第80話 驕りと誇り
蒼く輝く銀の鎧を身に纏う戦士。
俺の目の前に立つおの女こそ、この世界で最強の女戦士――ブリュンヒルト。
戦乙女として名高い彼女は、エタドラ本編の十章で登場して圧倒的強さを見せつける。
先日俺が戦い、そして大いに苦戦させられたあの英雄シグルズを殺すというインパクトのある活躍をするのだ。この時点で彼女がいかに強いかが分かるだろう。
そう。
エタドラのステータスを引き継いで圧倒的な身体能力を手に入れ、その上で一年以上修行した俺が苦戦したシグルズを殺すほどの猛者。
シグルズとの戦いでは【雷神】を使わなかったが、俺はシグルズがまだ余力を残していたことを感じ取っていた。
あの闘技場での戦いが、シグルズの実力の全てではない。
その上を行くのが、このブリュンヒルト。
エタドラ十章のボスを務める、設定的にもゲーム内でもラスボスを除けば最上位の強さを持つ者だ。
正真正銘、強者である彼女。
そんな彼女が、俺の様子を伺い、口を開く。
「理由が知りたい?」
美しい容貌から発せられる落ち着いた声色。聞いているだけで心が安らぐ。
こんな女性が本当に戦乙女と恐れられ、崇められているのかと不思議に思うほどだ。
だが、だからこそ恐ろしい。
彼女にとって戦いは特別なことではない。
普通の人間が毎日仕事をするように。
子供が学校に通うように。
彼女は敵を殺すのだ。
自分の前に突然何者かが現れようと、決して取り乱したりしない。
それどころか楽しそうに迎え入れているのだ。
「ミズガルズと我が国アスガード、両者の関係を断ち切る。なぜそんなことをするのか不思議、といったところかしら。あなた、ミズガルズの人間なのね?」
「さあな。俺はただ、知りたいことを知るためにここに来た。この国の実権はあんたが握っているんだろう。今回のこともあんたの意向で決めたのかは知らないが、どんな事情でこうなったのか、あんたが知らないはずがない」
ブリュンヒルトは薄く口の端を上げて笑う。
ちょっとしたジョークに、思わず声が漏れてしまったかのように。
「それで私のところに聞きに来た時点で、あなたがミズガルズだと照明しているようなものよ。ダメじゃない慎重に動かなきゃ。ただでさえ我が国はミズガルズに悪印象を抱いているのよ。そこにミズガルズの使者がこんな形で忍び込んでくるなんて、大問題よ? どうやらミズガルズは戦争がし足りないようねぇ」
「俺がどこの誰だろうと、そんなのはどうだっていいんだよ。それよりも、俺は争いごとを起こさないために、こうやって話を聞きに来たんだ! それなのに、拒絶したのはお前達だ! なぜミズガルズにこんなことをする? 一体何の恨みがあるって言うんだ、帝国ならいざ知らずミズガルズは恨まれるようなことをやってないだろうに!」
「ふふふ……うふふふふ」
嘲笑。
侮蔑、さげすみ、軽蔑、中傷、
それら全ての意味が含まれた笑い。
ブリュンヒルトは表情を笑顔のまま、しかし言葉は鋭くなる。
「あらあら、まさか自分たちがどれほど愚か傲慢で、身勝手な行いをしているのか。自覚がないのかしら?」
「……? なんだ、何のことを言ってるんだ。ミズガルズがお前達にどんなことを……」
「知れたこと。我がアスガードは神を奉る国、当然国民は神を信じる者たちばかりです。それは我々至神乙女も同じ。だというのに、ふふ……おかしな話が風の噂で聞こえてきたのよ」
ブリュンヒルトの笑顔は変わらない。
先ほどからどんどん語気が強くなり、部屋の空気が変わっていってしまってる中、
ブリュンヒルトの顔には変化がない。
その歪さが、不気味でしょうがなかった。
「ミズガルズに……自らを『神』と名乗る男が現れたという話。しかも帝国の将を打ち破り、その名を大陸全土に響き渡らせんとばかりの活躍らしいじゃない。これが、こんなことを聞かされて……」
ブリュンヒルトから魔力が漏れる。
体内を駆け巡る魔力が臨界し、体の外へと漏れ出しているのだろう。
まるでオーラのように、ゆらゆらと靄みたいな魔力が目に映る。
実のところ言うと、俺はこの部屋に入ってから
いや、ブリュンヒルトの存在を認知してから激しい悪寒に襲われている。
理由は分からない。
ただ、直感として分かる。
この女は――ヤバい。
「我らの奉る主神を差し置いて神を名乗る愚か者の存在など、どうして許すことが出来ましょう!! しかも、聞くところによると一人ならず他にも神を名乗る不届き者がいるらしいではないですか!! そんな輩がいることさえ腹立たしいのに、更にはミズガルズがその人物達を匿っていること! そんな国など話し合いの余地もない、直ちに我らの敵だと判断するのになんらの問題もなし!!」
「ふ……へへ、どうもこのスキルは厄介なことばかり引き起こすらしいな」
今回のアスガードとミズガルズの間に起こった問題は、どうも【極神】のせいらしい。
それもミズガルズにいる三人の極神達。
言うまでもない俺のことだ。
補足するのならば、俺とユングヴィ兄妹。
神を名乗る俺たち三人は、神に祈りを捧げるアスガードという国からしたら許されざる人間のようだ。
現代日本で生まれ育った俺には、宗教国家の考え方など分からない。
だが、自分の信じたモノを、どこの誰ともしらないやつ貶したのならば不快にもなろう。
神様を信仰しているアスガードの人々にとっては、それこそ怒り心頭になるほどのことのはずだ。
そうでないと、国家間の問題にまで発展しない。
笑みを浮かべたままのブリュンヒルトは、怒りを込めてミズガルズへの呪詛を吐く。
「主の威光を忘れ、主のもたらす恩恵を享受しておきながら……祈ることさえしない野蛮人。人は人の上に神を見る。そして神の与える幸福を受ける。そんなことさえ忘れてしまったくせに、自らは神であると主張するなど………………。我らが主に代わり、愚かな蛮族に鉄槌を下すしかありません!!」
体から漏れ出す魔力は徐々に形を帯びていく。
靄から煙、そして炎へ――
「まずは、あの国の狗であるあなたを始末させていただきます。その上であなたの死体をミズガルズに送りつけて、残りの神と名乗る者の首を差し出すよう要求します。それをことわるようならば、私の腕を存分に振るう事となるでしょう!」
「俺を殺したところで何も変わりはないぞ戦乙女。値打ちものの首を探してるんなら、この国より東の大国にでも行くんだな」
「うふふ――。あなたは先ほど『話をしに来たのに拒んだのは私たちの方だ』と仰いましたね? 確かに確かに、予定ではミズガルズの使者と話をするはずでした。それを知り、なおかつ出席するはずだったとなると……あなたの首の価値もわかりそうなものですがねぇ」
「ちっ」
――こいつ、キレた様に見えて頭は冷静だ。
ブリュンヒルトの体から発せられた炎の魔力。
その色が赤から青へと移りゆく。
エタドラでも見たブリュンヒルトのスキル【フレム・オブ・レイジ】
感情の爆発を炎属性の魔力に変換、攻撃に転用するスキル。
エタドラのボス戦だと攻撃を受けるたびに状態異常――やけど状態になり、スリップダメージを受ける羽目になる。
それだけではなく、攻撃のダメージも通常の三〇%もアップする。
おまけにブリュンヒルトはクリティカルを連発する敵だ。火力が信じられないほど上昇する。
つまり、だ。
この世界に来て散々思い知らされていること。
エタドラで強力だった敵は、この世界だとゲームのシステムに縛られない設定通りの強さを発揮する。
それはすなわち。
ただでさえ強力なブリュンヒルトが、
設定通りの――世界最高峰の実力の持ち主として、俺に襲いかかってくるということだ。
「さあ、行きますわよ!!」
「戦うしか、ないのかよ!?」
考えている暇など、なかった。




