04.「魔の森の入り口。そして、男装少女はひとり悶々とする」
――ガタン、ゴトン。
――そこは静かな林の中。
森と呼ぶには少し疎らに木々が立ち並ぶ、林の中である。
そこには木漏れ日が差し込み、けもの道を照らし出していた。
所々に生い茂る草花を踏みしめて、馬車は林の中を進んでゆく。
この林を抜ければ、目的地の『魔の森』は目の前だ。
それにしても……やけに静かな林だった。それも、不自然なほどに。
それもそのはず、聞こえて然るべき音が、そこには無いのだ。例えば、野鳥たちのチュンチュンという囀り。小動物たちの、カサカサと草木を踏む音。
――そういった音が、この林からは聞こえてこない。
「……なんだか、不気味な場所ね」
「そうだな……ここは静か過ぎる」
やはりリゼとレオも、異変を察知したようだ。
この森の、ただならぬ気配……その元凶に。
そしてそんな二人に挟まれた僕は、窓の外を見つめて、静かに呟く。
「……動物たちも、本能で理解してるんだ。ここから先は、魔物たちの『領域』だってね」
そしてその直後――馬車は林を抜け、一気に目の前が開けてくる。
まるでそこは、何かの緩衝地帯かのようだった。木は生えておらず、草が生い茂る草原が遠くまで広がっている。
そしてその向こう側に、それはあった。
「……! あそこが森の入り口みたいだ」
僕は指差す。一本の道が、深い森の奥へと続いていた。
その姿はまるで――森という巨大な生き物が、獲物を求めて大口を開いているかのよう。
生い茂る大樹の影で、森の中は薄暗く、道の先を見通すことはできない。
しかし……森はかなり先まで、続いているのではないだろうか。
それがただの森でないことは、すぐに分かった。
――あれが、これから僕たちの目指す、『魔の森』……!
目の前に広がる異様な雰囲気に、僕は思わず身構えてしまう。
何より一目で分かる、禍々しい雰囲気……それは、森の奥から漏れ出して来る、"瘴気"によるものだった。
瘴気とは、ダンジョンの最奥に存在する核、所謂『ダンジョンコア』によって生成される、負のエネルギーのことである。
魔物はこの瘴気をエネルギー源として、生命活動を行う。
故にこの『ダンジョンコア』を取り除き、人類の生存圏を拡大させることこそが、勇者がダンジョンに挑む究極的な目的なのだ。
しかし……厳密に言えば、『魔の森』そのものは、ダンジョンではない。
それよりも、ずっと危険な代物――内部に複数のダンジョンを内包する、天然の巨大迷宮なのである。
「あれが、魔の森か……! なるほど、森全体から禍々しいオーラを感じる……」
目の前の光景に、レオが驚嘆の声を上げる。
レオだけじゃない。僕も座席から身を乗り出して、レオと一緒に窓の外を食い入るように見つめていたのだった。
◇
(しかし、それにしても……)
『魔の森』を目前に迫る、馬車の中――。
トーヤとリゼの二人が『魔の森』に注意を向ける中で、レオは一人、居心地悪そうにモゾモゾしていた。
その原因は……隣に座る中性的な美少年、トーヤ・アーモンドだ。
小さな馬車の窓から外を見るために、トーヤとレオは体を寄せ合い……二人の体はピッタリと密着していた。
――ドクン。身近に迫るトーヤの体に、レオの心臓が高鳴る。
(こうグイグイくっついて来ると……嫌でも意識せざるを得ないな……)
普段から男装に身を包み、『麗しの貴公子』と持て囃されてきたレオであったが――中身は年頃の女の子なのである。
レオから見て、トーヤの異性としての魅力は、充分以上――そんなトーヤがピッタリとくっついて来るのだ。意識しない筈がなかった。
胸が高鳴る。ドキドキする。こんな経験、レオは初めてだった。
レオは、顔が火照るのを自覚する。窓ガラスに反射する自分の顔は、恥ずかしいぐらい真っ赤に染まっていた。
もしこんな顔を見られたら……! そんな妄想が、レオの羞恥心を一層に煽る。その結果、余計にレオの顔を赤くするのだった。
そんな風に、一人悶々とするレオだったが……一つだけ、不満があった。
(私がその、ドキドキしているというのに……トーヤ、どうして君は平然としているんだ……!?)
確かに、今の私は男装だ。
それに、トーヤは普段着のレオを見たことがない。それも承知している。
サイズも形も人並み以上、そんな胸をコルセットで無理矢理押さえ込み、完璧に美少年として偽装している。
けど、そんな私の偽装を見破ったのは、他ならぬ君ではないか……!
それなのに――!
(……これではまるで、男友達みたいな扱いではないか……! まさか、私が女だということを忘れているんじゃないだろうな……!)
(わ、私だって、女の子なんだぞ……!?)
正直、私は……っ!
トーヤ、君に女子であることを見破られて、ドキドキしていたんだぞっ……!
女であることを知られることは、私の正体に近づかれるのと同じこと……
それだけは、絶対に避けなければいけないのに……私は、君という人が現れたことに、悦びを覚えていたんだ。
それなのに――!
トーヤ・アーモンド……君はどこまで私を翻弄するつもりなんだ……!
そうやって、レオが一人ヤキモキする中――そして馬車は遂に、魔の森へと突入するのであった……。




