第75話 雷神公、誕生
ルビィとデートしてから数日経った。
あれから俺とルビィの仲はというと、特に進展はなく、お互い日々の忙しさに追われていた。
いや、俺はずっと訓練してただけだから、忙しいのはルビィだけか。
俺は相変わらずやることもなく、ただただミズガルズ団の訓練場を借りて鍛錬をしていた。
しかし、いくら訓練できると言ってもここでは限界があった。この訓練場じゃあど派手な魔法の練習も出来ず、ティウと実戦形式の模擬戦でもやろうかと思ったが忙しくて捕まらず。
基本的に一人で鍛えるのみになってしまっている。
時々、エリくん隊長やハゲ姉さんといった馴染みのある顔ぶれが手合わせしてくれるが、それも稀だ。
そういえば、手合わせする騎士の中には先日喫茶店で会話したカールもいた。
カールはルビィのクラスメイトらしく、学生と騎士を兼業しているらしい。騎士としても若いのに大したもんだと隊長たちが褒めていた。カールは逸材のようだな。
そのカールは俺と打ち合いをして、悔しそうな顔で「ルビア様をよろしくお願いします」と言ってきた。よくわからないが、彼にもなにか思いがあったのだろう。
そして今日、またも一人で鍛錬を積んでいたところに若い騎士がやってきた。若いと言っても二十代中盤、俺より年上だ。
その騎士曰く、王様が俺を呼んでいるんだと。すぐに王様の部屋に来るようにとの伝言を承ったらしい。
俺は汗を水で流し、綺麗な服に着替えて王様の部屋へと向かった。
大きな部屋の前、扉に向けてノックする。
コンコンコン。
「構わん、入れ」
中からは荘厳な声がした。
王様の声だ。
「失礼します。王様、入るぜ」
俺が扉を開いた瞬間――剣が降りかかる。
「チェストおおおぉぉ!!」
「うおおおぉぉぉ!?」
とっさに剣を白羽取りし、九死に一生を得る。
剣は俺の目と鼻の先で止まり、手の力を少しでも緩めれば顔面が一刀両断されてしまいそうだ。
「な、なんの真似かな王様ァ……!」
「いいから、いいから斬られとけ。な?」
「な、じゃねーよ! こんな不意打ちまがいの行為、俺じゃなかったらよけられなかったぞ!」
「いいからいいから、な?」
「やめろォ!!」
剣を逸らして王様の横を通り抜ける。急いで部屋の真ん中まで逃げる。
王様はすごい形相で俺を睨んでいる。俺、またなにかやっちゃいました?
「ふふふ、いい反応だねトール。色んな意味で」
「この人をからかうことを至上の楽しみにしてそうな声は……ティウ!」
部屋の壁際にはクスクスと笑うティウの姿があった。
なぜティウがここにいるのか。というか、なぜわざわざ部屋の隅にいるのか。そんなことを疑問に思ったが、王様の剣がいつまた襲いかかるか不安でそれどころではなかった。
「なぁティウ、王様どうしちゃったんだよ? なんとかしてくれよ、怖いよ!」
「それは仕方がないよ。陛下は今親バカモードに入っちゃってるから」
「親バカモード?」
親バカ、というと子供を甘やかす親ってことだよな。
つまり、この狂乱じみた状態になったのはルビィ絡みというわけか。
しかし、ルビィに何かあったとして、どうして俺に剣を向けているのだろう。思い当たる節なんて……。
「あ……!」
先日のデートの件を思い出す。
もしかして、どこかから情報が漏れて王様にまで話が行ったか。
それならば王様がこうして怒っているのも納得がいく。何しろ一人娘に男が出来たのだから。
しかもそれが思いっきり身内の男なわけだ。こうして剣でぶった切りたくもなるだろう。
しかし、ルビィは人の少ない道や店を選んだというのになぜバレたのだろう。まさか王族を付け狙うストーカーのようなやつがいるのか?
「ま、ルビア様変装してなかったしね。そりゃ遅かれ早かれバレるよ。しかも、今話題の雷神トールと一緒なんだから」
「ナチュラルに心を読むんじゃない! ていうか、なんだ。俺ってそんなに噂になってるのか? ルビィの友達にもそんなことを言われたが」
やれやれ、と首を振るティウ。
「自覚がないのもよくないよ。そもそも、僕が君とシグルズを戦わせた理由を忘れたわけじゃないだろ?」
「シグルズと戦った理由……」
それは確か、修行の成果を見極めるためだったよな。
俺が一年間修行してきた集大成を国一番の英雄であるシグルズと戦うことで確認する。
たしかそれがティウの目的だったはずだ。
それともう一つ。
「知名度アップ、だったか」
「そう。君は活躍の割にほぼ無名だったからね。今後活動するにしても知名度を上げておくことに悪いことはない。そして早速、その成果が出たってワケ」
「……ああ、なるほど」
つまり、英雄シグルズと互角の戦いを繰り広げた俺は、今や王国で一躍有名人となっているのだろう。
そのせいで街中で俺とルビィがデートしてたら、すぐに情報が行き渡ってしまうわけだ。
なにせ王女と雷神、ビッグネーム同士のカップリングとなるのだから。
俺が事情を察すると、王様は再び剣を構えて走ってくる。
「先日はずいぶんお楽しみだったみたいだなぁトール、ええ?」
「いや、別に何もやましいことはしていないぞ俺は! いやほんとですよ?」
「勝手に我が家で自宅デートもしたみたいじゃないか」
「な、なぜそれを知ってるんだ!?」
「ルビアに聞いたぞ、なんでもキスもしたそうじゃないか!!」
「なに言っちゃってんだよルビィー!?」
あの没ヒロインめ、男女のそういう営みを親にバラすもんじゃありません!
というか、ただでさえ王様とは顔を合わせる機会が多いんだから、気まずくなるようなことはやめてくれ、マジで。
これから王様に会うたび、剣を突きつけられるようになったらどうするんだ。恐ろしいぞ。
「娘はお前なんぞにやらーーん!」
「わ、わかった! 俺が悪かったから剣を下ろしてくれ!」
「簡単に引き下がるんじゃないッッ!!」
「どうすりゃいいんだよ!?」
ティウはケラケラと笑い、こっちを煽るように声を出し
「トール、一発もらっとこう。大丈夫大丈夫、死にはしないって」
「死ななければ大怪我してもいいわけじゃねぇよ!?」
「いけるいける。自分を信じてみよう!」
ガッツポーズで応援するんじゃない。
完全に遊んでるじゃないか。助ける気ゼロだなこれは。
やはりティウに助けを請うのは間違っていたようだ。わかってはいたけど、一縷の望みに賭けた俺がアホだった。
「トール……覚悟はいいか」
王様の気迫に押され、壁際まで追い詰められた。
まだ、この段階ならば本気を出せば逃げられる。あと少しでも逃げるのが遅れれば、もうダメだ。剣の餌食になってしまう。
「ああ、もし避けたらな今後ルビィとは外出禁止にでもさせてもらおうかなぁ」
「なっ! ルビィを盾に使うのは卑怯じゃないか?」
「問答無用、覚悟!」
あまりの緊張感に、膝をつく。王様が怒るとこんなに怖いとは思いもよらなかった。
王様の握った剣が振り下ろされる。
俺は覚悟を決めて目を閉じる。すぐに訪れるであろう痛みに備え、歯を食いしばる。
しかし、いくら待っても痛みはやってこない。不思議に思い目を開けると、剣は俺の首筋――正確には肩のあたりにゆっくりと当てられた。
しかも剣の刃ではなく、腹の方だ。斬ることが目的の行動とはとても思えない。
「これは……」
王様が俺にした、剣を肩に当てる行為。
これは映画かなにかで見た記憶がある。確か、叙任の儀式だったか。
騎士のように国の組織に所属した人間が、公的な活動などで優秀な成果を残した際に、王から称号などを授与される儀式だ。
つまり、王様が俺にしているのは――
「ふむ、これで儀式は終えた。本来ならば謁見の間でやるのがしきたりだが今回は特例でな。簡易的だが許して欲しい」
「えっと、王様……?」
「ははは。驚かせちゃってすまんなー! ちょっとしたサプライズのつもりだったんだが……って、どうしたトール? ふぬけた顔をして」
「ったく……どうしたじゃないよ……」
一気に全身の力が抜けた。
なんだよ、あれだけ怒ってたのは全部演技かよ。びっくりして損したぜ。
それにしても、王様の怒った姿は怖かったな。まさに迫真の演技ってやつだ。
床にへたり込んでいると、ティウがそばに寄ってきて耳打ちする。
「陛下、結構練習してたんだよ? これで中々に演技派でね。ここ何日かは空いてる時間はずっと芝居の練習につかってたんだ」
「その努力を公務に活かしてくれよ……」
「馬鹿言うなトール。これも立派な公務だぞ! なにせ、この儀式によってお前には爵位が与えられたのだからな」
「え? 爵位……? ってことは、俺貴族になったの?」
「うん、そうだよトール。ちなみに階級は男爵。貴族としては一番下だけど、貴族は貴族だよ」
男爵、と聞いて先日の喫茶店でのカールの言葉を思い出す。
そういえばあの時、カールは一度だけ俺のことを男爵と呼んだ。ひょっとしたら、あの時点で既に噂になっていたのかもしれない。
「貴族になったからには領地を与えなければならん。が、生憎余ってる土地がないし、お前も領地経営には興味がなさそうだ。この件はいずれまた、話すとしよう」
「た……確かに領地とか欲しくはないけどさ……。なんだかいきなりの話で頭がついていかないぜ」
貴族……俺が貴族?
この一般庶民の看板を魂にまで刻み込んだ俺が貴族になるだなんて、何の冗談だ。
野球選手がサッカーの日本代表選手になるくらいおかしな話だぜ。
「じゃ、話は以上だ。お疲れ様だったな、トールよ」
王様は俺の肩をポンと叩き、ねぎらいの言葉をくれる。
さっきまでの怒気は微塵も感じられない。本当に怒ってないのだろうか。
「お、王様……。その、怒ってないのか? ルビィと俺が、なんていうか……恋人同士になってるのは」
質問した瞬間、肩に置かれた手が思いっきり背中を叩く。
痛い、と声に出す前に何度も背中を叩かれる。
「それはもちろん、大事な一人娘が取られて怒っちゃいるとも! だが、しかし、相手がお前だからな。怒ってこそいるが、お前ならばルビアを任せられる。……そういう気持ちも、確かにあるのだ」
「王様……」
そこまで俺のことを認めれくれているのか。
少し胸に来るものがあるな。
「陛下がこうして爵位を与えたのも、ルビア様とトールが少しでも釣り合えるようにっていう粋な計らいさ」
「おいティウ! それは黙っていろといったはずだ!」
「あれ、そうでしたっけ。すみませんね、はは」
平民どころかただの旅人の俺がルビィの恋人だったら、国民から色々と言われてしまうかもしれない。
それは確かに、あり得る話だ。
だから王様は、そういう意見が出る前に俺に貴族の位を与えてくれたのか。
本当に、感謝しかない。
「ありがとう、王様。王様の気持ちを無駄にしないためにも、ルビィのことこれからも守っていくよ」
「ああ、娘を泣かせたりしたら承知しないからな」
「よっ! がんばれトール公!」
「ははは、トール公か。似合わないなぁトールよ」
「なんだかむず痒いな……へへ」
こうして俺は貴族となった。
領地はないし、貴族になったからと言って大きな変化はない。
だが、これからの生活が変わっていくことは間違いないだろう。




