1:春〜Spring〜
私は今でも覚えている。
私の気持ちを伝えようか否か迷った挙句、気持ちを伝えた時のあなたのリアクション。
飛び上がって驚いていたっけ。
私はその時の事を思い出す度に、今でも思わず吹き出してしまう。当然、今でも二人の話しのネタにもなる…。
六年前、私はピカピカの社会人一年生だった。
不安と緊張でいっぱいながらも、何もかもが新鮮な毎日を送っていたある日、私は上司からこう言われたのだった。
「ここの部署には、色んなチームがあるんだ」
そう話しを切り出すと、上司は組織図を私に見せた。
…確かに7つのチームがある。
私が配属されたチームと同じような仕事をしている所もあるけど、後はてんでバラバラな仕事内容だ。
「本当に、色んなチームがあるんですね。仕事内容もそれぞれ違いますし…」
私は上司に言葉を返す。上司は頷くと、
「各チームがどんな仕事をしているのかを知ってもらうために、来週から一週間ずつ、研修生として各チームを周ってきてほしいんだ」
「はい。わかりました…って、え!?」
上司の前ということも忘れ、私は動揺した声を上げた。
えーっと…全部のチームの仕事を覚えてこいって事デスカ?
私は急に不安になった。相当不安そうな顔をしていたのか、上司はニコッと笑うと、
「いやいや。何も仕事を全部覚えてこいってわけじゃないんだ。『ああ、このチームはこんな事をやってるんだな』って大まかな事を知ってもらえればいいからさ」
「あ、そうなんですか…。わかりました」
かくして、私は各チームを研修生として周る事になったのだった。
そこで出逢ったのが
「彼」だった。
私は正直、彼にいい印象を持たなかった。
(何このヘラヘラした人…)
これが私の、彼に対する第一印象である。
でもそれは、チームのみんなといる時だけで、仕事に取り組んでいる時の表情は、真剣そのもの。たまたま一緒に仕事をする事になって、私は彼のギャップにとても驚いて…。
丁度、彼のいるチーム内で仲良くなった人がいて、研修が終わった後も名目上は
「仲良くなった人に会いに行く」という口実で、彼のいるチームに遊びに行くようになった。
少しずつだけど、話すようになっていって、彼が博識な面があることを知って、それに加えて教師のような気質を持っているようで、私に会社内の色々な事を教えてくれた。
そして何より、とても優しい人だった。
彼の色んな面を知っていく内に…
私はだんだん彼に興味を持つようになっていった。
彼に好意を持つ決定打となった出来事がある。
私がチームの信用を落としかねないミスをしでかしてしまった時の事だ。
少しずつ仕事に慣れ、色々と任されるようになった矢先の事だった。
上司は激怒。チーム内の先輩方にも大きな迷惑をかけてしまい、私は本気で落ち込んだ。
もう、仕事を辞めようかと思ったくらいに。
その事を彼に打ち明けた時の事だった。
彼はふっと笑うと、私にこう言った。
「なあんだ。その程度の事なのね」
私はかなりムッとした。私は思ったことがモロに顔に出るタイプだ。
私の反応を見た彼は、いつもの先生が教え子に何かを教える様な表情になる。
「私は新人の頃、工場のラインを止めちゃったことがあるんですよ。
『ラインを止める』ってことは、どういう状態になるかわかる?」
私は少し考えた後、ぎょっとして彼を見た。
そして、答えを口にする。
「ラインを止めちゃったって事は・・・。後の工程を担当している方々、あと・・・販売店やお客様にも迷惑をかけたって事ですか?」
「正解」
そう言うと、彼はにこっと笑った。
「それに比べれば、あなたのやった事なんて大したことじゃないでしょ?」
彼には申し訳ないけど、私は頷いた。
「あとね、もうやっちゃったことはしょうがないんだよ。落ち込んでいても何も事態は動かないでしょ?」私は再度頷く。
「じゃあさ、失敗したことを責めるよりさ、どうやったら失敗を取り返していけるかを考えようよ。私も一緒に考えるからさ」
その後、彼は連絡先を教えてくれた。
その日の夜。
私は正座なんぞをしつつ、一度深呼吸。
恐る恐るといった感じでメールを送った。
そこから先は、深夜に至るまでメールでのやり取りが続いた。
彼は以前、私と同じような仕事をしていたらしく、経験を基に色々とアドバイスをしてくれた。
私は何度もメールでお礼の文章を書き、翌日に備えた。
(何とか出来る気がする)
そんな気がした。
私が犯したミスは、何とか二日で取り返すことが出来た。
どうやら上司が思っていたよりも早く事が済んだらしく、逆に今度は
「よくやった!」と誉められてしまった。
「・・・・・・・」
何とも形容しがたい表情をしていたらしく、先輩方は私の顔を見て苦笑していた。
「素直に喜べよ」
普段あまり口を聞かない先輩が、一言だけ私に言った。
その一言で、私はようやく笑顔を取り戻せたのだった。
その事を報告しに、彼のところに私は向かった。
私から事の顛末を聞いた彼は、ほっとした表情を浮かべた。
「良く頑張ったじゃん。大したもんだよ」
「そんなことないです。私一人でやったわけじゃないし・・・」
私の言葉に、彼はふっと笑った。
「あのね。仕事っていうのは一人でするものじゃないの。皆と協力しあいながら一つの仕事を仕上げていくの。うちの商品を作る時だって、一人で作っているわけじゃないでしょ?
時にはヘルプを出すことも必要なの。OK?」
私は目からウロコ状態だった。仕事って一人でするもんだと思っていたから・・・。
何とか頷いた後、また取りとめのない雑談に、話は戻っていった。
私は否応なしに気づいてしまった。
私は、何かを教えようとする時の彼の表情が、好き。
優しい笑顔が、好き。
もっと一緒にいたい。もっと彼のことを知りたい。
彼が、好き
この気持ちは、日を追うごとに、どんどん加速していった。
そして、
ある日、完全に気持ちが臨界点を突破した。
本当に、唐突に。
理由は正直覚えていない。
あえて言うなれば・・・。
その日もいつも通りの軽い雑談をしていた。
その雑談は、いつの間にかお互いの名前の事になっていた。
余りに彼のチームに通いすぎた為か、丁度彼のチーム内での私のあだ名が決まったからだ。
「『イサコ』って呼ばれてるけど、下の名前、何ていうの?」「『勇子』って言うんです。『勇ましい子』って書いて。あだ名はもうまんまって感じです」
笑いながら私は答える。
「へえ〜。『名は体を表す』って言うけど、確かに似あってる名前だよ」
「・・・何か引っかかるところがありましたけど、父に伝えておきますね。**さんは何て仰るんですか?」
「俺?『優しい』って書いて『優』。なんの面白みもないでしょ?」「そんなことないですよ!そちらこそ『名は体を表す』って感じで、優しそうな感じじゃないですか!」
私の言葉に、彼は心底驚いたような表情を浮かべた。
「え・・・?そうかな?そんな事言われたの、初めてだよ」
・・・今だから白状する。
私は名前を誉めるクセがある。
これは伯父から教わった、一つのテクニックと言うべきか・・・。
伯父は飲み屋さんを経営している関係もあって、とても話し上手だ。
曰く
「名前を誉める」と言うことをすれば、後々何かとコミニュケーションを円滑に進めることが出来るらしい。ここから先はある程度勉強しないとわからないことだけれど、苗字を見れば、どんな家系・出身等がわかってしまうらしい。
はい、一つ豆知識でした。
早速そのスキルが活かされたと言うわけで・・・。
「?そうなんですか?」
私はあえて不思議そうな表情を浮かべる。
彼は渋い顔になると
「俺、昔名前のことで散々からかわれた事があってさ。あんまりこの名前、好きじゃないんだよねー」苦々しく言った。
「えっと…失礼ですけど、何て?」
「さる、さるって…」
「あー・・・。と、とにかく、私のことは『イサコ』って呼んで下さい!」
ますます渋い顔をした彼にフォローする言葉が思いつかず、取り繕うように言った。
だが、次に彼の口から出てきた言葉は、私の度肝を抜くものだった。
「えー。
どうせだったら本名で呼びたいよ。『ゆうこ』ちゃんって」
「・・・え!?」
私絶句。頭フリーズ。
ナゼですか。
ナゼにこんなにさらっと言えてしまうのですか?それに何で私はこんなに心臓バクバク言ってるんですか!?
あー・・・。何かもう・・・。えーと・・・。うん・・・・。あい?
訳のわからない自分自身への問答を繰り返していると、昼休み終了5分前のチャイムが鳴った。
何故か私はその音に、気持ちが急かされた。
『この気持ち、伝えなきゃ』って。
「あのっ・・・!」
気がつくと、彼に声をかけていた。
「ん?」
普通すぎる反応に、一瞬私は躊躇した。今言うべきなのか、それともやめておくべきなのか・・・。
でも、時間がない。
何故そう思ったのかよくわからなかったが、迷いを振り切って、私は思い切って彼の耳元で言った。
「・・・好きです」
その後の彼の反応は・・・。
冒頭でも記した通り、飛び上がって驚いていた。呆然と私を見ている彼を尻目に、私は逃げるように自職場へと戻っていった・・・。
仕事をしているんだかしていないんだか、実に曖昧な気分で終業し、退社する。
駅のホームで電車を待っている時に、ポケットの携帯が振動した。
ディスプレイを見ると・・・彼からだった。
心臓が跳ね上がるって表現がよく本にあるけど、きっとこんな感じなんだろうなぁ・・・。
ドキドキ恐々しながらメールを開く。
件名:さっきは…
本文:
本当にびっくりしたよ。少し考えてみたけど、私も好きです。本当はちゃんと会って伝えたかったんだけど
仕事が忙しくて・・・。
私は一瞬、何が起こったのか、わからずに呆然としていた。
やったぁ!・・・違う。嬉しい・・・・・違う。
あ。
ま、マジデスカ・・・?・・・これだ!!
ようやく動き出した頭をフル回転させて、返信する。
件名:ありがとうございます!
本文:
一瞬、頭がフリーズしました(笑)
本当に嬉しいです。
高鳴る胸と気持ちを何とか抑えて、こう返すのが精一杯だった。
彼から返信が来たのは、私が自宅に帰宅してからだった。
その後は、
「改めまして」ということで、メールで自己紹介。
名前と趣味、好きな食べ物、好きな音楽etc...
実は彼も私に対していい印象を持っていなかったと知り、爆笑したり・・・。
どうやら彼は、私の事を取っ付きにくそうな子だと思っていたらしい。
…そんなに睨みが効いてたのかしら?
思わず鏡を見てしまったことは内緒だ。
ともあれ、ここには書ききれないくらいのことを、いっぱい話した。
そして
私は彼を
「優さん」
彼は私を
「勇子」
こう呼び合うようになった。
彼は呼び捨てでもいいって言ってたけど・・・年上だしね。
・・・え?
何故メールで自己紹介する必要があったのかって?
うん。確かにその質問、的を射てますね。
普通なら、おのずと知っていくものだと思うけど・・・。
えーとですね・・・。
それは、ここまでの経緯が、私と彼が出会ってからたった三週間で至ったからなんです・・・。
fin...




