第78話 魔法学校の見学
重々しい雰囲気の建物を眺める俺たち。
ここがルビィの言うシックスシェード魔法大学だ。
いくつもの塔が連なっていて、それぞれが専門分野ごとに棟分けされているらしい。
魔法専門の学校だけあって、魔法のジャンル一つに棟を用意する規模のでかさ、まったく感服するね。
ルビィは目を輝かせて、あちこちの棟を見ている。
中を覗いてどんな授業をやっているか見たわけでもないのに、このはしゃぎっぷり。
まるで工場夜景を見てよだれを垂らす工場萌え人間のようだ。
「外の建物見たってしょうがないだろ、どうせなら見学させてもらおうぜ」
「け、見学!? だめだめ、私じゃダメだよ! 私みたいな魔法のまの字も知らない素人が入っちゃいけないっていうか、恐れ多い感じがするし……」
「いいっていいって。どうせここ目指すんだろ? だったら今のうち見ておいた方がモチベーション上がると思うぞ。自分の中に志望する学校のイメージを持ってると、勉強も捗るしな」
「なんか経験したことあるような言い方……」
「そりゃ、二回は受験の経験をしたし。こういうのは年上の意見を参考にすべきだよ」
ルビィは首をかしげる。
俺の言葉に対する反応は鈍い。
「とおくんが言うと、なんか不安になるなぁ」
「なんで!? 珍しく経験に基づいたまともなアドバイス言ったのに!」
「あはは、冗談だよ。でも、うん……とおくんの言うことも一理あるかも。見学、してみたい」
ルビィの遠慮がちに発せられた言葉を受け、俺は頷いた。
そして、近くの警備員らしき男性の元まで行き、敷地内を見学していいか確認した。
すると、紐のついた首から下げる許可証をもらうことが出来た。警備員によると授業の内容は見せることは出来ないが、構内を歩き回る程度なら大丈夫らしい。
俺とルビィはさっそく受け取った許可証を首から下げて、敷地の中を探索する。
ルビィは授業の行われていない空き教室などにある、大きな機械のようなものを眺めて感嘆の声を漏らす。
「うわぁ……見たことない魔道具がいっぱいあるぅ……!」
うっとり顔のルビィに、少し驚く。
こいつ、こんなリアクションするんだな。
人間好きなものを前にすると人が変わるが、ルビィの場合興奮しきった顔になっている。
ルビィが興奮している目の前の魔道具なんて、何を目的とした機械なのか不明だ。
魔道具は業務用の冷蔵庫くらいの大きさだ。形も真四角で、一体全体何に使う道具なのかわからない。
まさか見た目通り、食料を冷やす魔道具ですなんて言わないだろうな。だとしたらがっかりなんだが。せっかくなら異世界らしい、もっと神秘的な使い方をするものであって欲しい。
「これは物体の時間を遅らせる魔道具ですよ」
不意に、教室の入り口から声がした。
振り返ると、そこには二十代前半と思われる女性の姿があった。
ローブを来ており、手には杖がある。見るからに魔法使い、といった風体の女性だ。
おそらく、この学校の教師だろう。
「見学者の方ですか? この学校の生徒ではないですよね。そちらのお嬢さんは年齢からして、入学志望者かしら?」
教師らしき女性は俺たちの素性をもののズバリと言い当てる。
いや、まぁ学校の生徒じゃない子供が構内をうろついていたらそりゃ志望者が見学に来ていると思いつくのも難しくはないだろうが。
こちらの素性を見抜かれたことに、なぜか変な罪悪感を覚える。悪いことをしているわけじゃないのに、不思議な感覚だ。
きっとこの教師の喋り方が淡々としていて、言葉がストレートに向けられるからそう感じてしまうのかもしれない。
教師の言葉に、ルビィが慌てながら答える。
「は、はい! あの、私、この学校の魔道研究科に興味があるんです! 学校で聞いた話だと、ここでは色々な魔道具を作ったりしてるって聞きました。なんでも、魔法の仕組みを分析してその理を魔道具に転用してるんだとか」
「あら、よく知ってますね。ええ、あなたの言うとおり、私たち魔道研究科は魔道具の開発を行っているわ」
教師の言葉にルビィは食いつく。
「私達……? ってことは、もしかして……」
「ええ。はじめまして、かわいい未来の魔法使いさん。私は魔道研究科で教鞭を執らせてもらっている、ビルというものよ。我が校はあなたのような好奇心旺盛な魔法使いの卵を、いつだって歓迎しているわ」
「え、ええ~~!? あ、あなたが魔道研究科の教授だったんですか? そんなにお若いのに!」
魔道研究科の教授ビルはえっへん、と胸を張る。
そして手を胸の前に持ってきて、自信ありげにルビィに語る。
「ふふん、ここでは年齢なんて関係ないわ。必要なのは実力だけ。それさえあれば、どんな家系の人間だってどんな若造だってその人に適切な席を与えられるの」
なるほど、このシックスシェード魔法大学は実力主義の学校なわけだ。
成果を出せばそれに見合った報酬と地位を、それがなければ……語るまでもないだろう。
うへぇ……完全に俺が苦手なタイプの学校だな。
俺は適当に手を抜いて、頑張るところは頑張る人間だ。こんな年がら年中研究に精を出す人間の集まるところでは埋もれていってしまうだろう。
しかしルビィは違うようだ。
教授の言葉に目を輝かせている。
おそらく、教授の言ったある言葉が気に入ったのだろう。
「どんな、家系の人間でも……成果を出せば認められるんですか?」
「ああ。それがたとえスラム街出身だろうと、汚職政治家の子供だろうと、結果を出せば文句を言うやつなんていなくなる。それがこの学校のいいところさ」
……なるほど。
ルビィが気に入りそうな理由が分かった。
どんな家系の人間でも、本人の努力で認められる。それは貧しい家系の人間だろうと、きな臭い噂の流れる家系だろうと、たとえ王女であろうとも。
ここでは関係ないのだ。
ルビィは、王女というラベルを張られた自分ではなく、ルビアという一個人として認められたいのだろう。
さすが王女様しっかりしてるとか、そういう色眼鏡で見られることから抜け出して、ありのままの自分の実力を確かめたいのだ。
「とおくん……やっぱり私、この学校受験したい……!」
強く、まっすぐな瞳。
自分のやりたいことを見つけた、未来のある眼だ。
本来の歴史なら叶うことのない、いや目指すことさえ出来なかったはずだ。
それが今、歴史の流れを変えてルビィがこうして今も生きていることで、見つけることが出来たんだ。
没ヒロインの役割を。
それを応援しないで、何を応援しろというのか。
俺はルビィの肩に手を置き、ゆっくりと頷く。
「ああ。来てよかっただろ? お前の目標、しっかりと見つけることが出来たんだ。めでたいじゃないか」
「うん、ありがとねとおくん」
にこり、と笑う。
その笑顔は心の底から晴れ晴れとした気持ちでいるのが伝わってくる。見ている俺の心まで真っ白に洗い流されそうだ。
思わず頬が緩む。
「これで王国に戻ったら、勉強に精が出そうだな。目標を明確にするって、結構大事だろ」
「だね。私も頑張らなくっちゃ!」
「王国……?」
ビルは急に低い声を出した。
王国という単語に反応したようだが、何か問題でもあるのだろうか。
ビルは眉を下げて、申し訳なさそうに言う。
「お嬢さん、あなた王国出身なの? あのミズガルズ王国? このアスガードに隣接した、あのミズガルズ王国出身?」
しつこく確認するビルに、訝しげな表情を向けるルビィ。
「はい……そうですけど。あの、ミズガルズ王国出身だと何か問題があったりしますか……? 一応、去年は私の学校から何人か入学してるから問題花井と思うんですけど……」
「そっか、王国にはまだ伝えられてないのね。といっても、この国も同じか。知ってるのは一部の人間だけみたいだし、そもそも決まったのはつい先日だしね」
「えと……何の話、ですか?」
ルビィは王国について何か問題があるのか、不安そうに尋ねる。
するとビルは声を小さくして、廊下に声が漏れないように喋る。
その内容は驚愕すべき事実だった。
なぜなら、俺にはこんなイベントが起きるなんて思ってもみなかったからだ。
俺が知らないこの世界の出来事。それはつまり、歴史を変えたことによる変化。それが早速発生したのだ。
詳しいことは分からないけど、とビルは前置きをして――
「アスガードはミズガルズとは今後交流を減らしていくと決めたらしいの――交易から移民の受け入れ、政治的な執り行いも含めてすべてね。当然、この大学も王国出身の子を合格させるかどうか、難しくなっているわ」
「そ、そんな……」
エタドラではアスガードは少なくとも、ミズガルズとは仲は悪くなかったはずだ。
ミズガルズは物語の序盤で滅んでしまったため、あまり詳しくは知らないが、それでもアスガードの多くの民が滅亡を惜しく思う程度には互いに交流を深めていた。
それが急にどうして、こんなことになってしまったのか。
俺たちは、ビルの言葉を受けて呆然とするしかなかった。




