第47話 麗しの姫君
「はぁ……憂鬱だわ……」
私、ルビア・シフ・ミズガルズは重い溜息をついた。
睦月の二九日、今日は王国中から選ばれた戦士たちが城にやってくる日。
帝国と戦うための戦力を整えるために、冒険者や地方の兵士、果ては村人までいろいろな人を公募した。
そのおかげで、ミズガルズ団の兵士に勝るとも劣らない人材が発掘できたってお父さんが喜んでた。
そういう出来事もあり、世間は今誰が強いのかという話題でもちきりになっている。
一番人気は冒険者のシグルズって人なんだって。なんでも、一人で巨竜を倒したほどの勇者だとか。帝国に邪竜がいるという情報が国民にも伝わったことで一時は騒ぎになったけど、今ではシグルズさんがいるから大丈夫と語られている。
不謹慎だと思わなくもないけど、数年前の王国の雰囲気を思えばこれはこれでいいのかなとも思う。
ここ数年でこの国は帝国との関係が徐々に悪化していき、国民のみんなも戦が迫っているのを肌で感じていた。
普通に考えれば、帝国なんかに勝てるわけない。負けるのは必至。そんな空気が流れていた。
そんな中、一人の男性が四魔将を打ち破った。
その人はとても強くて、いつも優しくて、一緒にいて楽しくて。
話しているだけで満ち足りていて。
今思えば、あの気持ちは初恋……だったのかもしれない。
最後にあったのは一年以上前で、あれから私も色々あって。
あの感情の正体を探る機会は無くなっちゃったけど。でも、小説なんかを読むにつれ、私が感じていたことと似た表現が使われていて、ひょっとしたらって思った。
今、あの人は国外で修行している。
強くなって帰ってくる。そう言ってた。あの日、私の十四歳の誕生日に。
あの日のことは、強く記憶に残っている。
棋士になってくれるって約束を破られたかと思った。私の勝手なお願いだったから、断られてもしょうがないって思った。
でも、それは違って。約束を守ってくれるために、自分に厳しくしていて。
それは私には出来ないことだ。あの人は自分のことを大したことないって言うけど、私から見たあの人はいつだって無理ばっかりしていた。
でも、決してくじけなくて。むしろ挑戦しようとしてて。
そんな彼が、とても眩しく見えた。
そのせいかな。
今年の誕生日は全然楽しくなかった。
「十五歳になっちゃったよ、手紙の一つでもくれたらいいのに……」
拗ねたってしょうがないのは分かってる。
こうしている間にも、きっと厳しい修行を耐え抜いてるんだ。
「る、ルビア様! お迎えに参りました!」
振り返ると、緊張してるのか視線を上に向けた一人の若い兵がいた。
彼の名前はカール。私と同じ学校に通う十五歳の少年だ。この歳で厳しい試験に合格し、ミズガルズ団に入団した優秀な男の子。
ちなみに、私の学校は元々は男女で校舎が別々だったんだけど、今年から高等部三年生に限り優秀な生徒を集めた男女混合クラスを作ることとなった。
社会に出るにしても大学に進学するにしても、学校の知名度を上げるため優秀な生徒を更に磨き上げて輩出するためなんだとか。正直、この制度は好きじゃなかった。他の生徒にも同じ処置をしてあげて欲しい。
それで、カール君とはクラスメイトとなった。
彼は武術の主席として、私は魔法学の主席として。お互い注目されていた。
カールくんと言葉をかわすのはあまりないけど、その腕は確かだったんだろう。いつの間にか入団していた。
そして、歳が近いということもあって、最近は私の警護に着く機会が増えた。
「きょ、今日は噂のシグルズ殿を始めとする数多くの戦士にルビア様からお言葉をかけて頂く手筈となっています」
「了解しました。ありがとうございます、カール君」
「い、いえ! 自分は仕事をやっただけですので!」
心なしかカール君の顔は赤く染まっていた。
私へ報告するために急いで走ってきたせいだろうか。同い年なのに彼は仕事熱心で、感心する。
◆
廊下を歩き、大広間へと入室する。
目に入ったのは数え切れないほどの人、人、人。城で働く人や王都に住む貴族、そして集められた人たち。みんなの視線が私に集まる。
一年前の私ならここでフリーズしていただろう。でも、私も努力したんだ。これくらい、もうへっちゃら……!
「おお、ルビア様だ。お美しくなられて……。一年前はまだ子供でしたのに
」
「ずいぶんと落ち着いておられますな。確か十五でしたかな? 来年の誕生日でいよいよ成人するはず……」
「ほう、であれば当然お相手がいるんでしょうな。例えば、隣にいる兵士……確か辺境伯の息子ではなかったですかな?」
「いやいや、いくら歳が近いといってもあんなのでは。やはりティウ団長が有力では? 彼はまだ未婚でしょうし、ルビア様も幼い頃から親しくしておられる」
「それならばあそこにいる冒険者のシグルズ殿もありえますぞ。なんたって彼はロー王国の王子なんですから。それに武勇もある」
「いえいえ、それでしたら……」
貴族の人たちが私を見て盛り上がってる。きっと良くない話をしているんだわ。
変な噂を流されないように、しっかりとした態度でいないと。もう赤耳姫なんて言わせないんだから。
登壇し、周りを見渡す。すると、多くの人々が私の目の前に来て片膝を立てる。
「ではルビア様、一言お願いします」
「はい」
大広間全体に広がるように、大きく、しかし裏返らないように慎重に声を張る。
「皆さん、ようこそ集まってくださいました。私はルビア・ミズガルズ。国王である父に替わり、まずはお礼を申し上げます。本日皆さんに集まってもらったのは他でもありません。今、この国は存亡の危機に瀕しています。帝国が戦争に向けた準備をしているとの情報を掴んでいます。まず間違いなく、戦争が起こるでしょう。帝国が攻めてくれば多くの人が死んでしまうかも知れません。多くの地が焼き払われるかも知れません。ですが、この国は私達の故郷です。決して帝国の好きなようにはさせてはならないのです。この国を守るためには、自ら立ち上がらなければならないのです。ですから皆さん、ともに力を合わせて、戦いましょう!」
私が演説を終えると、大広間は喝采で包まれた。
◆
「お疲れ様でしたルビア様。では、ごゆっくりお休みください」
「はい。ありがとうございます。では……」
兵士が部屋から離れるのを確認して、椅子に体を預ける。
「つ、つかれたぁ~~~~」
疲れがどっと押し寄せる。
体中が緊張で痺れているみたい。
「台詞を噛まなくなったけど、頭の中じゃ未だに緊張でいっぱいだよ~~……」
でも、以前に比べれば大進歩だよね。
私も、もうただの子供じゃないんだよ。少しずつだけど、王女に相応しくなるように、頑張ってるんだよ。
とおくんもきっと、今頃頑張ってるよね。私よりも、ずっと。
「でも、みんな勝手だよね。修行の旅に出たって説明したのに、逃げ出しただの何だの好きに言っちゃってさ。挙げ句の果てには、『ルビア様は騙されているのでは?』だって! ああ、もうっ!!」
椅子から立ち上がりドサっ、とベッドに体を沈める。
「四魔将を倒したって時は、みんな雷神だーって盛り上がってたのにね。たった一年話を聞かなくなったくらいでさ。勝手だよ……」
でも、他の人から見たら逃げたように見えるっていうのは分かる。
だって、世間から見たとおくんは邪竜を倒すことが出来ず、その後すぐに国を出ていったって事実だけ。
事情を知ってるのは私やティウや隊長格、あとはお父さんくらい。
隠す必要はないので城にいる人たちには何度も説明してるんだけど、とおくんと実際に交流があった私達以外は誰も信じてくれない。
みんな、シグルズさんの話題で盛り上がってた。
雷神はまぐれで四魔将に勝っただけ。それどころか誰も勝ったところを見ていない。ペテン師なのではないか。王国の誇る真の勇者は今や英雄シグルズだ、って。
それが、とても悔しい。私が赤耳姫ってバカにされるよりも一〇〇倍くらい。
「ああ、そういえばお父さんと写真を取る予定があったんだ。服装をちゃんとしないと」
これからのことを考えると、自然と表情が曇る。
王国のことは当然だけど、それと関わりがある大事なこと。この国の秘密と、私の秘密。
不安がいっぱいで、今にも内側から崩れそうになる。
こんな時、あの人が隣にいてくれたら……。
「だめだめ、強くなるって決めたもんっ! 私だって、ちゃんと……!」
そうだ。強くならなくちゃ。王女として、この国を守らなくちゃ。
そして、強くなった私の姿を、あの人に見せたいんだ。大人になったなって、褒めてもらうんだ。
だからとおくん。
早く帰ってきてね。私、ちゃんと頑張って待ってるから。




