第81話 戦慄怒涛の戦乙女
炎が戦乙女――ブリュンヒルトの周囲に出現する。
炎は導火線を辿るかのように、綺麗な動きをして地面を走る。
彼女の周囲に現れた炎こそ、ブリュンヒルトのメインスキル【フレム・オブ・レイジ】。
エタドラのボスが使用するスキルの中では比較的シンプルなものだ。
その効果は敵をやけど状態にしてスリップダメージを与え続けることと、攻撃力を三〇%アップすること。
これだけ見るとたいしたことないように思えるかも知れない。だが、それは間違った認識だ。
なぜなら――――
「はあああぁ!」
「ぐぅぅぅ……!」
俺の体が浮き、壁にたたきつけられる。
肺の中の空気が吐き出され、目の前がチカチカと光る。
わずかの隙を突いて、ブリュンヒルトは俺に高速の一撃を放ったのだ。
隙を突かれたと言っても、ほんの一瞬、地面を走る炎に視線を移していた。
それだけだ。
油断していたわけじゃない。こんな状況で油断できるとしたら、自分と相手との実力差を見抜けないほどの馬鹿か、目の前の戦乙女相手に優位に立てる戦士くらいだ。
残念ながら俺はこの女に余裕でいられるほどの実力があるわけじゃない。
かといって、実力を見抜けないほどの馬鹿でもない。この女の実力は――エタドラの中ではあるが――痛いほど思い知らされている。
だから、炎に視線を移したのは決して油断していたわけじゃないんだ。
少なくとも俺の知識では、ブリュンヒルトのメインウェポンはこの炎なのだから。
しかし、俺の体を叩いたのは脚――ただの蹴りだった。
メインウェポンですらない、脚による一撃。
それを防げなかったのだ、俺は。
ブリュンヒルトは感心した顔で、俺を観察する。
「へぇ、今の一撃でお亡くなりにならなかったんですねぇ? 私としては、心臓を打ち抜くつもりでしたのに。今あなたがいるその壁には、本当は心臓だけビタンと張り付かせるつもりだったのですが……」
「清楚な外見の割にえげつない殺し方をするんだな、あんた。そんなに異教の人間は嫌いかよ」
「異教徒が嫌いなのではありません。この広い世界、人々が信ずるものが違うというのは仕方のないこと。その国、その地域によって蔓延る危機、絶望――そこから人々が望む救い。人はその救いこそ神と呼びます。神の形が違うことなど、問題ではないのです。人間だけが神を見る、その形も人によって違うのですから」
意外にも、他の宗教に対する偏見などは無いようだ。
こういう場合、普通は『異教徒の猿があああ!!』とかブチ切れそうなモノだが。
この国――少なくともブリュンヒルトにはその考えはないらしい。
「問題なのは、神を信じるわけでもないミズガルズが……我々の信仰する神の一柱の名を騙ることなのです!」
青い、灼熱の炎が向かってくる。
この炎はスキルによって生まれたものだ。しかし、その力の源はブリュンヒルトの魔力だ。
つまり、発生する仕組みこそ違うがこの炎は魔法と同質のものだ。
それならば、魔法で対抗できる。
火属性に対抗するには水属性。
RPGをやっている者なら常識として刻まれている考え。そもそも、火を消すのなら水をかけるというのは誰しも思いつくことだ。
それならば、ブリュンヒルトの炎も水魔法で相殺するのがセオリーだ――普通はそう考える。
だが、俺は水魔法は使わない。
属性的に有利? 確かにそうだ。俺のステータスから放った水魔法なら、相手の炎を相殺し、更に押し返すことが出来るだろう。
だが、ここは現実だ。魔法なんて存在する異世界だが、現実の世界なんだ。
灼熱の炎に対して大質量の水をぶつければどうなるか、想像するのは簡単だろう。蒸気が発生する。
しかもここは狭い密室。相手との距離もわずか数メートル。
ここで蒸気を発生させ、視界を悪くすることには何のメリットもない。ましてや俺は後手だ。確実に追撃を受けることとなる。
それは完全に悪手となる。
だから、俺は純粋に魔力と魔力のぶつけ合いを選んだ。
俺の誇る高威力の魔法――雷魔法を。
指から一直線に放つ。
「おおおおおお!」
ドガァ! という爆音、
少しの煙が発生、しかし視界を埋め尽くすほどではない。
目の前には青い炎が追撃を仕掛けてきている。ギリギリ躱せるが、その後ろにはブリュンヒルトがいる。
あれを、使うしかない――――
「さぁ、これでお終いです! あなたが何者か、どこの組織の者か。洗いざらい吐いてもらいま――っ!?」
驚くブリュンヒルト、
それも仕方が無いこと。なにせ攻撃しようとしていた相手が一瞬で消えたのだから。
目を離した隙にとかではなく、文字通り消えたわけだ。そりゃ、いくら世界最高峰の戦士だろうと意表を突かれるだろう。
【雷神】
王都で闇ザコと戦った時以来、ひざびさに使用した俺のエクストラスキル。
神を奉るこの国で極神スキルを使うのは気が引けたのだが、そうも言ってられなくなった。
雷神モードになり、雷速移動を行いブリュンヒルトの背後に移動したのだ。
俺個人としては戦う理由は薄いが、このままだと俺は捕まってしまう。
それに、まだ交渉の余地が残っている可能性も考えられる。そのためにはまずブリュンヒルトを落ち着かせる必要がある。
つまり、この戦いの勝利条件とは。
俺が負けず、敵も倒さない。
実力が近い、もしくは上の相手にするにはキツい条件だ。
だが、やるしかない。
「ふんっ!」
ブリュンヒルトの首元へ手刀を放つ。
目にもとまらぬ高速の手刀だ。俺でなきゃ認識できないほどの一瞬の攻撃。
当たれば意識を刈り取ること間違いなしだろう。
が、しかし。
俺の手刀は彼女の首に触れる直前で止まり、引き返す。
青い炎が、ブリュンヒルトの背後に集まり壁となっていたのだ。
「なっ!? あ、熱い! 炎が、俺の攻撃に反応して……! ま、まさかオートカウンター系の能力か!」
俺の高速の一撃に常人が反応できるはずがない。
ならば、今の防御は闇ザコの影と同種のオートカウンター……敵の攻撃に自分の意思とは無関係に反応し、防御する技の可能性が高い。
俺の指摘にブリュンヒルトは清廉とした笑顔を崩さず答える。
「いえ……いいえ。これは自動防御の類いではありませんわ。今の攻撃、驚くほどに素早い一撃でした。もしあのまま攻撃を受けていたら、間違いなく意識を失うところでした。ですが、運良く……いいえ運悪くもあなたの攻撃に反応することが出来ましたわ」
「なに? それは一体どういうことだ。今のは自慢じゃないが、俺の中でも本気の速度だった。闇ザコのオートカウンターだろうが問答無用でぶち抜く速度だ。それを運良く反応しただと? 偶然後ろに炎を出したくなったとでもいうのかよ」
「いえ……クス。あなたの体から感じる魔力に、覚えがありまして。その魔力が背後に現れたものですから、瞬時に炎を後ろに回しただけです」
「俺の……魔力に。覚えがある……だと? 言っておくが、俺とあんたは初対面だぜ、俺はあんたのことを一方的に知ってるけどさ」
「ええ、私もあなたとは初対面でしょうとも。ですが、その魔力の質……その魔力の気高さ……その魔力の美しさ。間違えるはずがございません」
ブリュンヒルトは唄うように言葉を紡ぐ。
賛美歌を歌うシスターのように。何かに対して祝福するかの如く。
「ああ、主よ。あなたの魔力と似通ったものがここに! 主よ、あなた様ほどの莫大かつ尊大な魔力ではありませんが、人ならざる力を授かった目の前の方こそああ! 極神なのですね!!」
「!」
極神
そのワードをブリュンヒルトが口にしたこと。
それは、俺の正体がバレたと言うことだった。
「あなたの纏う魔力は神性を帯びています。そして漏れ出す魔力の残滓からはほのかに雷属性を感じます。ええ、間違いありません! あなたこそが彼の地に生まれ落ちた極神、当世の雷神様なのですね!!」
ああやっぱり。
俺の正体が看破されてしまった。
しかし、どうも先ほどまでとはブリュンヒルトの様子が違う。
刺々しい雰囲気が無くなったというか。
これはひょっとしたら、極神という立場から交渉をしかけることが出来るのではないだろうか。
職権乱用というか権力乱用してるみたいでなんか申し訳ないけど。話だけでもしてみるか。
「い、今ので分かってくれたようだな。そう、俺こそがミズガルズの地に現れた雷神、トールであ――」
ザン、と刃物が壁に突き刺さる音がした。
頬にはいつの間にか切り傷が生まれ、血が流れ落ちている。
目の前のブリュンヒルトは右手を伸ばしている。何かを投擲し終えた後の姿で。
背後をチラリと見ると、そこには槍が刺さっていた。矛の部分が螺旋状になっており、魔力の流れが視認できる。
あれは、エタドラの槍装備の中でも最強の武器――!
「グングニル・レプリカ……!」
「いいえ、国営博物館に飾られているレプリカとは違い、この槍は主の持つ真の槍を模して作られた代替品です。その名も、グングニル・ノイエス」
ブリュンヒルトが手を掲げると、槍は壁から抜けて一人でに飛び、彼女の手の中へと戻っていく。
「極神の誕生を確認しました。ならば、あとは望んだ器にその力を移すだけ。不要な器は壊すに限ります、うふふ」
「く……何が何だか分からないが、戦いをやめる気は無いってことははっきり分かったぜ!」
話し合いの余地はなく、彼女の言動から俺は殺害対象にランクアップしたようだ。




