第77話 神聖奉祀法国アスガード
ミズガルズ王国出発して早七日経った。
予定では今日中にはアスガードに着くはずだ。
俺とルビィはというと、たまに言葉を交わす程度で基本は寝てるか景色を眺めていた。
別に喧嘩したとか、そういう険悪なムードになっているわけじゃない。むしろ何もないからこうなっている。
俺もルビィも、元々そんなに騒ぐような人間じゃない。そんな二人がこんな殺風景な空間に一週間も閉じ込められれば、最後の方は口数も少なくなるわけだ。
「まだか~」
「もーすこしー」
こんな調子である。
時々馬車を止めてもらって、降りた周囲の風景を眺めたりするがそれもほんの数分程度。退屈を紛らわすにはほど遠い。
こう考えると、元の世界は本当に娯楽に溢れてたよなぁ。暇つぶしなんて手のひらサイズの携帯端末でいくらでも潰せたし。
ああ、ネットサーフィンとソシャゲが恋しい。この世界でそんなこと言っても、どうしようもないけどさ。
暇つぶしも出来ず、狭い馬車の中にいい加減うんざりしていたその時。
馬車の速度が緩み始めるのに気がつく。
「おっ? スピードが落ちてきたな。なぁルビィ、もしかして……」
「うん、とおくんの思ってるとおり。着いたみたいだよ、神都に」
窓の外を眺めると、大きな柱が見えた。
いや、それは建物を支える柱などではない。ここは外だ。外に巨大な柱があるなど不自然だろう。
ならばあれはなにか。
そう、あの巨大な柱のようなものこそ。
世界を支える一本の大樹。世界樹ユグドラシルである。
そして世界樹の根元に栄える都市こそ、俺たちが目指していた場所である。
神と世界樹を祀る国。
神聖奉祀法国アスガード。その中心、神都だ。
◆
「話すことはありません。即刻立ち去ってください」
「待ってください、話が違います!」
ルビィが出す声は大きく、大聖堂の中に響き渡る。
彼女がここまで大きな声を出すのは大変珍しい。というか、聞いたことがない。
恥ずかしがって大声を上げる時でも、こんな声量は出てないんじゃないだろうか。
ルビィが声を大きくするのには理由がある。
アスガードの至神乙女《ヴァルキュリア》に面会しようとしたところ、門前払いを食らってしまったのだ。
手紙に書いてあった場所、神都中央にそびえ立つ大聖堂に行き、司祭に用件を伝えた。
すると司祭は大聖堂の中に入っていき、しばらくすると戻ってきてこう言ったのだ。
「至神乙女のリーダーからだ。この話はなかったことにして欲しい、とのことだ」
わざわざ一週間もかけてアスガードに来て、会いもしないで門前払いとなればルビィだって声を大にして抗議する。
しかしルビィの言葉はいくら投げかけても、司祭は全く聞き耳を持たない。
何を言っても至神乙女たちの決めたことだ、の一点張りだ。
こういう頑固な人間は質が悪い。自分の考えを全く変えるつもりはないからな。こっちがいくら正論を並べても知らぬ存ぜぬで押し通すのだ。
結局大聖堂には入れず、俺たちは立ち往生することになってしまった。
◆
スプーンを握る手に力が込められる。
器に飾られた色とりどりのクリームが、雑に口へと運ばれていく。
「もう、なんなの!」
珍しく怒りの感情を表に出しているルビィ。
そりゃそうだ。こっちは一国の王女が外交に来ているのに、それを突っぱねられたのだから。
相手側はかなりのマナー違反だろう。これが営業マンだったら、御社とは今後取引しませんって言れても文句言えないレベル。
正直、権力者のやることかと俺も驚いている。こんなことして、今後アスガードとミズガルズの関係が悪くなっても知らないぞ。
「ははは……災難だったな。まさかあそこで断られるなんてなぁ。事前にアポ取っておいてこの対応、よっぽど忙しいのか?」
「忙しくってもさ、事情を話したり、もしくは謝罪があれば話は別だよ? でも、あれはダメだよ。あんなことされちゃうと、アスガードに対する認識を変えざるを得なくなっちゃうもの」
むすっと膨れているルビィも、これまた珍しい。
彼女がここまで怒っているってことは、それほど相手の対応がまずいのだろう。
俺もあれはないと思っているが、王国の代表の一人でもあるルビィからすると『まずい』の程度が違うのかもしれない。
ルビィはスプーンを置き、ため息をつく。
「ま、ダメなもんはしょうがないさ。せっかくだ、色々と見て回ろう。このまま一週間かけて王国に戻るのは、流石にアホらしいからな」
「とおくん……うん、そうだね。よし! 気を取り直して、観光しよっ!」
「そうだそうだ、一週間もの馬車生活の鬱憤を晴らすためにも、今日だけは目一杯遊ぶんじゃい!!」
「じゃあとおくん、さっそく行ってみたいところがあるんだけど」
ルビィはポケットから冊子を取り出した。
冊子には『おすすめ! アスガードのデートスポット!』と書かれている。
ルビィ、行きの道中は遊ぶ時間なんてないと言いつつ実はかなり楽しみにしてたな。
合間の時間を見つけては遊びに行くつもりだったに違いない。
今はこうして完全に時間が空いてしまったため、ルビィの脳内デートプランが大幅にアップデートされ、色々な観光名所に行く算段が立てられていっているはずだ。
俺はそれについて行くことにしよう。この国のことはエタドラで知ってるとはいえ、名所とかまでは知らないし。
「おすすめはどこがあるんだ?」
「ここからなら、シックスシェード魔法大学かなぁ。あ、この大学はね。この大陸でも珍しい魔法専門の学校なの。普通は一般教養を学んでそこから自分に適正のある分野を勉強していくんだけど、この大学は魔法一点のみ勉強する場所なんだ」
「へー、魔法だけか。それは確かに、珍しいな」
元の世界の理科大みたいなものだろうか。もしくは高専とか。
「このシックスシェード魔法大学のすごいところは、入学する生徒が毎年数十人しかいないの。そして卒業生はその半分以下。とっても厳しい入学試験と三年間の授業を耐え抜いて最後まで残った生徒には、魔道士の資格が与えられるの」
ルビィは興奮からか、手をぶんぶんと振っている。
「魔道士? 魔法使いとどう違うんだ?」
えっへん、と得意げな顔になる。
待ってましたといわんばかりの表情だ。
「魔法使いは言葉の通り魔法を使う人で、魔道士は魔法の道の求道者なの。簡単に言うと、魔法の研究者として活動することが出来るし、人に魔法を教えれるようにもなるんだよ」
「へぇ、教員免許と専門の資格を同時に取得する感じか。そりゃ職に困らなそうだな」
「うん。実際、うちの学校の先生もシックスシェード大学卒だし教え方も上手なの。魔法を勉強するならここってくらい、有名な場所なんだ~」
ルビィは緩んだ笑顔でパンフレットのページを眺めている。
「ルビィはここに進学するのか? 来年大学に入れる歳だろ」
この世界では十三~十五歳が通う学校を高等部、それより後ろを大学と区分しているらしい。
ルビィは現在十五歳、来年には大学生だ。
もっとも、俺が元いた世界と同じようにこの世界でも大学に進むか職に就くかは人によって違うらしい。
ミズガルズ王国では十六歳で成人とのことだし、社会に出るのが日本よりも大分早い。
ルビィは大学で魔法の勉強をしたいと以前言っていたから、ここに進学するのだろうかと質問をした。
うん! と勢いよく答えるかと思いきや、ルビィの返事は曖昧なものだった。
「行ってみたい、とは思うんだけど……ね」
「ダメな理由でもあるのか?」
「私、王女だから。三年かそれ以上国から離れるのは、あまりよくないかな」
「でも、勉強したいんだろ。ここでさ、魔法の勉強を」
「うん……」
「だったら、ダメ元で王様に言ってみなよ。我慢したまま行かなかったことを後悔するのは、もったいないぞ」
「そうだね。うん……。わかった! 帰ったらお父さんに話してみる!」
ぐっと拳を握る。
目には気合いが入っている。
「じゃあ、そのためにも学校見学だな。行こうか、そのシックスシェード大学に」
「えへへ、こっちこっち!」
ぐっ、と俺の手をルビィの柔らかく温かい手が包み込む。
「ちょ、いきなり腕を引っ張るなよ!」
「あ、そうだ! 大学に行った後、ニュー・リーン・ガーデンズにいこう? アスガードにある珍しい花や植物が一挙に見られる植物園なんだって!」
「植物園か、いいな! そこで気に入った花があったら城の庭園に植えてみないか?」
「それ、いいかも! あとあと、ニュー・リーン・ガーデンズにはブラッドローズの花弁を使ったアイスがあるんだって。それも食べよう!」
「お前さっきパフェ食ったばっかりじゃなかったか?」
「いーの、今日は特別だもん」
「はいはい……ふふ」
どうやらルビィの機嫌はすっかりよくなったようだ。
やれやれ、困ったお姫様だな全く。
ま、退屈しないけどさ。




