第45話 山籠り終了
アスガード国の北西端、霊山と呼ばれるところに一人の男がいた。
その男は突如現れ、十ヶ月もの間山に篭っていた。
アスガード国の中でも特に魔力が濃く、凶暴な魔物が数多く生息していると言われている山に、一人でだ。
更に、近頃帝国が生み出した合成魔物が各地に解き放たれ、この山にも流れ込んでいる。
まさに魔物の巣と化している。
だが、男は生きている。
逃げ延びたのではない。
むしろ逆、魔物を積極的に狩っている。
この、アスガード国の辺鄙な村にも噂が流れてくるほどだ。何が目的かは知らないが、男はかなりの強者のようだ。
噂では腕試しに来たゴールドクラスの冒険者だとか、どこかの国の軍の隊長だとか。
だがそれらの噂はあくまで表面上流れている噂だ。我々アスガードの民の間では、かの極神ではないかと囁かれている。
類稀なる身体能力に、常軌を逸した行動。確かに、あり得る。
もし本当なら、是非迎え入れたいものだ。気になることもあるし。
とは言っても噂は噂。間に受けている者は少ない。
噂といえば、最近帝国が怪しい動きをしている。
村人の俺でも分かるくらい、近隣国同士がピリピリとしている。
これは、間違いない。
近いうち戦が始まる。
この国は完全な中立国だから、戦争を仕掛けられもしないし、仕掛けない。
だが、周りの国々で争いが起きたら、不都合もある。貿易とかな。
着々と勢力を伸ばす帝国に敵対する国と言ったら、ミズガルズ王国率いる連合くらいか。
ヴァナハイム共和国とは距離があるし、帝国が迫るとしたら王国の方か。
たぶん、数ヶ月もしないうちに戦争が起こるだろう。
どちらが勝つか知らないが、間違いなく歴史に残る戦いが。
俺が村長をやっているノーウェ村に影響がなければいいんだがな。
◆
睦月の二六日、俺がミズガルズ王国を出て一年と二ヶ月が過ぎた。
俺は戦闘勘を培うために、この一年間野生の魔物をひたすらに狩っていた。
それと、腕試しにと道行く冒険者に手合わせを申し出たりもした。対人戦の経験を積むためだ。
これらの実戦を行う際に、俺はあるルールを立てた。
・【雷神】を使用しない
・治癒魔法もしくは回復アイテム使用禁止
・攻撃魔法使用禁止
・武器は一つのみ、防具なし
こう書くとなんだかゲームの縛りプレイみたいだな、と笑ってしまう。間違ってはいない、ある意味合ってるんだけど。
これらの縛りルールを守り、常に緊張感のある状況で鍛えることで、力をつけようというのが目的だ。
幸いこの考えは功を奏して、一年間で戦闘の判断力が向上した。
なんとなく切る、咄嗟に躱すといった素人の直感による行動から、経験による判断を行えるようになった。
この世界に来たばかりの時にティウと手合わせしたが、今ならいい勝負が出来るはずだ。
「グルルル……」
「ん?」
唸り声がする方を振り向くと、危険度が高い魔物アシュラノドンがいた。
三頭を持つ飛竜で、肉食の傾向にある危険な魔物だ。動物や人間を襲い、その屍肉を食らう野蛮なやつだ。
この山の魔物は他の地域に比べてやたら強い魔物が多いが、最近は特に顕著だ。
おそらく帝国が放った合成魔物が野生の魔物と繁殖したんじゃないかと思う。そのせいでどんどん新しい種が生まれている。
危険な魔物が現れるたびに対策を練らなきゃいけない人間の身にもなれっての。
「キシャアアアア!」
「ふんっ」
飛んできたアシュラノドンの首根っこを押さえる。そして空いた手に武器を持ち、全力で……ああそうだった。剣は折れてしまったんだった。
だったら、あれを試してみるか。
折れた剣に魔力を通わせる。
すると、無くなった刀身を再現するように魔力によって刃が形成された。
「はっっ!」
アシュラノドンはバターのようにするりと両断されてしまった。
されてしまったっていうか、まぁ俺が切ったんだけどさ。切れ味の良さにびっくりだ。
これこそ俺が編み出した新技、魔力剣だ。着想は昔読んだ漫画に出てきた技から来ている。
漫画のキャラクターは折れた剣の先に霊力やら魔力やらを集めてエネルギー状の剣を生み出すという、まさに今の俺と同じことをやっていた。
べ、別にフレイの魔法剣を見てやってみようと思ったわけじゃないんだからねっ!
いやほんとに。誰がパクリッつった、オイ。
漫画の真似してるんだからどっちにしてもパクリ? そうだね。
ま、まぁともかく。この技は武器の形状に囚われず瞬時に好きな形にすることが出来る利点がある。
斬撃が効かない相手には打撃武器で、って感じだね。必要なのは自分の魔力だけだし、幸い俺は魔力が有り余っている。まさにうってつけと言えよう。
フレイのように特定の魔法を剣に込めるような芸当はできないが、以前に比べればこれでも上等だよな。
業物の剣から一気にビームサーベルだぜ、技術革新の宝石箱だ。自分で言っててわけわからんな。
だが、もちろんデメリットも有る。
それは魔力の伝達率だ。剣の柄に魔力を十送ったとする。すると、刀身として形成された魔力は三、よくて四しか残っていない。魔力のロスが大きすぎるのだ。
いくら俺の魔力が潤沢だからといって、これは流石に非効率的だ。どうにかしないとなとは考えているんだけど、妙案は思いつかない。
魔力のロスは今後の課題とするしかないだろう。俺一人でどうにかなるとも思えないし。
改めて振り返ってみると、単純な戦いの腕も上がったし、戦闘勘もばっちり掴めた。そろそろ頃合いではなかろうか。
というわけで、人里に降りようと思います。装備やアイテムを新調したいしね。
お、ちょうどいいところに人が来た。
あの人に呼びかけて近くの村に案内してもらおう。
おーい、そこの人ー。ちょっといいですかー?
おかしいな。
俺の顔を見た男は、ぎょっとした表情で固まっている。
もう一回呼びかけよう。
おーい、おーいってば!
あれ、おかしいな。
「ぉ…………ぃ…………ぉうえ……」
あれ?
ひょっとして、
この一年山籠りしっぱなしだったから、声の出し方を忘れた?
んな馬鹿な!
声くらいすぐに出せるさ、もう1度!
「ヴォぉぉぃ…………! ぁんないし…………ぇくぇょ……」
「うおおおお、新種の魔物が出たああああ!」
今思い出したんだが、そういえばこの一年間髪と髭は放ったらかしだった。
そりゃ、他の人から見たらゴリラのような風貌に見えちゃうよね、てへぺろ。




