第11章「選択の扉」
境界の裂け目が、光を帯びて広がった。
二重露光のように、二つの道が重なり合う。
一方は現実へ、一方は境界の奥へ。
どちらも、淡い光に包まれていた。
律は湊を見た。
その影が、扉の前に立っている。
足元で、雨粒が逆流し、空気が波打つ。
時間が、選択を刻んでいた。
「戻るんだ、湊」
律の声は震えていた。
「俺が決める」
その言葉が、膜を通して遠くに響く。
湊は振り返らない。
ただ、扉の奥を見ていた。
その視線に、希望と絶望が同居していた。
「兄貴……」
声が、雨に溶けて消える。
律は一歩踏み出した。
「湊、聞け。ここに残ったら――」
「分かってる」
湊の声が、低く響いた。
「でも、戻ったら……何も変わらない」
律の胸が軋む。
「変わらなくてもいい! 生きて帰れれば――」
「それは、兄貴の救いだろ」
湊の声が、雨粒の間をすり抜けて届いた。
「俺の救いじゃない」
灯が律の肩に触れた。
その指先は冷たく、静かだった。
「選ばせて」
律は息を呑む。
「……何を言ってる」
「救いは、連れ戻すことじゃない」
灰色の瞳が、底なしの静けさを湛えていた。
律の胸が軋む。
湊を失う恐怖が、骨まで染み込む。
でも――
その恐怖を、湊に押し付けることはできない。
扉が脈打つ。
カチ、カチ――。
メトロノームの音が、逆流するように響いた。
律の耳に、時間が崩れ込む。
その音が、選択の刻みを告げていた。
「湊」
律は声を絞り出した。
「決めろ」
その瞬間、扉の光が二方向に裂けた。
戻る道と、残る道。
どちらも、淡い光に包まれていた。
湊の影が、わずかに揺れた。
その揺れが、律の心臓を刺した。
雨粒が、一斉に崩れ落ちる。
境界が、音を取り戻す。
その音が、選択の重みを刻んでいた。
「兄貴」
湊の声が、雨に溶けて消えた。
「俺は――」
光が、境界を切り裂いた。
その奥に、答えがあった。
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次回更新予定は3/20です。




