憎しみという燃料
流血表現があります。ご注意ください。
やや短めです。
その戦いを、私は黙って見ていた。
「……俺は、お前を、止める!」
ぎらりと瞳に炎を宿す少年に剣を突き付けられ、対峙した少年は青いマントを翻して魔法陣を描いた紙を取り出す。
魔法闘技大会の会場は熱気に包まれていた。今年は他の追随を許さない学年一位と二位の二人が出場していないため、決勝までどのチームが勝つか分からない大混戦になっていたのだ。
この競技では事前に魔力を溜めておいた剣や杖など、学校指定のもの、または申請しておいたものならば何を使ってもいい。その代わり、単なる力押しではなく魔法を使った作戦を練っているチームがより評価される。単に勝てばいいわけでもない、今日一番の花形競技である。ちなみに、午前と午後に時間を区切って一回戦と二回戦があり、その合間合間に先程ターナス様が出た技芸会など、ちょっとした競技も行われている。
そして、決勝戦。全ての試合を勝ち抜いたのは、意外なことに二組とも一年生を先導者とした新参チームだった。
勿論この予想を超えた展開に、試合に参加していない生徒たちも大興奮で観客に徹している。特に、チームを先導する一年生二人には、大きな注目が集まっていた。
けれど、この戦いにこめられた彼ら二人の意志まで知っている者は少ない。
友を想う者と、それを振り切ってでも復讐を成そうとする者。
イビールとジャン。因縁の対決、と言って良いだろう。
からん、と、硬質な音が響く。
「……止め!」
試合はイビール側のチームの敗北という形で終わった。
勝ったにもかかわらず、硬い表情で舞台から離れるジャンを、イビールは追う。
学園内、やや奥まった場所の林の中で、ふと彼らは足を止めた。
ジャンは探るような視線を巡らし、一つの木に目を止めた。
「……誰」
私はゆっくりと、木陰から姿を現す。
「……お前は……キーラ・カルバーナ」
「あら、私をご存知なのね。光栄だわ」
ふふ、と笑う。イビールに勝負を仕掛けさせた今、ジャンの体力は随分と削られている。
彼は後ろに立つかつての友に鋭い視線を投げた。
「……どういうことだ、イビール」
「彼を責めちゃ可哀想よ。彼はなあんにも知らないんだもの」
それに、イビールを責める権利がジャンにあるとも思えない。
彼は私に向き直り、唸るように言った。
「何が目的だ」
私はゆっくりと笑った。軽く首を傾げ、口元に指を当てる。
「そうねぇ。……私と、協力しないかしら?」
イビールが声をあげた。
「!カルバーナ嬢!?話が違っ……止めてくれるんじゃ」
「うるさいわよ」
「ぐ……っ!?」
私が軽く手で合図をすると、木陰から静かにキューズロンダ様が現れ、イビールを拘束する。
「……」
ジャンは冷めたように見える目でそれを確認し、再び私に視線を向ける。
私は首を傾げたまま、声を潜める。
「……ね、あなたのやったこと、隠してあげる。その代わり、私のために動いてよ。あなたの技術力に興味があるわ。悪い条件じゃないでしょう?」
にやり、と笑いかけた。
ジャンは、ゆっくりと瞬きをした。その眉がしかめられる。
「断る」
瞳に、強い色が宿った。意志の通った瞳だ。
「魔法使いと馴れ合うつもりはない」
まあ、そうだろうな。私は眉を下げて微笑んだ。
「……そう、残念ね。なら……要らないわ」
ゆらり、とジャンの足元に火が灯る。
地面は草だらけだ。燃やす材料に困らない。
「彼の者を、燃し尽くせ」
しゅるるる、と次々に地面が燃え上がり、ジャンを円形に囲んでいく。
ジャンは眉を寄せ、その青いマントを翻した。
その瞬間ぶわりと円形に広がった大量の黒い粒。
よく見ると、一粒一粒が意志を持って動いている。
―――虫、だろうか。
「水」
ジャンが小さな水滴を出す初級魔法を唱える。
その指でその黒い虫のうちの一匹に触れた。
「……?」
何をする気か目を細めて見ていると、散らばっていた虫たちがざわりと震えた。
ギシュギシュと奇妙な音を立て、触れられた虫を中心にして大量の虫たちが集まっていく。
大きな塊となったそれが淡く青い光を放った次の瞬間、虫たちは一斉に広がった。
青い光をまとった虫が、ジャンを囲む火に飛び込んで行く。
虫は燃えることなく、そればかりか次々に火を消していった。
見たことのない戦い方だ。
どうやら、最小限の魔力を最大限に引き出す仕組みが、その虫にあるらしい。
元々の魔力量の少なさもあるだろうが、なにより魔法使いを嫌悪している彼らしい戦法かもしれない。
確か先ほどの戦いでも、魔力をそう使わないでも済む魔法陣を使っていた。
「火」
一通り火を消した虫たちが、再び集束し、今度は赤い光をまとって襲ってくる。
「……ッ、燃やせ、燃え上がれ!」
私は直ぐに自分の前の草を燃やすと、炎の火力を強め、障壁を作った。
「水よ、蔦となり彼の炎を守れ」
不意に詠唱が聞こえて目をやると、キューズロンダ様が加勢してくれたようだ。
炎を崩さないようにしながら、水の蔦が障壁に絡みつく。
その意図は直ぐに分かった。
虫は、二つ以上の種類の魔力を同時に防げないらしい。
水に耐えた虫は火に、火に耐えた虫は水に倒れていった。
地に落ちた虫を見ると、金属でできているようだった。もしや、虫の形をした機械だったのだろうか。
ジャンは悔しげに眉間のしわを深める。
「1」と呟くと、奇妙な機械を取り出した。
どことなく、サゼーナの作った「闇魔法特化対策機」に似ている。
「……闇」
ぶわり、とその機械から太い紐のような煙が漏れ出し、闇魔法が増幅していく。ぴりぴりと肌を震わす魔力の量は、先程の虫の比ではない。
彼はゆっくりと機械を手放した。
そして彼の開いた手の中で、闇の魔力の煙が鋭い剣となり収斂していく。
辛うじて冷静さを繕っていたその瞳が狂気に光る。
真っ直ぐに私を見るその瞳に、強烈な憎しみが宿っているのが見て取れた。
私はそれを見て、こっそりとほくそ笑む。
「残火よ……芽吹け」
先ほど円形に彼を囲った炎の残りかすが、再び燃え上がる。ターナス様が技芸会で見せた、舞い落ちた葉が種となり芽吹く魔法から着想を得た方法だ。ぶっつけ本番だったが、何事も気合さえあればなんとかなるものだ。
彼は鋭い舌打ちをして、その手の黒い剣で薙ぎ払うように切る。炎はやや揺らめいたが、依然として燃え続ける。
予想通り、彼は先ほどの虫と同様に二種類以上の魔力を帯びられないらしい。ロードラーザ様ほどの力があれば別だが、機械を頼りに魔力を増幅しているらしいジャンの闇魔法では炎を打ち消すことは出来ないだろう。
しかしそこで、彼へ向けてかざしていた手が震えた。
「……っ」
がく、と膝が曲がる。彼を囲っていた炎の勢いがやや弱まった。魔力切れだ。
やはり、初めての方法をいきなり使ったため、魔力量の調整がうまくいかなかったらしい。
彼はその隙を見逃さなかった。すぐさまもう一度剣で炎を薙ぎ払うと、こちらへ駆け出す。
「……あああああああッ!」
その憎しみを、怒りを、恨みを、悲しみを、彼の中にある感情全てを瞳に滴らせ、真っ直ぐに向かってくる。
おそらく、私と、彼の母を殺した魔女を重ねているのだろう。
大きく振り上げられた剣が、鋭く光る。
私はそれを呆然と見上げ―――くすり、と嗤った。
彼が目を見開いたその瞬間、彼の黒い剣はざくりと斬った。
鮮やかな血が宙を舞う。
「え……」
小さく声を出したのは、ジャンの方だった。
ごふ、と血を吐く。
「馬鹿、野郎……」
イビールはにっと歯を見せて、ゆっくりと崩れ落ちた。
「イ……ビー……」
かすれたジャンの声は、最後の音を紡げない。
私は倒れたイビールだったものをちらりと見てから、ジャンに視線を戻す。
「あら、可哀想に。あんなに貴方を想ってくれてた友人を殺してしまったわね」




