弱弱水属性の魔術師の嫁入り
かつて、この地は竜王に支配された土地であった。
そこに住まう人間は竜の餌として食い殺される恐怖と隣り合わせで暮らす日々。
ある時、突然変異のように強靭な肉体と高魔力を持った男が現れて、竜王を倒して人々に平穏を与えた。
しかしその代償に、彼、いや彼とその子々孫々末代まで、今際の竜王から呪われて、彼ら一族に生まれた者は人には過ぎたる魔力を持たされてしまった。
同じ場に居ればその強い魔力に当てられ誰も彼もが体調を崩し、身体は重圧に押し潰されるようで息も絶え絶えとなり、命を削るのだった。
が、いつの日か竜王がまた復活するやもしれないと、周辺国の王族は己の命をかけた約束、命約を交わし、彼の一族に順番に花嫁を送ることとなり、幾千年。
今代のドラコニア王国国王ヴァルレウス・デ・ドラコニアに嫁ぐのは、サクラメント王国の王女、アクアレーヌ・デ・サクラメントである。
今日はアクアレーヌが18の誕生日、成人を迎えためでたいその日に、最果ての地、ドラコニア王国へと旅立つと決められていた。
彼女を見送るその場に一人としてサクラメントの王族は居ない。
居るのは、親に代わり乳母として育ててくれたアニマと魔術師のウパだけ。
「アクア、アクアに神のご加護があらんことを」
「アニマ泣かないで。きっと大丈夫よ、なんとかなるわ」
嗚咽を洩らしながら涙を流すアニマと熱い抱擁を交わし、ウパに笑顔を見せて小さく頷いた。
「では、いざ行かん」
ウパはふうと小さなため息を一つ溢して、呪文を唱えると、ヒュンと風切り音が響いてドラコニア王国の城壁前へと転移したのだった。
「ウパ、ありがとう。お元気で長生きしてね」
「アクアこそ、アクアこそ、元気で居ておくれ。私の愛し子、可愛い弟子よ」
ウパが泣きそうな顔でアクアの頭を優しく撫でた。
「大丈夫よ、なんとかなるわ」
アクアがさっきと同じフレーズを呟くと笑顔で頷いて、またヒュンと風切り音がした後、そこに一人残されたのだった。
アクアレーヌはサクラメント王国の王女ではあるが、彼女は魔術師団の平民魔術師が生んだ庶子である。
竜王の呪いを纏ったヴァレリウスでに嫁ぐ為、王命によって生まされた、生け贄王女であった。
アクアレーヌは、国王と平民とは言え魔術師の子の割りに魔力は少なく、属性も水のみ。
彼女が使える魔術は、そこそこの広さの公園の木々に水を撒き、よくある大きさの噴水のある池に水を貯めるくらい。
いくら平民とはいえ魔術師ならば、高さ数十メートルくらいの水柱を数本を建て、濁流で敵を殲滅するくらいの水魔術を使う。
数人では在るが水魔法の上位互換である氷魔法すら使う者もいるのに、庶子とはいえ王家の血を引く筈のアクアレーヌは、スプリンクラーのようなもの。
だから、王女と言う肩書きは有れど王城には住まわされず、乳母の家に居候のように追い出され、自分の食い扶持くらいは働けとばかりに五つの時には、ウパに連れられて魔術師団の詰所の魔術塔で小間使いのような雑務をさせられていたのだ。
成人後に生け贄としてドラコニア王国の国王へと嫁入りさせる為だけの存在として、アクアレーヌはサクラメント王家の家系図にのみ名が刻まれていただけ。
まあ、なんとかなるでしょう、取って喰われる訳じゃ無し。
一人きりの嫁入り道中。
アクアレーヌは鼻唄を歌いながら、城門を抜け大通りをまっすぐ進み、丘の上にそびえるドラコニア城へと向かって軽やかに歩いて行った。
「何、もう一度言ってくれ」
城の門番から風魔法で来客を告げられて、ヴァレリウスは驚いて聞き返した。
国王ヴァレリウスは、持て余すほど多くを宿す魔力によって、他者を害してしまう故、大きな城に数人の使用人だけを置き、隠者のような生活をしていた。
母は自分を産み落とすと赤子の魔力に当てられて直ぐに亡くなり、父もまた人間の身には過ぎたる魔力によって若くして亡くなった。
溢れる魔力が故に短命な勇者の末裔ドラコニア家の者は、次代が生まれ落ちた時から命約した国々が輪番で伴侶を定めて寄越し、相手が成人すれば当然のように結婚して、次の世代に勇者の血を繋ぐことを求められていた。
その上、強い魔力に引き寄せられてドラコニア王国の周辺にだけ魔獣や魔物がウヨウヨと沸いて出て、反対に他国は魔物被害とは無縁であった。
ドラコニア家の当主は溢れる魔力で魔物を倒し続け、魔物由来の素材を輸出して国の経済を支え安全を担保していたので、ドラコニア王国民はみな安全で豊かに暮らしていたが、他国との往来は厳しく制限されており、所謂鎖国状態であったので、他国からは悪鬼蔓延る地獄のような呪われた地だと言われていた。
だから、その呪われた勇者の末裔へとの嫁入りは、生け贄と呼ばれ、嫌がられていたのだ。
「今、城の入口に閣下の嫁を名乗る、サクラメント王国の王女アクアレーヌ様がお着きです」
先程と同じ言葉を生真面目に繰り返す門番に、
「誰と来ているのだ」
眉間に皺を寄せてヴァレリウスが問うと、
「お一人です。国の入口前の城壁までは、サクラメントの魔術師に転移魔法で送られて、そこからここまで一人で歩いて来られたそうです」
心配がちな声でそう告げた。
どこの世界に護衛も侍女も付けずに王女を一人で歩かせる王族がいるのか、いやサクラメント王家がそれか。
先触れも無く突然一方的に送りつけるとは流石に礼を失している。
ドラコニア家の花嫁を称して、生け贄と呼んでいるのは当然知っていたが、この対応は余りに人をバカにしている、と憤慨した。
とは言え、随分の距離を一人歩いて来た、来てしまった者を聞いていないと放り出す訳にも行かず、とりあえず城内へと通すように指示をした。
この城に居るのは、門番とコックとハウスメイドだけ。
多くのことは、ヴァレリウスの魔法で済まされていた。
ハウスメイドのキャッシーに風魔法で応接室へと通してもてなすようにと指示を出し、案内しているやり取りを風魔法で聞いて、そろそろ一息ついた頃合いかと応接室に掲げられた大きく立派鏡から室内を覗けば、長い水色の髪を一つに結び魔術師のローブを纏った女が、満面の笑みを浮かべながら焼き菓子を頬張り、彼女の対面に座って同じように菓子を食べているキャッシーと楽しげに話している姿が映った。
「おい、キャッシー。丁重にもてなせとは言ったが、なぜお前まで一緒に食べている」
思わず低い声で問いかける。
「あら!?」
「まあ坊ちゃま、女子会覗きとかお下品ですわよ」
アクアレーヌは突如聞こえた男の声に目を大きく見開いて驚きの声をあげ、キャッシーは振り向いて大きな鏡に映る主に冷たい視線を投げ掛けた。
「の、の、覗き見だ、だ、断じて、これは覗き見ではない。そろそろ客と今回の来城の経緯を聞こうとしただけだ。あと坊ちゃまと呼ぶなといつも言っているだろう、く、悔い改めよ」
アクアレーヌは、漆黒の髪に、瑠璃色の瞳の美丈夫が、壁に掛けられた大きな鏡の中からあたふたと慌てふためく姿をにんまりと目も口も弧を描いた顔で眺めていた。
先程通された応接室で、一緒にお茶をしましょうよとお願いして、仕事中ですからねぇと遠慮するハウスメイドに心細いと肩を震わせて呟けば、気の良い彼女は慰労するように願いを聞いてくれていた所であった。
「まあまあ、ごきげんよう。サクラメント王国王女アクアレーヌ・デ・サクラメントでございます。
噂は予々聞いてらっしゃるでしょうが、王家の家系図に名前が載っているだけの名ばかり王女でございます。とは言え、この度の輿入れ、先触れも出さない非常識な対応、王家を代表して心より謝罪を申し上げます」
彼の顔が映っている魔道具の鏡の前へと進み、やり慣れないカーテシーをして、滔々と口上を述べた。
サクラメント王家がアクアレーヌの嫁入りに重きを置いていないことは知っていた。
取りあえず命約通りに嫁となる王女を送っておけば世界の平和は保たれると体面も整えずに言葉の通り置き捨てた今回のことは、さすがに相手を、世界の安寧を担っている勇者に対して、勇者の末裔でもあり現在の勇者であるヴァレリウス国王に対して、失礼が過ぎるというものだった。
「いや、あなたが謝罪をする必要は無い。これは王家と王家の契約に基づく問題で、もっと有り体に言えばあなたは、王家の都合に翻弄されている被害者だ。命約をあなただけに押し付けて感謝も尊敬も無いとは不条理極まる悪行。聞いていた話より更に酷い扱いだ。これ以降、私の庇護下に入る故、安心して心身を癒されよ」
鏡の向こう側、不敬にも呪われた勇者の末裔と呼ばれている男は、真剣な眼差しを向けてアクアレーヌを慮る言葉を告げた。
それは子供の頃より聞いていた、アクアレーヌの思った通りの人為りだったので自然と口角が上がってしまう。その顔のままで彼の顔をまじまじと見つめていると、
「な、何か」
不躾な視線にいたたまれ無くなったのか、戸惑いながた声をかけた。
彼ほど圧倒的な力を持ち、この世の支配者と言っても良い存在ながら、祖国の王族と比べても謙虚で思慮深く善悪の正常な判断を下せる姿に、始祖の勇者の残滓を見つけて、さすがは伝説の『イイオトコ』だと喜びが止まらない。
こんな彼が、自身の魔力に他者が苦しむ姿を見るのが辛いと魔獣や魔物を独りで討伐し、執務は魔道具を駆使して独りで行い、常に最奥の部屋で静かに過ごしているのだと言う。
囚われているのは、あなたの方よ。
アクアレーヌは心の中でそう呟いた。
世界の秩序の為に犠牲になっているのはドラコニア家の者だ。
寧ろ、嫌々輿入れしてきた誰か一人でも閨を拒めば、こんなに長い呪いとはならなかっただろうに。
勇者の血を持つ子孫の誰も彼も、ヴァレリウスと同じように美丈夫で、性質は善良で、その上カリスマ性があり、魅了魔法でもかけているのかと思うほど、初めは拒絶をしていた相手も知らぬうちに、ドラコニア家の当主を愛するようになってしまい、そして妻が子を宿したならば胎児の魔力に当てられて出産後に儚く散ってしまう。
事前にそれをわかっていても尚、どうしてもお互いに愛し合い、繰り返してしまうのだと言う呪いのように。
アクアレーヌはそんな呪いを解く星の下、生まれてきたのだから。
「この城の最下層にある嘗て竜王が鎮座していた間がありますね、そこにいらして下さい。では」
アクアレーヌはにこにこと笑顔でそう言うと、一つ頭を下げて勝手に部屋から出ていった。
「何を言っているのだ、ダメだ。あんな所に行けるわけがない。君、待ちなさい。キャッシー直ぐに追って止めてくれ」
「はい、坊ちゃま。でも無理だと思いますよ」
キャッシーが彼女を追いかけて部屋を出ていく足音が聞こえた。
取りあえず呼び止めて、ヴァレリウスが地下へ行くのを止めるように言っていると告げたが、逆に彼を助けることができると自信満々に言い張るアクアレーヌの返答に、キャッシーは地下へと繋がる階段まで案内する始末。
そのやりとりを風魔法で聞いていたヴァレリウスは、危険に身を晒すなど何を考えているんだと飽きれとも怒りともつかぬモヤモヤ感を胸に、しょうがないと転移魔法で竜王の間へと向かったのだった。
竜王の間とは、城の地下にある広大な空間で、かつて勇者が竜王を倒した時に同行した聖女が結界魔法をかけて世界の淀みを閉じ込めた場所。
溢れ出る強い魔力に身体が覆われているヴァレリウスでさえ、ここの瘴気は重く苦しく感じるのに、あの魔力量の少ない、アクアレーヌがここで何が出来ると言うのか。
ズ、ズズズ、ズ、ズズ
重そうな音と共に扉がほんの数ミリ、隙間が開いて、そこから細い白い靄が充満する瘴気の一部を包み混んだ。
すると、その包まれた瘴気は小さな水滴となって床に落ち、空いた空間に更に靄が広がってまた水滴になって落ちていった。
それが繰り返されると、広い地下空間の半分ほどに瘴気の溶けた水が溜まり、ヴァレリウスは浮遊魔法で空中に浮かんでなければ瘴気の水にすっぱりと頭まで浸かってしまうほど嵩が増加していった。
そうこうしているうちにヴァレリウスの身にも白靄纏わりついて彼の身体全部を包んで、溢れ出る魔力を吸い出し瘴気の水滴になって滴り落ちて、また貯まっている瘴気の水嵩がどんどん増えた。
「これは、何だ、アクアレーヌ王女、これはどう言うことか説明を」
暫くされるがまま白い靄に包まれ自身の魔力を搾り取られていたが、状況が飲み込めずに大声で扉の外にいるであろうアクアレーヌに問いかけた。
「もう少しで向かい合ってお話出来るほどに成りますわ、それまで暫しそのままで。決してあなた様の悪いようには致しませんから」
扉の外から澄んだ声でアクアレーヌが答えた。
広い部屋の天井にしがみつかねばならぬほど水嵩が増した頃には、ヴァレリウスの身の丈にあった適切な量の魔力がだけが残り、それ以外はアクアレーヌの靄に絞られて、瘴気の澱みと一緒になった。
やっと包まれていた靄が消えたので転移魔法で扉の外に出て行けば、扉の前には白い靄がまるで蚕の繭のように身を包んでいるアクアレーヌの姿があった。
「アクアレーヌ王女、これはどういうことか」
繭に包まれた彼女に声を掻けると、
「とりあえず、ここから私を連れて先程の応接室へと転移してもらえます?」
そう言われたので、大きな繭玉のような彼女を横抱きにして、ヒュンと応接室へと転移したのだった。
「ヴァレリウス様の身体に合う量の魔力を残してそれ以外は絞り出したのですよ。あの、もう王女っぽくなく話さなくていいですか?一人称も私でいい?普段令嬢言葉って使わないんですよ、サクラメント王国じゃ平民として過ごしてたので。
私は水魔法しか使えないけれど、状態変化の魔力操作は超絶得意なんですよ。
水を状態変化で細かい水滴にするのなら、魔力はそんなに消費しないんで。節約モードっと言うか。
魔術師はたくさん魔力があるから、魔力消費量とか気にしない。こんな事考えるの私くらいでしょうね。
この少ない魔力量で魔術師をさせられるなんて普通じゃないですもんね。
でね、魔素って水に溶けるじゃないですか、え、知らない?聖水で魔毒治癒が出来る原理と一緒。ええ?聖水で毒治療したことない、解毒魔法使うから、ああそうなんですか。でも私は解毒魔法が使えないから、聖水を使って解毒してたんですよ。
ある日、聖水に魔素が溶け出して除去されるのを見て気づいたんですよ。あなたの多過る魔力を水に溶かしちゃえば良くないって。魔力も過ぎたるは身体を壊す毒ですから。
え、毒?魔物なんて居ないから魔物の毒のはず無いでしょう、ふふふ、毒と行ったら暗殺や嫌がらせに使う毒ですよ。ほら、飲み物食べ物に入れたり、毒針で刺したりするあれですよ。夜会やお茶会など、毒の治療は頻繁にさせられていたんですよ、治療する人数が多くて魔力枯渇で私、死にかけるほどには。
だから、聖水での解毒には水量を減らしても毒を吸着できるように状態変化をさせて治癒されるように考えたんです。死にたくないですからね、そんなことで。
え、水の状態変化ですか、古代魔術書に書いてあって記述通りにやったら直ぐに出来ましたよ。
スプリンクラーって笑われてましたけど、水を細く出すのはずっとやってましたからそれをナノサイズまで細めればいいだけなんで、簡単でしたよ。
本ですか、魔術師団の建物には多くの書物があって、それの整理も私の仕事だったので、仕事がない時は、仕事をしているふりをしながら、片っ端から本を読んでたんで。その中にあったんでまずやってみたら出来たので。それで家に帰ってやって見せたら魔術師副団長、養父のウパがね、この魔術は使えるかもって、一緒に考えてくれて。
養育親は二人ともとても私を大事にしてくれて、親より先に死んではならんとか言っていて。
嫁入りをして子を為したら、胎児の魔力で死んでしまうって話は早くから聞かされていて。
生きる残る為にはどうするか、色々調べて考えて。
それで、この魔術をやってみてもし無理ならその時は旦那様には悪いけど逃がして貰おう、そう思ってたんですけど上手くいって良かったですね」
にこやかに笑いながら、コックが用意した軽食をするすると胃へと流しいれながら、アクアレーヌは朗らかに言った。
「そのまま逃げちゃっても良かったのに。君に何かあったら、私は」
ヴァレリウスは、その麗しの顔を歪めて、眉間にシワを寄せて辛そうな顔をしていた。
「ふふふ、折角だし、試して見たかったんだもの。上手く行くんじゃないかな~って自信はあったし。あとね、この液体、魔力のたっぷり含まれたこれを魔道具のエネルギー源に使えるかもって」
アクアレーヌは、浄化の際に試験管に魔素溶けた水を入れて持ち帰った物を指差して言った。
「この魔素の液体をエネルギー源に。そんなことが可能なのか」
思いもしなかった考えに、ヴァレリウスは首を傾げてアクアレーヌを見た。
魔道具の動力源と言えば、魔獣や魔物を倒した時にたまに出てくる魔石なのだが、その出現に法則性はなく、故に貴重であった。
それがネックとなり、魔道具の使用がなかなか広まらない原因なのだが。
「地下にあれほど魔素液があるだから、これからを使った魔道具をつくれば多くの人に利用して貰えるし、そうすれば安価にもなるし。それに、エネルギー源をこの国が握ってしまえば、呪われた勇者の末裔なんて、あなたに失礼なことを言う者も居なくなるんじゃないかなって」
その言葉にヴァレリウスは目を見開いて、アクアレーヌを見つめた。
「私、幼い時から絵本の代わりに魔術書を、子守唄の代わりに呪文詠唱を聞いて育ってきたのよ。ドラコニア家の始祖の勇者の話だって諳じられるほど読みまくって。あなたとそのご先祖様たちのおかげで私たちが今を生きれているのに、その有り難みをわからない国には罰を与えたいって思っていて。でも勇者の血をひくあなたは、きっとそんな下劣な思想なぞ持たないでしょう?だから私が代わりにやっつけてあげたいって思っていたのよ。あなたの話は良く聞いていたし。私は、ずっと、あなたを」
アクアレーヌは言葉を止めて頬を赤らめた。
ヴァレリウスはまだ不思議そうな顔をして黙って見つめていた。
その姿に、アクアレーヌは一つに結っていた水色の髪をぐしゃぐしゃと掻きむしって、
「ああ、もう、あなたって、本当に素敵なんだもの。私あなたに会って夫婦になりたいってずっと思ってきたのよ。私と夫婦になるのは嫌かしら。私、まだまだあなたの役に立つわ。確かに出自は悪いし、王族の血なぞ一滴も入ってないけれど、それでも」
真っ赤になって、破れかぶれな様子でそう言ったアクアレーヌは、次の瞬間、転移魔法をかけられてヴァレリウスの膝の上に乗せられ、口を人差し指で閉じられた。
「すまない、アクアレーヌ。女性に大切なことを全て言わせてしまうところだった。どうかそれは私から言わせておくれ。
役に立つとか役に立たないとかじゃない。縁あって生まれる前から夫婦となることを運命られてきた話は、私も何度も聞いていた。今際の際の父からも告げられていた。知り合えたのが、君で、アクアレーヌで良かったと、今、私は神の奇跡に感謝している。どうか私と夫婦になって貰えないだろうか」
ヴァレリウスは父以外の人と向かい合って話すことが出来ることに、人との初めて触れあいに、その細胞全てで喜びを感じていた。
彼女からもたらされた奇跡。
いつか現れる命約の伴侶が幸せにしてくれると言う話を実感していた。
突然現れた彼女から意図しない告白を耳にして、ヴァレリウスは頭の中が真っ白になってしまった。
だが、その全てを彼女に委ねてしまうのは如何なものか、と咄嗟に気がついて、思わず魔法で彼女を抱き寄せてしまったのだった。
抱き締めた彼女の体温に、思わず涙が滲む。
アクアレーヌは横抱きに抱かれて、耳元で囁かれた言葉はとても甘く胸を震わせて、見上げたヴァレリウスの瑠璃色の瞳は涙で潤んでいた。
「綺麗な瞳。でも泣かないで」
そっと手を伸ばして、彼の涙を親指で拭って囁いた。
「もちろん、あなたと夫婦になりたいわ。ずっとこの日を心待ちにしていたんだもの」
そう言って、ヴァレリウスの広い胸に抱きついたのだった。
ドラコニア家の当主に会った生け贄と呼ばれる嫁入りした者は誰も彼もその者に心を奪われ、自分の命よりも彼との時間を望む、そして儚く散る運命であった。
しかし、ヴァレリウスはアクアレーヌからもたらされた魔術によって、他者に害となるような魔力を溢れさせることは無く、二人は末永く幸せに暮らした。
アクアレーヌは、毎日毎晩、夫となったヴァレリウスを眺めては、
「スキ」
と目を弧にして呟くのを、城のコックとハウスメイドは残念そうな顔で見つめていたそうな。
当然のように二人には、二男三女と多くの子宝にも恵まれて、その子たちはドラコニア家の呪いのような多くの魔力を持ってはおらず、その身にちょうど良い量であったので、誰とでも会えてどこへでも行けた。
そのうち、各々が気の合う伴侶を娶ってそれぞれが幸せな生活を送った。
アクアレーヌが二度目のお産を控えている頃、門番がウパとアニマをサクラメント王国に連れ帰ったので、これでやっと安心できると泣いて喜び、国境線をピッチリと閉めた。
一方、命約を違えたサクラメント王家と、それを咎めなかった命約の国々との国交は断絶したことで、それらの国は自ずと崩壊し歴史の渦に飲み込まれて塵となって消えたのだった。




