第82話 予想外の乱入者
ブリュンヒルトは手に握られた槍――グングニル・ノイエスを力強く引く。
その構えは四年に一度テレビで見るオリンピックの、これまた四年に一度目にするかも怪しい槍投げ選手の姿を連想させた。
投擲槍――。
やつはあの槍を突きや薙ぎ払いをする手持ちの武器としてではなく、飛び道具としての活用をするつもりだ。
確かに、俺がやつの立場でも同じ使い方をするだろう。
グングニル――――この世界の頂点に君臨する主神、そいつが持つと言われる最強の槍の名前だ。
グングニルは伝承では――ここでいう伝承はエタドラ内の神話で、現実の北欧神話のことではないのだが――投げると必ず標的に当たるという効果を持つ。
担い手に勝利をもたらす槍。それがオリジナルのグングニルの能力。
そのグングニルのレプリカが、エタドラに実装されていた。
攻撃値が槍装備の中で一番高く、アビリティとしと必中の効果が付与されていた。
必中のアビリティは相手の回避率アップなどのスキルを無視して貫通し、確実に攻撃を当てる効果があった。
そのためストーリー終盤の雑魚エネミーが回避アップしてきても、グングニル・レプリカならば貫通ダメージを与えることが出来て、大変重宝したものだ。
他にも魔法攻撃の威力アップの効果があったり、主武器では珍しく装備すると『ちから』だけでなく『まりょく』の値も上がる。
装備するだけでメリットが二つも三つも得られる武器だ。
そして、ブリュンヒルトの持つグングニルはレプリカなどではなく、
オリジナルのグングニルを模して造られた謂わば二本目。
レプリカなど比べ物にならないであろうことは想像に難くない。
「光栄に思ってください。私が敵にこの槍を振るうのはあなたが初めてです」
「へぇ……そいつは、嬉しいねぇ。出来ればその物騒な槍はしまって、さっきみたいに火遊びしてくれたほうがもっと嬉しいんだが」
「あんな炎じゃあなたを倒せないことは動きを見てわかりましたから。私の炎が通じない相手なんていなかったんですけど、やはり極神の力を持つお方は違いますね」
ブリュンヒルトは嬉しそうに笑う。
常にニコニコしている表情から、更に口角を上げている。
こいつの先程の発言から、どうやら極神について色々と知っているようだ。
俺がこの世界に来たときに勝手に宿っていた、この力。俺自身でさえ把握できていないこの力について、なにか情報を握っているかもしれない。
だが、そんなことは今はどうでもいい。大事なのは目の前の敵をいかに遠ざけるか。
「よし……ここは、逃げるが勝ちと見た!」
とりあえず、部屋から出ることにした。
簡単に逃げ切れるとも思えないが、密室にいてはやりづらいことこの上ない。
ドアを突き破り、廊下を走る。来た道を戻り、全速力で窓に向かう。
が、その時。
「――――――っ!?」
背後から炎を纏った槍が飛んできた。
慌てて体を反らし、槍の投擲を回避する。間一髪だった、もう少しで肩を抉られそうだったぜ。
しかし、背後を確認してもブリュンヒルトの姿はない。
一体、どこからどうやって俺に槍を投げたというのか。槍を投げた後に姿を隠している、というのは考えにくい。
あの女ほどの実力があれば、わざわざ隠れる必要などないからな。
俺が後方を確認していると、ビュワという風切り音が鳴った。
「なん――――だと!?」
避けたはずのグングニルが、方向を変えて俺に向かってきたのだ。
「そうか! 必中の加護か! くそ、この世界だとこんな風に敵を追尾するのかよ面倒な!」
グングニルの必中効果はこの世界では漫画などでよくある、敵に当たるまで絶対に止まらない系の攻撃のようだ。
俺が読んでた漫画ではこういう攻撃をされた時、登場人物達はどのように対処していたか。
記憶に残っている方法は二つ。
一つ目は追尾攻撃に対して迎撃を行う。攻撃を相殺できればその時点で追尾はなくなるだろう。
二つ目は追尾攻撃を敵の元まで誘導し、敵の自爆を狙う。敵の攻撃を振り切り、なおかつ敵にダメージを与えることが出来る作戦だ。
この場合、前者だとグングニルを破壊する必要がある。だが仮にも神の武器の模造品、俺の攻撃で破壊できるのか不安がある。
後者の作戦だとどうだろうか。スピードはおそらくブリュンヒルトより俺のほうが早いから意外と成功率は高そうに思える。だが、この作戦って漫画だと強キャラには通じないイメージがあるんだよな。
ブリュンヒルトは言うまでもなく、強キャラの部類だ。俺があいつに向かって走っていけば、それだけで作戦を看破されてしまいそうだ。
ならば、この場で第三の作戦を練るしかないだろう。
それは――――
「どおりゃあああぁぁあ!!」
青い炎を撒き散らし、高速で向かってくるグングニルを――掴む。
両手に魔力を集中させ、炎で手が焼かれないように補助魔法を無詠唱で発動する。
【肉体強化】と 炎属性に対する耐性を上げる【ディス・マファイア】、それと腕力強化のために【ブラストピッチ】という強化魔法をかける。
ブラストピッチは投飛び道具――弓系の武器など――のダメージ値を伸ばす魔法だ。いまから行う攻撃には必要だろう。
掴んだグングニルを力強く握りしめ、体を回転させる。
そして、元いた部屋の方向へ目掛けて、全身のバネを利用して槍を投擲する。
「っらあああぁぁぁ!」
グングニルは凄まじい勢いで飛んでいく。
炎だけではなく稲妻も発生させ、直線運動をする。
そして、俺が先程までいた部屋に向かって方向を変える。
ガギン、という金属音。
そして静寂。
「どうだ、自分の攻撃が威力マシマシで帰ってくる気分は。ザマーミロだぜ、へへ」
カツン、カツンという音。
足音だ、女性の足音。音は先程の部屋からしている。ならばあの女だ。
ブリュンヒルトが部屋から出てくるのだ。
出てきたブリュンヒルトは右腕に傷を負っていた。
肉が抉れ、骨を砕いているのがひと目でわかった。重症だ。
先程の攻撃を見るに、ブリュンヒルトは右利き。利き手を封じたのは大きい。
「ふん、一歩も動かず敵を倒そうなんて横着するから、そんな目に遭うんだぜ。悪いな、きれいな鎧を赤い血で濡らしちまって」
「いえ、お構いなく。戦いで血が流れるのは当然のこと。今回はたまたま、私の血が流れただけですので」
「余裕だな、腕が抉れてるのに――っ!?」
目の錯覚か、見間違いか? いや、見間違いではない。
ブリュンヒルトの傷が、既に治っているではないか。どういうことだ。
「勉強になりましたわ。まさか必中無敵の槍が、こんな風に返されるとは思いもしませんでした。今後は気をつけないといけませんね」
「いったい、何が……」
「ここまで傷を負わせられたのは生まれて初めてです。さすが雷神様でいらっしゃいますね」
ブリュンヒルトは涼しい顔で喋っている。
傷は完全に修復し、鎧が一部砕けている以外は先程のダメージは見る影もない。
回復魔法ではないのか? 魔法の発動した形跡はない。
ではスキルだろうか、だが自動回復系の能力にしては回復速度が異常だ。自動回復系のスキルは高レベルのものでも、数十秒ごとに全体力の数%を回復する程度のものだ。
一瞬で全回復するスキルなど聞いたことがない。
そして何より、こんな回復能力はエタドラのブリュンヒルトには宿っていなかった。
「残念ながら、あなたでは私を倒せませんよ」
「くっ。どうやらお前の能力、まだまだ謎がありそうだ。ここは大人しく引かせてもらう!」
窓から出ようとする、が炎の壁が遮る。
ブリュンヒルトの能力だ。
「いいえ、いいえ。逃しませんよ。あなたにはまだ用があるのです。正確にはあなたの能力ですが」
「ちっ! ならば正面突破させてもらうぞ!」
剣を持ち、ブリュンヒルトの方へ向かう。
ブリュンヒルトも槍を構える。
互いに武器を叩きつけ、相手の急所を狙う。しかし、互いに決定打を与えられない。
それに――――
「なるほど、王国流の剣術ですね。確かによく鍛錬されています。冒険者で言えばゴールド……いやプラチナクラスほどはありますか。ですが――」
轟! という爆音とともに、体が後方へ数メートル吹き飛んだ。
体は壁へと叩きつけられれ、それでも勢いを殺しきれずに更に壁を突き破る。
数十メートルは吹き飛んだところで、ようやく体は地面へと転がる。
「げほっげほっ……。クソ、ステータスに大きな差はないだろうに地力の差がここで出てきたか……。いくら死ぬほど修行しようと、一年かそこらでこの世界最強に並ぶにはまだ足りないってことだな」
「あなたの剣は素直すぎますね。極めればその実直な太刀筋も立派な武器になるでしょうけど、今の段階ではただ攻撃が読みやすいだけに過ぎませんわ」
「そうか、確かにな……。だが負けが決まったわけじゃないぜ。あんたが力なら俺はスピードだ、速さだけなら俺は絶対に負けんぞ!」
雷神の出力を上げ、ブリュンヒルトの周囲を走る。そして、攻撃を仕掛けようとすると、炎が迫ってきた。
だが今の俺にはこの程度の攻撃、躱すのは容易だ。炎を掻い潜り、ブリュンヒルトに向けて剣を走らせ――――
「いらっしゃい♪」
「なっ――」
読まれていた?
いや、誘導された!?
炎は迎撃するためのものではなく、自分の間合いに俺を引き込むためか!
槍の突きを躱し、次いで来るなぎ払いを剣で受ける。
そして槍を振り終えたブリュンヒルトに【マサンダ】を放つ。
強烈な電撃と閃光を与えて、その隙に撤退する。
「はああああ!」
が、またも炎の壁。
「おいおい、いいのか。大聖堂をこんなにして」
「ええ、心配はいりません。すぐに直りますので」
「……?」
ブリュンヒルトの発言に、眉をひそめる。
だがそれどころじゃない。
炎の壁で行く手をはばまれてしまった。
「さて、お終いですわ」
槍の攻撃が迫る。
そこへ、風が吹き荒れる。
「な、なんだ!?」
風が収まると、俺とブリュンヒルトの間に一つの人影が現れる。
その姿はよく知っている、俺からしたら畏怖の対象である人物のものだった。
低い身長にトゲトゲの茶髪。その姿はハリネズミを連想させる。
身の丈ほどの剣を携え、風と共に現れたその少年は――――
「ビュウ・レイスト……」
帝国四魔将の一人であり、この世界最強の剣士。
もし戦うとしたら、間違いなく負けるであろう少年。
そのビュウが、なぜこの場にいるのだ。
「あら、あなたは……」
「やあ、戦乙女のお姉さん。互いにはじめましてだけど、お互い顔は知ってるみたいだから挨拶は必要ないね。悪いけど、このお兄さんは連れて帰らせてもらうよ」
「な、何を言ってるんだ? どうしてビュウが俺を!?」
「お兄さん、事情は後で説明するから。今は僕についてきて」
「させると思いますか?」
ブリュンヒルトは槍でビュウに攻撃を仕掛ける。
だがビュウは剣でその攻撃を受け、更にはブリュンヒルトの体にその刃を刻みつける。
しかし、その傷も回復してしまう。
「くっ……やりますね」
「んー。やっぱりここだとダメみたいだね。これは相手が悪いや、じゃね♪」
「逃しませんよ!」
炎の壁が俺とビュウを囲う。
しかし、ビュウは手を前に突き出し、小声で呪文を唱える。
すると、暴風が吹き荒れ、炎が弱まる。
「今だよ、お兄さん!」
「お、おう! なんだか分からんが、今はお前についていくしかないみたいだな!」
「そういうこと、じゃあしっかり掴まっててね」
「え、ちょ、おま……」
ビュウは小さなその体で俺の体をしっかりと抱えて、窓から外へと飛び出した。
そう、お姫様抱っこである。
まさか一回りほど歳の違う少年にお姫様抱っこされるとは夢にも思わなかったぜ。思わず俺の中の乙女回路が走り出してしまいそうだ。
「ふう、危機一髪だったねお兄さん」
こうして、思わぬ乱入者のおかげで俺はブリュンヒルトの元から離れることが出来たのだった。




