこの、"魔物の縄張り"つきの地図があるんやっ!」


 そしてスィーファは懐から、折りたたまれた古ぼけた紙を取り出す。

 ところどころ色褪せて、時代を感じさせる代物だった。


「あのユリティアさんから、こんなものが貰えるなんて……なんや、意外と良い人やん、あの人も。ちょっとばかし、怖いとこもあるけど……」


「とにかく、この地図だけが頼りや……ちょっとでも道を外れれば、魔物に囲まれてまう……! これは気合いれて行かんと……!」


 そしてスィーファはキリリと表情を引き締めると、手綱を握る手に力を込める。

 乗り手の不安は、馬に通じる。だからこそ、ウチがしっかりせんと……!


 そしてトーヤ達を乗せた馬車は、深き森の中を突き進むのだった……。



  ◇



 馬車が魔の森(イービルウッズ)に突入してから、しばらく経過して。

 僕たちは改めて、魔の森の異様な姿に圧倒されるのだった。


「何なんだ、この森は……あれが、木、なのか……? デカすぎるッ……!」


 レオが、呆然とした様子で呟く。

 ――とにかく、全てがデカい。

 馬車の窓ガラス越しから見ても、それは明らかだった。


 まるで、小人にでもなった気分だった。

 ちょうど今も、異常成長した巨大な大樹が窓の外に映っている。


 幹の太さも、僕たちが見てきた木々と比べて数倍も大きい。おそらくここまで成長したのも、常に濃厚な瘴気を吸っているからだろう。


 本来瘴気は、魔物のエネルギー源だ。僕たち人間は瘴気を取り入れても、エネルギーには変換されず体外に排出されてしまう(中には瘴気の影響で、体調を崩す者もいる)。


 生命には根源的に二つの『属性』が備わっている――とは、確か古いエルフ族の哲学者の説だったか。

 その言説によれば――僕たち人間は、光と闇、二つの属性のうち、光の属性に適応した生命体なのだそうだ。


 元々は光と闇、両方を備えた生命体だったが、進化の過程で光の属性を選択し、闇の属性に関する器官は衰退してしまったのだという。

 また、瘴気によって体調を崩すことがあるのも、その衰退してしまった器官が悪さをしているのでは、とも。

 

 この異常成長してしまった大樹も、さしずめ長い年月を経て、闇の属性に適応した個体と言えるのではないだろうか……。


 さっきまで魔の森にワクワクしていたレオも、魔の森の脅威が露わになるにつれて、どんどんとトーンが落ちていく。

 

「へぇ、結構怖がりなのね。さっきまで、あんなにはしゃいでたのに……」

「いやいや、何事にも、限度というものがあるだろうッ……!? 君たちが落ち着きすぎなんだっ。どう考えても、ヤバい場所じゃないかっ……」

「まあ、ヤバい場所なんて、もう慣れっこですから」

「……トーヤ、君は相当な人生を歩んできたんだな――って、わわっ!?」


 ――ガタン! 突然、馬車が揺れる。


「アカン、魔物やっ。かち合わんうちに、大急ぎで逃げるでっ!」

「スピードを上げるでっ、しっかり掴まっときやっ!」


 馬の嘶きと共に、馬車がスピードを上げる。

 ガタガタと車内が揺れる。

 そしてバランスを崩したレオは、何か掴む物を求めて――隣に座っていた僕にしがみつくのだった。


「~~~~っ!」

「大丈夫? レオ」


 レオは何とか僕の肩にしがみついて、椅子から投げ出されずに済んだようだ。

 一応、レオに声を掛ける僕だったが……なぜかレオは、顔を赤くしていた。


「ふふっ、大丈夫だ……これはただの、不可抗力……っ、何てことないさ……」


 いや全然、大丈夫じゃなさそうだけど……。

 なんだか、息が荒い気がするし……。

 ……でもまあ、本人が言うのなら、きっと大丈夫なのだろう。多分……。



 そして――。

 その後も、目まぐるしい展開の連続だった。


 魔物を避けるために、猛スピードで森の中を突き進む馬車――

 道なき道に、急カーブ。そして、弾む車体。その度に馬車の中にいる僕たち三人は、揺れる車内で目が回りそうになるのだった。


 しかしその甲斐あってか、どうやら魔物から逃げ切ることに成功した……。

 ……その、はずだった。


「な、何やあのデカい化け物……! い、イノシシ……!? それに、あの数……! どういうことや、ここは縄張りの外のはずやろ……!?」


 大きく開けた、森の中の広場のような場所……。

 巨大の木の陰に、その化け物の巨体が覗いていた。


 ――それは、一般的な個体の五倍以上の身体を持つ、巨大な猪(ジャイアントボア)だった。


 僕の脳裏に、異常発達という言葉が浮かぶ。

 あのジャイアントボアは、この森の瘴気を取り込んだんだ……!

 そう、この大樹と同じように……!


 その異常個体(ミュータント)の周りには、取り巻きと思しきワイルドボアたちが、同じく僕たちに対し、威嚇行動を取っている。

 ぞろぞろと木の陰から姿を現す、ワイルドボアの群れ……。


「あわわーっ、囲まれてもーたぁっ!」


 そして魔の森(イービルウッズ)に、スィーファの声が響くのだった……。

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