人殺しという責任
引き続き流血表現があります。
とても短いです。
「可哀想に。あんなに貴方を想ってくれてた友人を殺してしまったわね」
血に染まった黒い剣先が、がたがたと揺れている。大切な友人を切り捨てた剣を握る彼の手は、可哀想なほど震えていた。
ジャンは、徐に首を振った。ゆるりと振る度、ぽたり、ぽたりと血が落ちる。
「は……?……違う……」
「違わないわよ。ふふ、どうしたの?そんなに怯えて。貴方は今までに何人も殺しかけたじゃない。今更何を怯えることがあるの。それに、真っ先に殺しかけたのがここにいる彼だわ。いえ……もう、ここにある、だったかしら」
くすくすと笑う。
ジャンはゆるゆると、ゆるゆると首を振る。青ざめた額を伝った汗が、剣の先に滴った血溜まりの上に落ちる。
「可笑しいのね。魔法越しだったら、貴方は罪悪感無く人を殺せるのに。……あら?それって、貴方のお母様を殺した魔女と、何が違うのかしら?」
「……ふざけるなあッ!!!」
彼の叫びと共に、再び剣が振り上げられる。
私は思わず舌打ちしつつ、周囲に目を走らせる。
―――まだなの?
焦りが表情に出そうになった、その時。
「充分です」
ジャンの後ろに影が降り立った。
「少々お邪魔しますよ。……あー、っと一応拘束しておきますね。貴方の意識は一応保っておいてもらえないと、戻れなくなるので」
地面からずるりと這い出た黒い蛇のようなものが、彼を後ろ手に縛った。足にも同じように絡みつく。
「はあ!?ちょっと、じゃあ貴方が戻るまで彼、正気のままなの!?私、散々煽ったのだけど!?」
「あー、まあ、大丈夫ですよ。そのうち落ち着きます。どうせ私が消しますし」
この野郎先に言え!……っと、いけない、また下町言葉が。嫌ね私ったら。
「では、意識の消えた私の体と意識のある彼のことは宜しくお願い致しますね」
苛立たしいほど爽やかな笑顔でひらりと手を振ったのを最後に、彼はぱたりと倒れた。
「このクソ男……」
私の心の声かと思ったら、キューズロンダ様の呟きだった。
「くそっ……ほどけ……っ!殺す、殺してやる……っ!!」
血走った眼で蛇を解こうと身をよじらせるジャンを、私は呆れた目で見る。
「馬鹿ね。殺されると分かって解く人間がいると思うの?」
私が言葉を発した瞬間、ジャンは恐ろしい目で私を睨みつけた。
「……っの女……!よくもイビールを……!お前だけは、絶対に許さない!」
「だから殺したのは貴方じゃないの。私だってこんな悪趣味すぎることしたくなかったわよ。でもこうでもしないと、貴方予想以上に意志が強くてロードラーザ様が潜り込めなかったし」
「ふざけんな!お前が……お前が盾にしなければイビールは死ななかった!」
「そうか?」
キューズロンダ様が口を挟んだ。
静かな言葉に、一瞬虚をつかれたような顔になったジャンは、みるみるうちに顔を険しくする。
「……何が言いたい」
「彼女が盾にしなくとも、彼は間に立ったと思うがな」
「はあ!?っざけんな、誰が好き好んで……!」
「彼はお前を止めただろう」
「……っ」
ジャンは思わずといったように口を閉じる。
「お前を人殺しにしたくなかった。だから止めた。そんな彼が、目の前で女性に剣をふるうのを、黙って見ていると思うか?いくら考えなしで性格の悪そうな女性とはいえ」
「え?今急に喧嘩売ったのかしら?」
絶対に必要なかった一言を付け足された気がした。まだ反対を押し切って前線に立ったことを怒っているのだろうか。魔女と重なるだろうから私の方が感情を揺さぶりやすいだろうに。意外とサゼーナ以外でも女性は尊重する性質らしい。いや尊重されてはいないな。
ジャンは、悔し気に顔をゆがめてキューズロンダ様を見ている。
「……そんなの詭弁だろう」
「詭弁だろうが、お前が彼をその手で斬ったのは動かし難い事実だ」
「そうだぞ。俺を殺したのはお前だ。認めろジャン」
「そっ……、……!?」
ジャンは言葉を止めてバッと顔を上げた。
木陰からかさりと音をたてて現れたのは、ジャンからすればいるはずのない人物だった。
ジャンは、血に染まり倒れ伏す彼と、傷一つなくぴんぴんしている彼を見比べ、混乱しきっていた。
「は……?なに、お前……イビール……!?」
「よお、人殺し」




