第12章「代償の共有」
境界の光が、帯になって空気を切り裂いていた。
御厨の影が、その中心に立っている。
紙束はすでに燃え尽き、灰も残っていない。
ただ、光の粒が彼の肩から溢れていた。
「御厨!」
律は叫んだ。
「やめろ! 戻れなくなる!」
御厨は笑った。
「戻る未来なんて、もうない」
その声は、風に裂けて響いた。
「俺が置くのは、研究者としての俺だ」
灯が一歩前に出た。
「それで、何が救えるの」
「世界の歪みを止める」
御厨の声は、狂気と決意の境界にあった。
「この世界を閉じるんだ」
律は拳を握りしめた。
「そんなことして、何が残る!」
「残らない。それでいい」
御厨の瞳が、境界の奥を見ていた。
「俺の未来を、ここに置く」
その瞬間、光が走った。
紙束の最後の断片が、淡い粒になって空気に溶ける。
境界が脈打つ。
カチ、カチ――。
メトロノームの音が、逆流するように響いた。
「御厨!」
律の声が雨に溶けて消えた。
御厨の影が、光に呑まれていく。
「未来だ」
その声が、最後に残った。
灯が律の隣に立った。
その指先が、わずかに震えていた。
「私も、置く」
律は彼女を見た。
「……何を」
「背負う癖」
その声は淡々としていた。
「全部じゃない。半分だけ」
律の胸が軋む。
「……どうして」
「残りは、あなたに託す」
灯の灰色の瞳が、静かに笑った。
「誰かを背負うこと。それを、あなたに」
その瞬間、境界が軋んだ。
置いていったものが、光の帯になって空気を切り裂く。
ノートの文字、楽器の音、記憶の欠片、未来の断片――。
それらが、肩に戻らず、淡い光に溶けていく。
「……戻らないんだな」
律の声が震えた。
「戻らない。それが代償」
灯の声が、雨に溶けて消えた。
雨粒が、一斉に崩れ落ちる。
静止していた世界が、音を取り戻す。
その音が、選択の重みを刻んでいた。
カチ、カチ――。
メトロノームの音が、近くで逆流するように響いた。
御厨の影が、完全に光に呑まれた。
灯の笑みが、雨に溶けて消える。
律は、ただ立ち尽くしていた。
肩に何も戻らないことが、重さになっていた。
境界の扉が、静かに閉じていく。
その光が、最後の脈動を刻んだ。
確かに…
進むのが地獄でも、それは救いでもある。
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次回更新予定は3/27です。




